カンパニー×カンパニー

 完全に信じるのは自分だけくらいにしておいた方が良さそうだ。

 悲しいが、人間とはそう言う生物の様だ。

 まぁ、生物としては裏切ってでも生き残る方が正しいので、生物全般がそうなのかも――あぁ、でもハダカデバネズミは外敵に食われる役がいて、蟻の中には自爆する奴もいるんだったか?

 話が逸れた。

 真性社会を造るイキモノと人間を同列に語っては駄目だ。

 取り敢えず、三人が裏切ったので、口裏合わせ防止の為に別々に尋問し、ついでにやり取りの手紙も確保した。ドールとモノズを駆使しやりとりしていたようだ。

 長距離の通信が出来ないのも考え物だ。酷く手間が掛かっている。

 だが、今回、それは僕達にとっては有り難かった。ばっちりと書面で残っている。

 それは有り難かった。

 そこまでは有り難かった。

 問題は彼らの取引相手、販売先だ。

 簡単に言うと――


「イービィーが欲しい……」


 手ごろな位置にいた丑号に体重を預けながら、吐き出す様に一言。


「イービィー?」

「ん? あぁ、アイツのコレである」


 誰だ? とエンドウさんが小首を傾げて、リカンが小指を立てる。


「まぁ、恋人がいらっしゃるのね、素敵だわ。でも、それじゃぁ、わたしはどうしたら良いのかしら? お兄さんと呼ぶ? お父さんと呼ぶ? ねえ、どちらが良いかしら? 殿方の意見を聞かせて下さらない」

