情報収集:従業員
急な戦線の拡大による人員の増加。
ソレが良く分かる光景がこのテント村だろう。
僕とハイボールが飲んでいた酒場は急拵えとは言え、依頼されて造られた施設だ。だからもとからあった砦の中に造られる。
だが、そうではないモノは?
利益の匂いを嗅ぎつけてやって来た商人は? 僕の様に遅れて参戦した傭兵は? 急な拡大により集められた人員を呑み込めるほど要塞は大きくない。
そんな分けでバリケードを造り、砦の外にテントが無数に建てられることになった。
トーチカを建てることは許されていない。いざという時に踏み潰せるテントで無いと、駄目なのだ。建造物と言うのは攻める側にとっても、守る側にとっても盾になる。砦の迎撃想定箇所がテント村部分である以上、本来の性能を発揮する為には在ってはいけないのだ。
僕はE.Bとルドを連れてそんなテント村を歩く。
朝食時だからだろう。
食べ物の匂いが多い。ついでだから朝食を取ろうと言うことになった。
胃に優しいものが良い。
そんな僕のリクエストを受けて、朝粥になった。
屋台で買い求め、適当な壁際で立ったまま食べる。
大粒の梅が一つだけ入っていた。箸でほぐし、全体にまんべんなく散らす。余り行儀が良くないが、まぁ、気にしても仕方がない。
E.Bは一口で梅を食べてしまった。えれ、と舌の上に乗せられたタネが少し卑猥だ。ルドがタネでも良いから下さい、とじゃれついていたので、保存食のジャーキーを少し分けてやる。
「それ、千切って入れたら美味しそうだな」
「……何だ、君は。天才か?」
やってみよう。
「まぁ、消化には悪そうだけどな」
「……」
止めておこう。
僕に優しく。胃に優しく。じんわりとした熱さが腹から身体を温める。
空になった器を持ったまま、何とは無しに壁にもたれ、周囲を見る。
朝食を買えたことからも分かる通り、この辺りには屋台が集まっているようだ。態々テントの場所を買ってまで屋台を集めたと言う話を聞いた。上層部も大変だ。だが、利用する側としては分かり易くてありがたい。
ふと、屋台の中の一つに人が集まっているのが見えた。
モノズ・ボディを扱っているのだろう。掲げられた旗にはモノズの絵と――ソロバンの絵が描かれていた。
ソロバン。英語でアバカス。
秘密結社である商社としてのソレは、このタイミングで表に出ることにしたらしい。
彼等の思惑は分からない。
辰号のボディを改造したことがバレてしまったのだろう。スエンを通しての依頼も監視も僕には既に無い。不良品。そう呼ばれるモノとして扱われているようだ。
「……なぁ、トウジ、アバカスってことは……」
「まぁ、『そう』でしょうね」
強制停止が可能なモノズだろう。
攻めに転じたインセクトゥム、表に出て来たアバカス。それらに続く異変第三弾、裏切るモノズ。
人間の良き隣人であり、友人であったモノズ。
彼等の中に裏切るモノが出て来た。
肝心なところで手を貸さない程度なら可愛らしいモノであり、場合によっては直接契約者を手に掛ける事例すらもある。
ある意味で先の二つ以上に僕ら傭兵にとっては大きな異変。それがモノズの裏切りだった。
……だが、まぁ、実は僕には余り関係無いだろうなと言うのが率直な感想だ。
裏切るモノズには……と、言うよりは裏切られる契約者には同じ傾向があるのだ。
モノズを友として扱っていない。モノズを道具としてすら扱っていない。モノズを奴隷として扱って居た。
