最終章

彼らは今日も騒がしく

 ロザリーは、本日八回目のため息をついた。その音に気づいてか、隣を歩いていた男子生徒が、彼女の方を振りかえる。

「なんだよロザリー。今日は元気がないな」

「……うん」

 何気ない問いに、ロザリーは重くうなずいた。自分で思っていた以上に暗い声が出てしまう。さすがに困ったのだろう、男子生徒は頭を傾けた。明るい色の短髪が少し、流れる。

「ひょっとして、あのこと、まだ気にしてるのか」

 少女は黙った。とっさに答えられなかったのだ。けれども、それが、何よりもの答えになった。少年も察して、大げさにかぶりを振る。

「あんなの、ただの悪戯いたずらだって。気にしすぎるとよくないぜ」

「でも……怖いじゃない。アルだって、知らない人から手紙がきたら、怖くない?」

「びっくりするけど、おまえほど気にはしない」

 あっけらかんと返されて、ロザリーは今度こそ沈黙した。少年ことアルベールは、さらに呆れかえって両手をあげた。

 きっかけは、ロザリーのもとに差出人のわからない一通の手紙がきたことだ。こわごわと、それでも中を見てみたのだが、肝心の便せんにはなにも文字が書かれていなかった。アルベールは「悪戯だ」と笑い飛ばしたが、ロザリーには笑えなかった。たとえば、魔術には、書かれた文字を隠すような術があると聞いたことがあったからだ。本当は何が記されているのか、あるいは本当に何も書かれていないのか――どちらにしても、背筋が寒くなる。手紙がきてから三日間、ロザリーは落ちこみっぱなしだった。

「そんなに気になるんならさあ」

 すれ違った男子生徒に手を振って、アルベールが口を開いた。

「訊いてみたらいいじゃん。確か、七回生に、魔術師がいるって聞いたことがある」

「え……と。それって、スベン先輩?」

 ロザリーは目を丸くした。この国では数少ないシェルバ人であるうえに容姿端麗な先輩の噂は、彼女も知っている。けど――と、彼女はまつ毛を伏せた。

「なんか、怖い。あの先輩のまわりって、いっつもすごい人がいるから」

 アルベールは首をひねった。すぐに思い当たったのか、「あー……」と低い声を出す。

「それなら、俺が一緒に行ってやるよ。あの二人とは顔見知りなんだ」

「顔見知り? それってもしかして、戦士科の二人?」

「おう。ぼこぼこにされたことがある」

 戦士科の少年は、大きくうなずく。ロザリーはぎょっとして半歩さがったが、すぐ「授業でな」と付け足されると、肩の力を抜いた。アルベールはすでに行く気満々で、どこか楽しそうにしている。やっぱり不安だ。ロザリーは、本日九回目のため息をついた。



     ※



 からりと晴れた空に、かわいた音が連なって響く。ならされた茶色い土の上、少年たちが木剣ぼっけんを手にして向かいあい、大人の合図とともにぶつかりあう。ヴェローネル学院七回生の、実戦授業の一幕だった。実戦とはいえ、武器は木剣、相手は同級生。型どおりの戦いをする組が多い中で、ひときわ熱のこもったぶつかりあいを繰り広げている二人がいた。北に立つのは、短すぎるくらい短い黒髪の少年。南に立つのは、金の三つ編みの少女。二人は何度も位置を入れ替えながら、激しく木剣をふるった。

 少年が、息を吐くとともに飛びかかる。少女は身を低くして一撃をかわし、お返しとばかりに下から激しく切り上げた。少年はよろめきかけたが、すんでのところで飛び下がる。だが、少女は容赦なく、少年を狙って鋭い突きを繰り出した。少年は、すばやい突きの連続をかわしたり払ったりしたが、最後の一発が、手首をかすった。をしているにもかかわらず、しびれと衝撃が右手首から全身を貫いた。少年が木剣を取り落とした瞬間、少女の木剣が彼の喉元に突きつけられた。両手をあげた少年は、苦笑する。

