ドッグサミット
犬の話をしよう。
と、言っても実際の犬の話ではない。
僕達、ドギー・ハウス所属の犬と呼ばれる者達の話だ。
ツリークリスタルの影響により、遠距離通信が難しいことを逆手に取ったこのシステムは中々に上手く出来ている。
一度、その犬が成果を上げて名を広めてしまえば、ソイツが不慮の事故で死んだ場合も同じことができる奴に同じ犬の名を名乗らせることにより、会社の体力的には変わらない様に見せ掛けることが出切るのだ。
だから犬の名を継ぐのに必要なのは、その犬の役割がこなせる技能だ。
例えば、愛玩犬。富裕層の護衛に付くことに多いこの犬に求められるのは、防衛能力に加え、上流階級のマナーに通じる知識と、美しい容姿が必要となる。
そして猟犬の場合は、見つけて、追って、殺す。その技能が求められる。
つまりは、別に狙撃手=猟犬と言う分けではない。師匠が狙撃手で、僕が狙撃手だったのは、ただ、ただ、単純に師匠が天才型だったからだ。
育成に向いていないので、同じようなモノにしか技を伝えられなかった。そう言う妥協の産物が二代続いての狙撃手猟犬と言う分けだ。
つまり、僕は他の犬にも適性があったりする。
敵を追うと言う意味で、牧羊犬。
敵を探すと言う意味で、警察犬。
そして、前二つとは毛色が違い、狙撃手であると言う理由でベアドッグ。
熊とは戦わない。
別荘地で熊が近づいた場合に吼えて追い払う仕事をしていたベアドッグの名を与えられたこの犬の仕事は、言ってしまえば芋砂、待ちに徹するスナイパーだ。FPSゲームなら叩かれるかもしれないが、拠点防衛と言う意味では問題はない。
そんなベアドッグも最近、代替わりをしたらしい。同じスナイパーと言うことで、仲良くしましょう、と挨拶をされた。
さて。
何故行き成り犬の話になったかと言うと、犬が一同に集まるイベントがあったからだ。
猫の集会ならぬ、犬の集会。言うなればドッグサミット。
主催者は探査犬で、集まったのは勿論、ドギー・ハウス……では無く、街の酒場。暑さを楽しむようなビアガーデン仕様の酒場に集まることになったのには、当然、理由が有る。
談合の話し合いだからだ。
動きがおかしいインセクトゥムに対し、現在、対インセクトゥムの防衛線は激戦区となって居る。当然、ドギー・ハウスとしてはそこに犬を送り込みたいのだが、探査犬が『依頼料が未だ上がる』と判断したのが運の尽きだ。
探査犬の号令の下、僕達犬は談合を開き、ゴーサインが出るまで、対インセクトゥム戦争系の仕事を受けないことにした。
解除のタイミングは料金がある程度あがり、且つ、雇い主であるドギー・ハウスが痺れを切らして強制的に仕事を入れてこないラインとのことだったが……いよいよソレが近いのだろう。
「……」
それは良い。
問題は、僕がセンターテーブル、犬達の中でも中心となる六人程が集められたソコに置かれてしまったと言うことだ。
探査犬、狛犬、忠犬、狼犬に、負け犬、そして何故かの――猟犬。
僕である。
居心地が余り良くない。出来れば隅っこに行きたいが、僕は実力的に若手の代表だと言うことでそれは許されないらしい。
酷い話だ。
因みに僕の他の若手は
戦闘能力のみの評価とは言え、僕をリーダーにしなければならないと言う現状を彼等にはしっかりと嘆いて欲しい。
まぁ、シンゾーが話はちゃんと聞いていてくれるだろう。
そう判断して、トングをカチカチ。
網の上で色を変えて行くエビの様なモノを掴んでひっくり返した。
でかいと言うか、太い。遺伝子改造で可食部を多く、成長を早くされたエビモドキとのことだが、基本はエビと同じ扱いで良いらしい。
ショッキングピンクの培養液が満たされた生け簀から取り出された時には全くと言って良いほど食欲が湧かなかったが、甲殻類が焼ける匂いは、そんなモノは吹き飛ばしていく。
「……おい、猟犬」
「何ですか、探査犬?」
エビですか? 安心して下さい。ちゃんと人数分育てています。
「違うわ! 俺はな、お前をソコに座らせたことを後悔してんだよ!」
「シンゾーと変わりましょうか?」
言いながら、下っ端の自覚を持ち、先輩方の皿に先ずは火の通りやすいキャベツを送り込む僕に、わんわん、と吠える探査犬。
「兄ちゃん、貝焼いてくれよ、貝」
「良いですけど、何となくやってるだけなので、適当ですよ? 焼き加減とか、余り期待しないで下さいね」
それはそうと、お久しぶりです、とコマさん――狛犬に挨拶をする。
