土嚢号

 伏せ撃ちで対応したいが、そうも言っていられなかった。

 だからと僕は座り撃ちで対応する。

 足を交差させて座り、右肩にバックストックの尻を当て、その側面に頬を充てる。

 頬に当たる金属の感触が冷たい。頭部装甲を外したからだ。その冷たさが火照った体には心地良い。息を吸う。息を吐く。狙う、と意識しただけで行われるルーチン。

 何故か僕は青い色をイメージした。

 撃った。

 出入口に殺到しているアントの先頭――では無い。

 その後ろ、後ろの後ろの、後ろ辺りから跳ぼうとしていたソルジャーの眼を、だ。

 蟻は触覚で世界を見ていると言う話を聞いたことがある。インセクトゥムとは言え蟻っぽい形をしているのだから、アント系の奴等もそうして世界を認識しているのかもしれない。

 だからこれは当然、目潰しでは無い。


 ――死ね。


 やりたいことを心の中で言葉にした。

 始めてその言葉を意識した。思わず頬が持ち上がる。

 そう。そうだ。僕は歩兵だ。狙撃手だ。そんな僕が敵に望むことなど死以外は無い。

 だから撃つ。

 この場にいるモノズ達ではワーカーの相手は出来ても、二刀使いのソルジャーの相手はきつい。だから僕がやる。ソルジャーを殺す。

 入口に殺到するワーカーは無視をする。きっとシンゾーかモノズが何とかする。

 意識を置くのは獲物にだけだ。ソルジャーだけだ。

 世界が白く染まるような錯覚がした。

 今、僕の世界には僕とソルジャーしか居ない。

 それ以外は意識の外に置いた。だから目で見ながらも、意識はしなかった。

 入り口を守っていたモノズの何機かが吹き飛ばされ、アントが三匹突撃してきた。そのアント達は真っ直ぐに僕に向かってきた。そのアント達を僕のモノズ達が止めようと必死に撃っている。一匹倒れた。二匹倒れた。三匹目がボロボロになりながら走り寄ってくる。その頭を横から放たれたシンゾーの斬撃が克ち割る。アントが倒れる。噴き出した体液を頭からかぶった。

 それだけだ。

 僕は射線の先に居るソルジャーを確認して引き金を引いた。






 全身が体液まみれだ。アントのだが。

 粘性があり、どろりとしているのだ。アントの体液は。

 それを全身にぶっかけられているのだ。率直に言って絵面が十八禁だ。アントの体液を全身にぶっかけられた今の僕は。

 エロ漫画の様だ。


「僕が美少女だったら、大変なことになっているな」


 主に、誰かの股間が。


「……いや、テメェがその面で女だったら気持ち悪いだろ」


 シンゾーの言葉に、自分の容姿を思い浮かべる。


「……」


 そうですね。気持ち悪いですね。


「バカやってねぇで乗れ」


 呆れたように言いながらアラガネの頭部装甲を被るシンゾー、それに倣って僕も頭部装甲を身に着ける。


「はい。……あぁ、運転に、集中をお願いします。迎撃は、僕が」

「応、頼む」


 言って、シンゾーのモノズ達が組んだバイクの後ろにまたがる。両足でしっかり挟み、ムカデとバイクを結合させる。これで簡単には落ちないだろう。


「……バリケードは?」

「そろそろ拙いぜ。大型抜きだと火力がなぁ」

「でも仕方が無い」

「そうだ、仕方ねぇ」


 言いながら僕らが見る先には一台の大型装甲車があった。この場に居たモノズの大半を動員して組んだ装甲車だ。本来は軽い材質を使って組むことで、四機ほどのモノズで動かせる装甲車なのだが、今は丑号と午号を始めとした多くのモノズ大型モノズがその質量を支えていた。


