etc 七鍵守護神

 プッ、ピー。プッ、ピー。

 噛んで、潰すと、音が鳴るのが楽しいらしい。

 寝床で転がったルドがぴーぴー鳴るおもちゃのゴムボールをあぐあぐしていた。

 どうやら暇をしているらしい。


「……ルド」


 名前を呼ぶ。

 遊んでやろうと思ったのだ。

 ルドが寝ころんだまま、顔を起こす。口にはボール。三角形の耳が音を拾うためか、ピン、と立っていた。


「来い」


 手招き。


「……」


 が、来ない。

 あ、今そう言うの良いんでー。そんな感じでぱたぱたと尻尾が振られた。

 こてん、とルドが寝床に横たわる。ぴー、とゴムボールの音。


「おら」


 なんとなく面白くないので、ずんぐりしたお尻を突いてみる。寒冷地仕様のダブルコート。たっぷりの毛に指が埋まった。ズブリ。


 ――……。


 そしてすごく迷惑そうな顔をするルド。酷く生意気だ。……生意気なので、更に指で突いてみた。止めて! とルドが手を噛もうとする。避けて、突く。それを繰り返す。繰り返す。繰り返した。


 一分経った。

 たっしーん! と力強くルドの前足が地面を叩く。急上昇したテンションを表すように尻尾は勢いよく振り回されている。普通にしていても笑っているように見えるコーギーフェイスは、今や全開のコーギースマイルだ。

 寿命が延びても、賢くなっても犬は犬。ルドは特に意味も無く部屋の端まで走っていったかと思えば、引き返してきてタックルしてきた。


「うぐ」


 地味に痛い。顔を舐めないで欲しい。

 僕を押し倒したルドは尻尾を振り回しながらとても楽しそうだ。


「トウジさん、いますかー?」


 と、そんな風にルドとじゃれている僕に来客。部屋の入口に目を向けてみると、小学校低学年くらいの子供が五人程集まっていた。何だろう?


「何か、トラブルだろうか?」

「ううん、ちがうよ」「モノズを貸して欲しいんです」「できれば未号か申号がいい!」「あと建材も欲しい」「かぼちゃも欲しいです!」「マントの設計図ある?」


 わちゃわちゃ。

 群れた子供特有の甲高い声で次々と要求が突き付けられる。

 まぁ、内容は聞き取れた。

 と、言うかこの要望は二回目なので、理解できたと言う方が正しいかもしれない。


「僕のモノズは全部貸し出し中だ。あぁ、少し待て――」


 端末を弄り、モノズ達の現在位置を検索。全十二機が同じ場所にいた。


「公園に行ってみてくれ、そこにいる。建材も丑号が持っているが――何に使うんだ?」


 はてな? と疑問を口にする僕に。子供達もはてな? と小首を傾げる。


「明後日のお祭りのじゅんびだよ?」


 知らないの? と言うその視線に記憶の底をあさってみるが、ただいまの時期は十月末。運動会位しかイベントなんてないだろう。僕には、さっぱり何の祭りかは分からなかった。

 その時はそれで終わった。







 ――トリックオアトリート!


 そんな歓声にも似た声を受けて、僕は漸く祭りの内容を知ることが出来た。

 ハロウィン。

 仮装してお菓子を貰いに行くアレだ。

 確かに十月の末にやって居た様な記憶がある。


「……あー……」


 部屋の入口を見る。

 お菓子を求めるオバケがキラキラと期待に満ちた目をしていた。

 さて、どうしたものか。

 僕は特にハロウィンを祝う……騒ぐ? まぁ、それすらもどう言ったら良いのかが曖昧な層だ。ジャパニカライズされた文化ですら触れた覚えがない。そんな僕なので、当然の様にお菓子など用意しているはずも無く、オバケに渡せる物は何も無い。


「トウジさん、おかしください!」

「……うん」


 おぅ。何てことだ。オバケの一人が具体的な要求をしだしたぞ?


「ちょ! あんた達、何してんの! トウジさんはダメって言ったでしょ!」


 考え込む僕の耳にそんな言葉が届いた。走ってきた中学生くらいの子供が、慌てた様にオバケ達に謝らせようとしている。

 ……いや、その……何だ……凄く傷つくことを言われた気がする!


「……あの、」

「っ! ご、ごめんなさい、トウジさん! この子達、事前の説明受けてなかったみたいで! 本当にごめんなさい!」

「……いや、それは、、、それ以上に、何故、僕は……」


 仲間外れにされたのでしょうか?


「え? だって、E.B先生が……えぇ? トウジさん、ハロウィンが死ぬほど嫌いだから教えるなって……あれぇ?」


 心底不思議そうな少女。

 成程、犯人はアレか。何がしたいんだ、あの女は? 虐めか? 虐めなのか?


