終章

祝祭

 ぱん、ぱぱん。薄青い明けの空に、白いものが相次いで弾けた。にじみ出てしたたり落ちる汗をぬぐったアニーは、高くそびえる王宮の方を振り返る。打ち上げられては消えてゆく煙に目をこらした。

「あ、そっか。今日が本番だもんねえ」

「ほんっとーにやるんだな。広場、まだめちゃくちゃなのに」

 感じいって呟くアニーの横で、クレマンが腕を組んだ。

 彼の言うとおり、黒い竜にさんざん壊された広場は、まだ半分も直っていない。かろうじて、通りと王宮をつなぐ道と一部の建物が、それっぽく繕えたというだけだ。ロトとエレノアから、思いがけない昔話を聞いたあと、アニーたちも作業を手伝おうとしたのだが、大人たちに全力で止められてしまった。そのせいもあって、崩れた家の屋根などを見ると、どうしても歯がゆくなる。

 アニーは、ぶんぶんと頭を振った。立ち止まっているとよけいなことを考えてしまいそうだった。「ほら行くよ!」と気炎をあげてクレマンをせかすと、ひと息に塔の連なりを目指して走る。


 二人とも、目的の場所に着くころには、息があがっていた。街も少しずつだが動きはじめて、ところどころでかんぬきの外れる音や、扉のきしみが聞こえてくる。離れたところに見える大きな門からは、ひきしまった顔つきの、赤い上着を着た人々の群が吐きだされていた。――王にもっとも近い軍隊、近衛師団の人々だ。

 ものものしい集団をまのあたりにして、アニーとクレマンは顔を見合わせる。

「……なんか、はりきりすぎたね」

「おまえのせいだからなー」

 クレマンが、べっと舌をだす。今回ばかりはしかたがない。本当なら、宿屋のまわりを軽く走るだけで終わらせるつもりだったのだ。なのに、いつのまにか、都の端まで来てしまった。アニーは不器用に口の端をつりあげると、頭をかいた。


 少しの間、二人は王宮のまわりをぶらぶらと歩いた。国王陛下による祝いの挨拶までは、まだ時間がある。太陽が天にのぼっても、人々はまだ、それほど浮かれてはいなかった。けれども、今までとは違う落ちつきのない空気が市街を包んでいる。

 ときどき言い合いをしながら歩きまわっている途中、クレマンが屋台のひとつに目をとめた。その品ぞろえを見、アニーは珍しいこともあると目を瞬いたが、あえてからかわずにそっとしておいてやることにする。

 あちこちの店で戸や窓が開かれて、広場に少しずつ人が集まりだす。その頃になって、宿屋にいたはずのフェイとエルフリーデ、そして先輩たちが、アニーたちを見つけてやってきた。

「やあやあ君たち、今日の走りこみはずいぶんと長かったね」

「アニーに言ってほしいっすよ」

 悪意のないリーヴァの言葉に、クレマンがすねた。ぷいっとそっぽをむいた彼のまわりで、温かい笑い声が起こる。

 フランが、通りの建物に渡された飾りひもを、いつもの静かな瞳で見上げた。

「じゃあ、王宮に行こうか。二人とも、待ってると思うし」


 近衛師団の人々に見られながら、豪奢な装飾が目立つ門扉もんぴをくぐる。とたん、雑多な音やにおいが背後に遠ざかり、はりつめた静寂と色鮮やかな装飾が、目の前に広がった。なめらかで踏むたびに高い音の鳴る床は、何でできているのかわからない。歩きながら、アニーはすっと息を吸った。

 王宮は王国の中にある別世界だ。アニーは、昨日からそう思うようにしていた。街よりもずっと静かできらびやか。しかし裏には人の冷たさがひそむ場所。――仮に、アニーが軍人になる道を選んだら、王宮と関わりを持つことも出てくるかもしれない。そう思うと、肝が冷える気がした。

 広い廊下を行き交う人々は、昨日よりも落ちついているふうに見えた。だからだろうか、今日はいかにも庶民な子どもたちに、不思議そうな目を向けてくる。驚いたことに、リーヴァとクレマンは視線を気にした様子もなく、歩いている。うかがうようにリーヴァの友人を見上げれば「彼女、何度か父親について王宮に出入りしたことがあるらしいから」との答えが返ってくる。アニーは、熊のようだった茶色い髪の軍人を思い出して、うなずいていた。

