Ⅳ 栄華の都と幻影竜

序章

白き翼の戦士たち

 夏の太陽が燦燦さんさんと降り注ぐ大通りは、人で埋めつくされている。祭でもないのに色とりどりの紙吹雪が舞い、あちらこちらから呼びこみの声や笛の音が響き渡ってくる。

 その通りからわずかにそれた小路の中に、粗末な小屋があった。小屋の壁にもたれている黒衣の男は、さざめきとなって届く喧騒に、舌打ちをこぼす。

「まったく、忌々しい」

 平和に慣れきった民衆の声も、栄華を象徴する楽の音色も、何もかもがにぎりつぶしてしまいたいほど汚らしく思えた。今、この国で、この都で何が起きているのかを知らない愚かな人々に対して、わめき散らしたい衝動にかられる。表情でそう語っている男を、別の誰かが制した。

「落ちつけ。ここで馬鹿なまねをすれば、すべてが水の泡だ。ほかの仲間たちにも迷惑がかかる」

「うるさい。言われなくてもわかっている」

 男は吐き捨てると、隣で座って分厚い本を開いている人物に目をやった。灰色の衣をまとい、顔は頭巾ずきんで隠しているからわからない。体格から若い男だろうとは予測できるが、本当のところはどうなのか、彼は知らなかった。

 半年前から参加している胡散臭い灰色に、男は声を投げかけた。

「おまえの情報は確かだったようだな。ここまで魔力が充満しているのに、警備兵の一人もきやしない」

「魔術師なんて、ほんのひとにぎりですから」

 灰色衣の若者は、平たんな声で言った。男は鼻白んだが、気を取り直して、新参者の肩を叩く。

「まあいい。そろそろ時間だ、手伝え」

「はい」

 若者は、うなずき、本を閉じた。静かに立ち上がると、男の後ろにつく。男は大股で、小屋の中心に歩いた。

 もう、すでに、床の上には方陣が描かれはじめている。彼も白墨の棒を手にとって、床に突き立てた。

「これはいったい、なんの方陣なんでしょうか」

「さあな。俺たちも、そこのところは知らない。いくつかの場所に方陣を描いているから、大がかりな儀式をやるんだろう」

 灰色の問いに答えながら、男は指先で棒を回す。そして、それを床にすべらせた。彼が方陣を描いている間、灰色は微動だにせず隣にいた。

 それからしばらく、短い空白が続いたあと。唐突に、壁が叩かれた。その場にいた誰もが、はっと顔を上げる。

「何事だ!」

 一人が、叫んだ。壁のむこうから、声が返る。

「た、大変だ! 軍人、いや、軍隊がこの場所を嗅ぎつけて……」

 くぐもった声は、途中で意味のわからぬ怒号に変わった。まわりの人々が顔を見合わせる中、男は目をつりあげ、灰色の若者を振り返る。「おい、どういうことだ! ここに軍は来ないと――」荒々しい彼の声は、途中で消えた。

 振り返った彼の喉もとに、剣の切っ先が突きつけられる。

「なんの、つもりだ」

「――見ていれば、わかります」

 頭巾の下から聞こえる声は、やはり淡々としていた。しかし、語尾にわずかながら、笑いがまざった気もした。

 男が眉を上げた次の瞬間、乱暴に扉が開かれる。

「おっと、ここであたりだったみたいですぜ、班長」

 入口から、野太い男の声が聞こえる。軍服をまとい、くすんだ金髪をかり上げた男が、笑っていた。隣では、信じがたいことに、若い女が「はい」と返事をしていた。彼女は、亜麻色の髪をなびかせながら小屋の中へ入ると、軍刀をすらりと抜き放って彼らへ向けてくる。

「単刀直入に、言わせていただきましょう。現在、あなた方には、第二級禁制魔術使用罪と、国家反逆罪の疑いがかかっています。大人しく、私たちについてきていただければ、手荒なまねはしません」

 女の声は、どんな楽器よりも涼やかに響いた。驚愕と緊張の沈黙が降りる。けれどそのあと、小屋に集っていた者たちは、次々に武器を抜いて威嚇の姿勢を見せた。たじろいで動かぬのは、灰色の暴挙に気づいている一部の者だけだ。

