スマイル

 どうにも砂埃がきつかった。

 匍匐前進で進み、所定の位置で、そのまま待機。

 纏うギリーマントは熱を孕み、地面に近い顔は風が吹くたびに砂に晒され、開いた覚えのない口の中に砂を運んでくれた。

 開いた覚えが無いにも関わらず、口内が砂でじゃりじゃりする。

 流石に不快だったので、頭部装甲を纏おうとしたところ、申号が何やら土色の物体を渡してくれた。建材の水分量を調整して造ったのだろう。柔らかさを残したそれは簡易的ではあるが、ハーフタイプのフェイスガードだった。


「ありがとう」


 回答:気にする必要は無い件


 礼を言って身に着ける。土を混ぜてはあるが、感触はソレとは遠い。少し、ヒンヤリとしている。わざわざ一本一本糸状にした後に編んだのだろう。少しの苦しさはあるが、呼吸が阻害されることは無い。未号とは方向が違うが、クッションと言い、このフェイスガードと言い申号も変な方向に器用なモノだ。

 所定の位置に付いた。

 視界に捉えるのはインセクトゥムの巣。

 アントが作成したソレは蟻塚の様に縦に伸び、それでいて地下へも広がっていることを僕は知っている。

 視線を上げる。

 銃口は上げない。

 昼を過ぎて一時間程だろうか? 昇り切った太陽は僕の背中に回り、僕の前に影を落としている。太陽を背負う形になるので、まだ観測しやすい。

 殺気が乗らない様に考慮しながら見上げる先は、凡そ三階建ての建物程の大きさの蟻塚――では無く、その周辺に造られた三つの監視等の様なモノ。

 見張りの為の施設なのだろう。

 壁面に防御用の窓である狭間さまが用意されたそこにはインセクトゥムのスナイパー、ワスプが居た。

 壁に守られて撃つ。その弾丸の精度は、これから敵陣を責める重歩兵部隊にとっては脅威だろうが――僕にとってはそれ程ではない。

 生体弾の欠点とでも言おうか。針を飛ばすワスプは僕よりも射程が短い。

 狙撃手同士の対戦でコレは少しどころではない程に有効な切り札カードだ。

 だがそれでも油断は出来ない。

 最近のインセクトゥムは動きがおかしい。その言葉は全くの真実であり、その『おかしさ』は、生態にも表れていた。

 新種が多いのだ。

 僕がこの前線に放り込まれる前後でベビーロールと言う新種が確認された。

 これは小さなアーマーロール、つまりは大きなダンゴムシと表現するべきインセクトゥムだ。……まぁ、ダイオウグソクムシが一番近い気がしないでもない。

 ベビーロールはその名前とは異なり、アーマーロールの幼体と言う分けではない。小さくとも、硬く頑強な外殻を持った彼等は小回りの利く戦車タンクだ。

 重さと硬さでは無く、速さと硬さを攻撃力とするこのベビーロールは――大した脅威では無かった。

 攻撃方法が体当たりで、軽いので、近づく前の銃撃で足を止めてしまうことが出来たのだ。止まってしまえば硬いだけの敵など隙に出来る。速過ぎてアントの随伴歩兵が無かったのも致命的だ。

 だから十数年ぶりのインセクトゥムの新種と言うことで、生物学者を喜ばせるだけで終わった。

 だが、その数日後、チューブの様なアントの腕を守る様にしてベビーロールが張り付いているのが確認された。これは中々に強力な個体だった。

 更に数日後、アントと複数のベビーロールが融合・・した個体が出始めた。アーマーアント。ベビーロールの発見から二週間足らずで現れた次の新種と言う分けだ。

 進化の速度が速い。

 もしかしたら既にあのワスプも次の世代なのかもしれない。

 少しだけ、緊張する。

 だが、まぁ、少しだけだ。軽く、唇を舐めて湿らせた。同時。ヘッドセットにコール。緊急のモノでは無く、作戦開始時間を告げるものだ。通信。僕が所属する中隊の中隊長からだった。


『スマイルから全小隊、ホームルームのお時間だ。俺の出した宿題は終わったか?』

『ハイボール、いつでも提出してやるよ』

『ハロウィン、完了だ』

『グッドマン、クリア』

「ハウンド、同じく」


 個人主義が強いこの時代の傭兵に団対行動は向いていない。

 そんな分けでの苦肉の策。モノズと一纏めで一つの小隊としてカウントし、五つの小隊を一つにまとめて中隊に。そうして作戦を割り振る。

 こうして僕ら人類はインセクトゥム相手に戦争をしている。

 スマイル中隊として今回請け負ったのは、コロニー西側の制圧。僕らハウンド小隊に与えられたのはその初撃。

 敵スナイパーの断末魔を持って上げる開戦の狼煙と言う分けだ。


『オーケーだ、兵隊共。作戦開始は予定通りに。ハウンド、見張りの無効化はどれだけ掛かる? 俺達は何時動けばいい?』

「――」


 そうですね。

 通信に乗るか、乗らないかの小さな呟き。視線を走らせ、監視等をなぞる。ワスプは三匹で一組。それが三か所の計九匹。その全てを殺し切る――では無く、ただ、ただ、観測と狙撃を防げば良い。それなら……


