2 青年と軍人たち

 ロトは、淡々とした足取りで、細い通りのひとつを進んでゆく。このあたりは酒場や食堂が多いのか、あちこちから煙と食べ物のにおいが立ち込めていた。人の出入りも盛んである。今も、小さな荷物を抱えた男の集団が、目の前の食堂の扉をくぐった。かと思えば、路傍に布を広げて靴を売っている老人が、そばの店の人間だろう、恰幅のよい女性にがみがみと怒られていた。

 王都の雑多な営みは、何年経っても変わらない。ゆるやかな感情を瞳にのせて、通りのものひとつひとつを見やる。そんなロトに、突然人が近づいてきた。

「あら、いい男はっけーん。ねえお兄さん、ちょっと寄ってかない?」

 ささやいて、いきなり体を寄せられる。一瞬顔をしかめたロトは、不快の表情を打ち消して、横を見た。金の髪、白い肌の女が、香漂う笑みを浮かべてそこにいる。みどり色の瞳には、欲望をたたえた炎が揺れている。青年は、こっそりため息をついた。昼間からご苦労なことだ。それとも、『そういう趣旨』の酒場の呼びこみ嬢なのか。

 甘ったるい声が耳に触れ、白い手が肩にかかる。まるでそれらに呼び起こされたかのように、視界がつかのま、黒く染まった。ロトはとっさに、左手で目を押さえる。どこの者とも知れない相手とはいえ――いや、だからこそ、『これ』を知られたくはなかった。ロトはきつい渋面になりそうなのをなんとかこらえ、女の手を穏やかに退ける。

「申し訳ないけど、今は行くところがあるんで。それじゃ」

 できる限り感情を出さずに告げたロトは、足を速めて歩き出す。追ってくる黒い影は、さっさと振りきってしまわなければならない。

「あーあ、振られちゃった」

「触ったのはまずかったんじゃない? あのお兄さん、潔癖で有名よ? 相手もいるらしいし」

「えっ、知ってるんですかあ!?」

「まあ、それなりに。まだこんなな頃に、何回か連れてこられてたし。大きくなったわねえ」

 背後で女たちの声が弾ける。思わぬ言葉に振り返りたくなったが、今はそれどころではない。かつて連れて行かれた場所ならば、また行くこともあるだろう。ロトはとにかく足を進めた。それから何軒か建物の前を通りすぎると、視界がひらけて明るくなる。それまで隠れていた太陽が、ちょうど雲から顔を出し、容赦ない光を振りまいた。頭が痛いわけではないが、こめかみを指で押さえる。

「『相手がいる』ねえ。誰だ、変な噂を流したのは。……親ばかじじいか?」

 事あるごとに若者をからかう人間は、何人か知っている。おそらくそのうちの誰かだろうと適当に結論付けて、大きく息を吐きだした。がくん、と衝撃がくる。軽く足をもつれさせたようだった。頭ががくがくと揺さぶられているような感じがする。覚えのある感覚に、まずい、と思ったロトは、ひとまず近くの壁にもたれかかった。

 強烈な甘い匂いが、今ごろ漂ってくる気がする。

 いくらなんでも毒されすぎだ。久しぶりに王都へ来たせいだろうか。できるだけ早く目的地に行きたいが、それどころではない。どこからか聞こえるつづみの音に身をゆだねて、暗い酔いをさますことだけを考える。きつく閉じた目を開こうとしたとき、不自然な影がさした。

「――大丈夫ですか?」

 冷たく優しい声がする。どうも、今日は女に縁があるらしい。彼女はそばで、ロトの顔をじっとのぞきこんでいた。彼がなんと言おうか考えていると、女は少し顔をしかめて、彼の額に触れてきた。続けて手の甲で頬を触ってから、考えこむ。

「暑さにやられたわけではなさそうですが……顔色が悪いですよ。少し、日陰で休みましょう」

「え、いや」

「あっちに行きましょう。あのあたりなら比較的静かです」

 女が軽く手で示したのは、石畳が茶色から白へと変わったばかりのところにある、石壁の建物だ。その、色の境目が何を意味するのか知っている青年は、女の提案に少し驚く。その間にも背中を支えられていた。大人しそうな見た目なのに勢いがいい。結局、妙な女にされるがまま、ロトは彼女の示す方へ歩いた。