 女は、小屋をざっと見渡して、最後に自軍を振り返る。それから、ため息をこぼした。「しかたありませんね」続いた言葉に呼応するかのごとく、軍刀の切っ先がきらめいた。

「我々は、魔術の悪用を許しません。『白翼はくよくの隊』の名のもとに、あなたたちを捕縛します」

 まっすぐに構えられていた刀が、風を切って振り下ろされる。同時、待ってましたとばかりに、軍服の奔流が小屋の中へと押し寄せる。


 当然、ここに集まっていた『謀反むほんにん』たちはいきり立った。しかし、直後になだれこんできた軍人の群にはかなわず、あっという間に取り押さえられてしまう。黒衣の男は、その光景を、呆然と見ていた。混乱のただ中、大げさな宣言をした女の瞳が、彼の方を見る。だが、男は、彼女が見たのが自分ではなく隣の灰色だと、すぐに気づいた。

「ひょっとして、あなたが情報をくださっていた方ですか」

 灰色は、うなずいた。そして、剣をひくと、手錠――驚いたことに、衣の中に隠していたらしい――を男の手にはめる。ひと仕事終えた、とばかりに立ちあがった若者は、それまで深くかぶっていた頭巾をあっさりとりはらった。女よりわずかに年上らしい、精悍な顔が現れる。

「あんたが、噂の新しい班長かい? ずいぶん若いな。俺より年下なんじゃないか」

「ええ、そうですね」

 女はあっさり答える。男は聞き耳を立てようとしたが、そこで軍人に取り押さえられてしまい、声を聞くどころではなくなった。


 一方、謀反人の仮面をとった軍人は、女性の方へ歩を進める。彼が立ち止まると、彼女は息をのむほどきれいな敬礼をしてみせた。

「班長を務めております、アレイシャ・リンフォード少尉です。若輩者ですが、ご期待に添えるよう全力を尽くします」

 彼は、すっと目を細める。凛として響く声には、強い緊張がにじんでいた。生真面目すぎて、現場や軍部でうまく立ち回れるかと不安にもなる。しかし――両目には、研ぎ澄まされた刃のような光が宿っていた。

 少尉の肩書きを背負うには若すぎる。軍人として、青すぎる。が、班長として下につくには、悪くない。

「こっちのことは聞いているだろうから、自己紹介は後回しにさせてもらいますよ。けど――ま、よろしくお願いしますね、班長」

 彼が班長、を強調してそうこたえれば、アレイシャはほっと肩の力を抜いたようだった。

 やはり素直すぎるのが長所であり短所である、と、軍人は頭の中で評価した。



 鋭い声と荒々しい音が飛び交っている。勤勉に事後処理にあたる隊士たちを見つめていたアレイシャは、出かかったため息をのみこんで、扉を押し開けた。ギコォ、というような、変な音を立てて、薄い扉が外へ動いた。隊士の誰かが蹴破ってしまったおかげで、蝶番ちょうつがいがおかしなことになっているかもしれない。それは作戦のためであるから責めるべきではないだろう。それにここは、廃屋となって久しい場所だ。今さら、立てつけの悪さを気にしてもしかたがない。

 木片を乗り越えて外に出たアレイシャは、今度こそため息をついた。すると、見計らったかのように、大柄な男が彼女の方へ歩いてくる。

「よう。なかなか大胆な立ち回りだったな、アレイシャ・リンフォード少尉」

「えっ、あ」

 はっと顔を上げたアレイシャは、目の前で笑うがたいのいい男に気づき、慌ててかかとを合わせ、背筋を伸ばした。

「ありがとうございます、ジェフリー大尉」

 軍隊特有の角ばった声でそう言えば、ガイ・ジェフリー大尉はぽかんとしたあと、豪快に笑い声を立てた。

「かたくなるなって。肩も顔もがっちがちだぞ」

「も、申し訳ありません! その、少尉、と呼ばれることにまだ慣れておりませんもので」

「ははあ。そっか、そりゃしかたねえ。何せ、まだ三月みつきだものなあ」

 言いながら、大尉はアレイシャの肩を叩く。

「ほれ、ちょっとつきあえ」

 いきなり命じられて、アレイシャは目を白黒させた。

「しかし。まだ事後処理が残って……」

「その事後処理の報告を聞く場所まで行くんだよ。さっさとしろ」

「は、はい」

 アレイシャはどぎまぎしながら後を追った。少尉と大尉、近くは見えるがその差は大きい。まして、つい最近まで下士官であったアレイシャにとって、この大尉は雲の上の御方のようなものだった。早くしろと言われれば早くついてゆくほかにないのである。