 リーヴァの案内に沿って歩いていくと、突然、外に出た。王宮の、塔と塔を結ぶ外廊下なのだという。石の廊下の屋根は、鳥や花の彫刻がほどこされた柱に支えられている。柱の間から外を見れば、円形の花壇に咲き誇る、色とりどりの花が見える。

 なんとも落ちつかないその場所に、目的の二人はいた。

「どうもー」

 リーヴァが元気な声を上げると、二人とも苦笑しながら歩み寄ってくる。青年は、片腕のみに、馴染みの腕輪をつけていた。

「あの、ロトさん。もう大丈夫なの?」

「心配し過ぎだ。あれくらい、一晩寝れば大丈夫。そっちこそ、わんぱく小僧とおてんば娘の怪我はいいのかよ」

 ロトは、フェイの頭をぐしゃぐしゃにしながら問いかける。苦笑する先輩たちをよそに、アニーとクレマンは力強くうなずいた。二人がうなずいたことに安心したのか、それとも強情な彼らを見ていろいろなことをあきらめたのか、隣にいたマリオンがふわりとほほ笑んだ。

「それなら、そろそろ向かいましょ。時間がないわ」

 彼女の言葉に、学生たちは顔を見合わせる。ロトとマリオンにわざわざ呼び出されたので、てっきりこの場で何か話をするのだと思っていたのだ。

「向かう、って、どこに?」

 クレマンが首をかしげると、『ポルティエの魔女』は悪戯っぽく片目をつぶる。

「特等席よ」


 そうしてアニーたちが案内されたのは、王宮の敷地内にある、高い建物の一角だ。それまでと違って、壁紙の柄はやさしい色の草葉の模様をあしらったものである。明かりのさしこむ細い窓の前で、マリオンが足を止めた。

「ここはね。二百年以上前――まだ、この国がある大きな国の一部だったころに、皇族が別荘に使っていた建物なんですって。その人たちがいなくなってからも、補修されて使われてきたそうよ。最近では、北から流れてきたシェルバ人の居住区だったわ。彼らがいつでも身を寄せられるようにと、彼らのほとんどが独りだちした今も、そのまま残されているの」

 マリオンの口調は、まるでよその国の歴史を語るかのように淡白だった。しかし、後ろの扉に投げかけられた目は、なつかしむように細められている。話を聞いていた少年少女は、知らぬうちに息をのんでいた。

 彼らが、何を言おうかと迷っているうちに、魔術師は黒衣のすそをひるがえして、歩きだす。ロトも黙ってそれに続きながら、子どもたちをうながした。

 かつての家だったからなのか。二人の足取りに迷いはない。そのうちに、広い露台に出た。柵のむこうを見やれば、眼下には王都の街並みが広がり、東のそれほど離れていない場所にある、王宮の窓や時計もながめられる。王宮の最上階もはっきりと見えた。これから、国王が立つはずの場所だ。そのときになってようやく、子どもたちは歓声をあげた。

「あ、特等席って、こういう意味だったんだ!」

 柵から少し身を乗り出したアニーは、目を輝かせる。大きな露台に国王陛下の姿はないが、官吏かんりらしき人の影はちらほらと見える。ともすれ落っこちそうな少女を、服のえりを軽くひいて止めながら、ロトが小さくうなずいた。

「長く誰も使ってなかったはずだけど、きれいなもんだな。わざわざ掃除してんのか?」

「そうかもね。……懐かしいなあ。よく、お貴族様ともめた後には、ここに逃げてきたわよね」

「それでジルに慰められてな」

 魔術師の二人は、アニーたちの知らない思い出を交わして笑う。その思い出に触れることはできずとも、六人もまた、なごやかな空気の中で笑うことはできた。


 遠い大陸からやってきた人々の、好奇心をくすぐる話に耳をかたむけているうちに、都のざわめきがいっそう大きくなった。その音と熱気が、風にのってこの露台にも伝わってくる。

 誰からともなく口を閉ざした。まるで見計らったように、王宮の最上に、豪華な長衣をまとった男性が姿を現す。王族など、生まれてこの方新聞の中でしか知らなかったアニーたちは、息を止めてその姿に見入った。