「確かに馴染みは無いですが、嫌いと言うわけではないですよ?」

「……そうなんですか?」


 そうなんです、と頷く。


「まぁ、でも馴染みが無いのは確かなので、残念ながらお菓子は用意していません」


 ですので――

 一息。寝床のルドを抱き上げ、水性ペンを片手に持つ。


「いたずらを、して行くと良い」


 僕はそう言った。

 や、やめろー。

 じたばたじたばた。危機を察したルドが暴れ出すが、悲しいかな短足。抱き上げてしまえば床に足が届かず、逃げられない。

 ポカンとしていたオバケ達が僕の言葉を理解して、にーと笑う。

 五分後。


「うん。凛々しくなったな、ルド」


 極太眉毛のルドが僕を威嚇していた。







「トリックオアトリート! お菓子は無いな? だから悪戯をしてやる! 性的な奴をな!」


 ひゃっはー。

 夜、吸血鬼の仮装した何かが世迷いごとを叫びながら部屋に入ってきた。

 そいつは部屋に駆け込んだ勢いそのままに、ベッドに座る僕目掛けて突進してきた。


「ぐむっ!?」


 なので、世迷いごとを吐き出すその口に子供達から貰った飴玉を突っ込んでおいた。

 僕がお菓子を持っていないと知ると。小さな子達が、同情してお菓子をくれたのだ。

 良い子達だ。その優しさを忘れないで欲しいと僕は思う。……全部ハッカ味だったけれど。


「何で飴があるんだよ!」


 口の中でカラカラと飴を転がしながらイービィー。


「貰ったからですが?」

「そんなっ、おれの完璧な夜這いプランはどうなる!?」

「失敗なので、回れ右してお帰れ」


 きしゃーと吠えるイービィーに、手を振ってあっちに行け。僕は子号のモニターでポチポチとモノズ指揮のマクロを組んで行く。僕から離れて行動することが多い、戌号、申号、酉号のA1、巳号、卯号のS1への指示を楽にする為だ。

 僕の現在のスキルは【モノズ指揮:2】。マクロが上手く組めて遠隔での指揮を向上させれば上げてやるぞ、とポテトマンが言うので、少し頑張ってみているのだ。


「トウジ」

「はいはい」

「お前はハロウィンを何だと思っているんだ?」

「お菓子が貰えるお祭り」

「違う。恋人同士がコスプレしていたす・・・日だ!」

「……」


 ちょっとなにいってるかわからないですね。







 何を言っているかが良く分からなかったので、僕はイービィーを放置することにした。

 子号が出したモニターをタップし、作業を続行する。


「……む」


 それが彼女には不服だったのだろう。

 ほほを軽くぷくり、と膨らませたかと思うと、勝手にベッドに上がり込んで、僕の背中に覆いかぶさってきた。

 軽い重さと、体温、それとシャンプーの匂いがした。


「……離れろ」

「お断る」


 お断られた。それどころか、猫の様に身体を擦り付けてきた。

 吸血鬼の衣装は余り質の良い布を使っていない。

 感触が、しっかりと届く。

 風呂に入った後なのだろうか? 少しだけ赤くなった彼女の肌は吸い付くように僕の意識を掴んで行く。


「いよ、っと!」


 背後から伸びてきた手が、子号のモニターに触れ、立ち上がっていたプログラムを強制終了。モニターを閉じさせる。


「子号、どっか行け」

「子号、ここにいてくれ」


 僕とイービィーからの異なる指示。子号は当然、僕の言うことを……聞かない。何故だ。聞けよ。ぎろり。講義の目線を送るも、子号には届かない。いや、届いても無視される。彼は僕を見捨てて部屋から出て行った。……。オボエテロ。


「これで二人きりだ」

「そうですね。僕は一人きりになりたいです」

「ね。、トウジ、ねっ?」

「……会話をしてくれ」


 身体を擦り付けるな。耳に息を吹き掛けるな。離れろ。

 トゥースと言う種族の特性だろうか? その行為だけで彼女には十分らしい。

 目には熱が宿り、はぁ、と言う吐息は脳を痺れさすような甘さを孕む。

 異性の、女の重さ、体温、匂い。

 負けそうになる。

 負けても良いなと思う。

 そして、負けてしまいたいと言うのが本音だ。


「っ、うお!?」


 後ろに引き倒される。咄嗟に右手をベッドについてそれを防ぐ。そこまではよかった。だが、そこまでだった。


「っ、ま、何をっ!?」

「ふふっ」


 軽い笑い。

 体重を支える右手がイービィーのふとももに挟まれる。

 軽い、力だ。

 正直、簡単に振り払える。だが、僕はソレが出来ない。


「――つ、か、ま、え、た」


 すり。ふとももが摺り合わされる。背中に、ぞわり、と何かが奔る。

 熱を孕んだ子猫の様な瞳は上目遣いでこちらを見る。

 ちろり。

 赤い舌。


「――んっ」


 それが、挟まれた僕の右腕を這う。

 腕、肩、そして、首筋。

 ぞわぞわする。

 ぞくぞくする。

 力が抜ける。力が入らない。なのに。それなのに。一点に血は集まり、僕は自分の性別を否応なく意識させられる。


「――っ、痛」


 首筋に痛みが走る。

 噛まれた。抗議をするように首を動かせば、可愛らしく小首を傾げるイービィー。

 赤い。

 赤い舌。そこに乗る赤い液体。それを見せ付ける様に魅せながら、彼女は笑う。蠱惑的に。そして言う。


「――おれは吸血鬼だ」


 言って、舌を傷口に這わせる。

 ちろちろと舐められる。

 痛みで敏感になったその部分から体の中に何かが送られる。

 甘さにも似た快感。

 血と唾液が混ざる。くち、と粘性のある音すらも酷く僕を意識させる。


「なぁ、トウジ? ハロウィンがどう言う祭りか知ってるか?」

「……」

「教えてやる。恋人同士がコスプレでいたす・・・祭りだ」

「…………」

「なぁ、トウジ、それは……何のコスプレだ?」


 僕は。その問いに――


 ――狼男だ、と答えを返した。






あとがき

おまけでお題頂いてたシーズンイベ。

因みに投稿時の季節は一切考慮しない!!

……うん。

ごめん、kanrobiさん! 自分、このお題苦手だったたみたい!

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