初任務

 案の定……と、言うべきだろうか? 僕は狙撃班に配属された。


「こんにちは、皆さん。私があなた達、狙撃班を指揮するアレックスです」


 サングラスをかけたスキンヘッドの巨漢はにっかり笑いながらそう言った。そのままアレックスは続ける。


「狙撃手はスペシャリストですが、狙撃だけが出来れば良い分けではありません。ですので私は皆さんをあらゆる戦場に送り込みます。正直、他の班よりもキツイ仕事になります。無理そうであれば言ってください。配置換えをします」


 去る者追わずと言うことだ。ソレ位きついということだろう。

 何人かが手を挙げ、二言、三言アレックスと話すと、立ち去って行った。僕もそちら側に行きたかったのだが、スキルの構成がソレを許してくれない。他の班に移っても僕は使い物にならないのだ。諦めて、何となくネックレスを触る。やはり尖って痛い。


「他に移りたい方は居ますか? 居ませんね? ――皆さんは素晴らしい判断をしました。何といっても狙撃班は給料が良い、特別手当が付きます」


 たぶん、ここは、笑うところなのだろう。

 けれども僕は――と、言うか僕達は笑えなかった。「は、ははは」と乾いた笑いが精一杯だ。

 そのリアクションが気に入らなかったのか、どうかは知らない。


「それでは皆さん、ビジネスを始めましょう」


 アレックスは溜息を吐き出してそう言った。





 恐らく、この初任務――というか初仕事はテストなのだろう。

 僕達新入社員に与えられた仕事は簡単だった。

 ここからここが我が社の所有するクリスタルの採掘場ですよ。マップデータは渡しておきますので、迷わないでしょ? では、この区画内で勝手に採掘してる連中を殺して来て下さい。あ、社員同士の誤射はお気になさらず。区画内では我が社の社員は識別信号をオンにしていますので、撃とうとしたらムカデに警告が出ます。撃とうとしても警告が出なければそれは敵です。殺して下さい。皆さんも識別信号をオンにしておいて下さい。さて、期間は凡そ一か月です。三日仕事をして四日目には報告に来て下さい。以上。

 そして三日間の担当区画と三日分の食料を与えられたら……後は放っておかれた。

 指示も何もない。自分で考えて仕事をしろと言うことだ。


「……それじゃ行こうか」


 そうであるのならば、突っ立っていても仕方がない。同期と思われる何人かがアレックスに説明を求めているが、無駄だろう。僕は僕のモノズ達に声をかけて歩き出した。


 ――ピ!


 すると、一機、大型のモノズがごろごろ転がって来た。

 丑号うしごう。そう名付けたモノズだ。小型に入れても荷運びをやりたがるので、そう名付けた。彼は兵科で言えば輜重兵しちょうへいと言う奴なのだろう。


「――そうだった、ありがとう」


 そんな我が部隊の要が持ってきたのは僕の対敵性生物用戦闘型強化外骨格――通称、ムカデ。

 ここが五百年後の世界だと僕に分かりやすく教えてくれたのはコイツだ。

 人類はガ○ダムを造れなかったが、別のアプローチでス○ロボ参戦を目指したらしい。リアル路線なのでスーパー派の僕としては少し残念だ。

 兎も角。僕のロボットの好みは兎も角として、丑号が持ってきてくれたムカデの話だ。

 ムカデの由来はその収納形態だろう。外骨格用脊髄は百足の足の様であるし、ソレを中心に取り付けられた組み立て式の装甲は殻の様だ。

 タタラ重工製 強化外骨格 アラガネ。

 量産品であるが故、安く、量産型であるが故、信頼性が高い。それが僕のムカデだった。

 青い鋼で出来たソレを身に着ける。同じタタラ重工製のムカデの中にも狙撃用モデルがあると言う話を聞いたことがある。だが、どう違うか分からないし、そもそも僕自身の値段より高いという話を聞いたので、手に入るにしても当分先になりそうだ。