 思っていたよりも若いなあ、とフェイが感心の声をもらす。整った顔立ちの男性の顔には少しのしわがあるが、決して嫌な感じのものではなく、精悍せいかんさをさらに引き立てているような感じがする。切れ長の目のまんなかにともるあおは、強い輝きをもって都を見下ろしていた。肩にかかるほどの髪は、アニーのそれより少しくすんだ金色だった。

「あの人が」

 そう呟いたのは、アニーだったかもしれない。違う誰かだったかもしれない。

 新聞に写真が載ったことはあるが、それは数えるほどである。写真よりも絵が圧倒的に多く、それも遠くから見た王の姿を映した――あるいは描いたものばかり。遠目からとはいえ、まじまじと国王の顔を見ることは、これがはじめてだ。嫌でも感心する。

 王は静かに進み出ると、なめらかに話しだした。凛とした低音は、はっきりと届く。難しい言葉も多いので、アニーはその多くを右から左へ受け流していた。が、王が儀式用の細剣を抜き放ち、高らかにのべたしめくくりの言葉だけは、いつまでも忘れなかった。


「建国の日をともに祝し、その繁栄と平和がとこしえに続くことを、ともに願おう。

――王国に、我が王家に、そして民たちに、偉大なる天空神ルジーナの加護があらんことを!」


 ことぎが終わる前に。歓声が、街を包む。

 こうして、建国二百四十年を祝う祭りは、華やかに幕を開けた。



 国王陛下の挨拶が終わると、王都は一気に花開いた。声を張り上げる人々の熱気が、ふだんはすさんだ裏路地にまで駆け巡っていくようだった。そして同時に、魔術師部隊を含む軍人たちも、慌ただしく動きだした。昨日、黒い竜を呼びだした首謀者は捕まっていない。街中に配属される人たちは、これから鋭い目をあちらこちらに配ることになるのだろう。

 きびきびと動きだした彼らにまぎれて、アニーたちも街へ繰り出すことにした。王の演説が終わったので、王宮の真下にいた人々は散っていたが、そのかわり、通りにはあちこちに人だかりができている。時には、不思議な模様の入ったまっ赤な服をまとっている人や、やけに肌の黒い二人組を見かけることもあった。彼らの口から滑り出るのは、決まって、グランドル語でない言葉である。

「う、うわあああ」

 王宮から街の正門に向かってのびる大通り。その入り口で、フェイがふらりとよろめいた。早くも、人混みにのまれかかっているようである。その隣では、エルフリーデも目を丸くして、かたまっていた。気分の盛り上がった人々は、戸惑う子どもたちをよそに、呼びこみをかける芸人のまわりに集まったり、興味ぶかそうに屋台をのぞきこんだりしている。

「さてさて。とりあえずここに来たものの……どうしようか?」

「大通りはしばらく避けた方がいいんじゃない? 身動きとれなくなるよ。――みんな、どこか行きたいところはある?」

 先輩たちは、変わらず冷静に言葉をかわす。フランに振り返られたアニーたちは、顔を見合わせた。

 それぞれがそれぞれに悩む中、アニーもしばらくうつむく。王都に来たことはなかったはずだから、行きたいところと言われても、ぴんとこない。しかし、ひとつの考えがひらめいたとき、彼女は碧眼をきらめかせた。

「あ、それじゃあさ! むこうの屋台に行こうよ!」

 びしりと、アニーは後ろを指さす。

「広場の手前に、気になる屋台があったんだあ。髪どめとか、首飾りとか売ってた」

「へえ。アニーでもそういうのに興味があるんだなあ」

「いいでしょ別にー」

 人の悪い顔でほほ笑んだロトに、つんと唇を突きだす。けれども彼女は、心の中で悪戯っぽく笑っていた。自己満足かもしれないと思いつつ、どうしても、二人をあの店に向かわせてみたかったのだ。


 ふだんから幼馴染に「暗記はできないのに妙なところで記憶力がいいんだよね」と呆れられるアニーは、すぐにその屋台を発見した。装飾品を売るお店だが、多くは羽根を使ったもの、あるいは模したものだ。