「土、ですからね」

「土だもんなぁー」


 持ち込んだ資材にコンテナ、それと床材などに使われていた金属で作れる範囲は少なかった。だから大半は保管庫の床を食い破り、そこに在った土を材料とした。

 だから今の装甲車は重い癖に脆く、茶色い。


「土嚢号」

「……もちっと何とかしてやれよ」


 そうか? そうですね。では――


「スーパー土嚢号」

「もういい」


 諦められた。

 だが、そろそろ遊んでいる場合ではない。一時期、全滅していたソルジャー達がチラチラ見えるようになっている。補充されたのだろう。

 床に空いた大穴も問題だ。ワーカー達があそこにトンネルを開けて繋げたら僕らは挟撃されてしまう。そんなわけで――


「スーパー土嚢号、発進!」


 バリケードを吹き飛ばし、アントを轢き殺し、スーパー土嚢号が荒野に降り立った。







 殺し過ぎたから恨まれたのか。

 殺さな過ぎて舐められているのか。

 どちらかは分からないが、インセクトゥムは僕達を逃がす気は無いらしい。

 風を切る音は聞こえない。それでも流れて行く景色から随分な速度が出ていることは伺える。

 だが、そんな僕らに追い縋る影がある。

 いや、追い抜き、先回りし、前後から挟撃を仕掛けてくる。


「グラスホッパーかよっ!」


 ついてねぇ! そんな風に叫ぶシンゾーを無視し、僕は引き金を引く。

 硬く、四角い顔、長い触覚、未発達な腕とは対照的に酷く発達した二本の後ろ脚。膝が二つある二重関節のソレは彼等の特徴であり、最大の武器だ。着地と同時に、跳躍。跳ね回る飛蝗人間の命に届くはずだった僕の弾丸が荒野に砂埃を舞わせた。


「……」


 悪態は吐かない。吐く必要もない。

 跳ぶ方向を調整してやったのだ。高く跳ね上がったソレは格好の獲物だ。何時の間にか装甲車の側面や上面に埋まり込み機銃と化していた小型モノズ達の一斉射撃が逃げ場の無い空でグラスホッパーを躍らせる。


「残り」

「十四ッ! 良い腕だぜ、狙撃兵!」


 言いながら、シンゾーがバイクを操る。右斜め前への斬り込み。体当たりしてくるグラスホッパーに対し、バイクの前側装甲で掠める様にしながら半分だけの衝突、暴れるはずのバイクに身体を傾けることでカウンターウェイトを叩き込み、シンゾーは一切の減速無く走っていく。


「そちらも良い腕です、騎兵」

「ありがとよ!」


 グラスホッパー達の攻撃は弾丸の様な体当たりだった。バイクの正面衝突でも砕けず、僕の弾丸でも貫けない弾性と硬度を兼ね備えた彼らの頭部を、前と後ろにそれぞれ折れ曲がる二重関節の両足でもって撃ち込む。

 単純で、単純であるが故に、強い。

 そんな攻撃だ。

 正直、土で出来た装甲車では防げない。防げないから当たりそうになるとモノズが身体を張って止めている。だが、一発でその機体はお釈迦だ。シンゾーの兄弟達のモノズがその役目を担っているのだが、装甲車の中には随分な数のモノズ達が回収され、収容されていた。

 酷い絵面だ。何とかしたい。


「シンゾー」

「あん?」

「腹なら撃ち抜けると思う」

「……それで?」

「撃たせてくれ」

「はっ!」


 笑い声。獰猛な、獣の気配をシンゾーが纏う。


「カウント・テン! ……上手くやれよ」


 無言の肯定。僕は伍式に弾を送り、意識を研ぎ澄ます。

 シンゾーがモノクを止める。思わず口から出そうになった文句をどうにか飲み込んだ。シンゾーを信じると決めた。それをチャンスと見て、僕達に殺気が集まる。「ちっ、ちっ、ちっ」。挑発するように、こどもをあやす様に、タイミングを計る様に、シンゾーが舌打ちでリズムを刻む。シンゾーがアクセルを開けるのが見えたほんの少しの加速。だが、間に合わない。

 僕らに、七匹のグラスホッパーが殺到し――


「はっはー!」/笑い声/フルスロットル/斬撃/一回転


 位置を調整し、時間を調整し、全てのグラスホッパーがギリギリで避けられるタイミングでの斬馬刀用いての不意打ち、回転切り。シンゾーがはソレを為しながら、バイクを下がらせる。


「――」


 良い、景色だ。

 七匹全てが射線に入る。腹が見える。

 世界が、白く、染まって。

 世界が、ゆっくりに、なって。


 ――何処かで時計の針が鳴き声を上げた。


 連続精密狙撃ラピッド・スナイプ。伍式から持ち代えれば良かったのだが、持ち代える間が無かった。折角のチャンスを生かせなかった。ボルト・アクションの弊害により、撃てたのは二発だ。だが――


「二発撃って、四匹を戦闘不能かよ」

「……腹よりも、脚かと思いまして」

「よし、続けていくぜ!」


 僕は返事をしなかった。

 代わりに、猛スピードで走りだしたバイクの巻き上げた土煙が高く、高く、舞い上がった。

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