突入

「――任せても、大丈夫なんだな?」

「余裕の部類ですよ、ホワイトカラー」


 双眼鏡を除く僕に掛けられる声に、軽口を一つ返す。

 寒い。吐き出す息が白く曇る朝、それでも確かに昇った日はバブルに、モノズに活動を再開させる。切り取られた視界の中では、バブルの動きが活発になっているし――


「……毎朝のことながら中々に面白い光景だ」


 思わず呟きたくなる様な光景が今日も繰り広げられている。

 モノズ達の食事風景だ。

 日当たりの良い場所を選び、全機揃って日を浴びる――いや、眺める様子は何度見ても面白い。日に向かい、影を背負う彼らはピクリとも動かない。

 今日はそこにエンドウさんのメカ虎、アハトも加わっていた。四足の獣がするように、しゃんと座り、鼻面を日に向ける作り物の虎はどこか絵の様に見えた。


「……あれ、ちゃんと全部に当たっているんですか?」


 アハトは三十機以上のモノズを関節として利用することでイキモノの動きを造っている。あんな行儀の良い姿勢では日に当たらない部分も出て来てしまうのではないだろうか?


「その辺は心配ねーよ。定期的に――ほら、あぁやって動いてる」

「あぁ、」


 成程。腹を見せて寝そべった。ルドも良く取る体勢だ。

 それにしても面倒なモノを造ったものだ。

 モノズの核は十分に脳の代わりになる。だが、モノズは何故か球体のボディに入れないと『目を覚まさない』。人型のロボットに入れても動かない。戦車に搭載しても動かない。絶対に球体でないと動かないし、決して言葉を音として発することは無い。

 不思議だ。僕だって勿論そう思った。だから以前、僕のモノズ達に聞いてみたことがある。


 ――どうして言葉を喋らないのか?

 ――どうして球体のボディで無いと動かないのか?


 返って来た答えは不明。


 本人――と、言うか本機達も分からないらしい。

 そしてモノズ達は僕に質問してきた。


 ――では、何故なにゆえ、人は手が二つなのか?


 それは四足から進化したからだという答えがあった。だが、更に突き詰めて考えた場合、僕は、僕自身すら納得させる理由が出てこなかった。六足からの進化で四本腕でも良いじゃないか。つまりは不明。そう言うことだ。


 僕はそこで諦めた。


 僕は二本腕だし、モノズは球体だ。子号にミクさんをインストールしても可愛らしい声で喋ってくれない。千本桜が流れてくるだけだ。

 それで良いじゃないか。そう思ったのだ。

 だが、科学者と言う連中は諦めなかったらしい。

 その結果がアレだ。機械の虎だ。モノズを球体のまま、埋め込み、関節として働かせ『虎』を動かす。

 至近距離におけるツリークリスタル同士の通信障害があっただろう。

 操縦になれるまではモノズ達も大変だっただろう。

 絶対に三十機を別々に運用した方が効率的だっただろう。

 なのに、エンドウはアハトを、機械の虎を造った。


「あそこまでしてイキモノに近づけて何の意味があるのでしょうか?」

「決まってんだろ? 浪漫だ」

「それはそれは――」

 素敵なことで。

 頭の良い人の考えることは僕には良く分からない。






 二時になった。

 お昼に食べた何時もの、もそもそした携帯食料は、僕の体にエネルギーとして廻っている。

 モノズも、ルドも、リカン達も休息は十分だ。

 そして――


「S1からH1、バブルの移動を確認、ポイントB3が手薄なのを確認した」


 それはバブルも然り、と言う分けだ。


『H1からS1。こちらも確認したである。ルートは3とDの組み合わせでよいであるか?』

「少し待て。――S2」


 回答:建造物内への侵入成功である件 → 敵影:3 何れもドールである


「……」


 朝方には居なかった。バブルが居なくなったから出てきたのだろう。

 二秒、息を吸う間に考える。

 Dの突入口を使うには建造物内の敵影が邪魔だ。潜入部隊、S2は巳号、卯号、そしてルド。戦闘員は巳号とルドで敵影は3、騒がれれば援軍が来る可能性がある。出来るだけ騒がれずに仕留める必要がある。どうする? 情報が欲しい。


「S2敵の位置を送れ」


 ――ピッ!

 電子音。卯号が送って来たデータを子号が処理し、有線接続した僕のヘッドセットに投影。青い半透明の人型が建物の中に表示された。サーモグラフィーが使えればこう言う景色を自前で見ることが出来るのだろうが、残念なことにツリークリスタル影響下では赤外線すら巧く拾えない。情報班である子号と卯号の演算により、仮想的に投影するのが精々だ。


 ――精々だが。まぁ、十分だ。


 一機、丁度良いのが居た。窓際を歩き、定期的に外を見ている。アレは僕がやろう。


「巳号、ルド、一階の二機を頼む。相手はドールだ。しっかりと止めを刺し切れ。準備が出来たら言ってくれ」

「H1、H2、突入準備。合図はこちらで。――H1、突入後、ポイントB1を確保」

「A1、A2、合図と同時にルート3に散開。バブルの対処に当たれ」


 端末に感。見れば配置完了の文字が躍る。仮想的に投影された敵影の進路上に、巳号が、背後にルドが伏せているのが映された。


 ――良し。


 僕は猟犬仕様ハウンド・モデルの対戦車ライフル、ヘルハウンドのスコープを右目で覗き、その中に世界を造る。息を吸う。息を吐く。聞こえるようにだ。巳号に、それ以上にルドに。そうすれば勝手にルドは呼吸を合わせるだろう。


「――カウント、3、2、1、突入エンター


 僕のカウントに合わせる様にドールが窓に近づいた。

 指が動く。弾が飛ぶ。窓枠の剥き出しのコンクリートを霞め、その粉が、もわっ、と空に踊る。ターゲットの視認が不可能になった。ちっ、と舌打ちをした。それでも左手はレバーを煽り、二発目を装弾していた。

 死んでいない前提で考える。

 弾丸は頭をかすめた。では、そのまま立って居られるか? ――否、バランスはどうしたって崩れる。では、どうなっている? 考える。或いは想像する。若しくは予想する。

 ヴィジョン。

 銃口の先から、引き金から、引き金に掛かった指から手応えが伝わる。敵は――


 ――よろめいている。


 撃たれた頭部を庇う様に動くだろう。支え切れずに三歩下がった。左足に体重が乗っている。そんな予感。少し、上に銃口を上げる。壁。抜ける。だが、抜いた後、弾が落ちる。だからもう少しだけ――上。


 呼吸を止める/引き金を引く


「――S1、クリア」

 報告:S2、オールクリア


 ヘッドセットに踊る文字を確認。良し。巳号の方が心配だったが、上手くやったようだ。

 リカン達H1とエンドウさんのH2が突入していく。

 A1、A2がふわふわと寄ってくるバブルの相手を開始している。手を貸す必要はなさそうだ。そう思った。卯号から通信。B1に敵影。視線を向ければ地下への出入り口、階段を上ってドールが顔を出すところだった。

 対応が早いな。

 感心した。

 リカン達は間に合いそうにない。

 仕方がないので、僕が撃つ。目視できた。だから当てられる。そう言うものだ。ドールが吹き飛ぶ。リカン達が、B1を確保。ヘビィーマシンガンが景気の良い音を奏でている。サイレンが響く。今更だ。突入口は確保できた。あとは制圧だ。そんな分けで――


「S1から各位、本格的に状況開始ロックンロールだ、して・・やろう」

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