Ⅴ 帝国の遺産

序章

暗がり

 グランドル王国、二百四十年の建国記念祭が終わって、四日めの昼下がり。魔術師部隊の新人少尉、アレイシャ・リンフォードは、王宮の中に数ある図書室のうちのひとつにやってきていた。広い室内には、本棚がいたるところに並べられ、そのなかにはびっしりと書物が詰まっている。中には、時代がかったひもとじの本や、巻物などもあった。古くなって独特の香りをかもし出すそれを手に取ったアレイシャは、少し顔をしかめて、すぐ本棚に戻した。だいたい図書室というと、大きな窓から光をとりいれているものだが、ここの明かりといえば最小限の行燈ランプだけである。わざわざ足を運ぶ人も少ないのだから、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。

 アレイシャは、ときどき視線をさまよわせながらも、足音をできるだけ小さくして、図書室を進んでいった。右に左に、角を曲がり、最奥さいおうの一角で足を止める。書架の中身をざっと見回す。知らないうちにつばをのんでいた。そのうちの一冊に手を伸ばし、列のなかから引き抜いて、ほかにも何冊か、分厚い本を抱えた。近くの机にそれらを運び、簡単な方陣を描いて空中に光を灯す。それからしばらく、重厚な本たちに向きあった。

 ページをめくる細い手が、あるところで止まる。とある国の、名家めいかと呼ばれる家いえについての記述が続く章の一ページ。それをしばらくながめたアレイシャは、軍服の胸のおとし(ポケット)に手を入れ、中身をそうっと引き抜く。てのひらほどの、盾にも似た、金属製の胸飾り。その表面に彫られた紋章と、紙の上に描かれた紋章を、何度も見比べた。いくら間違い探しをしても、間違いなど見つからないことを確信すると、眉を寄せる。

「隊長が調べてくれとおっしゃっていたのは、これよね……。でも、これって……」

 アレイシャは、紙の紋章の下に続く文章を、ゆっくりと目で追う。ますます、疑わしくなるだけだった。

「どうして、隊長はこんなことを調べたいのかしら。そもそも、どうして胸飾りを持っていらっしゃったのかな」

 アレイシャは、ゆっくりと、胸飾りを目の前にかざす。赤に縁どられた紋章は、魔術の光に照らされて、ぶきみな輝きを放っていた。



 少しずつ、寒さの厳しくなる季節である。一時期のお祭り騒ぎも今ではすっかり落ちついて、人々は冬じたくをはじめていた。グランドル王国では秋と冬で気候ががらりと変わるので、この時期、人々はかなり苦労する。しかし、北海のヴァイシェル大陸出身のロトにとっては、冬じたくなど朝飯前だ。そもそも、年中冬のような故郷では、雪や寒さに備えるのは日常だったのだ。そういうわけで、『便利屋』としての仕事の合間に必要なものを倉庫から引き出していたロトは、呼び鈴の音に気づいて倉庫から飛び出した。

「ロトにいちゃーん! お手紙だよー!」

 馴染みの配達少年が、手紙を届けにやってきた。礼を言って受け取ったロトは、少年が返ったあと、そして一度倉庫の整理が落ちついたあとに、休憩がてら中をみることにした。

 書斎の椅子に腰を下ろしたロトは、封筒をひっくり返して目をみはる。

「あいつか」

 差出人の名は、エレノア・ユーゼス。王国軍の、魔術師とその知識を持つ者だけを集めた部隊、『白翼はくよくの隊』の隊長だ。つまりは、軍人である。本来ならば雲上うんじょうびとであるはずの彼女とは、いろいろあって大陸を渡った頃からの付き合いだ。見覚えのある筆跡に、ロトは知らず笑みをこぼす。

 封を切り、中身に目を通す。すべてを読み終わるときには、ロトはいつもの仏頂面を通り越してしかめっ面をしていた。

「どういうことだ……?」

 呟くと、改めて、気になった文面を目で追った。


『実は、先の魔女の《爪》もどきとの戦いのさなか、君が話していた男女二人組が、私の前に現れた。その片割れである銀髪の女が、手がかりだと言って、私にあるものをよこしてきた。建国記念祭が終わったあと、私は部下とともにそれについて調べたんだ。結果としてある事実が浮かび上がってきたが、にわかには信じられない話でな。自分たちの結論に、どうしても自信が持てない。だから、「学術都市」ヴェローネルにいる君に、詳しいことを調べてほしい。渡された物の写し絵と、概要を記した紙を添えておく。突然で申し訳ないが、任せた。健闘を祈る』


「健闘を祈る、って、おまえなあ」

 思わず、手紙のむこうの相手に文句をこぼす。そもそも、男女二人組――前に遭遇した、ルナティアとオルトゥーズに違いない――については、彼が建国記念祭で王都にいるときに話してほしかった。しかし、過ぎたことにいつまでもこだわっていてもしかたがない。ロトはそれ以上考えるのをやめて、もう一枚の紙とやらを引き抜いた。

 便せんと同じくらいの大きさの紙には、図と文字が並んでいる。それらをざっとながめたロトは、思わず紙を取り落としそうになった。描かれた紋章に、見いってしまう。

「ルナティアがよこしたっつったよな……。なんで、あの女が、そんなものを持ってるんだ?」

 ロトは、あまり王国の裏側などに興味はなかった。しかし、王宮の一角に住んでいた時代、ひまなときも多かったので、人並み以上に王国についての勉強をしたり本を読んだりしていたのだ。だから、おおざっぱな王国史の知識は頭の中に入っている。

 そんな彼の記憶が正しければ、紙に描かれた紋章は、歴史に残る大国の、ある家の家紋である。ただし、国は王国成立より前に滅び、かの家にいたっては、国の滅亡よりさらに前に、血筋が途絶えているはずだった。

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