オークション
量産型のムカデである僕のアラガネは狙撃兵用にカスタマイズされていないので、色々な弊害がある。僕は今、シャワールームでソレを痛感していた。
本社に帰ってくると同時、風呂、飯、治療、の順番で行動しようとしたのが拙かったのかもしれない。
モルタルの壁に水滴が滴る狭いシャワールームの中で、僕は苦戦しながら左手一本で身体を洗っていた。
右肩が動かせない。バックストックを受け続けたソコは殴られた後の様に青く変色していた。ムカデの外殻は衝撃までは吸収しきれない。数発程度ならば問題もなかったのだろうが、銃身が焼き付く程に撃ち続けた結果だろう。僕の右肩は壊れていた。
だが、まぁ、嘆いても仕方が無い。命が助かったのだから良しとしよう。
そう。そうだ。僕達は助かった。アントもグラスホッパーも殺し、振り切り、僕達は助かった。
シンゾーが咄嗟に纏めた為、兄弟に犠牲者は無しで、グラスホッパーに砕かれたモノズ達もボディが損傷しただけで、核であるクリスタルに損傷は無しと言うことだった。
残った懸念事項としては命令違反の罰金だ。
僕は治療の後で来るように、アレックスに呼び出されている。
右肩の痛みを理由にさぼれないだろうか?
そんなことを考えてみた。
「トウジ」
アレックスの元へ向かう途中、ふいにそう呼び止められた。
振り返ると、見知った人が居た。
アルビノ種である彼女の髪は白く、瞳は赤かった。
結い上げられた長髪が右目に掛かり、その奥から除く赤い瞳は鋭く、獣の様だった。男物のスーツを纏いながらも、描く曲線は酷く女性的で、そこにもまた、『生き物』の強さを匂わせる。
そんな女性だった。
ユーリ。
僕の担当官であり、先生であり、今の親。
何時もの様に中身の無い左腕の袖を靡かせながら悠々と道を歩く様は、王と言うよりは獅子を連想させた。
隻腕のアルビノである彼女はダブCでもトップクラスの
「ただいま、戻りました」
「うん。良く戻った」
だが、少しだけ微笑を浮かべる今の彼女は酷く優しげだ。
「アレックスの所へ行くのだろう?」
「えぇ」
「私もだ。呼び出された」
そうですか。俗に言う『親に連絡が行く』と言う奴ですね。少し、申し訳なくなった。
「……すいません」
「良いさ。――何をした?」
「命令違反を」
「ほぅ、何の為に?」
何の? そう問われ、少し考える。天井を見て、ブーツの網目を数えて、ネックレスを握った。答えは出ない。困ったな。それでも、無理やり理由を付けるならば――
「友達と、その兄弟の為に」
そんな所だろうか。
「――そうか」
特に興味を持てなかったのか、何でもなさそうにユーリは頷いた。
そのまま連れ立って歩き、指定された会議室へ向かう。
ドアを開けると、そこには既にスキンヘッドの巨漢が居た。
「どうも」
と、一礼する僕に、アレックスは何時もの様ににっかり笑って座る様に促す。ユーリは何も言われなくても座っていた。
「それで、ユーリまで呼んだということは罰金がかなりの金額と言うことでしょうか?」
だとしたら拙いな。僕は伺うような視線でアレックスを見た。
目を隠すサングラスは感情も隠してくれる。何時の様に、にっかり笑ったアレックスの感情は酷く読み難い。
だからだろうか? アレックスの声のトーンも何時もと変わらない。
「ビジネスの話をしましょう、ルーキー」
「ビジネス?」
「えぇ、ビジネスです。貴方達が回収したレアクリスタルを是非とも譲って頂きたい」
「……レア物ですか?」
確かにシンゾー達が逃げ込んだ保管庫から幾つかの――と、言うかその場に有ったレア物を根こそぎ持ち出してはいる。持ち出しては、居るのだが……
アレは元々が会社の持ち物ではないのだろうか?
