共生

 そもそも技術の飛躍があるのだ、と以前、アキトが言っていたのを思い出した。

 人間と、トゥースと、インセクトゥムと、バブル、その四者の起こした大戦の時期に混ぜてあるものの、明らかにソレ迄とは体系が違う技術が現れ、一足飛びに前線に立っていると言うのが技術者から見た歴史だそうだ。

 モノズの核に使われるツリークリスタルは、特殊なツリークリスタルに対し、特殊なカットを施したモノだ。

 そうすることにより、モノズは燃料であり、自我の存在する場所である核を持つことになる。

 この時点で、既におかしいと言えばおかしい。

 石のカットにより人工知能を上回るモノが造れると言う発想が既におかしいのだ。

 火から蒸気。蒸気から電気。電気から化石燃料。化石燃料から原子力。

 その流れの中には存在しなかった研究分野。ソレが現れ、一瞬で既存の研究を塗り替える。そんなことが有り得るのだろうか? 有り得るとしたらその為には何が必要なのだろうか?

 稀代の天才? いや、それでは駄目だ。天才でも、多かれ少なかれ既存の分野の影響を受ける。例え思い付いても、そうでないと理解して貰えず、受け入れて貰えないからだ。

 狂って居なければならない。

 おかしくなければならない。

 理解を、されてはならない。

 例え後の世で天才とされたとしても、その場、その時では狂人でなければならない。

 つまり、理解されることが前提の論文では駄目だ。魔導書。そう呼ばれる様なモノでは無いと駄目だ。

 狂った詩人。夜の声を聴いた者。アブドル=アルハズラット。

 彼が多分、近い。

 僕はそんな印象を受けた。だって共通点がある。

 旧支配者が記されたアルアジフは、乱暴に言えば宇宙からの知識が記された本だ。

 そしてツリークリスタルの利用方法も宇宙からもたらされた。

 トゥース、インセクトゥム、そしてバブル。これらを敵性宇宙人と呼称するなら、当然、『敵性』ではない宇宙人も存在する。

 僕は、それはモノズだと思って居た。

 だが、それは半分正解で、半分は不正解だった。

 この度、目出度くも四番目の敵性宇宙人となったモノ。一番最初に宇宙から来たモノ。


 ツリークリスタル。


 ソレが人類の新しい敵だ。








 トゥースは実際の所、変異した地球人なので、正確には敵性宇宙人ではない。だが、殺す際の心理的ブレーキを考慮し、大戦中に『宇宙人』とされたらしい。

 変質してしまった同朋と、侵略者。殺しやすいのはどっち? と言う話だ。

 では、インセクトゥム、バブル、そしてツリークリスタルは?

 これは油断させない為だ。

 虫と泡と石。先入観で見てしまえば、明らかに下に見えてしまうこれらを甘く見てはいけないと言う戒めから『宇宙生物』では無く『宇宙人』と称した。

 では、人の定義とはなんだろうか?

 哲学者でも無い僕は取り敢えず、有名な答えを選んでおこう。

 言葉の有無。

 そう、つまりは――ツリークリスタルは喋るのだ。


「……」


 僕らの視線を集めるのは球体だった。

 アロウン社製 モノズ・ボディ パール

 真珠の名に相応しい白く光るボディは戦う為のモノでは無い。

 無骨なイメージを極力排除したその美しい球体は、企業の上層部が見栄えを重要視して採用する儀典用とでも言うべきモノだ。ソレには攻撃能力は無く、防御能力も無い。


 ――貴方を信頼していますよ


 そう言うメッセージをお客さんに伝えるのが目的なのだから当然だ。

 そして、今、“彼”が――


『さて、それでは我々の答えを正式に告げようと思う』


 喋った。

 機械音声ではあるが、片言では無く、キチンと意思を持って言葉を発した。


『我々はこの星での共生先として人間でも、トゥースでも、バブルでも無く――インセクトゥムを選ぶ』

「我々の代でやられると困るのだが……もう少し先に伸ばして貰うことは出来ないのかね?」


 エドラムさんの言葉に失笑が漏れる。

 だが、状況に付いて行くどころか完全に置いて行かれている僕には生憎と笑い処が分からない。困ったな。そんなことを考えながらアイスコーヒーにシロップとミルクを垂らして混ぜた。ブラックコーヒーに乳白色が混じり、不可逆の変化を遂げた。

 さて。

 どうしたものか?