「アニー、これ、練習」

 アニー・ロズヴェルトは、碧い瞳をまたたいた。「おっと」と呟くと、木剣をおろし、肩をすくめる。

「危ない、危ない。やりすぎるところだった」

「ふざけんなよてめえ。わざと本気で来ただろ」

「なんのことかなー。クレマンくんは勘ぐりすぎじゃないかなー」

「おまえな!」

 少年ことクレマン・ウォードはすぐさまかみつく。けれど、授業中とあってそれ以上の言葉をのみこんだ。かわりに二人は、互いの健闘をたたえ合う、という意味があるらしい握手をかわす。


 その横では、自分たちの練習を放り出して二人を見にきた生徒たちを、担当の教師が散らしていた。それでも彼らのささやきは、二人の耳にきちんと届いた。

「うわ、こえー……あれ、本当に七回生か?」

「でもあの二人、実戦に出たことあるらしいよ」

「よく先生が許したな」

「あのアニーなんてさ、前噂になってた『黒い盗賊』を倒したなんて話もある」

「そりゃ作り話だろ」

 少年たちは笑いさざめく。クレマンは、気づかう視線をアニーに向けたが、彼女はいつものように先生と言葉を交わしながら、木剣を預けていた。白線でくぎられた「戦場」を出ると、空をあおぐ。

「――『剣を手にした者は、いずれ剣に殺される』」

「……? なんだ? 格言?」

「オルトゥーズが言ってたんだ」

 クレマンは息をのんだ。アニーはほろ苦くほほ笑む。

 アニーに負けた後、自分から命をった男は「勇敢な一人の少女に討ち取られた」ということになっている。その場にいた『白翼はくよくの隊』の人々が、わざとそう、偉い人に報告したらしい。結局は、オルトゥーズのもくろみどおりになった。それがとても腹立たしくて、けれどやめてくれという気力すら、そのときにはなかったのだ。どうすればいいのか、その答えは、まだ出ない。


――俺を、超えていけ。アニー・ロズヴェルト。


 狂気にのまれたという彼の、最期の言葉は、頭の中で響いて消えない。アニーは、空をにらみつけた。

「言われなくても、飛び越えてってやるんだから」

 決意をこめた、ささやき。聞いているクレマンには、その意味がわからなかった。ただ、彼は、少女の背中を軽く叩いた。


 授業の後、アニーがクレマンと一緒に食堂へ行くと、待ちかまえていた幼馴染はすっぱいものを食べたような顔をした。

「ねえ、二人とも……なんであざができてるの?」

 フェイは、頬を指さしながら言う。二人は顔を見合わせ、へらりと笑った。

「今日、実戦授業でかち合ってな」

「久しぶりに気合入れてやったら、こうなった」

 アニーは、力強くうなずく。少しほつれた金の三つ編みが、ひょっこり揺れた。フェイは何か言いたそうな顔をしたが、まあいいや、と呟いて、二人を席につれていってくれる。すでに、最後の一人が皿を並べていた。彼女、エルフリーデは、二人を見るなり嬉しそうに手を振った。

「わ、すごいあざ。どうしたの?」

「授業ではりきりすぎたんだって」

 フェイがため息混じりに言うと、エルフリーデは苦笑する。相変わらずわんぱくな二人は、このあざをそのままにしておくかそれとも隠すか、話しあっていた。

 昼時とあって、食堂はいつもと変わらず、制服姿の少年少女でごった返している。騒がしいことをこれ幸いと、四人とも好き勝手に話しながら昼食をとっていたのだが、途中でフェイが、そろりと手をあげた。

「ねえ。なんか、すごく見られてるんだけど……。心当たりがある人、いる?」

「え?」

 少年の目が泳いだ。三人は視線を追って、頭を傾ける。なぜか、一人の女子生徒が、柱の陰からこちらをうかがっていた。亜麻色の髪を編みこんだ少女は、四人に注目されると、肩をすくめて柱の後ろに隠れてしまう。

