ハイボール

 スペシャリスト。

 そう呼ばれる人種がいる。

 専門家と言うべきだが、戦場に合わせて少しばかり格好良く加工して“特化型”とでも言い直しておこう。

 シンゾーもそうだ。僕もそうだ。

 そして、ハロウィンも、グッドマンも――ハイボールもそうだった。

 何のことは無い。

 型に嵌ればこれ以上ない位に強力なスペシャリスト達をまとめたギャンブル部隊。それがスマイル中隊の実態だった。

 僕は狙撃のスペシャリスト。

 そしてハイボールは火のスペシャリストだった。

 所属としては、職人組合。表側――と言うか、同じ事務所で家事手伝いの派遣サービスを行っていると言う中々にファンキーな清掃会社クリーナー。そこに所属する団子鼻のモヒカン野郎、田舎臭い巨漢、ハイボール。そんな彼は少なくとも、周りが僕と同等であると評価する程度にはイカレている。

 平均、十機がモノズと契約できる数であるのに対し、ハイボールの契約数は三十一機。そして彼はこれら全てに工兵であることを望んだ。

 僕のモノズで言うならば、未号と申号並の【製造】技能と、巳号が持つ【毒物生成】技能。個性の話は先ずは考えずに全機にコレを覚えさせ、徹底させた。

 その身に纏うムカデはタタラ重工製、アカガネのカスタム。重厚な装甲を持つアカガネを更に硬く、厚く、重くしたソレはモノズの補助が無いと走ることすら困難だ。

 一歩で地面が足の形に沈む。音が鳴り、鈍重な癖に、『俺はここだ』と主張するデカい的。だが、ソレの一歩は死神の一歩だ。

 掲げる得物は火炎放射器フレイム・スロアー

 全てを炎で消毒する除菌屋クリーナー。それがハイボールと言う男の戦い方だった。

 まぁ、長々と何が言いたかったかと言うと――僕は賭けに負けた。


「ハぁ~ウンド? 世界で一番美味い酒を知ってるか? 何? ハイボール? 残念、そいつは世界で二番目だ。一番はぁー……人の金で飲む酒だっ!」


 ぎゃははー、カウンター席にて赤ら顔のモヒカン、大爆笑。


「……」


 対照的に僕のテンションは酷いモノだ。つまみに出されたナッツをリスの様にカリカリ齧って口の寂しさを誤魔化しているが、誤魔化せている気がしない。


「……少しは、遠慮をしてくれはくれないだろうか?」

「そいつは無粋ってもんだぜ、ハウンド。奢られた酒は楽しく、遠慮なくがオレのモットーだ」

「素敵だな。素敵過ぎて僕は涙が出そうだよ、放火魔」


 悪態を吐き出す。

 放火魔。そう、放火魔だ。

 そして放火魔である彼の特性は閉所でこそ生きる。だから閉所を造ってやれば良い。

 それがスペシャリストだらけのスマイル中隊の中、唯一の非スペシャリストであるスマイル中隊長の判断だった。

 僕とハロウィンに周囲の敵を始末させ、敵戦力を削りながら、他の方面の部隊と協力して、蟲共の巣穴の孔を塞ぐ。その際、ハイボールのモノズが作成したガス弾を撃ち込むのも忘れない。

 僕とハイボールの賭けが始まって十三分でこれが終わった。

 リミットまで二分。

 僕はその時、勝ちを確信した。

 そして、ハイボールが少なくなった出入口に殺到するインセクトゥムを焼き殺しながら着火した一分後。作戦完了を示す様に黒い煙が蟻塚の窓からあふれ出した。

 音響測定による完璧に近い3Dマップを用い、巣穴の隅々まで炎か、煙か、そのどちらかの手を伸ばす完璧に近い放火プラン。イカレた放火魔のイカレた頭脳はその最適解をたたき出し、、十五分以内に蟲の巣を蒸し焼きにしてみせた。