僕はユーリにモノズを友として扱う様に教えられた。
シンゾーはモノズを道具として大切にするように教えられた。
そう。程度の大小は在れど、傭兵は例外なく、モノズは人間の力だと教えられている。
だが、その教えすら守らない奴らが居る。
それが今、アバカスの店に並んでいる連中であり――
「つまりは無能の集団だな」
「聞かれて喧嘩になったらおれが助けるのだが?」
かっこつけんな、そう言ってE.Bは僕の頬をぐりっ、としてきた。
とても止めて欲しい。
さて、参戦の遅かった僕の住処はテント村の更に外縁に近い部分にある。
僕やシンゾーだけなら大して問題は無かったが、アキトの様な技術班や、キリエ、トウカと言った戦闘職の子供達には申し訳ないことをしてしまったなと思う。
戦場に近い部分に拠点を構えれば、攻められた時にどうなるかは考えるまでも無い。荷物を解くのは最小限に、何時でも逃げられるようにしてもらってはいるが、それでも限界がある。いろいろと不便な思いをさせて申し訳ない。
そんなテントに向かうと、テント入り口で戌号がタライに入れられていた。傍らには技術班の少女。そう言えば子号の提案で防砂コーティングを施すことになって居たな。そんなことを思い出した。
今はその準備として水洗いをされているのだろう。
順番は干支順で、残された亥号が少し暇そうに日向ぼっこをしていた。そんな彼を、こつん、と叩いて、帰ったよ。僕に気が付いたが、日向ぼっこを止める気が無い亥号は、こちらも見ずに瞬きする様に点滅した。
「ご苦労様、調子はどうだい?」
「? あぁ、トウジさん、大丈夫ですよ! ぴかぴかです!」
「そうか。悪いがよろしく頼む」
言って、テントを潜る。
五百年後の今は、気候がすっかりと変わってしまっている。刺す様な太陽光は熱く、厳しいが、湿度が大したことないので、こうして日陰に入ってしまえばどうと言うことは無い。
どうやら既に寅号まではコーティングが終わっているらしい。
テントに入ると、暇そうにしている丑号と、なにやら向かい合って話し合いをしている子号と寅号が居た。
僕に気が付いた子号が寄ってくる。
報告:伝言が二件ある件
「そうか。聞こう」
問い:良い知らせと悪い知らせ、どっちが良い?
「……」
そう言うのは別に要らないのですが?
そんなに暇なのだろうか? あぁ、そうか普段の暇潰し、電子将棋の相手である戌号が外なのか。では仕方がない。付き合うとしよう。
「……先ずは、良い知らせから聞こうか」
残念:両方普通の知らせである
「いや、でしたら――」
先程の問い掛けは何だったのか? と。小一時間程問い詰めたいのですが?
報告一:スマイル中隊長より次の任務のお知らせ。明日朝十時よりミーティング
報告二:お義父さん襲来なう→テントの奥でシンゾーが対応中
「? E.B」
「んー?」
どったのー? と寄って来たE.Bに端末の画面を見せてやる。僕に抱きつく様にしながら肩に顎を置いていたE.Bが、わざと、かっくん、と顎を鳴らした。骨に響くので止めて欲しい。
「おれは聞いてないな」
「……何だと思いますか?」
「タイミングがタイミングだからな、引き抜きに来た――とか?」
「人間では無く、トゥースとして戦え、と?」
「ん、そんなん」
「そうか」
がりがり。頭を掻く。
どうしたものか? どう対応するべきだろうか?