 強化プラスチック製の人工脊髄にDNAフィラメントが絡み、外付けの肉体が自分の身体として機能する。

 手を開いて、握る。開く。強化筋肉の動きは滑らかだ。

 次に『C×C』のロゴが入った帽子を被る。五百年たった今も狙撃手を支えるのは己の五感だ。ツリークリスタルは電子機器と相性が悪く、ジャミング波をばら撒いている。なので複雑な電子機器は使用できないのだ。だから僕の適性が狙撃だと分かった時に、ユーリによりヘルメットは取り上げられている。結果、良いか悪いか分からないが、遭遇戦の危険が無い様な場合は帽子で過ごす癖がついていた。


「……」


 一応、この帽子も未来技術で作られた防弾性の物なので、頭に攻撃が当たった場合の事は考えない事にしている。


 ――ピ!

「うん。それじゃあ、今度こそ行こうか」


 次に渡されたのは、銃。これもまた、タタラ重工製。我が社はタタラ重工の子会社なので、モノズから始まり、全ての装備がタタラ重工製だ。

 ボルトアクションタイプのB型伍式狙撃銃がたごしきそげきじゅう

 それを手に、僕は歩き出した。







 待って、撃つ。

 待って、待って、待って、撃つ。

 今の時代の最重要資源、淡く緑に輝くツリークリスタル。ソレの採掘場の警備が僕の仕事だった。赤土の荒野を突き破り木々の様に乱立するツリークリスタルは幻想的である以上に、たくましさを感じさせてくれる。流石は最重要資源、万能無機物だ。

 このツリークリスタル、人類だけではなく、敵性宇宙人にとっても最重要資源らしく、このツリークリスタルの奪い合いがこの時代の主だった戦争だとのことだ。ツリークリスタルを巡って『敵対』したのか、最初から敵対していたのか……その辺りは何れ調べてみようと思う。

 まぁ、それは兎も角として。僕の仕事は我が社のツリークリスタル採掘場にやってくる盗掘者――敵性宇宙人を撃ち殺す事だった。

 これが中々に難しい。

 我が社のツリークリスタルの採掘場は広大で、入り組んでいる。ツリークリスタルがその名の通り、木の特性を持っているのが原因だろう。切っても、伸びるし、生えてくる。

 そうすると切り開いた道も時間が経つと埋まってしまう。

 インセクトゥムの労働階級ワーカー、黒い甲殻持った蟻人間、アント・ワーカー。

 蟻の顔を持つ小柄な盗掘者達はそう言った埋まった道を使っていた。

 手入れがされていないので、枝が多い。枝が多いので、狙撃がやり難い。

 初日は思った様に撃てず、まともに仕事が出来なかったので、二日目の午前中は子号と戌号、そして酉号と名付けた探索向きのモノズ達を中心に狙撃ポイントを探し、午後から仕事を始めた。僕の担当区画を見下ろせる高台は、風は強いが、盗掘者が良く見えた。中々良いポイントだ……と、僕は思う。

 ツリークリスタルはどこからでも採掘できるが、態々盗掘をしてまで得る価値のある希少なモノは取れる場所が凡そ決まっているため、盗掘者たちが狙うポイントは限られている。それ故に守る側の僕らもある程度のポイントを決めることが出来た。

 狙撃ポイント決める為に、半日まるまる潰れてしまったので、アレックスには怒られるかもしれないが、午前中の探索で更に部下の特性が把握でき、巳号みごうが誕生したので、ユーリに言われた方の『初仕事』は順調だ。今のところ、個々の性格から、大型は丑号、中型は戌号いぬごう、小型は子号ねごう、巳号、酉号とりごうと名前を付けた。残るは中型が一機だ。こいつは何が得意なのだろうか?

 ブロックタイプの携帯食料をもそもそ齧りながら、そんな事を考えてみた。

 あぁ、今更だが、僕はモノズに干支の名前を付けることにした。自分の名前は覚えていないが、空手裏剣くうしゅりけんは覚えている。それが僕クオリティと言う奴だ。






 がりがりがり。球体のモノズがパックリと割れて岩を齧る。

 そうして取り込んだ岩と発泡剤を混ぜて膨らませ、建材が出来上がり吐き出される。

 その建材を積み上げれば塹壕が出来上がり、建材に含まれる発泡剤の量と水分量を調整すればクッションが出来上がる。


 ――ピピ!

「……どうも」


 まだ名前を付けていない中型一機が僕にそんな風に造られたクッションをくれた。彼は手先(?)が起用らしい。クッションには含んだ岩で模様が描かれていた。星の柄だ。こういう気遣いは少し嬉しいが、別に要らない。

 丑号を輜重兵と言ったが、実の所、モノズ達は例外なく一流の工兵だった。

 体内に工場を内蔵した彼らは設計図さえインプットしてやれば対空ミサイル基地や戦車すら造って見せる。……まぁ、その辺りの設計図は高いので、僕は持っていない。僕が持っているのは『土嚢』の設計図くらいだ。

 果たして土嚢に設計図は居るのだろうか? そんな事を考えながら、次々に作られる土嚢が積まれ、陣地が出来上がって行く様を見ていた。


「……」


 少し居心地が悪い。

 見ているだけの僕はニートと変わらないからだろう。せわしなく働くモノズ達からうっかりと労働の美しさとやらを感じ取ってしまったので、僕も働くことにした。

 何。すでに獲物は見つけてある。必要だったのは僕の労働意欲だけだったのだ。それが湧いてきたのだから働こう。

 貰ったばかりのクッションを銃の下に敷き、腹ばいに。スコープを覗き込む。

 呼吸、一回。深呼吸。一回。吐いて、止めて――見る。

 頭の何処かで、時計の秒針が動く音が聞こえた。


 ――撃つ。


 ワンショット/ワンキル

 弾け飛ぶアントの甲殻を見ながら、意識の外側で手が動く。レバーを上げて、引いて、押して、下げる。――リロード。

 その動作の終わりに合わせた呼吸が止まり、体が止まる。ロックオンだ。撃つ。

 狭くなった視界の中、再びアントの腹が吹き飛び、命が散る。

 そこで漸く騒ぎ出すアント達。だが、まだだ。まだ、整っていない。障害物に隠れず丸見えの一匹を視線と死線の先に置いて、引き金を引く。残りは――二。

 呼吸を、一回。

 立ち上がる。移動する。角度を変えた事による変化。隠れていた一匹が、僕のキルゾーンに入る。だから撃った。立射だ。当たるかな? 当たってくれた。――残りは、一匹。

 さて、残った一匹。彼が生き残ったのは運が良いからではない。彼は慎重だった。二匹の仲間が吹き飛んだ時点で僕のおおよその位置を判断し、三匹目が吹き飛ぶ頃には僕の死角に入り込んでいた。あれは撃てない。撃っても当たらない。

 狙撃用の弾は割と高い。だから無駄弾を撃つ気は無い。要は死角から追い出せば良いのだ。僕には、その手段が有った。

 ゴーサイン。左手のクリスタルが発光しクリスタル用いての短距離通信。送った先は巳号と戌号だ。

 高台から見えない下の視界を確保する為に潜っている巳号と、その護衛の戌号。

 僕の指示を受け、戌号が飛び出し、側面から機銃を出す。そのまま転がりながらなされる機動射撃。弧を描く様にして迫るその動きは見事の一言だが、戌号の本領はここからだ。威嚇しながら近づいた戌号は『ここ』と言うタイミングで口を開く。そこから覗くのは岩を噛み砕くモノズの歯、無限軌道を描くチェーン。これによる噛み付き(ニッパー)を得意とすることこそが、僕が彼を戌号と名付けた理由。そして――

 慌てたアントの隙を狙い撃つ気配を消しての精密射撃。その狡猾なハインド・アタックをこのタイミングで撃てるからこその巳号と言うわけだ。

 戌号に追われ、巳号により逃げ道を選ばされたアントは大慌てだ。隙しかない。七面鳥撃ちとはこう言うのを言うのだろうか?

 残った僕の仕事は引き金を引くだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る