クラッシュレース

 最近、どうにもインセクトゥムの動きがおかしいらしい。

 閣下との仕事の辺りからそうだったが、やけに侵略が本格化しているとのことだ。

 現に、国境線とでも言うべき場所では戦争と呼べる規模の戦いが行われているようだ。

 戦争が生むのは悲劇と英雄だ。

 そんな分けで、新たな英雄が誕生したらしい。

 彼は剣を持たない。

 彼は銃を持たない。

 彼は只管に食事を造り、運ぶだけだ。

 どんな激戦区にも、どんな激戦区でも、変わらず、変わることなく、食事を造り、運ぶだけだ。

 それは誰でも出来る簡単なことだが、それを戦場で、しかも年端も行かない子供が命を張って行えば美談になり、英雄譚になり――こうして広告として使われる。

 まぁ、何が良いたいかと言うと……電子新聞に閣下の記事が載っていた。


「……」


 僕は少し微妙な気分になりながら、端末を弄って電子新聞を消した。


「こんな小さな子が世界の為に戦ってるんだ、お前も働けよ猟犬」


 具体的にはこの激戦区で仕事をして来い。カウンター席でじゃがバターを突っつく僕に、炭酸水を出しながらポテトマンがそんなことを言う。


「僕は世界の為では無く、家庭の為に戦っていますので――」


 この金額では嫌です、と僕は応じた。

 まだまだ上がるから行くのは止めておけ、それが経営者側ポテトマンを通さずに探査犬から各犬相手に回って来たお達しだ。

 一匹でも動いてしまえば、そこで前例が造られ、金額の基準となってしまう。だから限界まで上がるのを待つ。それが僕達ドギー・ハウスの犬達の出した結論だ。独占禁止法とかに触れそうだが、まぁ、知らないふりをしよう。


「昨日、『今日は休みだ』と言っていたお前が顔を出したから労働の美しさに気が付いたのかと思ったんだがな……」

「それは残念」


 その言葉に僕は肩を竦めて見せる。ご生憎様、と言う奴だ。


「……牧羊犬か?」

「まぁ、そんな所です」


 炭酸水を一口、口に含む。ポテトマンと共に店の一角に視線を投げてみれば、人の集まりが見えた。バリカンアートと言う奴だろう。カリアゲ部分を更に短く刈ることにより、髪の濃淡で模様を描く技法で、側頭部にルドと同じウエルッシュコーギーのシルエットを刻んだ中年の男が集まった数人の若者になにやら話をしていた。


「このタイミングで、と言うことは――」

「子供が出来たらしいからな、万が一にも激戦区に送られるのを避けたんだろうよ」

「あぁ、」


 やはりそうか、と頷く。家庭の為でも、世界の為でも、ドギー・ハウスに所属して戦っていれば、どうしたってその時は来る可能性がある。

 僕等は飼い犬だ。ドギー・ハウス飼い主が首に縄を付けて引っ張れば、仕事場を決められてしまうこともある。人類の危機とかが良い例だ。

 牧羊犬は、今回のインセクトゥムとの小競り合いが、ソコまで発展する危険があると判断したのだろう。


「このタイミングで辞めさせても良かったんですか?」

牧羊犬あそこはパピーもそれなりに粒が揃ってるからな」

「……因みに候補者の中に新婚が居るのですが?」

「知らないのか、猟犬? 愛の力は世界を救うんだぞ?」

「それは、それは――」


 素敵に無敵と言うか、無敵に素敵と言うか……。

 空になったグラスを揺らして、お代わりを要求する。肩と眉を竦めたポテトマンがグラスを受け取り、お代わりを用意する中、牧羊犬が解散を言い渡し、仔犬達が野に放たれる。


「トウジ」


 その内の一匹、見知った顔がこちらにやって来た。


「仕事の時間だ」

「おいおい、仔犬の試験にを雇うんだろう? 少しは気取って見せろよ、仔犬パピー?」

「あぁ、そうだな――」


 シンゾーが苦笑いしながら言い直す。


「勝利の時間だ」


 僕はソレに不敵に笑い返した。








 ――と。


 ハードボイルドに決めてみた僕等のオチは酷いものだった。


「あぁ、分かってると思うが、仔犬の試験に犬の介入は駄目だぞ」


 お代わりを持ってきたポテトマンのこのセリフで察して欲しい。

 横で情報収集をしていたアリスが決め顔の僕とシンゾーが固まるのを見て「ぶほぉ!」と牛乳を噴出したことから察して欲しい。

 シンゾーに付き添っていたカリスが俯きながら肩をプルプルさせていることから察して欲しい。ルドが楽し気な空気に、へらっ、とアホ面になったことから察して欲しい。

 そんな感じで色々な事柄から察して欲しい。


「…………いや」


 再起動を果たした僕は、どうにか脳を働かせてポテトマンに向き直る。


「何故でしょうか?」

「実力を見る試験で外から大きい力を借りるのは駄目だろう?」

「外の大きい力を用意出来るのも実力でしょう?」

「そうだな」だが、「今回の試験は『そういうもの』じゃない」

「……」


 ポテトマンの言葉に、黙る。

 そういわれてしまえばそうかもしれない。極論、それがオッケーなら僕はキャンプ地の適当な子供を猟犬にすることも可能だ。援護と言う形でメインを張れば楽勝だ。


「……シンゾー」

「……ンだよ」

「しゃがまないで下さいよ」


 恥ずかしいのは分かりますが、僕を一人にしないで下さい。一緒に生暖かい視線に晒されましょう。そして決め顔のやりとりの落としどころを考えましょう。

 そんな感じでゆさゆさと蹲ったシンゾーを揺する。遊んでいると判断したルドが寄ってきて、顔を隠す腕の間に鼻を突っ込んでフンフンやりだした。


「――失礼します、ポテトマンさん。今回の試験がコレなのですが――」


 と、遊ぶ僕等を後目しりめに、爆笑状態から再起したカリスがポテトマンに端末を見せる。それを見たポテトマンの眉間に深い皺が現れる。


「マジか?」

「マジ、ですわ」

「……何考えてんだよ、あのおっさん」

「賞金も良いので、一般の方も多く参加されると思いますわ。別にそこにトウジさんが居ても――」

「あぁ、問題ない。くそっ! おい、牧羊犬! 試験のことだが――」


 叫びながら牧羊犬に詰め寄るポテトマン。サングラスをかけたファンキー中年である牧羊犬はそんなポテトマンの怒りを右から左へ「HAHAHAHA!」とアメリカンに笑いながらご機嫌にエールを飲んでいた。

 どういうことだろうか? 視線でカリスに問いかける。端末が渡される。そこには『第二十一回クラッシュレース』と言う文字が躍っていた。アロウン社、タタラ重工、職人組合が主催のレースらしい。生中継は無理だが、テレビも入るらしい。賞金が素晴らしい。そしてこれの――


「順位が、試験結果?」

「そういうことですわ」

「……」


 無言でシンゾーを見下ろす。僕も参加できるじゃないか。ちゃんとフォロー出来るじゃないか。何をそんなに恥ずかしがる必要があるんだ?


「……顔造って『勝利の時間だ』とか言った俺の気持ちが分かるか?」

「そこは――すまないと思っている」


 言い直させなければ良かったですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る