気持ちの問題として、生憎と僕は人間側だ。生物学的な本能に根差して――と、小難しく
理屈を捏ねて言ってしまえば、出来れば同種を守る立場を取りたい。
「……」
まぁ、相手の目的が本当に『そう』なのかも分からないのだ。
これ以上は下手に考えても仕方がない。
さっさとご本人に用件を伺うことにしよう。
一応の仕切りとして下ろされた幕を片手で持ち上げ、奥へ。
モノズが用意したパイプ椅子的なモノが三つ。座っている人物は三人。子号が言っていた通りのA.Bさん、シンゾー、そして、袋をかぶされた不審人物が一人。
まぁ、明らかに被害者と言うか、何と言うか、袋を被せられ後ろ手に椅子に縛られているのを見るに何だかテロリストに捉えられた敵兵士の様だ
この後の展開として、このまま頭を撃ち抜かれる絵しか想像出来ない。
「……なるべく助けてやれや。スエンだ」
「……あぁ」
ぽん、と部屋から出るシンゾーに肩を叩かれた。
溜息が出る。
そうですか。スエンですか。
胸をぼりぼり掻きながら、椅子をずりずり動かして体重を預ける。
「どうしたんですか、コレ?」
「ギョロ目を奪いに来た集団がいてな、コレは始めの方の交渉団の中に居た。お前の知り合いだと言うから連れて来てやったぞ」
「解放するためにですか?」
「まさか。情報を絞り出す為だ。他の連中は言葉が通じなかったがな、コイツには言葉が通じたから持ってきた」
「……成程」
やれるだろ? とニヤニヤしながらA.Bさん。引き抜きの方が幾分かマシな話題だった様な気がする。
優しい世界では無く、残酷な世界。そう言うことだ。
先ずは僕の立ち位置を決めてしまおう。シンゾーの言う通りにスエンを救助するか、A.Bさんに従って情報を絞るか……まぁ、スエンには悪いが後者だな。モノズの裏切りに関してもアバカスなら情報を持って居るだろう。
「相手方の要望は、ギョロ目の開放ですか?」
「博士と呼んでいたな」
「……技術が目的ですか」
「モノズが必要ない世界の為に、だそうだ」
「それはそれは――」
良く引き渡しませんでしたね。
モノズ無しで人間がトゥースに敵うはずがない。僕がトゥース側なら引き渡す。ドラム缶軍団に改造人間、そのどちらもモノズと比べると数段劣る。
端末を弄り、文字を入力。『こちらの声は?』。その問いかけに対し、同じように端末に文字が打ち込まれて回答。『聞こえている』。そうか。そうですか。『では茶番に付き合って下さい』。『OK』。そんなやりとり。
「僕は『肉』に訊く方法が主流なのですが……」
「そうか。こっちもそろそろソレをやろうかと思って居たのだが……助けないのか?」
「まぁ、世話にはなったし、彼が基本的に良い人であることに疑いは無いので、心が痛いのですが――」
「お前は酷い奴だな、猟犬。では、そうだな……利き腕」
「あ、待ってください。僕もソレ欲しいです」
「おいおい、何だ? やっぱり助ける気か? 利き腕が無事かそうでないかは『後』の生活への影響を考えるとデカいからな?」
「いえ、そうではなく。どうせ義手になるにしても、利き腕だと『取返しが付かない』感が大きいじゃないですか」
先ずは指です。液体窒素で凍らせた状態だと切りやすいらしいですよ。
「猟犬の『りょう』は猟奇的の『りょう』なのか?」
「字は一緒ですね」
そんな会話。始めは心を殺していたスエンも、僕の声を聴き、助かるかもと言う希望を感じていた所にされたこの仕打ちで震え出している。
猿轡でもされているのだろう。ふーっ、ふーっ、ふーっ、と過呼吸気味の呼吸音が聞こえてくる。指を撫でる。身体が跳ねる。いやいやをする様に首が左右に振られた。
「……」
少し、申し訳ない。
だが、スエンは――引いてはアバカスは今回の異変の裏を知っている。
情報は戦場では命だ。
悪いが僕も欲しい。
「オーケー、マイサン。利き腕と言わずに、全部くれてやる。どれ位で絞れる?」
「三日」
「一日でやれ」
「では間を取って二日と言うことで」
言うだけ、言って、両手をぱん、と叩いてハイ解散。E.Bを呼び、お父様には退場して頂く。さて、訊くにしても下っ端のスエンでは大した情報も持って居ないだろう。
彼を上手く使ってアバカスの上層部に話を訊くとしよう。
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