英雄の話
本日は二話同時投稿(1/2)
自我の目覚めと共に二重螺旋に刻まれた
これから自分は“人間”の友となる。
量産型の尖ったところの無い身体に入れられて転がってみれば、何故だろう。少しだけ楽しかった。
友と出会う。
第一印象は余り良くはなかった。
彼は傭兵だと名乗った。ならば自分も戦場に出ることになるのだろう。
濁った眼の男は酷く聞き取りにくい声で、
――よろしく
と言った。
荷物運びを担当することになった個体が丑号と名付けられるのを見て、友が我々の名前に干支を用いるつもりだと言うことが分かった。
折角だから兄弟たちの一番上に立ってみようと我は考える。
子。鼠。ネズミらしい行動。少しだけ考え、童話を思い出す。
小さなネズミはウシの背に乗り一番のりをした。
狡賢く、非力を知恵で補ったその様を真似るなら――情報を武器にするべきだろう。
狙い通りに子号の名を貰い、ほくそ笑む。兄弟たちに我が長兄であると主張。他の兄弟は特に興味が無いらしく、あっさりと受け入れられた。
個性を見ると言う友の方針のせいだろうか? 兄弟達は個々のバラつきが大きい気がする。
友は強かった。
眼が良いのか、勘が良いのか、精神が強いのか。
友は一流のスナイパーだった。
百発百中――ではない。
それでも外したことを気にも留めず次の一発で修正して見せるスナイパーだった。
重いプレッシャーの中でこそ精度を跳ね上げて見せるスナイパーだった。
この時代で傭兵をやるに当たり、強いと言うことは良いことだ。
我は素直にそう思った。
そう思ったのが、間違いだった。
強過ぎる。強過ぎて、弱過ぎる。
狙撃兵としては強過ぎて、人間として弱過ぎる。
英雄。
個としてインセクトゥムよりも、バブルよりも、トゥースよりも弱い人間の中には稀にそう言う個体が生まれると言うことは知識として知っている。
友はきっと、ソレなのだ。
我らはそう思った。
尖らせれば、何処かが欠ける。
英雄である友も、やはり欠けていた。
周囲の人間も、友自身すらも気が付かない致命的な欠陥。それに気が付いたのは、友に初めて戦友が出来た時だった。
シンゾー。
友と同じくスリーパーであり、自身と同じスリーパーである子供達の為に戦う男。
彼に出会い、友が“目的”を持った。
これまで見ても居なかったスリーパーの子供達に目を向ける様になった。
目的を『持った』のでは無く、『与えられた』。
シンゾーの行為を綺麗なモノだと判断したのだろう。
大きく欠けた友は望まれるままに子供達の英雄として機能し始める。
英雄に自我は必要ない。
英雄とは単なる機能であるべきだ。
歯車が噛み合う様に友は英雄として機能し始める。
頼られ、寄生され、生き血を啜られ――それを受け入れる。
それ故。それ故、我ら兄弟は決めた。
友は子供たちの為に機能すると言うのならば。
我らは友の為に機能しよう。
――仕方がないだろう? だって僕は彼らよりも年上なんだ
だって世界の残酷さを突き付けられて尚、友が吐き出した結論は綺麗だった。
だって“始まり”が与えられた動機でも、その綺麗な“結論”に辿り着いたのは友だった。
我らは友に人として生きて欲しい。
だが、友は英雄になると言った。子供の為に戦うのだと言った。
それは我らが望みうる答で無くとも、尊きものである。
人にも、英雄にもなり切れない欠陥だらけの友の物語、欠陥だらけの英雄譚。
我らはソレの介添えにして、見守りなり。
友が機能する。
トゥースに使われ、それでも理不尽に晒された子供を救う。
だが不平等を見た友がそこで初めて“英雄”ではない行為を行う。
子供に優劣をつけ、片方を一時的とは言え、捨てて見せた。
良き哉。感情で動くのは人である。
友が機能する。
相も変わらず欠陥を抱えたまま、人の中で人の様に振る舞いながら。
友がE.Bと本物の恋人の様な関係になる。
以前なら考えられなかったその行動に我らは――悲しくなった。
理由は簡単だ。
友は彼女の親から許可が下りたから、彼女に対して恋人の様に振る舞いだした。
好きだからそうしたのではない。
許可されたから、そうしたのだ。
人では無く、英雄としての機能。
英雄の傍に姫を置く為に、血を次代に残す為に、友は機能する。
そうではない。
そうではないのだ。
人を好きになると言うのは、愛すると言うことは、そうではないのだ。
E.Bはソレに気が付いている。女というのは鋭い生物だ。ルドを抱きながら彼女が言った独り言。
――おれはそれでも、トウジが好きだから
それに我らは救われた。
友が――軋む。
友の英雄としての機能が軋む。
友の人としての部分が機能する。
友はE.Bを未来へ残した。
それは子供の為の、人の為の、英雄の、機能ではない。
勝つ為にはE.Bを手元に残しておくべきだ。
だが、友は彼女を未来に残した。