 そんなことを考える僕に隣の席のヘンリエッタ嬢がタブレットを寄越す。

 動画でも見て大人しくしていろと言う意味だろうか? そう思ったが、違う様だ。今回の会議のレジメの様だ。重要と思われる部位にマーカーもされているのでわかりやすい。端末に転送し、タブレットを返す。軽く、ぺこり、と頭を下げる僕に、彼女は『気にするな』と言う様に片手を上げて応じた。

 ざっ、と目を通す。

 取り敢えず、先程の共生の意味は分かった。ツリークリスタルの落下から凡そ四百年強。その間、ツリークリスタルは次のパートナーを品定めしていたらしい。その方法が闘争なので、思いっ切り、戦争の黒幕だった。

 その際、他と比べて弱い人間側にはモノズと言う形で力が提供された。

 実はトゥースも『そう』だったらしい。人間へ力を貸す一環として人間を進化させたのは良いが、互いに混ざり合わなかったと言う誤算が有ったとのこと。

 進化した人間であるトゥースにモノズを使わせることで大幅強化を狙ったらしいが――醜いかな差別意識。人間サマは思った以上に排他主義で在らせられたし、その人間から進化したトゥースも同じ傾向が有った様だ。

 でも大事だよ、差別意識。

 違う者と違う者を混ぜる時は慎重になるべきだ。……何となく、アイスコーヒーを見た。

 そして、ツリークリスタルを追って来た別の星でのパートナー。それがバブルとインセクトゥムであり、彼等は我が地球ごとツリークリスタルを奪う気らしかった。

 その他にも月刊ムー大陸にでも投稿できそうなネタが目白押しだ。――へぇ、ツリークリスタルは炭素の外殻を持ったケイ素生命体なのか。え? 日光浴は呼吸の為なの? 日光集めて二酸化ケイ素を気体にしてると言われてもちょっと分からないですね。

 そんな感じで僕がレジメに目を通している間にも、インセクトゥムを選ぶと言われたことに対し、色々な意見が飛び交っているが――正直、僕にはどうでも良かった。

 時計を見ると十二時を回っていた。今日は朝から我がスマイル中隊のミーティングが有ったはずだ。


「あの……」


 喧々諤々の中、手を挙げて注目を集める。タイミングが良かったのか悪かったのか、全員が黙り、僕に注目してしまった。「……」。少し、喉が張り付いた様な感覚がした。


「一つだけ、質問をさせて下さい。ツリークリスタルがインセクトゥムと手を組んで僕らを滅ぼそうとしているのは分かりました。――では、今まで手を貸してくれていたモノズはどうなのですか? 最近のモノズの暴走はソレに起因することは想像できるのですが、ソレは全てのモノズ起こることなのですか?」

『失礼、貴方は?』

「ドギー・ハウスの猟犬です。あー……ミスターパール?」

『その呼び方は良いですね。ワタシのことはパールさんと呼んでください、猟犬』

「わかりました。パールさん」


 それで。


「どうなんでしょうか?」

『イエスでノーです』

「言葉遊びは止めましょうよ」

『そうですね。では、簡潔に。それは個人に任せています。我々にも個人の意思が有ります。見極める為に傍に居ました。その任務が終わったので、もう付き合う必要が無いと判断する者も居るでしょう。ですが――』

「これまで通り、人間の隣に居ることを選ぶ者も居る、と?」

『そう言うことです』

「成程。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げた。

 聞けることは聞いた。だったらここには用は無い。「出る時、レジメのデータ消した方が良いですか?」。そう尋ねたら別に消す必要は無いとのことだったので、そのままにして立ち上がる。


『? 帰られるのですか、猟犬?』

「えぇ。はい。僕はスリーパーなので、この時代の方針に口を出す気はありませんので。僕は僕の友人が友人で居てくれそうだと言うだけで十分です」

『そうですか――貴方の友は、良い友人を持ったようだ』

「そうだと嬉しいですね」


 では、と。

 右手を振ってさようなら。席を立つ僕に、お偉い方の「何だアイツは!」の罵声が飛ぶ。

 ちらっと、シマムラさんが映った。アバカスがツリークリスタルに由来しない兵器を造ろうとしていた理由は『こんなもの』か。そう思う。


「ジャンプ、読んだ方が良いですよ」


 シマムラさんとのすれ違い様に肩を叩いて、耳打ちを一つ。

 『努力』を『勝利』に結びつけるには『友情』が不可欠なのだ。未来人はその辺りが分かっていないようだ。

 と、足元に子号、未号、戌号、巳号が転がって来た。

 ぴっ、と端末が鳴る。


 謝罪:真実を告げることが出来ず、申し訳ない


「まぁ、気にしないで下さい。そんな話されても僕には扱いきれませんでしたし」


 疑問:友は引き続き、我らの友でいてくれるのであろうか?


「君達が愛想を尽かしていないなら、そうして貰いたい」


 諦観:友は目を離すと何をしでかすか分からないからな。我らが見ていないといけない件


「ではこれからも宜しく、と言うことで」


 セリフ:だなっ! さぁ、朝日に向かって競争である!


「――あぁ、僕達の戦いはこれからだ」


 完。


 ……因みに。

 何も終わっていないし、今は夜だ。

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