「子どもの頃、『白翼の隊』に憧れていましてね。それでこういう意匠にしたんですよ」

 ほんものの羽が使われた髪どめを掲げながら、女性が楽しく笑う。彼女と、ロトとマリオンが意味ありげに視線を交わした。彼女もあるいは魔力持ちなのかもしれない。

「わ、これいいなあ。……でも、すぐ外れそう」

「……アニーはよく動くからねえ」

 アニーがひかれたのは、先が緑がかった、つくりものの羽のついた髪どめ。しかしどうしても手がのばせずにうなっていると、隣でフェイが苦笑する。彼女はぷうっと頬をふくらませながら、残る二人の同級生を盗み見た。きっと、アニーよりも人一倍装飾品に興味があるだろう。そう彼女が予測したエルフリーデは、予測どおり、目を輝かせて品物に見入っている。

 エルフリーデは、本物の羽がぶらさがっている、円板の形の胸飾りが気に入ったらしい。円板の表面に、古代シェルバ文字が刻まれていて、魔術師にとってはお守りがわりにもなる代物だった。が、遠目に様子をうかがっていたアニーとフェイは、そこまでは気づかなかった。

 じいっと胸飾りを見つめていたエルフリーデだが、女性から値段を告げられると、うなだれる。

「う……ちょっとだけ、足りない」

「いくら?」

 それまで蚊帳の外だった少年に声をかけられ、エルフリーデは目を見開く。おずおずとクレマンに数字を告げたエルフリーデは、彼が迷わず「じゃ、俺が買う」と言い放ったことで飛び上がった。

「そ、そんな。悪いよ」

「大丈夫だって。俺さ、家からときどきこづかいもらってんだけど、いっつもちょっとあまるんだ。だからそのくらいは……余裕!」

「ほんとにいいの?」

 エルフリーデは、申し訳なさからか少しうつむいた。けれど、クレマンがそこを押しきって女性に声をかける。女性はにこにこ笑って、胸飾りを受け取った。

「ふふ。彼氏さんの心意気に免じて、おまけしてあげる」

「なっ……!? べ、べつに、そういうんじゃ……!」

 女性に目を向けられたクレマンは、まっ赤になってうろたえていた。エルフリーデも顔をそらして照れている。アニーがにやにやと二人をながめていると、隣から「これください」との声がした。振り返ったとき、アニーに言葉がかけられる。

「これなら、簡単には落ちないと思うよ」

 いつのまにか買い物をしていたフェイがさし出してきたのは、先ほどと同じ色の羽が使われた首飾りだった。じょうぶそうなひもが使われていて、なるほど確かに、簡単に切れたりはしなさそうである。しかしアニーは、感心するより先に、面食らってしまった。

「え、く、くれるの?」

「うん。どうぞ」

 首飾りをさしだしたフェイは、ちょこんと首をかしげた。自分は何か間違ったことをしただろうか、とでも言いたげな顔である。アニーは口をぱくぱくさせたが、結局は言いたいことをすべてのみこみ、お礼だけを告げて首飾りを受け取った。


「いやあ、いいね青春だねえ」

「……まだリーヴァさんも、じゅうぶん青春って歳じゃない」

「本当にね。変なところで年よりくさいんですよ、この人」

 後ろから、四人の様子をながめていたリーヴァがにこにこ笑う。まるきり他人事という姿勢の彼女に、マリオンとフラン、ついでにロトまでも、冷めた視線を送っていた。しかし彼らは、すぐに目をみはることになる。リーヴァが突然振り返ってマリオンの腕をひっぱり、ロトの方に押しつけたがために。

「ちょ、ちょっと」

「そういうわけで、魔術師のお兄さんお姉さんも、大人の青春してきたらどうです? あの子たちは私とフランで見ておきますんでー」

 リーヴァのませた言葉に、マリオンは顔を赤くし、ロトは眉を寄せて頭をかたむけた。噛みあっているはずなのに肝心なところが噛みあっていない二人を、リーヴァはむりやり遠ざけてしまう。二人の姿が雑踏ざっとうに消えると、フランがぽつりと呟いた。