「あー……そうか、兄ちゃんは、比較的、俺よりの人間だったなぁー……アンダー、頼んだ」
「構いませんよ」
紳士然とした老人、アンダーこと負け犬さんがにっこり笑いながら、僕からトングを取り上げた。「話し合いに参加して下さい、お若い方」。柔和な笑顔でそう言われると、何となく従おうと思ってしまった。「……」。僕は探査犬に向き直り、聞く体制を造った。
「――若手共こらぁ! さっさと実力付けてコイツと変われぇ!」
探査犬にはそんな僕の態度が気に入らなかったらしい。
そんな分けで主催者の機嫌が損なわれたので、立て直すのに少し時間が掛かってしまった。
まぁ、話の内容は予想通り、『対インセクトゥム戦争系の仕事受注の解禁』に関してだった。
これ以上、焦らしても強制参戦させられそうだとのことなので、僕も手持ちの仕事を片付けたら向かうとしよう。
「……」
戦争が、始まる。
まぁ、そうは言っても先ずは持って居る仕事を片付けなければならない。
「……S1からS2、裏口に動きは?」
回答:なし。未だターゲットはポイントB1の中である
「了解。では引き続きの観察をお願いします」
時刻は深夜。S2――僕とは反対側を見ている巳号達に言いながら見下ろすのは廃都市。
その街の傍の山、その街へ続く車道から双眼鏡で見るのは、夜闇に沈んだ街の中、唯一の明かりを放つ建物。……だいぶ、緩んでいる。彼等は違法取引に手を染めていると言う自覚はあるのだろうか?
企業が力を持つこの時代、産業スパイの扱いは割と酷い。
そして、僕がマークしているのは、職人組合を根城とし、アロウン社、タタラ重工の技術を盗みだす産業スパイの一団だ。
依頼主は勿論、アロウン社とタタラ重工――では無く、職人組合。それも今まで彼等を『使って』利益を得ていた企業だと言うのだから、笑えない。
薄暗い仕事を任せれば、弱みを握られる。
握った弱みを使って小金を稼ごうと、報酬を釣り上げながら脅迫をしてしまったのが、スパイさん達の運の尽きだ。
依頼主が手を噛んだことに対する怒りを分かりやすく表現することにしてしまった。
「……明日は我が身、ですかね?」
そんな言葉を呟く。
まぁ、そうならない為にポテトマンが間に入り、僕は相手を知らないし、相手も僕を知らない様にはしている。
だが、それでも、盗った技術を調べれば、そこから企業が何となくわかってしまうのが悲しい所だ。アジト割り出しの際の情報収集で、何となく『ここかな?』と言う企業に目星が付いてしまった。「……」。気が付かないふりが出来ている内に仕事を終わらせたい。
そんなことを考えていると、スポーティタイプの車が、生きている道を走り、街へ向かっているのが見えた。あのルートなら――
「S1からA3、車が来た。乗員の確認を。最後のターゲットかもしれない」
回答:了解である
酉号からの回答。今回は索敵持ちの、戌号、卯号、酉号をA1、A2、A3として大きい道に置き、潜伏持ちの巳号をS2として街に潜らせてある。
距離があるので、通信の精度を確保する為に子号が随分と大変そうだ……と、思って居たのだが、今回は多少は余裕がありそうだ。
「……君は微妙に賢いな」
訂正要求:微妙では無い件
「そうですね。訂正を。君は賢いな、子号」
どやぁ:どやぁ
表情の変わらないどや顔も納得だ。
通信が大変なら、通信施設を造れば良いじゃない。
そんな力技を実行できるのが、モノズだ。
渡していた給料で、子号が自前で設計図を購入したのは簡易通信補助施設。レアメタルと予め用意した電子基板が必要なので、丑号が運ぶ荷物が少し増えてしまったが、組まれたソレは中々の性能を発揮していた。
四方にアンテナを持った金属の箱の中心に嵌り込んだ子号は、直ぐには動けそうにはないと言うデメリットはあるが、僕の距離であるならば、ソレはさして大きなデメリットには成らないだろう。良い手だ。
報告:ターゲット確認のお知らせ。問題点→ターゲット以外の同乗を確認
酉号からのメッセージ。どういうことだ? 画像データが添付されていたので、開く。中々リスキーなことをする。正面から撮ったらしい。運転席と、後部座席の真ん中にターゲットを確認。問題は、その後部座席のターゲットがご機嫌に肩を抱く二人の女性だ。「……」。あたまいたい。どうやら他の街への買い出しの序にテイクアウトと洒落込んだらしい。
「……イエローに設定」
確認:グリーンでは無く?