 地下にはアーマーロールの蛹があった。湯だった海老の様に白く変色していた。

 グラスホッパーは跳ぶことなく燃え去り、新種のアーマーアントは煙に燻され綺麗に死んでいた。

 僕とは違う方面の才能。

 大量殺戮。それに特化した才能の持ち主は――今は僕の財布の中身に狙いを定めている。


「マスター……僕にも、何か」


 飲まずにやって居られない。

 成程。コレがそう言う気分か。









 アルコールが回り始め、細かいことがどうでも良くなってくる。

 遠い、遠い、記憶の中の誰かの言葉が蘇る。


 ――レポートをやる時はな、酔った状態でやると進むぞ


「……」


 とても、どうでも良いことを思い出した気がする。

 まぁ、良い。細かいことだ。気にするな。僕が頼んだのか、ハイボールが頼んだのか、良く分からない微妙な位置にから揚げが有ったので、付け合わせのレタスで大きいのを掴み、齧る。じゅわり。勢いよく溢れた肉汁が唇の横から飛び出す。乱雑に手の甲で拭って、グラスを煽った。酒の美味さが分かるとは言い難い僕だが、それなり程度に楽しむくらいはできる。


「お? 良いねぇ、良いねぇ、良いの見っぷりだハウンド。――だが、お前は分かってないっ! から揚げにはハイボールっ! コレが世界の選択だぜ?」

「……それは……」


 くぴくぴくぴと飲んで。ぶはぁー。


「――食材的な意味ですか?」

「はっはぁー! 良いジョークだぜ、ハウンド! オレを食材扱いとはなぁ! ……ジョークだよな? お前、目が据わっててこぇえぞ?」


 当たり前だ。

 バカにしないで欲しい。

 お前は硬くて不味そうじゃないか。

 ハイボールと並んでそんな話をしていると、店に三人の新しい客がやって来た。傭兵。ご同業だろう。

 突貫工事の、緊急仕立て。兵士の為に用意されたこの酒場はコンテナを改造しただけで、席が少ない。僕とハイボールが座るカウンター席を除くと風が吹く度に砂が入るオープンテラス席になってしまう。

 だからだろう。

 彼等のうちの一人がカウンター席を空けようと思い、ニヤニヤ笑いながら僕らに近づいて――来ようとしたところ、残りの二人に取り押さえられた。


「バカ、止めろっ! クリーナーのハイボールだ!」「一緒にいんのはドギー・ハウスの猟犬だぞ、殺されちまうっ!」


 そんな声が聞こえて来た。ハイボールが『はぁ~い』と言う感じに手をヒラヒラと振っている。あちらも『……は、はぁ~い』と引き攣りながら手を振り返した。「……」。何となく。何となく僕も手を振ってみた。「――ひっ」。悲鳴。手は振り替えされることなく、彼等は走って逃げてしまった。「……」。少し、寂しい。