「なんだ、あれ」

「五回生の子だ」

 アニーは答えながら、しかめっ面のクレマンにチーズをさしだす。そのとき、別の方向から「ロズヴェルト先輩」と声がかかった。アニーはまばたきして、振りかえり、あっと声をあげた。

「いつぞやの踊る少年」

 アニーに変な呼ばれ方をした五回生の男子生徒は、「おぼえててくれたんっすね。光栄です!」と笑っている。

「ねえ、アニー、なにそれ」

「ん?……先月の実戦授業でこの子の相手してね。そのときに、踏みこみが踊ってるみたいに見えたから、踊る少年って勝手に呼んでみた」

「勝手に呼んだらだめだと思うよ」

 フェイは力なく幼馴染をたしなめる。いつものことだった。

 踊る少年こと五回生はというと、先ほどの柱の方に目を向けていた。

「おい、ロザリー! いつまでそこにいるんだよ!」そう呼びかけたあと、彼は四人に近づいて、改めて挨拶をした。その後、おずおずと出てきた少女を手で示す。

「こいつ、俺の友達なんすけど。スベン先輩に、相談があるみたいで」

「わ、わたし?」

 名指しされたエルフリーデは、素っ頓狂な声を上げる。ロザリーというらしい少女は、慌てて両手を振った。

「というか、魔術に詳しい人に、訊きたいことがあって……その……」

「ああ……わたしも、そんなに詳しいわけじゃないんだけどね」

 言いながらも、エルフリーデはしかたないとばかりに笑っていた。ヴェローネル学院で、魔術師として知られている人は、エルフリーデくらいしかいないのだ。彼女も、正しくはまだ術師見習いなのだけれど。

「どんな相談なの?」

 エルフリーデが小首をかしげながら問うと、ロザリーはおずおずと話しだした。いささか要領を得ない少女の話を、踊る少年もといアルベールが補足してくれる。すべてを聞き終えると、エルフリーデはりゅうをひそめた。

「まっしろな便せん……か」

「本当に魔術がかかってるのかなあ」

「可能性はあるわ。文字を――というか、物を人の目に映らなくする魔術は、確かにあるから。でも、その手紙に術がかかってるかどうかは、実際に見てみないとわからない」

「あのっ。それなら、手紙、持ってきたので」

 ロザリーが、あたふたと封筒を取り出した。エルフリーデはお礼を言って封筒を受け取ると、慎重に便せんを取り出す。開かれた紙は、確かに、何も書かれていないように見えた。少女は短く息を吸って、白い指をかさついた紙の上におく。すると、便せんからやわらかい光がたちのぼった。それが消えると、便せんを覆うように、方陣が浮かびあがった。二人の五回生が、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。

「うわ、なんだこれ!」

「方陣だ。ってことは……」

 フェイがエルフリーデを見やる。彼女は、うなずいた。

「術がかけられているわ。それで、おそらく、文字が隠されてる」

 本当ですか、と叫んだのはロザリーだったかアルベールだったか。二人の後輩に熱のこもった視線を注がれて、魔術師の卵はたじろいだ。

「でも、この方陣は複雑すぎて、わたしには解けないわ。ごめんなさい」

 二人は、しょんぼりと肩を落とす。困っているエルフリーデに、アニーは、そっとささやいた。

「ロトならどうかな」

 三人が、あっ、と叫んだ。不思議そうな後輩二人をよそに、瞳を期待に輝かせる。

「なるほど。あの兄ちゃんなら、ちゃちゃっと解いちゃいそうだな」

「えっと、どなたっすか」大きな声で尋ねたアルベールに、フェイが笑いかけた。

「ぼくたちの知り合いの魔術師で、便利屋さん。その人なら、術が解けると思う」

「へえ。腕、いいんすか」

「すごく」

 明るい髪色の少年少女は、顔を見合わせる。それから、強くうなずいた。


 さっそく、その日の放課後に、便利屋へと向かうことになった。ロザリーはいるが、アルベールはいない。本人は行きたがっていたが、先生に呼び出されてしまったので、学院に残らざるを得なかった、らしい。ただ、便利屋のあるじの性格を考えると、おしゃべりな踊る少年はいない方がロザリーをおびえさせずに済むかもしれない。