 彼女の提案がきいたわけではなかろうが。軒先で座りこんでいると、少し体が楽になった。壁にもたれて息を吐くロトに、女が声をかけてくる。

「何かあったのですか? あ、人混みに酔ったとか」

「いや……。さっき、ちょっと女にからまれた。ありゃ、酒場の看板娘かな」

「え?」

 きまじめそうな亜麻色の髪の彼女は、訝しげに眉を寄せる。苦笑したロトは、言葉を添えた。

「――俺、小さい頃から女が苦手でな。昔は握手しただけでも、こうなってた」

 それまで揺らぎのなかった目が、丸くなる。

「それは……私が触れてしまったのは、よろしくなかったでしょうか?」

「いや。今は、あれくらいなら平気。むしろ助かった」

 ありがとう、と言うと、女は軽く頭を下げる。それから、ぽつりぽつりと話しながらこちらに付き合う彼女を、ロトはしばらくながめていた。けれどもとうとう、ずっと感じていた疑問が滑り出る。

「こんなところで油売ってていいのか? あんた、軍人だろ」

 女の両目が、驚きに見開かれた。彼女はしばらく目を泳がせていたが、やがて気まずそうに見つめ返してきた。

「な、なぜ、わかったんです?」

「雰囲気。だいたいの軍人は一般人と空気が違う。よほど現場に慣れた奴は、その空気を消せるけど、あんたは隠すどころか鋭い気配を振りまきまくってる」

「う――す、すみません」

「あと。ここから先は軍の施設が多いだろ? ふつうだったら避けて通るはずだ」

 白い石畳。その上に凝る自分の影を、ロトはまんじりと見た。女は言うことを探しているのか、黙りこんだきりである。彼女の心中は穏やかではないはずだが、そんなことは、青年にはどうでもよかった。いつもの仏頂面で振り仰ぐ。

「何か警戒してるなら、その必要はない。ちょうど、用事があって軍部に行くところだったんで」

「そうなんですか」

 利発さを示す声が、安堵の色を帯びる。若い軍人のあからさまな変化に苦笑して、ロトはゆっくり立ち上がった。そんな彼へ、女が明るい目を向ける。

「どんなご用でしょうか。可能であれば、私が取り次ぎますよ」

「ほう」相手に届くか届かないかの声を漏らしたロトは、衣服に手を入れ、胸のあたりに下がっていたものを取り出す。金色の首飾りは、太陽の光を受けて、一瞬だけ強く輝いた。表面の紋章を見た女が、息をのむ。

「――魔術師部隊隊長、エレノア・ユーゼス少将に会いに来た。今、どこにいるかわかるか」

 ロトは、もとより鋭い目をさらに細める。相手の唇がわなないた。あなたは、と、音のない声がこぼれる。しばらく呆然としていた彼女は、動揺から立ち直るなり、見本のような国軍式敬礼をした。

「隊長はこの時間、会議に出席なさっています。……面会までにお時間をいただくと思いますが、それでもよろしければ軍部へいらしてください」

「ああ。って、隊長?」

 ふつうにうなずきかけたロトは、相手が使った呼称に首をひねる。『彼女』はふだん、階級で呼ばれるはずだ。隊長、などと呼ぶ者は、限られてくる。固まったロトを見ていた女性は、敬礼の姿勢のままで、してやったりといわんばかりの笑みをのぞかせた。

「本年五月より、魔術師部隊に配属となりました。陸軍少尉、アレイシャ・リンフォードです。若輩者ではございますが、どうぞよろしくお願いします」

 はじめはぽかんとしていたロトだが、四角四面な軍人の名乗りに、笑みが浮かぶ。みずからも、身に染みついた礼をして、短く名乗った。


 ロトは軍部へ向かう道すがら、アレイシャ・リンフォードに、軽く自分のことを説明した。彼女が陸軍にいつから在籍しているかは知らないが、魔術師部隊の中では新参者のようである。だからこそ彼を見ても、何も言わなかったのだ。案の定、アレイシャはほかの隊員から簡単な話を聞いてはいたものの、詳しくは知らなかったらしい。身を乗り出し、目を輝かせて話に耳をかたむけていた。