「悪名が売れてるじゃねぇか、ハウンド?」


 くっくっく、と笑い声。ハイボールを飲みながら笑うハイボール。何杯目だ、それ。


「……ハイボールが好きだから、ハイボールなのですか?」

「それもあるが……オレはクリーナー所属だろ?」

「そうですね」

「消毒には、アルコールだ」

「種類、違いますよね?」

「飲めた方がお得だろ?」

「……」


 そうだろうか? 良く分からない。酒で熱くなった頭ではそんなことはどうでも良い様な気がする。いや、きっと普段でもそう思う。つまりはどうでも良いことだ。


「それにしても、もう少し格好が良い名前があるでしょう?」


 ジンとかウォッカとか、黒い組織で使われそうなのが。


「オレにそんなスカした名前が似合うと思うか?」

「……成程」


 団子鼻の田舎臭い巨漢には、どこか間の抜けた響きのハイボールが似合う気がする。

 そんな会話。

 僕は彼に本名を名乗らないし、彼の本名を聞く気は無い。

 彼は僕に本名を名乗らないし。僕の本名を聞く気は無い。


 ――ハイボールとハウンド


 戦場で出会った僕らの関係はその言葉が全てを表しているようだった。








 ふんふんふん、と言う呼吸音に、獣臭。

 そして『今日もぼくは元気です!』と全力主張する濡れた鼻。


「……」


 それが耳に突っ込まれて起こされる朝と言うのは中々に最悪だ。

 今回は無理をしなかったので、二日酔いは残っていない。服だってちゃんと着ている。

 それでも目を覚ましたのは板張りの酒場の床だった。造られたばかりなので、未だ新しいが、それでも寝るのには不向きだ。身体が痛い。

 身体を起こすと、コッペパンがやって来た。朝食ではない。ルドだ。昨日の夜、酒場に連れて来た覚えは無い。朝になり、僕が帰って居なかったので、迎えに来たのだろう。

 朝からご苦労なことだ。わしわしと腹を撫で、頭を撫で、最後に鼻を掴んで、げふぅー、とアルコールの匂いが混じった息を吹きかけてやった。ぶしゅん、ぶしゅん、と、くしゃみをした後、抗議をする様に、ヴォン、と低めに吠えられた。


「……」


 そんなルドの様子を、ぼー、と眺める。

 アルコールが抜けていないのだ。これ位の悪戯は許して欲しい。


「起きたか、トウジ?」


 聞き慣れた女の声。

 ゴツイブーツは異形の両足を隠す為だろう。だぼっとした迷彩柄のカーゴパンツに黒のタンクトップ。折角足を隠したのに、異形の右手は剥き出しに。

 釣り目勝ちな仔猫の様な目。

 金色の髪。

 E.Bが居た。


「ほら、手」


 手を伸ばされるので、掴む。トゥースの膂力で僕を引き上げると、足元がおぼつかない僕を支える様にして、ぬいぐるみにするように抱きしめて来た。

 胸に顔を埋められる。匂いを嗅がれる。「酒臭い」。お小言を頂いた。

 アルコールの発汗作用により、僕の身体は多分、酒以上に汗臭い。頭が洗いたい。そんなことを考えながら、E.Bを引き離す。


「何故、君がここに?」

「手が空いた。おれもこっちを手伝ってやる」


 へへー、嬉しいか? 褒めてくれても良いぞ? 猫の様に身体を擦り付け、褒めろ! と要求。そんな仔猫の金色の髪を少し、乱雑に撫でてやる。


「……キャンプ地は?」

「状況が良くないからな、解体だ。アロウン社と、職人組合が受け入れてくれた。あ、タタラ重工は、物資をくれたぞ?」

「そうですか……」


 アロウン社の令嬢の娘婿で、ドギー・ハウス所属のシンゾーが代表であることからタタラ重工は少し遠慮をしたのだろう。それでも物資を贈ってくれたのは有り難い。未だ仲良くしたいと思ってはくれているようで何よりだ。


「ここは他の戦場の情報が少ないのですが……他に何か情報は?」

「うん。簡単に言うとな、明らかにインセクトゥムはおかしい。人間も、トゥースも、バブルも奴等は滅ぼす気だ。各地で戦争が始まってる」

「そうか……」

「近々、人間とトゥースの休戦協定の確認と、同盟が結ばれるらしい。あ、コレはコレな」


 片目をつぶって、「しー」とE.B。

 内緒にしなければ行けない様な情報を聞かせないで欲しい。

 周囲を確認。こちらに注目している者は居ない。ハイボールは……いない。席にメモが有った。酔っ払いらしい、よたった字。『ごちそうサマ―ソルト♡』。うぜぇ。メモを握り潰した。


「ハートが描いてある……浮気か?」

「……モヒカンのおっさんですが?」

「モヒカンのおっさんと浮気!」

「……」


 何故、少し君は嬉しそうなんでしょうか?

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