「お兄ちゃんで。――それで、どうして行き成りアイツは恋人を求めてるんだ?」

「我は妹居るから言うが、あんまり可愛くないであるぞ、アレ。そんなわけで父上で。――トウジは危機的状況に陥って遺伝子を残そうとしているのではないか?」

「あまり参考にならないのね。……本人に直接聞いた方が良さそう」


 外野が好き放題言っている。

 彼らは現状が分かっていないのだろう。

 状況が分かっている僕、それと、彼女を知っている僕のモノズだけが慌てている。

 彼女。そう、彼女。女性だ。

 白い髪、赤い瞳、色の無い肌、存在しない左腕。

 アルビノの、隻腕の、突撃兵。

 研究者たちの技術売却先はタタラ重工で、その回収を請け負ったのはその子会社であるカンパニー×カンパニーで、そして研究者の回収担当者は――ユーリだった。

 アレと渡り合えるのは、僕が知っている範囲だと、狛犬、師匠、エドやんの護衛、この位だ。


「……」


 イービィーが欲しい。

 何でもできる彼女を連れてくるべきだった。


「――エンドウさん、リカン。真面目な話だ」


 まぁ、居ないものは仕方がない。切り替えよう。

 分隊長相当の二人を呼び寄せる。


「資料に目は?」

「通したぞ。回収日、今日だったんだな……」

「えぇ、そしてただ今の時刻は十八時。山に囲まれたここの周りは薄暗いです」


 つまりは――


「バブルの動きが鈍って『溜まり』始めています」

「入口は使えない。そう言うことであるな?」

「それもあります――と、言うか、だからこそと言うか、別の出入り口があります」


 表の見張りがドール三体と言う時点で疑っておくべきだった。アレでは少なすぎる。彼等はバブルの群れを抜けての追跡者と言う者を考慮していなかったのだろう。


「それで、その出入り口の場所は?」

「どうしても話したいとのことだったので……」


 訊いておきました。

 言いながら端末を弄り、マップデータを送信。この地下施設から伸びる地下道の地図だ。


「一応、送りましたが、使えません」

「何故であるか?」

「唯一の出入り口と言うことは、そこから相手の部隊が来るからです」

「さっきから随分と気にしてるみたいだけど……知り合いか?」

「この時代の母親です。それ以上に、とびっきりの突撃兵アサルトです」

「……どの程度・・であるか?」

「二年近く前だが、僕の狙撃を歩きながら躱して最終的にグーで殴れるくらいだ」


 思わず遠い目になる。アレは怖かった。すごく怖かった。今でもトラウマだ。

 君はできそうですか? と視線でリカンへ問いかける。肩を竦められた。無理らしい。


「いや、銃弾を躱せるわけないだろ……」

「こっちの本職の中には稀にですが居ますよ」

「……俺は今後、兵士兼技術者と名乗るのが嫌になった」


 うへぇ、と心底嫌そうにエンドウさん。


「稀にですよ。ここに居るメンバーだと……調子が良ければリカン、まぐれでフリーゲってところですかね?」

「銃手がお前でなければな、ラチェット」


 リカンの言葉に、今度は僕が肩を竦めて見せる。


「さて、前門のユーリ、後門のバブル。僕等は地下で身動きが取れなくなったわけですが――一緒に死んでみませんか?」


 僕はにっこり笑って見せた。


「……」

「……」


 分隊長相当の二人はとても嫌そうな顔をしたことを記しておく。







 地下通路はユーリが来るから使えない。

 元の入り口はバブルに蓋をされたから使えない。

 つまりは八方塞がり。そういうことだ。

 だが、考えて欲しい。

 元の出入り口はバブルが居なければ使える。そのバブルは朝になれば居なくなる。トリックも何もない。随分とお粗末な密室だ。

 問題なのは、時間。回収に来るユーリへの対処だが……これも何とかなる。現状の、今の時間帯での通路が限られているのだから、そこを塞いでやれば良い。

 ……いや。それは少し正確ではないな。ただ塞いだだけでは朝を待って本当に唯一となった出入り口を使われてお終いだ。

 だからユーリごとやって・・・しまえば良い。


「血は繋がっていないとは言え、息子が母親を生き埋めにしようとするとは世も末だな……」

「外を見て下さいよ。とっくに世は末です」

「……そうだったな」


 言いながらエンドウさんがアハトに運ばせた爆薬を設置していく。

 地下通路はそこそこの広さがある。単線の線路くらいなら引けそうだ。……いや、恐らくだが、線路を引く前提で造られているのだろう。線路を引くだけでなく、荷下ろし作業にも十分使えるだけの幅がある。

 その広さが僕には嫌だ。

 ユーリは速くは無い。だが、巧い。

 スペースを与えれば与えただけ、そこを活用してしまう。足止めをして、生き埋めにする為の足止めすら、このスペースではその足止めすら厳しい。

 だったらどうするか?

 簡単だ。狭めてしまえば良い。

 僕はそう思った。

 それに否と言ったのがエンドウさんだ。

 彼はもっと有効活用しろと言った。つまりは――


 ――狭めていない様に見せながら、狭めるべきだ。


 見かけ上の幅は変わらない。だが、実際には罠が張られており、見かけ通りに使えるだけの広さは無い。そう言う風にするべきだと彼は言った。


 ――そうすれば敵は勝手に道を狭くしてくれるぞ。


 つまりは心理的に道を狭めると言うことだ。

 僕には出てこないその発想に僕は素直に感嘆し、採用することにした。

 そんな分けで僕は地下通路に罠を仕掛けている。何、大した手間ではない。何と言ってもモノズは一流の工兵なのだ。


「?」


 そんな時だった。ふいに、首の裏が『焦げた』。比喩表現だ。それでも僕の耳には、ちり、と焦げ付く音が届いた。

 視線を上げる。ユーリ達が来ると思われる方向を見る。暗闇が――


「っ! 伏せろ! 狙撃だッ!」


 瞬いた。

 くそっ、もう来たのか? 随分と速い。だが、まぁ、予測の範囲内だ。急いでリカンを呼び寄せて――


『やぁ、私が誰だかわかりますか、ルーキー?』


 ? 誰だろう? そう思う。だが、この声、聞き覚えがある。僕をルーキーと呼ぶこの男は――


「……アレックス?」


 敵からの通信に、言葉を返す。


『正解です。ルーキー。それでは次の質問です。――袋のネズミになった気分は如何ですか?』

「? 何を言って――」


 いるんですか?

 そう返そうとした。だが、そう返せなかった。何故なら――


「拙いぞ、ラチェット! 奴等、上から来やがった!」


 僕はその言葉の意味を理解させられた・・・・・

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