新種
戦いは数だよ、兄貴。
つまりは相手よりも多い手で迎え撃てば歩兵戦は有利に進められる。
だが、砲撃に対して有効なのは散兵だ。
固まっていては直撃一回で大量に『駄目』になる。
では、この状況、地下道から歩兵の奇襲を受けながら砲撃に晒されると言う状況ならば何が有効なのだろうか? そんなことを考える。答えは出ない。
普通は有り得ないからだ。
砲撃はそこまで正確に狙える攻撃手段ではない。だから、味方を巻き込む危険を常に孕む。現に今もアント達は味方の砲撃で吹き飛ばされている。
人間ならコレは有り得ない。味方への誤射は撃った方、撃たれた方、共に士気がさがる。
だがインセクトゥムは真性社会生物。種の為に個が存在する。『役割』によって構成される社会の中で『歩兵』に与えられた『役割』は何だろうか? そう、当然、『死ぬ』ことも仕事の一つだ。
雨が降る。
だから、雨が降る。
歩兵同士の戦場であろうが、仲間がソコに居ようが、砲撃の雨が振る。
人間同士では有り得ない戦場。また、これまでのインセクトゥムでは有り得な『かった』戦況だった。
「……」
また新種か。
どうにも生まれるスパンが早すぎる。だが、まだ甘い。新種の性能に戦術が追い付いていない。落ちてくる砲弾をアーマー・ロールに替えればさらに被害は広がるだろう。焼夷弾も、塊りのまま、ただ落とすのでは無くばら撒けば、もっと効果が出る。僕ですら、ぱっ、とこれ位は思いつく。
だが、新しい装備で戦い方を広げる人間とは違い、新種で戦いに幅を持たせて来たインセクトゥム達は『戦術』が弱い。新しい力を直ぐに戦術に組み込むことがどうにも下手だ。
つまり――叩くならば今だ。
「
叫び声が上がる戦場に悲鳴が混じる、或いは、音が無くなる。
そんな中、イービィーがハンドルを握るモノクの後部に腰を下ろし、送られてきたデータから敵が思われる場所をピックアップする。飛んでくる砲弾の方角、落ち方から凡その距離を推測し、地図に落とし、高低を入れて更に絞る。
『スマイルからハウンド、ピクニックの準備はどうだ? ランチパックは持ったか? 甘いもんは疲れを取るらしいぜ?』
オカンか。
「……ピーナッツバターのサンドイッチを詰め込みましたよ」
『オーケー。オーケーだ、ハウンド。もうすぐ出発の時間だ。ピクニック部隊の同時展開により、初期の混乱を造りたい、こっちの合図で出てくれ』
「ハウンド、了解」
言いながら、イービィーに後ろから抱き着く様に座る。足を午号に固定。伍式に弾丸を込める。随伴するのは足が速く、戦闘能力の高い寅号、申号、酉号、戌号、亥号、そしてルド。これに足は遅いが、索敵担当の為に子号が午号に引き摺られる形で加わる。
「飛ばすか、トウジ?」
「えぇ、時間を掛ければ犠牲が増える。だったら――」
「良し、そんじゃしっかり捕まってろよ。あ、でも、変なところは触るなよ」
「……そう言うのは夜のお楽しみに取っておきますよ」
軽く、肩を竦めながら。
「……えっち」
耳まで赤くしてイービィー。「……」。可愛いと思う。
まぁ、そうは言っても、君の場合、生体型の強化外骨格を採用していることと、諸々の諸事情により、この状態でもあまり感触は変わら――
「っ! ――ったぁ……あの……何故?」
僕は行き成りバックヘッドバッドを喰らったのでしょうか?
猛烈に鼻が痛いのですが?