「あんたは魔術師じゃないな。ってことは、知識面での採用か?」

「はい。私は以前から、方陣の勉強に取り組んでいたのです。その知識を買われて引き抜かれた……ということのようです」

 そう語るアレイシャはなぜか、しぶいものを食べたときの顔をしている。ロトが首をひねると、言いたいことに気づいたらしいアレイシャが、ふっとさびしげな微笑を浮かべた。

「私、もともとは情報院の魔術部を志望していたのですが。四月に行われた第二回登用試験で、その、不合格になりまして。ちょうどそのとき隊長に誘われたので、流されて引き受けた感じだったんです」

――情報院。その名を久々に耳にして、ロトは眉をひそめる。名のとおり、軍部や王室の機密情報を扱う機関である。諜報員をまとめているのもこの場所だ。いくつかの部に分かれているが、魔術部ではおもに、事件でもちいられた方陣を調べたり、新しい術の開発をしたりする。ロトもずいぶん昔に話を聞いたことがあった。

「まあ、あそこの試験は鬼のように難しいらしいからな」

 青年は、苦みを腹の底に押しこんで、相槌を打った。

 そんな会話をしていると、目的の建物が見えてくる。門番として立っている軍人二人は、アレイシャに気づくなり敬礼をした。彼女もそれに、きれいな敬礼で応じる。しばらくはぴりぴりした空気が漂っていたが、門番たちは少尉のそばに青年の姿を見つけると、軽く目をみはった。

「誰かと思えばロトか。いつもの報告か?」

「そう」

「いやあ、遠路はるばる、ご苦労さん」

 軍人たちはいつものように、ロトの肩を叩いた。その光景を、アレイシャが珍しげにながめる。視線に気づいて、ロトが目で問いかえすと、彼女はわざとらしい咳払いをした。

「そ、それでは。私が隊長に確認をとってきますので、しばしお待ちください」

「――そうか。頼んだ」

 アレイシャは小さく頭を下げると、建物に駆けこんだ。動きに合わせてなびく亜麻色の髪をながめながら、ロトは、ふーんと気のない声を漏らす。それを聞きつけた軍人たちは、すかさず耳打ちをしてきた。

「めんこいだろう。あの新入り」

「もともと、第三中隊の軍曹だったらしいぜ。若いのにまー、大変だよな」

 いつもながら、よくわからないところに食いつく男たちだ。思いながらもロトは、適当にうなずいて、あしらっていた。

「めんこいかどうかはともかく、まじめな奴だな」

 彼が無愛想にそう言うと、門番の軍人たちは、肩を揺らして笑った。



 その後、門番のうちの一人に、小さな部屋へ通された。机と長椅子しかないそこで、あれこれと考えごとをしながら過ごしていると、静かに扉が叩かれる。ロトは顔を上げたが、彼が返事をするより早く、扉が内側に開いた。顔を出したのはアレイシャだ。

「隊長を連れてまいりました。本来ならばしかるべき場所へ案内させていただくのですが、隊長が急いでおりまして」

「ああいや、いいよ。いつものことだ」

 慇懃に謝罪の言葉を口にするアレイシャへ、ロトは軽く手を振った。彼女がさりげなく、室内の隅に避けると、ぐんの音が高く響く。

「――失礼だな。それでは、私がせっかちな人間のように聞こえるではないか」

 外から届くのは、女の声。けれど、街の娘ともそばの少尉とも違う、研ぎ澄まされた鋭さをもっている。ようやく姿を見せたその人を前に、ロトは口の端を持ちあげた。

「なんだ、違うのか? いつも、せかせかしているように見えるけど」

「時と場合による。この場合、私は早く君の顔が見たくてしかたがなかったのだ」

 悠然と、軍服のすそをなびかせて姿を現した女は、とび色の瞳に子どものような光を灯す。

「久しぶりだな、ロト。元気そうでなによりだ」

「あんたも。いろいろ変わってねえな――エレノア」

 ロトが弾んだ声で返してやれば、陸軍少将エレノア・ユーゼスは、声を立てて笑った。

 彼女は挨拶が済むなり、足を速めてロトの前までやってくる。顎に指をひっかけて、いきなり彼をながめまわした。

「君は、また背が伸びたんじゃないか?」

「もう伸びねえよ。三年前からしてないか、このやり取り」

「む、そうだっただろうか」

 エレノアは、わざとらしく首をひねる。やれやれと、ロトはかぶりを振った。ふと思い立って、戸口の方へ目をやる。直立しているアレイシャが、目を丸くして、二人をながめていた。隊長もそんな隊士に気づいたのだろう。振り返ると、ぱちぱちとまばたきした。