「今回は、いやに強引じゃない?」

「だってー。せっかくいい雰囲気の二人に、気をつかってほしくなかったから」

 リーヴァの言葉に、彼は目を瞬く。

「あの二人って、そういう関係?」

「いんやー。――でもね、私、ひとの『そういう気持ち』には結構敏感なのだよ」

 そうだっけ、と顔をしかめる友人に、少女は胸を張ってみせた。――が、すぐに顔をしかめる。遠くから、嫌というほど覚えのある声が彼女を呼んでいたせいだろう。

「仕事しろ、馬鹿親父ー!」

 今にもこちらへ駆けてきそうなガイ・ジェフリー大尉に、リーヴァ・ジェフリーは怒鳴った。あらん限りの力を込めて。



     ※



 リーヴァにむりやり市街へ放り出された二人の魔術師は、困った顔をして、細い通りを歩いていた。いつもは地元の人がやってくる穏やかな通りも、今は外の人々にうめつくされて活気づいている。

「なんか適当に追い出されたけど、どうするよ」

「んんー、そうね。このあたりは、見て回ったことあるもんねえ」

 ふらふらと退屈そうに歩くロトに、マリオンが答える。彼女が横目でうかがっていることに、ロトの方は気づいていない。あるいは気づかないふりをしているだけか。マリオンは、うつむきかけて、すぐに前を見た。

 なんとはなしにあたりを見回すと、軍人を含めて見覚えのある顔が目に入った。かつて『白翼の隊』のもとにいた頃は、二人で、あるいはどちらか一人でここへよく遊びに来ていたものだ。立ち並ぶ店から、民家の軒先の植木鉢まで、懐かしいものはいくらでも目に入る。

 その途中――ある、小路こうじの前を通りすぎたところで、ロトが一瞬顔をこわばらせ、足を止めた。何事かと、マリオンは振り返る。ロトは彼女の視線に気づき、頭をかいた。

「悪い、悪い。あそこの通りで王都の奴と遊んだな、って、思っただけだ」

 深海色の瞳が、小路の奥の薄闇を見すえる。マリオンは、唇を噛んだ。彼女の知る限り、ロトのあの小路での最後の思い出は、あまりいいものではなかったはずだ。うずくまる少年と、それを気遣わしげにみる都の子らの姿が、つかのま、見えた気がした。

「ねえ、ロト」

「……ん?」

 膝のあたりで拳をにぎって、声を出す。彼女の幼馴染は、あっさりと振り向く。あの小路の奥で起きた事件を境に、行き場をうしなった言葉たちが、娘の胸の中をさまよった。たまったものを吐きだせたなら、どんなに楽だろうか。ふとそんなことを思ったものの、口は、彼女の思うようには動いてくれなかった。

「……ううん。あの、仲良かった子たち、元気かなって思っただけ」

 彼女はいびつな笑みを刷く。彼は一瞬、眉を寄せたものの、すぐに仏頂面に戻った。

「ああ。エディにカーラか。でっかくなってそうだよな」

『仲の良かった子たち』の名前を出すと、ロトは悪戯っ子のように唇をゆがめる。マリオンもつられて笑った。

「帰る前に、時間があったら寄ってみるか」

「そうね」

 何気ない会話が終わる。元気な足音によって、終わらせられた。

「ロト、マリオンさーん!」

 すっかり耳になじんだ声が、二人を呼んだ。アニーとフェイ、そして苦笑いしているフランが歩いてくる。

「おう、どうした」

「なんかね。大尉さんが二人を探してたよ。ええっと、リーヴァ先輩のお父さん?」

「ああ、親ばか大尉か」

 ガイ・ジェフリーを妙なあだ名で呼んだロトは、またマリオンを見た。ためらいもなく、手をさしだしてくる。

「とりあえず行こうぜ。なんの話か知らんが」

 マリオンは、少しの間、さしだされたそれを見つめる。浮かびあがりかけたものを押しこんで、いつものように手をとった。

「娘自慢とのろけ話だったらどうしよう」

「あー。今やっても、娘にけっ飛ばされて終わりだろ」

「あはは、言えてる!」

 幼馴染どうし、そして新たに知りあった少年少女と笑いあいながら、二人はまた歩き出す。

 人の暗い思惑も、明るい喜びも、どうしようもない切なささえも、熱気の中にのみこんで。いまだ小さな王国は、大陸に新たな歴史を刻みはじめた。




(Ⅳ 栄華の都と幻影竜・終)

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