「うっさい!」
流れて行く景色の中、僅かな違和感。スコープが光りに反射した様な光が僕の目の端に映った。視線を向ける。イービィーの肩に伍式を置き、スコープを覗く。
「
「距離は?」
「千は無いな。あぁ、このまま進んでくれ」
左足のロックを外し、座席に乗せる。抱きかかえる様にしてその膝と、イービィーの肩で銃を支える。スコープの中で流れる景色。その未来を思う。想う。見る。見る。見えた。先の、少しだけ先。引き金を引いてから銃身の中で滑る。衝撃を肩で殺しながら、右手がレバーを煽る。次弾装填。吸って、吐いて、再度スコープの中に映す。クリア。倒れている。これで多少は砲撃の精度が落ちてくれれば有り難い。
「酉号、戌号、ルド、A1。悪いが少し見て来てくれ。何か変だった」
「変?」
「何か見慣れないモノを背負っていた――様に見えた」
「……相も変わらず目が良いなトウジは」
「取り得がソレなんでね……」
「速度は?」
「酉号が居れば僕らを追えるでしょう。現状速度維持で」
アントの様だったが、シルエットがおかしかった。
大体、観測手の位置がおかしい。
マップを確認すれば、やはりと言うべきか、何と言うべきか――砲台予想地点と離れ過ぎている。別の連中の担当区域の観測手と言う可能性もあるが、そこまで人員に余裕が無い中、近い索敵範囲が設定されるとは思えない。
思いついたのは解禁されたアバカスの技術、長距離通信。ツリークリスタルの発する電波の一部を買い取り、使用権を得ていたと言うその失われた技術。ソレが次に何処へ行ったのか――そう考えると、最悪の想像が出来てしまう。
戦場での通信可能範囲はそのまま勝率に繋がる。
――あぁ、畜生。思ったよりも、勝ち目が薄い
「トウジ、前方に
「見えている……が……」
また新種か。
アントが蟻人間なら、こちらは巨大蟻。蜜でも貯めているのか、安産型なのかやけに尻がデカい。それが――十五匹。随伴にアーマーアントが付いている。戦車の様に使われるとすると、高火力、高防御力、高機動。強くて、硬くて、速い。そんな所だろうか? 「……」。弾を徹甲弾に替える。狙うのは、狙いやすく露骨なまでにアピールしているあの尻だ。
「……」
引き金を引く。弾が当たる。同時、『ソレ』を察した強化外骨格が対閃光視界へと切り替わる。それでも光速だ。一瞬だが見てしまった。目が痛い。イービィーも見てしまったのだろう。モノクを停めた。
「……」
直ぐに視界は戻った。だが、僕の目の前に火の海が広がっていた。
距離は十分にあったはずだ。
だが熱波が確かにここまで来ている。
何て熱量だよ。
「トウジ、訂正だ。
「……そのようで」
多分、ここからばらけて行動するつもりだったのだろう。マップにマーキングして、子号に送るが、ここから本部には届かないだろう。仕方がない。
「寅号、亥号、A2。本部へ戻ってくれ。スマイル中隊長にこの情報を渡して下さい。見ての通りの火力ですが、装甲は薄いようですので、巳号の狙撃を中心に戦術を組んで下さい。……ただ、コレがもし穴から出て来たら――」
どうしたら良いと思いますか?
「トウジ、後半が質問になっている」
「……すまない。いや、そもそも、本来伝えるだけで十分なんだが――」
――この威力だとな。
どうにも対策を考えてしまう。「一分」。宣言し、タイマーを起動させる。
三匹突っ込んで爆発すれば砦の壁に穴が空いて、中で一匹爆発すれば『終わり』な気がする。ならば、その前に対処すれば良い。だが、地下道がある。どう広がっているのか、掘るのにどれくらいの時間が掛かるのか、それすらも分からない。よって、現状で地下道込みでの対策は思いつかない。……いや、そもそも、相手側は個の作戦を思いついているのか? この新種がもう既に戦場に出ているなら、話題にならないはずがない。と、言うことはこれも未だ使い慣れていない……下手をすれば今回がお披露目の種だったのかもしれない。だったら……駄目だな。相手の無能に期待すると言うのは対策でも何でもない。
諦めた。後は上に任せよう。
タイマーを確認。まだ十三秒あった。十、九、八――ゼロ。ピっ、の段階で早押し。止めた。
「なんか良い案浮かんだか?」
「残念ながら」
君はどうですか? と、イービィーに話をふる。
「はい! 出てくる前に倒す!」
「却下」
誘爆に次ぐ、誘爆の後に地盤沈下の大惨事ですね。
一分無駄にした。……いや、違う。眼前の火の海が少しでも落ち着くのを待って居たんだ。僕はそう思うことにした。と、ヘッドセットに文字が躍る。申号からだ。
提案:粘性が高く、燃えない素材を吹き付けて固めてみては?