「何をしているんだ、リンフォード少尉。早く、こちらへ」

「へ? い、いやしかし、私は……」

「言わなかったかな、。せっかくだから、君も聞いていくといい。まだ、『彼ら』と関わったことがないだろう」

 ほれほれ、とエレノアが手招きすると、アレイシャは目を白黒させながらも、上官の命令に従う。エレノアはそのまま彼女を、ロトのななめ向かいに座らせた。そして自分は、真向かいの席に腰を下ろす。ロトが自然と姿勢を正すと――エレノアの目も、いくらか真剣なものになった。

「さて。それでは、いつもの報告書をいただこうかな」

 淡々と告げる少将を、アレイシャが目を丸くして振り返った。

 ロトはというと、軽いため息を机に落としたあと、肌身離さず持ち歩いているかばんをさぐる。その中から、ひもを通してまとめた紙束を取り出して、相手の方にすべらせた。エレノアが、紙束を受けとって眉を上げる。だが、その表情はすぐに、ひきしまったものに変わった。


 しばらくは、紙をめくる音だけが響く。ロトは気づいていた。一枚めくるごとに、エレノアの表情がどんどん険しくなってゆくことに。これはまずいか、と、身を固くしていると、細い手が最後の一枚をめくって、戻した。報告書が、静かにじょうへ戻される。

「ふむ。……一応、受理した、と言っておこう」

「やっぱり、なんかまずいことがあったか?」

「いくつか気になる項目はあった。だが、まあ、貴族の年よりどもが騒ぎだす材料にはなりえんさ」

 エレノアは頬杖をつくと、己の金髪を指先でいじる。目は、先ほど読んだばかりの報告書へと落とされている。

――前回の報告より後の、ロトの生活状況、請け負った仕事を事細かく記録したものだ。もちろん彼は、すべてを正直に書いた。受けた依頼のことも、日々のことも、呪いのことも。そして、アニーたちのことも、だ。それが自由と引き換えに、彼が負った義務だった。

 エレノアの唇が愉快そうに歪む。

「君が街の子どもの世話を焼くとは。うん、実にいい傾向だ」

「マリオンにも似たようなこと言われたよ」

「一時期の君を知る者なら、誰でもそう言うさ」

 ロトは目を細め、ため息をつく。わずらわしさを明らかにした態度も、軍人で魔術師である彼女の目には、かわいらしい子どものしぐさにしか映らないのかもしれない。昔からいろいろとあきらめているロトは、それからしばらく、新人も交えた雑談に興じることにしたのだった。



 エレノアとの付き合いは長い。そして、最初の頃は、誰も信じないという目をしていた自覚がある。だからこそ、ロトの小さな変化は、エレノアの目に温かいものとして見えたのだろう。

「ふむ。『便利屋』の仕事も順調のようだな、よかったよかった」

「最初は乗り気じゃなかったけど。案外楽しい」

 魔術師部隊を束ねる彼女の声に、ロトは苦笑する。

 机と長椅子だけの部屋には、二人が残されている。区切りのいいところで、アレイシャは退室させられたのだ。それが何を意味するか、ロトにはわかっている。彼は、すっと目を細めた。

「それで? どの項目が気になった」

 報告書の表面をつつく。思い当たる節が多すぎて、ロト自身にはなんとも言えなかった。エレノアは少し考えたあと、慎重に口火を切った。

「まず、目についたのは、遺跡の守護獣の件だ」

 ロトは軽く顔をしかめる。すぐに表情を戻して、続きを待った。

「あれの報告は『白翼の隊』にもあがったので知っていた。そもそも、調査隊の派遣を主張したのはうちだからな」

「そうだったのか」

「うん。……年明けから、各地で魔物が活発化していたんだ。それに頭を悩ませていた矢先、ヴェローネル周辺の一件について報告が来たから、驚いたよ。ほかの件ももしかしたら、守護獣が関与しているのではないか、と思った」

