情報収集:上層部

 金を撒き、情報を撒く。

 ドギー・ハウスの猟犬であると言うネームバリューも使ったが、撒いた情報が情報だ。そうでなくても広がるのは早い。


 ――猟犬がモノズ暴走の情報を掴んだらしい

 ――何でも情報源を今も捕らえているらしい

 ――それはアバカスの社員らしい

 ――と、言うことはアバカスがモノズ暴走の黒幕なのでは?

 ――そうなるとあの会社のモノズ・ボディも怪しいぞ


 昼に撒いた情報は夜には一周回って再度僕の耳に返って来た。

 後ろ二つは流した覚えが無い。回遊魚の様にくるっと回る間に、たっぷりと餌を食べたのだろう。良い感じに膨らみ、油が乗っていた。

 モノズの暴走に合わせる様にして表に出て来た都市伝説。誰もが怪しいと思って居たアバカスが情報源であると謳ったこともあり、それなりに信頼性の高い情報だと思われているようだ。

 だが、実の所、スエンは何も吐いていない。

 拷問も良い子に見せられるラインの軽い奴――指の間にボールペンを挟んで、その手を握る位しかやっていない。「え? これ本当に痛いの?」とE.Bが言っていたので、彼女にもやってやった位だ。

 さて、真実の中に少しだけ混ぜた嘘だが、これを無視できない連中もいる。

 スエンはアバカスの社員だ。だから今回の事情の裏をある程度は知っている。そしてスエンがソレを話したかどうかは分からない。それで困る連中もいる。

 どう言う分けか彼等はモノズを、ひいてはツリークリスタルを排斥したがっている。

 その売込みをやろうとしている所に現場でそれなりの知名度がある僕からの情報暴露。更にどう言う風に『加工』されるかも分からない。

 長い間裏に潜っていたせいだろう。アバカスの信頼度はその規模の割に未だ大したことは無い。さて、彼等はどう出るだろうか?

 僕を無視するか。

 僕を取り込むか。

 僕を排斥するか。

 そんなことを考えていたら、来客があった。

 荒野の夜は冷える。焚火の周りで甘いカクテル、アイリッシュコーヒーモドキを啜っていると、影が足元に伸びて来た。立ち止まる。顔を上げる。

 そこには、黒のダブルスーツを纏った小太り中年。丸眼鏡のすだれハゲ。


「夜分遅くに申し訳ありません。わたくし、アバカス営業部のシマムラと言うものですが……こちら猟犬、トウジ様のテントで宜しいですか?」

「宜しいですが……何の御用でしょうか?」

「あぁ、トウジ様で?」

「はい」

「この度は部下がご迷惑を掛けてしまったようで――これは、つまらないものですが」


 企業戦士サラリーマンの必殺技の一つOJIGI。菓子折りを差し出しながら、頭を下げるその様に、今は無き我が故国を支えた戦士の面影を見た。


「あぁ、いえ、こちらこそ」


 何がこちらこそなのかは、良く分からない。

 良く分からないが、取り敢えず、ワタワタとマグカップを置き、僕も頭を下げて受けと――


「止めとけ、バカ犬」


 ろうとしたところで、待ったがかかる。

 一緒に焚火を囲んでいたA.Bさんが、何やら、にやにやしている。


「距離を取れ、殴り屋だ」


 指刺す先は、菓子折りを掴む手。手の骨の形が『殴る様』の手だった。「……」。何とはなしに距離を取る。ハンドサイン。パー、グー、鉄砲を造って、シマムラさんを指す。

 寅号と亥号が僕の横に並び、シマムラさんを囲む様にモノズが散り、銃を向けた。


「……ハハ、いや、これは……困りましたな」


 照れ笑いを浮かべるシマムラさん。ぞわりとする。彼はこの状況でも負けないだろう。生き残れるのだろう。そう言う種類のイキモノなのだろう。


「あの、懐から拳銃を取り出しても?」

「……いや、イエスと言う分けが無いでしょう」


 そんなイキモノからのまさかの申し出に、当然の様に『ノー』を突きつける。


「ではお手数ですが足を撃っては頂けませんか?」

「……?」


 ちょっと、良く分からない。

 子号を見る。子号も首を傾げる様な動作をしていた。音声データに何か間違いが無いかを確認しているのだろう。どうやら僕の聞き間違いではなさそうだ。なさそうだが……


「すみませんが、もう一度お願いできますか?」

「はい。お手数ですがわたくしの足を撃って頂けませんか? わたくしは――言い方は悪いですが、この場から皆様を無力化した後、帰ることが可能で御座います。トウジ様、この距離は貴方のモノでは無く、わたくしのモノで御座います。そんなわたくしの足を差し出す。これがアバカス側の誠意で御座います」