 同じ軍服を着た人々が行き交う小路を見渡していると、ガイ・ジェフリーがぞんざいに声をかけてきた。

「どうだったよ。『リンフォード班』初の実戦任務は」

 彼の口調は、ほんの少し砕けたものになっている。アレイシャは、はあっ、と大きく息を吐いて、肩を落とした。

「ど、どうもこうも、緊張しました……」

「へえ、そうか。ヒラ(*)でも経験はあるんじゃないか」

「あのときとはまた違う、というか。魔術師が相手だからでしょうか」

「おー、そうだな。そりゃ、俺もわかる。やっぱまとう雰囲気からして、なんか違うよなあ。これが魔術師さんだと、相手がどのくらいの実力か、描いてある方陣はどういうもので自分たちに害はあるのか、とか、まず考えるらしいが」

「思考回路が理解できない……」

 アレイシャがさらに背中を丸めると、ジェフリー大尉は吹き出した。彼女を叩き起こすように、背中を強く叩いてくる。

「ほれ。今だからいいけど、班員の前ではしゃきっとしろよ」

「はい」

 アレイシャは、慌てて体を起こす。胸もとの印が目についたので、思わずまじまじと見てしまう。

 金色の丸い金属板に刻まれているのは、軍の紋章と、魔術師たちの希望の象徴であるという、白い翼を広げたような図形。アレイシャは、見つめているうち、自分が高揚しはじめていることに気づいていた。

「――望まねえ配属だったかもしんねえが。この隊も、悪くねえだろう。なあ?」

 すべてを見すかしたような大尉の言葉に、アレイシャは、ただうなずいた。

 

 彼らは軍人である。だが、ただの軍人とは違う。

 魔術をもちいた犯罪等に対応するための集団。魔術師と、魔術の知識に長けた者を集めた特殊部隊。魔術師部隊と名づけられ、みずからは『白翼はくよくの隊』と名乗る。

 白き翼の象徴は、世の魔術師たちにとって、恐れるべき矛であり、敬うべき盾であった。



     ※

     

     

 アレイシャ・リンフォードとガイ・ジェフリーが処理を終えて、『白翼の隊』の拠点に戻ったのは、夕方になってからだった。彼らは、疲れた体に鞭をうち、上官へ報告するべく、奥へ奥へと進んでゆく。そして、簡素な木の扉の向こうで二人を出迎えたのは、執務机で書類と向きあう女性だった。彼女のかたわらには、大柄で温和そうな表情の男性が立っている。

「隊長。ガイ・ジェフリー大尉です。ただいま戻りました」

「――うん、ご苦労」

 敬礼をしたジェフリー大尉が名乗れば、顔を上げた女性は鷹揚にうなずく。うなじのあたりで束ねられた金髪が揺れた。

 大尉とともに報告をしながら、アレイシャは隊長を改めて見た。容姿は若い女性のそれで、アレイシャとほぼ同じ年頃のようにも見える。だが、軍にいる期間は彼女よりもうんと長い。そして、それとは別に「隊長は年齢不詳」という話が、隊士たちの間では暗黙の了解として受け入れられていた。実際、落ちついた物腰の彼女を見ていると、何歳なのかわからなくなってくる。

 不穏な動きをしている魔術師たちを調査した、今回の件をひととおり報告すると、隊長はうなった。

「なるほど。実行犯たちを捕らえられたのはよいことだ。これで少しは進展があるかもしれないな」

 で、と言い、彼女は手もとの羊皮紙に目を落とす。

「これが、今回刻まれようとしていた方陣か」

 彼女が見ているのは、途中まで描かれた方陣だ。描いた張本人にはもちろんわかる。アレイシャは、上官の視線を感じ、口を開いた。

「私が目撃した部分のみを映しとったものです。三、四周で構成されているもののようですね。実行犯たちには計画の全容は明かされていないようで、彼らはこの方陣がどういうものなのかを何も知らないと言っていたそうです」

