第三章 星の檻

1 地上に輝く星六つ

 昨日、自分たちをさんざん苦しめた怪奇現象を調査するとあって、アニーはがぜんはりきった。すぐにでも外に出て調べるのかと思っていたのだが、マリオンが家の奥の方へとひっこむのを見て、おおげさにがっかりした表情をつくる。そうでなくても、肩すかしをくらった気分だった。

 マリオンは、ほどなくして戻ってきた。机上に大きな紙を広げる。それは、町の外の一部を切り取った地図だった。ところどころいびつな線に気づいて、子どもたちは揃って驚いた。腕輪の調整や魔術以外にも、この女性はいろいろ特技を持っているらしい。

「あたしがこれまで見つけた方陣は、ポルティエのすぐそばのここと、西に進んだ川のそばと――大きく北上した、この茂みの中」

 淡々と、隣の幼馴染にそう言ったマリオンは、地図上で白い指を滑らせる。そこにはすでに、赤い印が打ってあった。ロトは、いつもの仏頂面で腕を組む。

「まだ全容が見えないな……。ただ、結界の範囲はそんなに狭くなかったはずだ」

 顎に指をひっかけた青年は、子どもたちを振り返る。

「いつから、いや、どこから景色がおかしくなったか、わかるか」

「え? ロトは、わかんないの?」

「あのとき、すでに頭がぼんやりしててな」

 言いながら、彼はゆるくかぶりを振る。納得した子どもたちは、視線を合わせた。わずかな硬直のあとに、エルフリーデが身を乗り出す。地図に指を当てながら、ぶつぶつと何事かを呟いた彼女は――やがて、二か所を続けて指さした。

「たぶん、ここからここ、のあたりじゃないでしょうか」

 おおっ、と歓声を上げて、アニーとフェイは目をみはった。マリオンも、少し感心したふうにうなずいている。だが、彼女の瞳は、すぐに真剣な光を帯びた。

「そうとう大きな結界だったのね。でも、だとしたら、三つじゃ足りないわ。あの方陣が結界の一角を担っていたのは、間違いないでしょうけれど」

 視線が黄ばんだ地図に落ちる。アニーもしばらく、黙って考えこんでみたが、何も思い浮かばなかった。もとより、魔術に関する知識など、何もないのだ。それでも、何もわからないとなるとだんだん悔しくなってきて、彼女は頭を抱えてうなりはじめる。フェイに、変な視線を向けられていることには気づいていたが、無視した。

「マリオン。方陣の写しはあるか」

 部屋に満ちた妙な空気を、青年の低い声が両断する。マリオンは、「それなら、ここに」と言いながら、地図の脇に重ねて置いてあった、別の紙を広げた。好奇心からのぞきこんだアニーは、ぎょっとする。描かれていたのは、正真正銘、『方陣』だった。複雑に入り乱れる文字と、円環と、表現しがたい記号が、大きな星型に囲われている。緻密な図形は見ているだけで、めまいがしてきそうだった。

 のけぞって、紙から目を離したアニーとは反対に、ロトとエルフリーデが紙面に顔を近づける。

「これ……すごく複雑な方陣ですね。この国に、そんなにすごい魔術師がいるなんて」

「どうだかな。五芒星を基礎にした結界……ということは、空間を直接ねじ曲げたんじゃなくて、自然物をいじくった、ってことか」

 それからしばらく、二人の魔術師は、黙って方陣をながめていた。ぶつぶつと何事かを呟きながら、一心不乱に紙とにらみあう青年の横で、少女がふらついた。しばらくは健闘していた彼女も「限界です」と言って、アニーたちの方に戻ってくる。

「うう。やっぱり、勉強不足か……。第一周も読み解けないんじゃなあ……」

「エルフリーデが何言ってるのかよくわかんないけど、あれを読み解こうとするだけでも、すごいと思う」

 四回生までに習った計算でも、道半ばで音を上げる問題児は、いまだにちかちかする目を慰めながら、魔術師の卵に言葉を贈った。

 それからしばらく経ったあと、ようやくロトが顔を上げた。彼はこめかみを押さえていたが、しばらくすると目を開いてマリオンをあおぐ。

「結界を構成している方陣は、五つだ。組みこんである式は、ほかの四つと連動するよう綿密に組まれてるな。けど、同時に、ひとつかふたつが壊されても、結界じたいが消えないように残りの方陣と消えた部分を補いあうようにしてある。エルフリーデの言葉じゃないけど、優秀な術師もいたもんだな」

「ってことは、五つすべてを壊さないといけないわけね。骨が折れるわ」

 マリオンがため息をつく。ロトは、うなずいてから、三つの方陣を順繰りに見た。

「まあ、あとの効果は予想したとおりだな。自然物を――あたりの木や草や、果ては空まで見え方をいじくって、あたかも同じところをぐるぐる回ってるかのように見せかける。実際には、結界に弾かれて進めなくなってただけだ。個人的には、見知った記号と術式しか使われてねえってのが気になるけど」