彼女のことが好きだったから。
我らが思っているより、E.Bが思っているよりも――少しだけ。
少しだけ、彼女のことが好きだったから。
良き哉、良き哉、良き哉、尊きモノよ。
愛とは不条理であるべし。感情とは制御できないものであるべし。人とはそうあるべし。
友が機能する。
時計が針を刻む様に、友は人類を救う。
未来の為に、明日の為に、今日死ぬ。
それが我らの友である。英雄としての友である。
そして――
彼女が居る未来の為に、彼女が居る明日の為に、今日死ぬ。
それが我らの友である。人としての友である。
我らは友に生きて欲しい。
我らは未来に、明日に、笑う友がいて欲しい。
だが、悲しい哉。
英雄としても、人としても、友は、未来の、明日の、その為に死んでも人類を守る。
尊き哉。しかして悲しき哉。
されど、それが我らの友である。我らが誇りである。
ならば我らは、我らの友を生かそう。
友が人類の為に、愛した人の為に、未来を、明日を捨てると言うのならば――
我らは友の為に、ただ一人の友の為に、未来を、明日を、捨てよう。
あぁ、誓いを胸に、兄弟達が戦場で散って行く。
先ずは、巳号。次に寅号、亥号。敵の強襲から友を逃がす為に辰号は自爆した。酉号と申号が敵を誘導し、逆転の射線を用意した。銃を撃てぬ午号がその身体で敵軍に穴をあけた。未号と丑号はその身体を罠として使い時間を造った。
散って行く兄弟を見て、倒れそうになりながらも、友は立ち上がる。
――ありがとう
友の口から出たのは、詫びの言葉ではなく、感謝の言葉だった。
戦場に散った兄弟も、我もその言葉だけで戦える。
友が我らを友として支えにしてくれている様に、我らも友を友として支えにする。
それでも戦場は友から“人”を削り“英雄”としての機能を上げて行く。
だが、もう心配ない。
ハイボールが言った。
――俺の墓にハイボールを備えてくれ
ハロウィンが言った。
――世話になった孤児院で毎年ハロウィンパーティを開いてくれ
グッドマンが言った。
――花壇の世話を頼む
スマイルが言った。
――ハムスターの世話を引き受けてくれ
散って行った英霊たちの言葉が友に、未来を、明日を、目指す理由を与えて行く。
それは呪いの様だ。
それは重しの様だ。
それでも。
それでも友は、それで明日を目指した。
だから、ありがとう。
友の戦友となってくれて、友に明日を残してくれて、ありがとう。
目指す未来の為に戌号が散った。
作戦の期日は過ぎ、後は逃げるのみ。それでも人類の英雄を蟲は許さない。
緩むことのない追手。
夜闇に紛れてバッタ人間が跳ねた。
友の左目は既に無く、左腕も肘から先が無い、左の横腹には、避け損ねた生体弾の針が深々と刺さっている。
それでも勝てる。見えれば撃てて、見えれば勝てる。
それが我らの友である。
残るは我と卯号、そしてルドのみ。
ならば。あぁ、それならば――次は我の番だろう。
否定:貴殿は我らのリーダーである。貴殿が残るべきである
卯号の言葉に否と返す。
友は狙撃手だ。
狙撃手である友がこの先も戦い続ける為には目と耳が在れば良い。
それ故、残るのは貴殿が相応しいのだ。
友を、我らの友を、どうか頼む。
指令:貴殿に我々兄弟の核回収の任務を与える。いつか、どこかで、また会おう
承諾:任務、了解
兄弟の中で一番臆病な彼に後の全てを託すのは心もとない。
だから我は末の弟を見据える。
彼とは言葉が通じない。
文字が読めない彼に、我らの言葉は通じない。
だから彼の眼を見て“頼む”と言った。
右目が潰され、左耳が欠けていた。
それでも末の弟は、こちらを安心させるように濡れた鼻を押し付けて来た。
最後に。
最後に、もう一度、友を見る。
「――、――」
荒い呼吸を宥めるようにしながら、右腕一つでの
こちらを見て欲しい。
そう思う。
だが、集中している友はこちらに気が付かない。
寂しくもあり、ソレが何故だか誇らしい。
ゆっくり、敵に向かって転がり出す。
「? ッ、戻れ子号!」
友の声。
振り返らない。
口を開く、中から出したのは銃ではない。
我は戦闘能力が高くない。それが申し訳ない。
燐光弾を打ち合挙げる。
闇を切り裂く光の刃がバッタ人間を浮き上がらせる。瞬間、その頭が吹き飛ばされる。それでもまだ、一匹いる。その殺気がこちらを向く。
片腕の友は次弾の装填に時間が掛かってしまう。だから、コレで良い。友の為に時間を造る。
――友よ。あぁ、友よ。願わくば。願わくば、未来でまた――
機械の身体が機能を停止する。
核だけとなった途端、自我がうっすらと消えて行く。
最後に見たのは砕け散るバッタ人間だった。
あぁ、残念だ。叶うのであれば、最後にもう一度、友の顔が、見たかっ――……
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