「その人、怖い人なんですか」

 いつもの小路こうじに入ったところで、少女の声がアニーの背を叩いた。アニーは、率直な問いに苦笑する。

「怖いのは顔だけだよー。しかも、そう思うのもたぶん最初だけ」

「そ、そうなんですか」

「うん。むだに美形だから」

 ロザリーは、目を丸くしてから顔いっぱいにしぶみを広げる。きっと妙な想像をしているのだろうと、アニーは笑った。

「俺も最初はけっこう怖かったぜ。あの兄ちゃん」

「そうかな」

 おおげさに肩をすくめるクレマンをエルフリーデが見やる。そしてアニーは「あのときは珍しいもの見れてよかった」とからかって、じゃれあう。そんなやりとりをしているうちに、子どもたちは便利屋の前についていた。ロザリーが肩をさらにこわばらせたとき、扉が開いて、黒髪の誰かが飛び出てくる。一目でそうとわかる、シェルバ人の若者だった。

「お、学生諸君。今日も勉強会? がんばれよー」

 ロトの昔の仲間だという若者は、アニーたちに気づくと、手を振ってくる。老若男女のシェルバ人が、あの戦いの後から、ときどき便利屋へやってくるようになった。なにか大事な話をしているのかもしれないし、たんに遊びにきているだけかもしれない。アニーたちは本当のところを知らなかった。


 いつものように呼び鈴を鳴らせば、いつものように青年がひょっこりと顔を出す。最初、ロザリーを見つけた彼は「またか」と言いたげな顔をしていた。そこで、フェイが事情を説明してくれる。

「ふうん。魔術のかかった手紙か……」

 少し考えこんだロトは、全員を家に招いた。緊張しきりのロザリーは、ずっとアニーの後ろをついてくる。ロトに手紙を見せるよう頼まれると、それを震える手でさし出していた。封筒を開けながら、青年は目を細める。

「俺、怖がられるようなこと、したか?」

 そのささやきを聞いたのは、きっと、アニーだけだ。少女はにんまりと笑った。

「ロトは、立ってるだけで怖がられてるよ、たぶん」

「なんでだよ」

「鏡、見てみたら」

 アニーは言い放ったが、さすがにシェルバ人特有の目つきの鋭さが、本人の努力でどうにもならないことはわかっている。せめてもう少し笑えばいいのに――と思う。けれど、同時に、最近彼の表情がやわらかくなっていることに、アニーは気づいていた。今はただ、よけいなことを言わずにロトの作業を見守る。

「ああ。これか。予想どおりすぎてつまらん」

 ロトは、便せんを一目見ただけでそう言った。四人は苦笑したが、ロザリーはびっくりしている。

 青年は、昼間のエルフリーデと同じようにして方陣を浮かび上がらせると、そのうえで指を動かしはじめた。どこか退屈そうな横顔に、クレマンが声をかけた。

「そういや、最近からすはどうなんだ?」

 鴉とはもちろん、『漆黒の魔女』ワーテルのことだ。ロトが目ざめて以降、約束をにすることなく、呪いを解くために動いてくれているらしい。便利屋にときどき変な鴉がいる、という風の噂が、子どもたちの耳にも届いていた。

「あー? 月に一回くらいのひんで来る。いくつか術を試して帰ってくな」

「……それ、ていのいい実験体じゃないかな」

 フェイが顔をしかめると、ロトは珍しく声を立てて笑った。

「まあ、あれから変な夢は見なくなったし、腕輪を整備する回数も減った。ちゃんと前に進むならいくらでも実験体になってやるさ」

 言葉の終わりに、細い指が図形を弾く。「ほれ。解けた」と、ロトがロザリーに便せんをさしだした。感激して便せんを受け取った彼女はけれど、みるみるうちに青ざめる。黒茶の瞳が、すがるようにロトを見た。

