遅めの夕食

 今更ながら。

 過って僕の左足を切断して鋼鉄のモノへと変えてくれたヤブ先生はキャンプ地に居る。


「切った方が早いぜぇー」

「あの、もっと丁寧に……」


 扱っては貰えないでしょうか?

 よりによってエンドウは利き腕を潰してくれた。右だ。DNAレベルで弄ってあるデザインチルドレンの握力はゴリラ並らしく、僕の手は、ぐちゃっとしていた。酷い話だ。これでは三日後の仕事が出来ない。

 そんな分けで僕はヤブ先生に泣きついた。

 結果、凄く雑な解決方法を提案された。切って生やすか、繋げるという方法だった。

 癌に侵されたアメコミヒーロー並みの雑な解決方法だ。

 とてもやめてほしい。


「うぇー……そんじゃ、促進剤打って治すかぁ?」

「それでお願いします」


 ぺこり、と頭を下げると右腕を捲る様に言われた。捲る。無針アンプルが当てられ、中身が注がれる。「っ!?」。途端、持ち上げていた右腕が下がる。切り離された。そんな感覚だ。神経が通っていないので、操れず、神経が通っていないので、感覚もない。左腕で持ち上げてみるが、触っている感覚すらない。腕ではなく、肉の塊を持ち上げた様な感覚だ。


「……」


 治療の一環だと言うのは何とは無しに分かる。

 分かるが、酷く心配になる光景だ。さらにそれに拍車をかけるように、ヤブ先生が僕の手を弄繰り回す。ぱき、ぺきと音が鳴り、骨の形が整えられていく。


「そういや、お前さん、促進剤って持ってたっけ?」

「確か未号が造ってましたね」

「んじゃ、呼んでくれ」

「はい」


 返事をして左手で端末を弄り、未号を呼び出した。近くで待機していたのか、直ぐにやって来た。ピッ! と言う電子音と共に口を開ける未号。その中には血の色をした粘性の高い液体が入っていた。

 手に取る。試験管で、どろり、と中身が傾いた。僕の血液を元に体内のラボで未号が作成した細胞分裂促進剤だ。

 それを受け取り、中身を確認すると、ヤブ先生は僕の手の整形に戻る。

 赤く腫れあがったぶよぶよの手は、先程までは風に触れるだけで傷んだはずだが、今は全く感覚が無い。そうして形を整えられると、次はゼリー状のモノが詰まった筒を手に嵌められる。手首の所で手錠の様なモノを嵌められてしまえばもう簡単には動かない。


「そんじゃ、こっから丸一日はアホ程痛い――と言うか熱いぞ?」


 はっは。何を馬鹿なことを。

 何の感覚もないのだ。痛みも熱さも、感じるはずが――


「――――――――――――――――――――――!!」


 声が出なくなるほど酷い目に遭わされた。







 そこは百年ほど前の軍事研究施設だった。

 未だ国と言う概念が残っていた時代のそこで何が研究されていたかは分からない。

 今の時代を生きる僕にとって大切なのは、その施設にアバカスの研究員達が逃げ込んでいるため、始末してその研究成果ごと、この施設を破壊しなければならないということ。それと、その研究施設の周辺はバブルの通り道になっていると言うことだった。

 巣が有る分けではない。ただ、彼らの巣と巣を結ぶ中継地点がここだと言うだけだ。

 だから、まぁ、放っておけば何処かに流れて行く。風はそれほど強くはない。彼らの移動を妨げるものは無い。

 アバカスの研究者たちもそうしてバブルが居なくなった隙を突いてあの施設に入り込んだのだろう。

 施設の地上部分は一階部分のみで、残りが地下と言うのも都合が良い。アレならバブルの脅威は殆どない。

 僕等も敵側に倣い、バブルが薄くなった時間を見計らって突入することにした。

 山の中腹、休憩ポイントとしてピックアップしていたその場所にたどり着いたのは、バブルが居なくなる午後二時の丁度十二時間前、午前二時だった。

 ツリークリスタルを核にするモノズにも言えることだが、陽の光がエネルギー源で有る以上、どうしたってバブルは夜の動きが鈍くなる。

 見下ろす先には廃墟と化した施設を我が物顔で、ふわふわ浮かぶバブルの群れがあった。現地生物を食ったのか、あの赤黒い肉の塊を腹に収めたモノも居る。

 相も変わらず動きが鈍く、相も変わらず数が多い。

 アレを相手にするのは無理だ。僕はそんなことを考えながら夕飯を食べる。いつものパサパサのブロック食糧ではない。袋に入った生タイプ。アバカスの新商品だ。


「……」


 味は悪くないが、ぬらぬらとした油に濡れた柔らかい肉は僕にちょっと良いドッグフードを連想させた。連想したら一気に食欲がなくなってしまった。半分ほど食べた後、僕は食べるのを止めた。


「食わんのであるか?」

「……食いたくないのであるですよ」


 かけられた声に視線を上げる。

 そこには合流してから僕と一言も話さないエンドウさん――ではなく、四本腕の獅子、リカンが居た。

 甲虫を思わせるキチン質の強化外骨格の頭部装甲は外されている。僕と同じ様に食事中だったのだろう。

 要らんのならくれ、と手を出されたので、どうぞと差し出す。袋の尻を押して、にゅっ、と中身を出して一口。その目が感心した用に見開かれる。


「人間はこういった物を作るのが上手いな」

「そうですか?」

「未だ有るだろうか?」

「……有りますけど」


 どうしたんですか? 軽く首を傾げる僕に、リカンが自身の後ろを指差す。そこにはフリーゲと猫耳眼鏡を始めとした四人のトゥースが居た。

 そしてフリーゲがこちらを凄く見てくる。

 昆虫を思わせる複眼はどこにピントが合っているのかが、分かりにくいが、何となく何処を見ているのかが分かった気がした。「……」。僕は無言で四つの袋をリカンに手渡した。

 だが、リカンは立ち去らない。


「……何か?」

「我が食ったのはお前の食べかけである」

「……」


 だからもう一袋寄越せ。

 そんな風に言うリカンを僕は半目で見た。


「――では、今回の仕事の給料はコレで」

「それとこれは話が別であるよ」


 僕等はそう言って笑いあった。

 僕は狙撃手だ。拠点制圧には向いていない。

 だったら向いている奴を使えば良い。

 騎兵であるシンゾーも向いていない。だから僕は――


「以前とは立場が逆になったであるな、ラチェット」

「それでも僕はラチェットなんですね、ガブリエル」


 飛びっきりの重歩兵ヘビィ―を用意した。

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