全モノズを代表して、未号。
今回で言うなら、レッドは殺害対象。グリーンは保護対象。そしてイエローは殺害『しても良い』対象だ。
自分でも少し乱暴だろうか? とは思う。だが、悪いが気を遣ってまで助けるべき相手でもない。S2が巳号とルドの少数潜入と言うのがキツイ。ターゲットは五人。それぞれが平均契約数の十機のモノズと契約していると仮定すると、五十五対二と言う状況が一時的だが出来上がる可能性がある。作戦難度を上げてリスクを上げられる中での許容範囲が、ここ迄だ。
「S1から各員、プランAで行こう」
「A1からA3、S2の退路確保。十分で頼む」
「S2、霧状催涙弾、及び、広範囲電磁パルス用意、八分後に入り口から投下を」
「投下順序としては、パルス、催涙弾だ。ルド、巻き込まれるなよ?」
「あぁ、巳号は姿を見せて釣ることも忘れずに」
ぴっ、と言う『了解』の電子音に、ヴっ、と低い唸り声の様な小さい吼え声が返って来た。
「オーケー。それではいつも通りに行ってみよう。
犬であるルドの成長は人間と比べると早い。
身体が育ち、成犬と呼べるようになったので、大分応用が利くようになった。
入口に立ったルドは離れた僕らにも聞こえる様に高らかに遠吠えを一回。長く伸びて待ちに響き渡るソレが終わると同時に――昼頃から貯めていた電撃を一気に放つ。
それだけでスタングレネードとしての働きすら出来そうな電撃が闇に沈んだ街を一時的に浮き上がらせる。収まったのを確認し、スコープを覗く。入り口。そこには今、まさに駆けだすルドと入れ替わる様に入り口で敵に姿を見せる巳号が居た。
風上に逃走経路を設定したこともあり、成分が流れてルドに被害が及ぶ可能性も低い。だから遠慮なく催涙弾が使える。投げて、逃げさせて、狩る。
巣を煙で燻して獲物を出す。
それが今回の作戦だ。
巳号がルド同様に昼頃から機内ラボで用意していた催涙弾を投げ込む。無色透明な煙は夜の中では視認できないが、確かに追い詰めているのだろう。
裏口は時間が無く、塞いでいない。
だが、敵は裏口を使うだろうか? 可能性は少ない。ソレを思い浮かべるには直前のルドの印象が強すぎる。中にはムカデで武装した奴もいるだろうし、モノズも居るだろう。
彼等に催涙弾は効かないし、ルドの電磁パルスも五分と言った所だろう。
煙に動じない奴の為にルドは吠え、巳号は姿を見せて釣った。
「巳号?」
だが、巳号が動かない。投げて直ぐに退くはずだったのに……電磁パルス対策はしていたはずだが、巻き込まれたのだろうか? そんな思考。最悪の展開にリカバー案を脳裏に奔らせる。ルドでの回収は不可能。反転しての抗戦も、催涙弾の影響を考えると却下。戌号、寅号、申号、亥号による
そう決めて、首を一回、ごき、と鳴らした所で、何事も無かったかのように巳号が走りだした。
「?」
何だ? と疑問。それに応える様にヘッドセットにメッセージ。
報告:モノズ三十機、ムカデ二人、生身三人、人員の逃走順序としては、レッド四人の後にイエロー一人、その後に最後のレッド、そしてイエローの順番である件
「……僕は褒めないぞ」
回答:にょろーん(´・ω・`)
「……」
反省が足りない。
だが、まぁ、ムカデの数が分かっただけで十分だ。絶対に口には出してやらないが――良くやった。
呼吸、一回。
それでスコープの中に世界を置く。
留まり、観測した巳号の言葉通り、先ずはムカデを纏った二人、続いて生身ながら、ターゲットが二人、そして一人の非ターゲットを挟んでラスト。
それをやるまでも無い。
初めの二人を丁寧に処理した後、入り口から出てくる生身の奴等を処理した。
「子号、S2状況」
スコープから目を放さずに。弾倉の交換をしながら子号への問いかけ。回答がヘッドセットに踊る。
回答:ルド完了。巳号、逃走中
「でしょうね」
待つからそうなる。
Aチームが造った陣地まで引けば抗戦をしながら僕の援護で片付けられる。そう言うプランだったのだが……まぁ、口には絶対に出さないし、後で叱るが、余分な殺しをしなくて済んだのは彼のお陰だ。
契約者を殺された三十機のモノズを相手に巳号が逃げ切る為に援護を――
「? 追手が無い?」
何とも、まぁ薄情なモノズ達だ。
少し、違和感を感じた。
人間大好きなモノズにしては奇妙な行動だ。
そこでもう少し考えれば良かったかもしれないが、生憎と僕はコマさんよりの雑な生き物だった。
自分に都合が良い展開で有ったこともあり、特に気にすることなくその仕事を終えてしまった。
あとがき
以下、用語集に書くかもしれない設定
狼犬とモンキードッグは犬になる実力だけが求められるので、特徴があったり、なかったりする。
負け犬は引退した元犬の中で、面倒見が良い人がやります。だから名前で絡むと酷いことになる。因みに、当代の負け犬は元狂犬。おこらせないようにしようね!!
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