エンドウ

 ポテトマンが新メニューとして、いも餅を作った。

 外は、かりっ、としていながら、中は、もっちりとした食感を持ったチーズ味のソレは中々に僕好みだった。行儀悪くも、フォークも使わずに都合、三個目の小判型に僕は手を伸ばした。かりっ、と焦げた部分が音を立てた。エールで喉を潤す。


「それで、何の用だろうか、スエン?」


 そうして言葉をかけた先には糸目のダブルスーツの男が座っていた。


「仕事を、依頼したく」


 言って、端末を弄るスエン。僕の端末が震えた。僕はそれを見る。

 任務内容は、施設の破壊。他チームとペアを組んでの仕事らしい。金額は――


「桁が――」

「間違っておりません」


 ひゅー、口笛を吹こうとした。失敗した。「……」。誤魔化す様に咳払い。視線を落とした端末には三千万Cと言う数字が踊っていた。破格だ。端末を弄繰り回す。通信可能範囲にハワードさんと幸子さんが居た。そちらにデータを送る。件名は『受けてもいいですか?』。情けないことだが、相も変わらず僕は個人で仕事を受けることを禁止されていた。


「随分と、金額が良いのですが?」

「それに見合った戦場でございます」

「……予想される相手は?」

「バブルと――ドールでございます」

「……ドール、ですか?」


 のっぺらぼうの人型兵器。中に肉ミミズが詰まったソレは――


「御社の商品だと記憶しているのですが?」

「はい。弊社の商品でございます」


 スエンがにっこり笑って言う。


「……尻拭い、ですか?」

「言葉は悪いですが、そうなります。弊社も一枚岩ではございません。『《英雄》を超える』と言う謳い文句で開発に当たったドールですが、正式名称が決まる前に《英雄》の足元にも及ばないことが分かってしまったのですが――納得のいかない開発部の一部が暴走を」

「前から思っていたのですが、《英雄》と言う商品は何なのでしょうか?」

「世界を救う可能性を持つ者です。貴方の様な方々のことでございます」

「……そうですか。詩的ですね」


 素敵ではない。

 まぁ、腕利きの傭兵と言うことだろう。

 患った病気の結果、《英雄》とか言う大層な名前を付けてしまったのだろう。


 とても、あたまが、かわいそう。


 僕は少しだけ同情的な視線をスエンに向けた。だが、そんな頭が可哀想な連中に目を付けられた僕の方が可哀想だと言うことに気が付いてしまった。

 困ったな。出来れば断りたい。だが、僕は一応、アバカスに買われた身だ。年間契約で雇われた様なものだ。ドギー・ハウスの仕事よりも少しだけ優先度が上だったりする。

 ハワードNGが出れば断る理由になるのだが――

 端末が震える。見る。ちっ。舌打ち一つ。『受けても良い』という内容だった。


「あまり、僕向きの仕事ではないと思うのですが……」


 建造物に対しては、僕はあまり強くない。


「トウジ様は対ドール、対バブルと考えていただければ。爆弾魔ボマーはこちらで。貴方と同じく最近仕入れた《英雄》でございます。腕は確かかと……」

「そうですか」


 だったら良いか。やれる目は十分にあるな。ほかに聞いておくことは無いだろうか? 考える。ネックレスを触る。軽くだ。ちゃり、と鎖が擦れる音。あぁ、あったな。


「前に、援助の代金代わりに僕を送ろうとしていた戦場は、ここだろうか?」

「――えぇ、はい。そうでございます」


 スエンがとても嫌そうに頷いた。

 僕はその様子に、にぃー、と笑う。端末に契約内容を表示、書き込みモードへ、指で報酬部分に線を引く。机を滑らせ、向かい側のスエンに端末を渡す。


「言葉にした方が良いだろうか?」

「――ワタクシの権限ですと……」


 これ位、と指を三本、プラスで三百万Cと言ったところか。

 カツアゲとしては上々だ。

 僕は笑顔で手を差し出した。

 スエンもひきつった笑顔で手を差し出した。

 そうして僕達は握手をした。






 赤い髪をした男だった。

 鍛えられた身体は兵士の様だった。

 眼鏡の奥の瞳は科学者の様だった。

 その両方だと言うことを僕は知っていた。資料で読んだことがあった。確か、名前は――


「エンドウだ」


 そうだ。それだ。名字の様だと言う印象を持ったことを覚えている。


「トウジです」


 機械の虎を連れた彼に僕も名乗り返す。


「知ってる」

「そうですか。始めまして・・・・・


 吐き捨てるような言葉に笑顔を返す。そうして手を差し出した。手は取られない。


「トウジ」

「はい」

「猟犬」

「はい」

「――ラチェット」

「はい」


 僕は僕の呼び名に、手を差し出したまま、全て笑顔で答える。

 エンドウの口の端が、ヒクついた。


始めまして・・・・・

「……あくまでも初対面だと言い張る気か、お前は」

「えぇ、まぁ、初対面ですので」

「……」

「……」


 僕は表情を崩さない。彼は怒りを孕んだ目で僕を睨んでくる。

 まぁ、彼が何を言いたいかは分かっている。探査犬が僕を探っていたことを知っている。僕が彼にした・・ことがバレていることを知っている。だから僕は言う。


始めまして・・・・・。握手は、嫌いでしょうか?」

「……オレは前に賊に襲われたことがある」

「まぁ、物騒な世の中ですからね」


 良くあることです。

 僕は同調する様に頷いた。


「その賊の襲撃でオレのモノズは壊された。核もだ。つまり、完全な死を迎えた」

「……」


 少し、表情が動いた。そうか。それは、少し――申し訳ない気分になる。

 だが、少しだ。

 僕は傭兵で、彼も傭兵だ。殺し殺されが仕事である以上、敵を殺したことを謝るなどナンセンスだ。

 それでも、彼の怒りまで否定する気はない。僕だって僕のモノズが殺されたソイツを殺そうと思うだろう。


「……他の人と変わった方が良いだろうか?」

「……」


 問いかけ。返事は無い。赤い瞳が射抜くようにこちらを睨むだけだ。

 肩を竦める。諦める。握手の為に差し出していた手を下ろそ――うとしたところ掴まれる。


「よろしくッ!」

「はい。よろしく、お願いします」

「……」

「……あの?」

「……」

「あの、もう、手を――――――――――――――っッ!」


 砕ける音がした。痛みが走った。


「――これで勘弁してやる」

「それはそれは――」


 お優しいことで。

 言葉にしない皮肉を一つ。

 痛みに蹲り、脂汗を流す僕に冷たい目が刺さった。

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