「初撃と同時に」

『ヒューッ! 大した自身だ。ビッグマウスは失敗すると死ぬほどダサいぞ?』


 僕の言葉に、野太いヤジが飛ぶ。相手は……あぁ、団子鼻のハイボールか。


「決まればこれ以上ない位にイカしてる。そうだろ、ハイボール?」

『上等だ。キメたら一杯おごってやる』

「楽しみにしています」


 通信終了アウト

 映画の様なやり取りを終えて、僕は僕の小隊を見る。十二機と一匹。つまりはいつものイカレタメンバーの皆様だ。


「諸君、聞いての通りだ」

「一発決めて、奴の財布を空にしてやろう」

「あぁ、大丈夫だ」

「やることは変わらない」

「撃って、殺して――今回はその後に奢らせる」

「つまりはいつも通りだ」

「簡単だろ?」


 肩を竦める様にしての僕の問い掛けにモノズとコーギーは配置につくことで答えてくれた。








 カウントを目で追っていたのは多分、4位までだった。目のピントがスコープの先、壁から顔を出すワスプの複眼に合う。黄色い蜂人間は、警戒して周囲を見渡して――いない。サボっているのだろうか? 三匹のワスプは何やら見張りもせずに鋏の様な口吻をカチカチと鳴らしあっている。一匹がアメリカンなジョークをかましたらしい。二匹が、どっ、と笑う様に腹を抱え、一匹が、どやぁ、と上を向いた。カウントがゼロになる。作戦開始。取り敢えず、彼には、どや顔のまま天に上って貰おう。引き金を引く。指の先に命の感触。取った。そう思う。だから着弾を待たずに、銃口を滑らせる。二匹目。腹を抱えて笑っていた彼は、隣の同僚の顔が吹き飛んだらどうするだろうか? 驚いて顔を上げる。その光景を僕は想像した。だからそこに弾丸を置く。ヒット。残る一匹は――多分、間に合わない。伏せて隠れられるだろう。ならば放置だ。


「B1、イエロー。僕はB3へ行く」


 口に出し、次の監視塔に視線を移す。B2は巳号、卯号のS2と、丑号、辰号、未号のC1の担当だ。今の所、応援要請は無い。ならば良い。僕は残り一つのテラスを見る。銃声が響いた。僕の耳には聞こえていないが、断末魔だって響いているのかもしれない。だから異変は伝わっている。だが、状況の把握は追い付いていない。そんな様子。一匹、冷静な奴がいる。そいつは、顔を上げたまま不用意に周りを見渡す同僚を、壁に引きずり込もうとしていた。

 冷静で、優秀で、優しくて――馬鹿な奴だ。

 引き金を引く。

 熱くなった戦場で冷静で要られては困る。

 冷たさは伝播して、やがて戦場を冷やしていく。

 コロニーである蟻塚を攻略するのにソレは宜しくは無い。

 だから死ね。

 昆虫の固い甲殻が、くしゃりと折れて、左程形を変えることなく中身を出す様が見えた。仲間の体液を浴びた一匹が、何かを確認する様に、顔に掛かった体液を拭い、手をまじまじと見つめている。

 冷静な彼の死は無駄に終わった様だ。

 手が動く。指が動く、仕掛が動く。命が、天へと運ばれる。

 残弾、一。

 観測手。僕の為に戦場を見ていた子号からメッセージ。


 報告:B2、中央の狭間さまより敵確認


 ヘッドセットに踊った文字を読みながら、身体が動き、銃口が動き、スコープの中の世界に獲物を映す。頭隠してなんとやら。横っ腹に孔を空けてやる。五発ワンクリップ。打ち切った。


「リロード」


 僕の声に合わせ、突撃中の申号、酉号、戌号、ルドのA1、寅号、亥号のA2がB1とB3への射撃を開始、残る一匹が顔を出さない様に威嚇する。弾倉を代える。レバーを煽り、次発を送る。

 深呼吸。


「――、――」


 吸って、吐いた。

 B1。敵の戦意を確認。狭間・・からこちらを狙っている。撃つ。「……」外れた。流れたな。風が出て来た。それを僕は理解した。撃つ。当てた。これで――


「B1、クリア。A1、全力突撃フルチャージ、A2、アシスト。――S2、状況報告」


 報告:クリア


 僕が一匹。そして巳号が二匹。一と二を合わせて三で全滅だ。残るはB3。だが、敵に動きが無い。震えているのだろうか? 顔を出さないし、こちらを狙って撃とうともしない。どうしたものだろうか。

 思考。無意識に手が骨のネックレスに伸び、掴んだところでソレを認識する。撫でる。手が形を覚えてしまった。予想通りに指が動き、何時もと変わらない輪郭をなぞる。


「S2、B3を監視。C1、B3へのグレネード投擲」


 ガタガタ震えたまま、バラバラになって死んでもらおう。

 それが僕の結論。


「ハウンドから、スマイル。僕の手が空いた」


 戦場を一時的にモノズに任せ、通信を。


『良い腕だ、ハウンド。お代わりネクスト・オーダーだ。ハイボールが入り口に取り付く援護を頼む。――聞いてたな、ハイボール? とっておきのスナイパーがテメェの道の案内人だ!』

『おいおいおい、奢る相手にこの上、更に助けられるのか? オレ、ダセェな!』

「今更だよ、ハイボール」

『はっはー!! オーケー、ハウンド。素敵な挑発だ! だが、オレにも逆転のチャンスをくれ、三十分でコロニー制圧したらチャラでどうだ?』

「二十分でチャラ。十五分で僕が奢ろう」

『オーケー、ソレで行こう! エスコートを頼むぜ!』


 通信を切る。足元の子号が何やら文句がありそうな目をしていた。


「……いや、勝てば、大丈夫だろ?」


 この規模のコロニーの制圧はそんな短時間では済まない。入り組んでいるのだ。相性の問題もあるが――僕なら数日仕事だ。

 それを三十分と言ったハイボールの言葉に、何かを感じないでもないが、そこから更に十分削りとった。

 いくら何でも無理だろう。

 少なくとも僕が奢ることは無いはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る