「……」


 それはそれは、物騒な誠意ですね。そんなことを思いながら、引き金を引く。銃声。「お手数をおかけしました」。汗一つない涼しい顔でシマムラさんが、止血と清掃をやっている。


「おい、バカ犬。こう言うのはな、撃たずに招き入れて器のデカさを見せつけるもんだぞ」


 養父パパのお小言。


「いや、知りませんよ。そんなもん」


 それを聞き流す。

 脅威になりうる人物が無力化しても良いと言ったのだ。

 器の大きさ何てものよりも僕は安全を取ります。








 流石に夜のテント村とは言え、銃声はそれなりに目立つ。何処かに場所を移そうとしたところ、「それでしたら」とシマムラさんから場所の提案が有った。

 連れていかれたのは要塞内の一室。

 何のことは無い。

 元よりシマムラさんの目的は僕をここに連れてくることだったのだろう。


「……」


 嵌められた。

 相手の方が一枚か二枚、上を言っている。

 慣れない情報の拾い方をした結果がコレだ。笑えない。

 エドやんが居た。僕に気が付いて、『やぁ』と軽く手を上げている。同じ様な席順の位置に二人座っている。状況から考えてアレはタタラ重工と職人組合の代表だろうか? シンゾー辺りが居れば分かったかもしれないが、生憎と僕には分からない。

 A.Bさんが、さも当然と言う様に席に着いた。席順は――エドやん達と同じだ。トゥース側の代表と言うことだろう。コレで上座の四つが埋まった。

 何が『距離を取れ、殴り屋だ』だ。明らかに仕込みに一枚噛んでいるじゃないか。ギロリ。睨む。凄く良い笑顔が返って来た。以前に嵌めたことに対する意趣返しなのだろうが……クソだと思う。


「トウジ様、こちらに」


 そう言ってシマムラさんが僕を席に案内する。普通に歩いて、だ。「……」。何が誠意だクソ野郎。

 ……いや、信じた僕が馬鹿なのだ。嵌められた未熟を先ずは恥じよう。

 観念する。

 完敗する。

 ここは僕の戦場ではない。付いて来たモノズ達に戦わない様に言い、自身もヒップホルスターに銃を収めたまま席に着く。降参です。だから虐めないで下さい。そんな意思表示。

 エドやんとA.Bさんが、そんな僕の態度に微笑ましいとでも言いたげな視線を向けて来た。こっちみんな。僕は視線から逃げる様にして机に突っ伏した。ひんやりとしている。コースターが置かれていることから飲み物が貰えるのかもしれない。


「自力でここに来て大したものだと思ったのだが……嵌められたのか、トウジ?」

「まぁ、そんな所です」


 隣の席から女の声。

 相も変わらず赤い。

 金で牧羊犬の仔犬になった女、ヘンリエッタ嬢が居た。


「……そちらは?」


 どうしてここに居るんですか? と視線も向けずに問いだけを投げる。


「アバカスが表に出る際の販路を用意したのは家でな――儲けさせてもらったよ」

「それは良かったですね。ところで、アバカスを紹介した貸しを今、返してもらっても?」

「ここからの脱出と言うなら無理だぞ?」

「……」


 駄目か。使えない。

 ならば次だ。


「いえ、そうでは無く。この集まりが何なのかを教えてください」

「……それすらも知らないのか? どうやってここに来たんだ?」

「嵌められて、ですよ」


 言わせないで下さいよ。恥ずかしい。


「……本当に嵌められただけだったのか……」


 瞳をぱちくりと驚いた顔。

 そうしてみるとヘンリエッタ嬢も中々に可愛らしい気がしないでもない。


「いや、失敬。すこしお前を過大評価していたよ、トウジ」

「立つ場所によってはこんなもんですよ、僕は」


 それで? 眼で問う。


「あぁ、うん。宇宙人からの最終通告を聞く場だ」

「……?」


 良く分からないのですが?


「簡単に言うとツリークリスタルが人間を見限った――と、言うかインセクトゥムを選んだ」

「……………?」


 もっと良く分からないのですが?

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