「あ、の。これって」

「ああ」

 ロトは、いつもの仏頂面で言った。

「脅迫状だな」


「脅迫状!?」

 四人の言葉が重なる。うるさい、と顔をしかめたロトが、手を振った。

「つっても、せいぜいガキの悪戯ていどだ。今すぐどうこうってことはないだろうし、学院の誰かがふざけて書いたんだろ」

 アニーたちは顔を見合わせる。そう言われると手紙の内容が気になったが、ロザリーはすごく見せたくなさそうに首を振っている。無理強いをする気はないので、アニーはロトを見上げた。

「でも、わざわざ魔術がかけてあるよ」

「あーそうだな。案外、やってる本人は真剣かもしれない。わざわざ魔術師を雇ったか、知り合いに頼んだか、術師であることを隠してる生徒か……。一番解決が難しいやつだ」

 生徒どうしの問題でまだなにも事件になっていない、となると先生もなかなか動いてくれない。今のところアニー・ロズヴェルトの暴力沙汰に比べたら、かわいいものだ。今まで直面したことのない問題に、少年少女は困惑の視線をかわしあう。小さな五人の依頼人を見回して、ロトががりがりと頭をかいた。

「とりあえず、形だけでも先生に相談して様子見てみろ。また何かあるようだったら、誰かに言え。友達でも、こいつらでも」

 その言葉は、ロザリーに向けられたものだった。彼女は激しく首を縦に振った。青年もまじめくさってうなずき返すと、その目をアニーたちへ向けた。――正確には、アニー一人へ。

「で、おまえらはほどほどにしろよ」

「なんのこと?」

「とぼけんな問題児。どうせ、勝手に調べる気だろ」

 少女はおどけて両手をあげる。すると、頭を小突かれた。唖然としているロザリーに、からりとした笑顔を向ける。

「ここまで関わっちゃったから、やるならとことん手伝いたいと思うんだけど。だめかな?」

 ロザリーは、ぼうっとしたあと、目を見開いて、しだいに頬を赤らめた。喜びがじわじわと、両目ににじみ出してくる。

「……ありがとう、ございます!」

 少女ががばりと頭を下げる。フェイたちが、やれやれとばかりにかぶりを振った。

「アニーならそう言い出すと思ってたけど」

「犯人は怒らせちゃだめよね。慎重に行きましょ」

「さて、今度はどうなるかなー。作戦考えねえとなー」

 騒がしい声はあっという間に、明るい部屋に満ちてゆく。大まじめに「作戦会議」をはじめた子どもたちに呆れながらも、家主の青年が話に加わりはじめるのも、いつもどおりの光景だ。

 少しして、話し声は一度、とぎれた。窓の隙間から吹き込んだ風が、机上の紙をかさりと揺らす。

「それじゃあ」

 ロザリーが、揺れる言葉をしぼりだす。

「私はとにかく先生に相談してみます。あと、アルにも」

 胸の前で拳をにぎる少女に、アニーがうなずく。

「うん。で、私たちは二人と協力して犯人探し!」

「五回生を中心にあたっていく、と」

 明るい言葉を幼馴染の少年がひきとった。仏頂面で立っていたロトが、短く息を吐く。

「で、ロザリーとやら。ないとは思うけど、学院の外で身の危険を感じたら、警察かここに駆けこんでこい」

 青年の言葉に五回生は目を丸くする。クレマンが笑いながら呟いた。「ある意味、ヴェローネルで一番安全な場所だもんな」と。ロトは、鼻を鳴らしただけで、なにも答えなかった。

「よーし、頑張ろう!」

 ひととおり話がまとまると、アニーは拳を突き上げる。おお、とこたえる声が、続く。

 こうして今日も、彼らの日々に、新たな一ページが刻まれようとしていた。



(『Ⅶ 未来へつなぐ冒険譚』・完)

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