「……そう、だな。ソレが良い……気がする。A2、一応、この対策案も一緒に持って行ってくれ。それと先ずはA1との合流を優先してくれ。この先、コレが出てくるとなると、ルドが死ぬ」
生身に近いから。
嫌がるだろうが、全身をカバーするドッグアーマーに替えないと駄目だろう。
一応、予想はしていた。
だが、別に当たって欲しくは無かった。
砲台は先程の巨大蟻と良く似た体系の巨大蜂だった。尻がデカい。
蟻と蜂は同じハチ目だったはずだ。同じ様な種類だから、同じ系統の進化がしやすいのだろう。マイナーチェンジで手軽に種類を増やさた感じがスナック感覚でエコだと思う。
その巨大蜂が、インセクトゥムの狙撃手、ワスプと同じ様に尻から針――では無く、砲弾を飛ばしていた。
それは良い。
問題は、その砲台設置地点が簡易拠点となっており、僕らの襲撃が察知されていると言うことだ。
コロニーと言うのにはお粗末だが、土が詰まれ、溝が掘られ、機動力を落とした所を狙う為にワスプが配置されている。
攻めにくいな。
モノク――午号から降り、イービィーと申号を引き連れ、岩陰から覗き見をして出した結論がコレだ。
「トウジ、ここらあのデカい蜂を殺し切れるか?」
「出来ますよ。――あの尻のブツが爆発してくれれば」
焼夷弾系のモノを装填してくれないだろうか? 無理か。どうやら先程の巨大蟻の悲劇も伝わっていると思った方が良さそうだ。アレは彼等にとっても予想外だったのだろう。ソレが分かった。理由は簡単だ。バラされた巨大蟻の残骸が転がって居る。
この拠点には二匹居たのだろう。
そのままにしておいてくれれば良い着火剤になったのだろうが、尻をバラされ、中の燃料を地面に吸わされてしまっていてはその効果は見込めない。「……」。いや、気化した燃料を燃やせないだろうか? ……駄目だな。実際に気化しているかが分からない。気化していても、燃やしてどの程度の威力があるかが分からない。そもそも、その気体の範囲も分からない。
それにしても、流石は虫だ。
同族殺しに躊躇が無い。
「拠点を造っての撃ち合い――」
は、駄目だな。
数で負け、相手は高台を取っているので、位置的にも不利だ。
そうなると、機動戦。だが、これも少し厳しい。走り難い地形に代えられている。
「……トウジ、大分前におれが寄生型を造ったことは覚えてるか?」
「……あの二日で妊婦になって、七日で産んでた奴ですか?」
「そうそう。バイクとかに付けて性能上げる奴な」
「……」
とても嫌な予感がするので、僕は返事をしなかった。
「それがここにあります」
だが、不思議なことに話が進んでしまった。
イービィーが何かグロイ繭みたいなものを持って居た。割と我が見ぬ我が子が心配になる光景だった。
「これを午号に付けよう!」
「待て。待って下さい」
「大丈夫、ジョジョで言う所の石仮面みたいなもんだから!」
「……それ大丈夫じゃない奴ですね」
午号が人間を止めてしまう。元から人間では無いけれども。
後、どうして君がジョジョを知っている。モノズか。モノズだな? もっと言うなら寅号か、辰号か、巳号か、申号だな? あぁ、申号が僕から視線を逸らしたまま動かない。そうか。君か。
だが、こうして議論している間にも砲撃は続いている。
今は時間が惜しい。
後で取り外せるとのことだったので、午号に謎の卵を植え付けることにした。
報告:我は人間を止める件
「……」
君もか、午号。
何となく足元の申号を見た。こんどはしっかりと僕を見上げて目を合わせて来た。
密告:犯人は辰号である
「……そうですか」
辰号らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます