Ⅵ 無色の魔女
序章
黒羽の鴉
ちりちり、じじ、じりじりじり。
どこまでもうつろで、だからこそ美しい静寂。その支配者である黒衣の者は、狭苦しい部屋のまんなかで、病人かなにかのようにうずくまっていた。全身を覆う黒い布の隙間から、わずかにのぞく口もとが、途切れることなく言葉を
彼女しか操れぬ
いつまでも、途切れることがないかと思われた、その時間。けれどもそれは、唐突に終わりを告げる。手が止まり、言葉がやんで、最後には静けさすらも崩された。
ばさっ、ばさばさ。場違いなほどに大きな羽の音。けれども彼女は、嫌がることなく顔を上げると、かすかな歓喜を唇に刻み、窓枠に指をかけた。視線を受けた黒い鳥は、恐れることなくひとたび鳴いた。彼女はそちらへ、顔を突きだす。
重くたれこめた雲の隙間から、わずかな光がさしこんだ。そのときやっと、彼女のおもては闇の外へと浮かびあがる。
彼女は、老いていた。しかし老いても、死ぬことはない。
それゆえなのかはわからないが、彼女はともかく
老婆はとびきり醜い顔に、とびきり無邪気な笑みを浮かべた。しわだらけの細い指を、艶やかな黒羽にのばす。老婆の指になでられた鳥は、一瞬びくりと震えたあと、気持ちよさげに目を閉じて、鳴きもせずにこうべを垂れた。
「いいこだ」
老婆は笑った。かすれた声は、おもちゃを見つけた子どものように弾んでもいた。
「さてさて、どうしたものか。おまえと私はずいぶんと、相性がよいようだ」
暗がりに沈んだ部屋を振り返り、それから老婆はもう一度、自分が支配した鳥を見やる。
「そうだ。せっかくだからおまえには、南を偵察してもらおう。おっと、もちろんひとりじゃない。私にも南の景色を見せとくれ。首尾よく事が運んでいれば、生き
歌うように呟いて。老婆は、羽をぴんっと弾く。その瞬間、黒い鳥は目が覚めたように背筋を伸ばし、また最初のように鋭く鳴いた。もう一度、鳴いたあと、羽を震わせ空を舞う。
曇天の先へ遠ざかる、鳥の影を見送って、老婆はひとり、ほほ笑んだ。
「さてさて、どうなっていることか。私がすこぉし目を離した隙に、
笑い含みのしゃがれ声は、少しだけ茶色い枝を揺らしたきり、空へ届かず地に落ちる。それでも老婆はけたけたと、笑い声をあげつづけた。
その日、北の空を一羽の
鴉がいったいどこへ行くのか。それは鴉自身さえ、おそらくわかっていなかった。
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