 見事にあたりだったな、と、エレノアはことさら軽い口調で言う。ロトが眉をひそめると、彼女の表情もかたくなった。

「それだけではないぞ」

「まだあるのか」

「まだある。守護獣たちは、調べたところ、魔術によって意図的に目ざめさせられた形跡があった。しかも……今わかっている時点でもっとも古い事例は、去年の暮れのもの。十二月第四週の一日だ。

それともうひとつ。勘ぐりすぎかもしれないが」

 そこで一度言葉を区切ると、ロトの耳に顔を近づけた。

 ささやきが、落とされる。

「暴走している遺跡の近くには、君の仲間が住んでいる町や村が必ずあった。そして――ヴェローネルの一件を機に、守護獣の暴走も、魔物の凶暴化も、確認されなくなった」

 ロトは息をのんだ。つかのま、頭がまっしろになる。


 それでは、まるで――


 頭が痛い。額を押さえる。

 黒い影が、迫っているような。あるいは遠くから嘲笑っているような。いびつな気配が背中をなでた。


 ロトの顔色が悪くなったことに気づいたエレノアは、さっと身を引くなり、声色を明るくした。

「まあ、この件については現在も調査中だ。一応、報告書は送るから、そのつもりでいてくれ」

 彼女の言葉に、我に返ったロトは、すっきりしない頭でうなずく。その間にも、閉ざすように話題は移った。

「それとやはり、ポルティエの付近で接触してきた二人組というのが、ひっかかるな。……というより、明らかに君狙いだったのだろう。マリオンが一緒だったとはいえ、無茶をする」

「――しょうがねえだろ、いろいろといきなりすぎた」

 少将の声に、子どもを叱るような響きが混じる。ロトが肩をすくめて反論すれば、彼女は大げさに両手をあげた。居住まいを正した少将は、紙の端を爪で弾く。

「『黒い盗賊』の噂も、六月のこの週を境に、ぱったりと絶えた。目的は果たした、ということなのだろう」

 どうにもきな臭いな。エレノアが苦り切って呟く。ほんの一瞬、彼女の瞳に稲妻が走った気がして、ロトはどきりとした。次の瞬間には、彼女はいつもの表情になって伸びをしている。

「こちらからも、探りを入れよう」

「助かる。でも、気をつけろよ。天下の『白翼』が動いたとわかれば、あいつらも警戒する」

「どうかな? もう、目をつけられているかもしれない」

 ロトはあっけにとられて固まった。エレノアは、ひとつに結んだ髪が乱れるのも気にせずに、長椅子の背もたれに背中をあずけて笑っている。屈託のない笑い声からは、本当の心は読みとれない。

――相変わらず、底が知れない奴だな。

 青年は、胸の内で毒づいた。

「さて。君も、もう少し王都にとどまるのだろう? もし、報告書で気になることがあったら呼ぶから、よろしく頼む」

「ああ、わかった」

 ロトが淡白にうなずくと、エレノアが席を立つ。乱れた髪を結びなおすと、同じように立ち上がった青年の名前を呼んだ。

「なんだ?」

 彼が首をひねると、少将は話を切り出した。とても楽しそうだ。

「実はな。これから、アレイシャにお使いを頼もうと思っている。そこへ、君もついていってくれないかと思ってな。彼女にとっても良い刺激になる」

 彼女の最後の一言は、いまいち理解できない。それでもロトは、首を縦に振った。いつもの依頼と変わらないと思ったからだった。

「ふうん? そのくらいなら、別に構わねえけど……どこへの『お使い』だよ」

「情報院。魔術部長殿に、訊きたいことと、もらってきてほしいものがあってな」

 放られた言葉に、ロトは目をみはった。耳の奥に、きまじめな女の、苦々しい声がよみがえる。

「あんた、わざとだろ」

「なんのことかな?」

 非難の目を向けてみたが、エレノア・ユーゼスは、表情を変えなかった。

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