「ふむ。円と六芒星、か。なんのためにこんなものを……」

 うなる隊長の横から、先程まで直立していた男性がのぞきこむ。

「かなり高度な魔術ですね。うちで何人が使いこなせるでしょうか」

「ほぼ無理だろう。君は使えそうか、フォスター大佐」

「無理です」

 副隊長であり、隊長の補佐官であるコンラッド・フォスターは、やんわりと断言すると、言葉にならない声をこぼす。隊長は彼と目線を合わせたあと、再びアレイシャと大尉を見た。

「実はな。三日前、大佐の班が捕らえた集団の拠点からも、方陣が見つかっている」

「そりゃ、本当ですか、隊長」

 ジェフリー大尉が目を丸くする。隊長は、重々しくうなずいた後、紙の端を爪で弾いた。

「中身は違うがな。いくつか共通点があった。全体の構成、恐ろしく緻密であること。そして」

 彼女は言葉を切り、隊士二人を手招いた。アレイシャと大尉は顔を見合わせ、執務机の方に固まる。羊皮紙をのぞきこみ、息をのんだ。アレイシャが固まっていると、目ざとく見つけた隊長は、にやりと笑いかけてくる。

「どうだ。君にはこれがどんな方陣か分析できるか。リンフォード少尉」

「い、いいえ……」

 アレイシャは、力なく首を振った。


 方陣に精通しているという自負はある。『白翼の隊』に引き抜かれてからはよりいっそう、強くそう思っている。けれど、そんな彼女でも、目の前の方陣には太刀打ちできそうになかった。

 何しろ、使われている文字、記号、そのほとんどが、この国の魔術師たちが使うことのないものなのだから。


 アレイシャは、うめいて頭を押さえた。まったく理解できないものがびっしり並んでいると、こうも気が遠くなるものか。めまいがしそうだったので、まわりを見てみれば、全員がしかめっ面をしている。

「なんなんだろうな、これは」

「おそらくは、古代シェルバ文字でしょうね。この国では研究が進んでいないので、使おうとする魔術師はまずいません」

「なんでわざわざ、そんなものを」

 あのジェフリー大尉ですら、天井をあおいで嘆息した。隊長と副隊長も、参ったとばかりに顔を見合わせる。アレイシャは困り果てた。彼女の視線は、上官たちの間をさまよう。

 しばらくは重苦しい沈黙が流れた。はっと目を見開いたガイ・ジェフリーがその沈黙を終わらせた。彼は息をのむと、執務机に手を叩きつける。

「ちょっと待った! それ、古代でもシェルバ文字でしょう。あいつならわかるかもしれませんぜ」

 ぴたり、と音がやむ。隊長たちが再び顔を見合わせ、そして目を輝かせた。一方アレイシャは、首をひねった。『あいつ』が誰か、まったくわからない。

 戸惑う後輩をよそに盛り上がりかける大尉を、しかし隊長が鋭く制した。

「待て、ジェフリー大尉。彼に頼るのは最終手段だ。市井しせいの者を、軽々しく、軍事作戦に巻きこむわけにはいかないからな」

 大尉は、そうか、と言ってうなだれる。けれどそこで、フォスター大佐が小さく笑った。

「そうおっしゃる割に、しょっちゅう巻きこんでいる気がしなくもないのですが。どうですか、ユーゼス少将」

「うっ」

 名を呼ばれた隊長が、はじめてたじろいだ。彼女をしかと見すえた大佐は、それに、と言って机の上の書類を見やる。

「彼、もうすぐ王都に来ますよね。定期報告をしに」

 隊長と大尉が同時に口を開けた。あ、と声をこぼしたのが、どちらだったかはわからない。ただ、次に重いため息をついて頭を抱えたのは、間違いなく彼らの隊長――エレノア・ユーゼス少将だった。

「まったくあいつは……間がいいのか、悪いのか」

 本当ですなあ、と、ジェフリー大尉が他人事のように呟いた。



(造語解説)

*ヒラ

一般の軍隊、の意。ここでは陸軍をさす。

魔術師部隊や近衛師団の口の悪い人々の間で使われることの多い隠語。親しみをこめた呼び名であることが多いが、場合によっては蔑称べっしょうととられることもあるので、使いどころには注意しよう。

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