 ロトは、ちらりと腕輪を見たものの、すぐに視線を机上に戻す。

「あと、もうひとつ気になったんだが……この三つの方陣、なぜか『方角』を指定する式が組み込まれていたんだ」

 方角? と、マリオンのひっくり返った声が叫ぶ。話についていけていないアニーは、三つの方陣と地図を見比べたり、そばの鉄筆の尻でインク瓶をつついたりしながら聞き耳を立てていたのだが、次の言葉で手を止めた。

「ポルティエのそばの方陣には、南西を示す式があった。川のそばの方陣には東が指定されていて、茂みの中の方陣は東南、かな。東南東かもしれねえけど、うまく隠してあって、今すぐには読み解けねえ」

「『方角』か……なんで、わざわざそんなものを……」

 マリオンの声を聞きながら、アニーはぼんやり地図を見る。地図上に打たれた赤い点を見つめているうちに、先程のロトの言葉が胸によみがえってきた。

「ポルティエのそばの方陣は、南西……」

 呟きながら、筆の尻で点を叩き、なんとなく南西を見る。次の点を尻で叩き、北を見た。何気なくそちらへ筆を滑らせて――次の瞬間、アニーは、雷に撃たれたような衝撃を受けていた。思わず立ち上がると、ガタッ、と椅子が鳴って、全員の注目を集めてしまう。それでも構わず、アニーはマリオンを振り返った。

「マリオンさん、この地図、書きこみしてもいい!?」

「え? ええ、いいけど。もともとこの調査のために書いたものだし」

 彼女の言葉をみなまで聞く前に、アニーは瓶のふたを開けて、鉄筆の先を黒い墨に浸す。黒く染まった鉄筆を、白い地図にすべらせた。彼女の行動に興味を持ったのか、ほかの四人が顔を寄せてくる。ロトの言葉を胸のうちで繰り返しながら、点を線でつないでいく。おもしろそうに見ていたロトと、不思議そうにしていたフェイが、同時に身を乗り出した。

「あ……!」

「なるほど。魔術師じゃないからこそ見えるものもある、か」

 驚きの声を上げる少年と、不敵に笑う魔術師。二人の声を聞きつつも、アニーの意識は地図上にむいていた。三つの点をつないだ彼女は、あとは己の勘にしたがって、図形をひとつ、描き上げる。彼女が鉄筆の先を、古い紙に押しつけたとき、地図には大きな図形がひとつ、浮かびあがっていた。

 地図上をすっぽり覆うほどの五芒星は、黒線一本で、きれいに形作られていた。

 

「ははあ、おもしろいわね。五芒星の方陣で、さらに大きな星形の結界をつくってた、ってことか。それさえわかれば、残り二つの方陣の場所も、目星はつくわ」

 不敵にほほ笑んで呟いた女魔術師が、五芒星の五つの先端に目を当てた。それからアニーを見やり「お手がらね」と短く褒める。瞬間的に熱くなり、その熱が冷めたばかりだったアニーは、恥ずかしくなって視線をそらした。けれど、自分の口もとがゆるんでいることには、気づいていた。

「わ、私だって、ロトが方角に気づいてなかったら、わかんなかったかもしれないし」

 口と頬のゆるみをごまかすつもりで、アニーはあえてとがった声を出す。マリオンは、そんな彼女の頭を思いっきりなでたあと、ロトを見やっていた。

「まあ、それもひとつあるわ。『方角』を定める式なんて、あたしが見たときは読みとれなかったわよ」

「普通は判別つかないと思う。学者肌の魔術師どもを集めて、本腰入れて解読しねえとな。そのくらい巧妙に隠されてた」

「って言いながら、あっさり見抜いちゃうところがなんともいえないわよね。あんたって」

 マリオンはそう言った後、手を叩いて「えらい!」と無邪気に青年を褒める。ロトは、頭をかいて、わざとらしく息を吐いた。アニーは、フェイたちと視線を合わせて笑う。マリオンと合流してからというもの、今まで知らなかった彼の姿が見られるので、とても楽しいのだった。

 自分を見守る生温かい空気に、気づいたのかどうなのか。ロトが、とにかく、と声を上げ、マリオンお手製の地図を指さした。

「場所の目星がつくってんなら、さっさと行こうぜ。そのために、わざわざ、俺に『依頼』したんだろ」

「そうね。ちゃっちゃと行って解除してきてしまいましょう。行方不明者が増えても困るし」

 そう言いながら、マリオンが何かをあさりはじめる。出かける支度をしているのだと気づいた子どもたちは、何かを言われる前に動きだした。エルフリーデが地図を脇にかかえこみ、フェイが方陣の描かれた紙を揃えて持ち上げる。アニーは剣を確かめていたが、鞘を叩いたところで、手を止めた。

――今回は、私、何か役に立てるのかな。

 ぼんやりと考えた彼女の耳に、何気ない女魔術師の呟きが届く。

「そういえば、今までの行方不明者も探さないと」

 わずかに疲れのにじんだその言葉が、どういうわけか、心にひっかかった。

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