VS.スナイプス

 心臓が早鐘を打った。


「――、――」


 だから僕は落ち着くために、深呼吸をする。吸って、吐いた。――良し。


「リカン、遅延戦闘。少しでも進軍を遅らせながら此方へ合流を。申号、酉号、戌号、ルド、A1。リカンの援護を頼みます。エンドウさん、上の爆破準備は?」

「出来てる! アハトも上に向かわせるっ!」

「お願いします」


 暫定の延命措置とも言える指示、流れる血の量が致命に至るまでの時間を少しだけ伸ばす。そんな指示だ。どうする? どうしたら良い? 挟み撃ち。これが最悪だ。相手の攻め手を責めて一方に限定したい。地下通路、施設、ともに爆破の準備はできている。塞ぐだけなら出来る。出来るが――

 タイミング。

 これが重要だ。地下通路を爆破するのは駄目だ。ユーリ側からしか出られなくなる。それは駄目だ。詰む。アレックスは未だどうにかなるが、ユーリは駄目だ。抜けるならアレックス側からでないと駄目だ。

 だから施設側を先に爆破する。

 その方針に間違いはない。だが、ただ爆破するだけでは駄目だ。ユーリに抜けられない様にしなければならないし、リカン達を生き埋めのするのもアウトだ。


 ――あぁ、畜生。


「何で上から来るんだ……」

『来ないと思う所だからこそ、敢えて行く・・・・・。ルーキー、貴方には教えていない戦術です』

「は、」


 笑う。素晴らしい。なんとも有効な戦術だ。普通は実行が出来ないと言う問題を除けば。即ち、戦術として成り立たないと言う問題点を無視すれば、だ。

 ユーリだから出来た。バブルの群れを突破し、この場所、この時間帯では選択肢に上がるはずがない地上からの強襲を選択肢に無理矢理上げた。戦術? 笑わさないで貰いたい。


「ご心配なく。その戦術でしたら知っています。『ごり押し』ですよね?」


 ずりずりと匍匐前進で物陰に移動し、軽口一つ。積んであった土嚢の陰に身体を滑り込ませると同時、その土嚢が小さく爆ぜた。撃たれた。だが、土嚢を貫通することは無い。対物ライフルではないようだ。助かった。


『おや? しっかりと勉強しているようですね。良いことです』


 声だけで、スキンヘッドの巨漢がにっかりと笑うのが想像できた。


『だからこそ心苦しい。ルーキー、我々は貴方を生かして捕らえろとは言われていない。――いえ、寧ろ殺すことを推奨すらされている。名を売り過ぎましたね、ルーキー、いえ、何時までもそれでは失礼ですね、猟犬?』

「……がうがう」

『貴方には言っていませんでしたがね、貴方の前の狙撃野郎スナイプスは私です。新旧スナイプスと言ってみましょうか?』

「たった二世代だけ切り取って、新旧も無いでしょう……」


 土嚢の陰からあちらを除く。暗いだけの空間がぽっかりと広がっている。そこに花が咲いた。マズルフラッシュ。光の花は殺意と共に咲く。花の先には――僕が居た。

 咄嗟、首を動かした。帽子の鍔を弾丸が掠め、高く舞わせた。


「……」


 流石、狙いが正確だ。確実に僕の頭を狙い、確実にソコに弾丸を持ってきた。良い腕だ。そう、実に狙いが正確で、良い腕だから・・・・・僕は彼に勝つ方法を思いついてしまった。

 退路を早く確保しなければならない。リカンでも長くは持たない。アレは、ユーリはそういう種類の生き物だ。だが、退路を塞ぐのは一流どころの狙撃手。あちらは暗闇に溶け、片やこちらは明かりの中で丸見えと来ている。不利だ。笑える位に。

 それでも、速く退路を用意しなければならない。

 そしてその手段を思いついてしまった。


「――」


 やれるか? 自問。


「――」


 やるしかないだろう。自答。


「卯号、子号、君たちが一番反射神経が良さそうだが、実際の所、どうだ?」


 回答:この場にいるもので一番動き出しが速いのは卯号である

 疑問:何の用であろうか?


「悪いが僕の命を頼みたい」


 僕の言葉に、卯号が真意を問う様に、軽く三回瞬いた。そんな彼に僕は思いついたことを伝えた。反対された。まぁ、当然だろう。僕でもそうする。だから僕は勝手に実行をすることにした。作戦は告げた。だから良い。卯号は全力で僕を助けなければならない。それだけだ。

 眼を閉じる。意識を研ぐ。先程のマズルフラッシュの位置を脳裏に浮かべる。

 銃を構える。深呼吸をする。さぁ――


 歩く様な速さで。

 殺せ。


 五歩、歩いた。

 アレックスが僕に向ける殺気に一瞬困惑が混じる。それでも直ぐに殺気は収束する。ちりり。首の裏が焦げ付く。だが、その一瞬が僕の勝機だった。僕の脳裏に青い色が浮かぶ。


 ――頭のどこかで、時計の秒針が鳴いた。


 引き金を引く/遅れて/マズルフラッシュが咲く

 弾丸が飛ぶ。アレックスが放った殺気をなぞり、真っ直ぐに。

 弾丸が飛ぶ。馬鹿みたいに無防備に体を晒した僕に向かって。

 そして。

 卯号が跳んだ。

 僕の指が引き金を引き絞るのを合図としての跳躍は僕がアレックスから奪った一秒にも満たない時間を有効活用し――僕に体当たりをかました。


「――こふ、」


 中国武術に浸透勁と技法がある。

 それとは関係ないが、立射の姿勢で隙だらけになった脇腹に突き刺さった卯号の当たり所が思ったよりも良い。一瞬呼吸が止まった。けふけふと咳き込む。涙がジワリと滲んだ。「ヴぁー」。呻きにも濁音が混じると言うものだ。

 だが、それだけだ。

 弾丸は先程まで僕が居た場所を通って行った。それだけだ。

 暗闇の先から銃撃が降る。だが、それは先程までの狙いすましたものではない。アレックスのモノズ達が撃っているのだろう。

 指の先に命が乗った・・・感覚は無かった。ならばアレックスは未だ生きているのだろう。だが、当てた・・・。その感覚も残っている。

 そしてモノズの出鱈目な射撃。恐らくは、治療しながらの撤退準備、そんな所だろう。


「……エンドウさん、先行して通路の先へ。恐らくですが負傷者一名――」

「了解だ。治療をしておく」

「お願いします」


 戦いには『落としどころ』が必要だ。その為にも捕虜は取っておいた方が良い。


「子号、僕の随伴。以降僕等はS1だ」

「午号、モノク状態で待機。護衛に卯号、巳号。君達はS2だ」

「丑号、寅号、辰号、未号、亥号、A2としてエンドウさんへ付け」


 さて――


「僕は親子喧嘩に行ってくる。何時も通りだ。兎に角勝てオーダー・トゥ・ウィン、以上」







あとがき

祝! 百話!

一昨日の時点で!


ここまで続けられたのもみなさんのおかげです。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る