準備期間

 曰く、こんな娯楽を試験に使う位なら俺が試験を用意する。

 曰く、緊急事態とまでは行かなくとも、インセクトゥムの動きが活性化している今、レース遊んでいる場合では無い。

 曰く、真剣にやってくれ!

 そんなポテトマンの叫びに、全て「クールだろ?」で返して済ませた牧羊犬は中々にクレイジーでグルービーでハッピーな奴だと思う。

 まぁ、ドギー・ハウス側にも多少の選定権があるとは言え、時代の犬を指名するのは、基本的に当代の犬だ。最終的には押し切られ、クラッシュレースで、と言うことになった。

 クラッシュレース。

 レースと付いているが、レースでは無いらしい。

 開催当初はコースが設定され、そこで何でも妨害ありと言うルールだったが、相手のマシンを壊した際の盛り上がりが良かったので、徐々に『レース』から『クラッシュ』に重さを移していった結果、今のクラッシュレースは区切られた区画でのマシン同士の潰しあいと化している。……らしい。

 一チーム三台でのチーム戦。例え勝ち抜いたとしても、次の試合までの間に車を直し切らないと不戦敗もありえるまさに戦闘力と技術力のぶつかり合いと言う分けだ。

 僕は当然、シンゾーチームで参加する。

 あと一人はどうしようか? と、思ってたら、ハワードさんが歴代の試合のスクラップを持ち出して前述の説明をした後、そわそわしだした。


「……参加しますか?」

「え? いや、自分はそんなつもりではなかったんだがなぁー、いや、でも折角、誘ってくれたんだからなぁ、仕事も忙しいけど……」

「そうですか。ではリカン辺りを誘って――」

「息抜きは大事だ!」

「……」


 童心に返ってはしゃぐおっさんは割と見苦しい。

 僕は割と大切なことを学んだ。







 教育と言うのは国の基盤だ。

 国民性、民族性、そう言ったモノは環境、即ち教育である程度どうにかなってしまう。

 人は石垣、人は城、人は堀とは良く言ったものだ。

 そして、その人の考え方をある程度方向付けてしまう以上、教育を他国に任せるなど、許されるわけが無い。

 つまりは、あり得ないのだ。補助では無くて、メインとしての教育を別の組織、つまりはダブCに丸投げするという行為は。


 ――これは立派な侵略行為ですよ!


 と、僕が主張してみたものの、知識階級であるハワードさん、カリスの判断はそうではなかった。

 僕然り、シンゾー然り、ガリガリの特化型は教育に向かず、万能型のイービィーは種族の違いからどうしても教え方が違う部分が出てくる。生体弾で仕留めろ! と、言われても人類には生体弾の生成も、射出も出来ない。

 そんな分けで、現在、キャンプ地にはアレックスを始めとしたダブCの教導隊が五人ほど派遣されている。

 普段、外で仕事をしている僕は、彼等と会うことはあまりない。


「何をしているのですか、猟犬?」

「? あぁ、お久しぶりです、アレックス」


 そんな分けで僕は一か月ぶり位にアレックスに会った。

 僕は、キャンプ地の中の学校に来ていた。

 現在、キャンプ地のトップであるシンゾーを筆頭に、基本、上の方は武闘派ばかり。メカニックとして暇そうなアキトを確保しておいたが、それだけでは不十分。

 そこで技術系の学校から有志を募ろうと思ってやって来たのだ。

 と、そんなことをアレックスに話してみた。


「ふむ。それでしたら私が何人かピックアップしましょうか?」

「有難いですが……」


 何故、アレックス? そんなことを考える。

 そんな僕の視線を読んだのだろう。


「私は技術系の方の教員も勤めています。器用貧乏と言ってしまえばそれまでですが、本来、狙撃手は『軍事』のスペシャリストであるべきですからね。最も、モノズの存在が『そう』ある必要性を奪ってしまいましたが――」


 大げさに肩を竦めて、アレックス。


「成程。そうなると僕程、狙撃手に向かない奴もいないですね」


 僕もそれを真似て大げさに肩を竦めてみた。

 何故か肩パンされたので、メモに残しておこうと思う。








 午号が家出をした。


「……」


 まぁ、酉号が補足をしているので大丈夫だろう。


「……」


 きっと朝ごはんまでには帰ってくるだろう。


「……だから全員でこっちを見ないで下さい」


 午号と酉号を除いた十機のモノズにコッチミンナ。

 クラッシュレースで使われるマシンにはある程度のレギュレーションがある。

 その一つが四輪であること、と言うものだ。

 それを聞いた当初、僕は大型モノズである丑号、寅号、辰号、午号、亥号の内から選ぶ積りでいた。

 そして真っ先に落選したのが――午号だ。

 彼は速かった。彼は確かに速かったのだ。

 彼もしっかりとそれを認識していた。『速度と言えば我、我と言えば速度』、位のテンションだったのだろう。

 だから絶対に選ばれると思っていたのだろう。

 だが、僕は選ばなかった。

 何故なら彼は――速過ぎた。

 四つのタイヤが自立したこのマシンにおいて、それは余りに致命的だ。寅号と亥号は兎も角、丑号と辰号が付いていけない。


「寅号、亥号、君達は後輪だ。それと中型二機、戌号と……未号、君は確か【騎馬】適性があったな? ……良し、ならば、君に頼もう」


 名前を呼んだ四機が転がってくる。

 さて、これで四機、同じようなレギュレーションに従えば、あと二機のモノズが積めるわけだが、子号は確定として後一機は――


「いや、仕方がないだろう?」


 何故か一回、僕の横に来て、物言いたげに見上げてから配置につくのは止めて欲しい。

 ぴっ、と電子音。子号からメッセージが送られてきた。

 名言:我が友には人の心が分らない件


「……君達は人ではない――わかった! 今のは僕が悪かった!」


 だから全員で僕を小突かないで下さい。

 身体のダメージは大したことないが、心が地味に痛いです。


「……だが、実際問題、無理だろう?」


 名言:諦めたらそこで試合終了である件

 追従:然り。骨のネックレスを握って考えるべし

 追従:友なら出来る件

 追従:もっと熱くなる件


「いや、後半、精神論になってますよね?」


 まぁ、それでも一応、考えてみよう。そう思う。骨のネックレスを握り、考える。四輪と言うのが問題だ。三輪だったら先頭を午号に任せれば良い。いや、そもそも午号についていけるモノズが居ないのが問題なのだ。僕だけが責められるのはおかしい気がしてきた。「……君達も苦労をしろよ」。心に思ったことをそのまま口に。『構わない件』。そんな感じで目が瞬いた。苦笑い。そこで、あ、と思いついた。


「そうだな、苦労を一か所にまとめてみるか……」


 お? 何か思いついたのか? とモノズ達が期待した目で僕を見る。


「午号を呼び戻して、アキトを呼んできてくれ」


 我に秘策あり、だ。

 僕は、にぃ、と笑った。

 そんな僕の笑顔にモノズ達が引いていた。


「……」


 少しだけ傷ついた。

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