そんな疑問。
どう言うことだろうか? 真意を探る為に、隣のユーリに視線を投げる。
「詳細は聞いていないが――トウジ、お前、命令違反をしたと言ったな?」
「はい」
「何をした?」
「撤退命令に従わず、戦線に残り続けました」
「そうか。だったら話は簡単だ。破棄された戦線から物資を回収した。これは立派に仕事だ」
「――あぁ」
成程。そう言う見方が出来ないでもない。だったら――
「シンゾー達と、相談をさせて下さい」
「その辺りは問題なく。持ち出した十七個の内、九個が貴方の取り分です。提出された映像を確認しました。社則に則り、受給資格が有るのは貴方とシンゾー、貴方の方が数が多いのは――まぁ、動いたのが貴方だからですね」
「成程」
そう言うことか。だったら有り難く受け取っておこう。
そこでふと思った。
「罰金をそこから差し引いたとして、四個程貰うことは出来ますか?」
「それは可能ですが――あぁ、そうでしたね。貴方は後、四機で上がりだ」
「はい、ですので」
頂きたいです。僕はそう言葉にした。
ボディは当然、手に入らないだろう。だが、核となるツリークリスタルだけでも用意しておきたい。未来の部下の為に。
六と、二と、四を足せば十二。
そう言うことだ。
「でしたら四個は手元に残し、五個は売却、そこから今回の罰金を差し引き、残りは貴方の自由の為に使う……これでよろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
アレックスにお礼を言い、軽く頭を下げる。
右手が差し出された。握手をする。こう言う所は欧米的だ。そう思う。
「アレックス、アレックス、ア~レ~ックス。随分とトウジを買っている様だな?」
そんな僕らの様子を見て、ニヤニヤと猫の様に目を細めて笑うユーリ。
「えぇ、同業ですから貴女よりも彼の希少性は理解していますよ」
「――“非売品”か?」
「えぇ、そうです」
くくっ、と笑う二人。何だろうか? 話が読めない。
「ルーキー……いや、トウジ」
「はい」
名前を呼ばれたので、背筋を伸ばす。
「おめでとう。今期のオークションで貴方は“非売品”になりました。私は貴方と共にまた仕事が出来ることを嬉しく思います」
「……はぁ」
だが、すぐに背筋が丸くなった。
何を言っているのかが良く分からなかった。
我が社の方針として、初任務を終えたスリーパーはそこでの成績表を与えられ、オークションに掛けられる。
これは解凍技術を持たない小さな会社にもスリーパーを行き渡らせるための措置だと言う。
スタートの金額は、解凍費用に、これまでの生活費に教育費、そして訓練によって得た付加価値等を加算した金額に、企業側の利益を乗せたものだと言う。
平均で、三百万C。
結構良い値段だ。
ここで他の企業がスタートの金額よりも高い金額を提示してくれれば、その差額はスリーパーへと還元される。つまり、三百万スタートで四百万で売れれば、その差額の百万は貰えると言う分けだ。
これが実にありがたい。何故か?
その気に成ればその百万はそのまま借金返済として使えるからだ。
何故ならスリーパーの借金はスタート時の金額だからだ。新しい持ち主が四百万払ったとしても、スリーパー達は三百万払えば自由になれるのだ。……まぁ、大概はそのままその会社に就職するらしいが。
だから、皆、結構一生懸命アピールする。
アピールタイムに自分の技能を見せ、成績表に書き込むスキルを増やすべく講習を受けたりする。……まぁ、落札されなくても結局はそのままダブCに就職するだけなのだが。
それでも軽くざわついている。
買われたい人もいる。買われたくない人もいる。
当然だ。これからの人生を左右する案件だ。
だが、そう言ったお祭り騒ぎに参加できない人々もいる。それが“非売品”。
今期の僕で、前の期ではシンゾーがそれだった。
前述の査定方法により、持っているスキルにより、値段は上下する。
僕の現在のスキルは――【潜伏:1】【狙撃:4】【モノズ指揮:1】【射撃:1】【操縦:1】――と、いった具合だ。試行錯誤の結果、【射撃】が認められ、午号を乗り回していた所、【操縦】も認められた。
因みにそのスキルでのお値段は七百五十万。
もう一個お付けしての金額では無い。単品でのお値段だ。平均の二倍以上だ。高い。
だと言うのに、成績表に表示されるスキルは――【潜伏:1】。
そしてお値段は据え置きで七百五十万。
「……」
お分り頂けただろうかッ!
ぼったくりだ。間違いなく技能と値段が釣り合っていない。
オークションは小さな会社への救済だと言ったが、当然、同程度の企業や大きい企業も参加する。そんな層に向けて我が社は言っているのだ。
コレ売リ物、チガウ。買ウナ。
明らかに法律違反である。だが、我が社の規模であれば一期に一人位ならば見逃して貰えるらしく、今回は僕がその対象と言う分けだ。そして、企業間の暗黙のルールで“非売品”を落札することはマナー違反とされている。
……腐っているな。そう思う。だが、思った所で仕方が無いし、別段、ダブCで働くことに抵抗は無い。
だから、アピールタイムに特に意味も無く
「――一千万C! 他に居ませんか? 居ませんか? 居ませんねっ! では、二百三十七番の方、一千万Cで落札です!」
テンガロンハットのお爺さんに落札された。
何故だろう? 僕の上腕二頭筋はそんなに見事だったのだろうか?
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