4 散らばる謎と銀の腕輪

 狼のような魔物はその場に置いておくことにした。死体処理のしようがないし、ロトいわく「ああいうのにはうかつに触らない方がいい」からだという。

 三人は遺跡探索を再開した。とはいえ、異様な炎の気配と銀色の光が目に焼き付いて、アニーはどうにも落ちつかなかった。フェイはどうかと、半歩後ろを振り返ってみれば、彼もそわそわあたりを見回していた。

「さっき狼が火を吹いてたが、ああいう能力があるのは魔物の最大の特徴といってもいいな」

 彼らの落ちつきがないことには、とうに気づいているのだろう。前を行くロトは、先程から二人にいろいろなことを教えてくれている。

「そもそも魔物ってのは、そこらの獣が空気や土に含まれている魔力やら悪い空気やらを大量にりこんじまったものだ。さっきの狼みたいに火を吹いても、なんら不思議はない」

「……じゃあ、ヴェローネルのまわりに出てるっていう魔物も、あんな力を使うんだね」

 淡々と語る青年にアニーが問うと、彼は無言でうなずいた。角灯を揺らして前方を照らしながら、語り続ける。

「下手したらそこらの魔術師よりよほど強い奴だっている。並みの戦士じゃ、魔物の討伐は無理だ」

「だから、原因を探ってくれ、なんて依頼がロトさんに来たんですね」

「そういうこった」

 アニーの後ろから、フェイが慎重に訊いている。だが、彼の気遣いなどどうでもいいかのように、ロトはさらりと答えた。

「俺は魔術師だし、多少魔物との戦闘経験もある。調査に向かわせるにはちょうどいい、と思ったんだろうよ。街のお偉方は」

 吐き捨てるロトの声は、いつにもましてとげとげしい。その理由が気になって、けれど訊く勇気はなくて。結局二人とも、余計なことは言わずにおいた。

 少し会話をしたおかげで、心に落ちつきが戻ってきた。アニーはしっかりと前を向きなおして歩く。そしてまた、複雑な道を進んだ。ときどき、現在地を確かめたり休憩をしたりしながら、ひたすら地下道を奥へ奥へと潜ってゆく。時間の感覚が狂いそうだった。魔物の襲撃はあったが断続的で、アニーが「ロトは心配しすぎじゃない?」などとぼやいたほどである。

 途中から、地面が荒々しくなってきた。いたるところに大岩が転がっていたり穴があいていたりするので、注意をしないと怪我をしそうだった。

「ねえロトー。まだなのー?」

 黙々と歩くのにとうとう飽きてきたのか、アニーは声を上げた。いくらか前から、何度か同じことを言っている。だがロトは、涼しい顔で受け流していた。

「まだだ。というか、一日で出られると思ってたのか?」

 青年魔術師の物言いは、容赦がない。アニーは「勘弁してー」と情けない声を上げる。覚悟をしていたフェイも、ため息をついた。

 ただでさえ時間のかかる道のりだが、なかなか着かないのにはもうひとつの要因があった。火を吹く狼に遭遇して以降、ロトがしきりに立ち止まってあたりを探るようなそぶりを見せているのだ。時には壁に触れてみたり、石を触ってみたり。倒した魔物の死体をながめることもある。

 最初は二人ともその行動を訝しく思っていたが、少しして、彼が自分の仕事をしているのだと思い当った。この青年がフェルツ遺跡に来ている本来の目的は、「魔物大量発生の原因を調べること」なのだから当然である。ただ、彼のしかめっ面を見る限り、成果はあがっていないらしい。

「不自然だな」

 歩いている途中、いきなりロトが言った。

「え? 何が?」

「なんですか?」

 アニーとフェイが同時に身を乗り出す。ロトは、道の先を指さしながら答えた。

「魔物がだよ。多すぎる」

「多すぎるって……。私たち、そんなに出会ってないじゃない。それに、こういう、廃墟とか放置された建物とかには魔物が棲みつきやすいって、授業で習ったわ」

 アニーが後頭部で手を組みながら言った。魔物が多いことの何が変なのか、彼女にはよくわからなかった。だが、ロトはあくまで淡々と続ける。

「俺たちが出会ってなくても、足跡や、奴らがいた痕跡はそこらにある。その数がやたら多いんだよ。確かにこういう場所はは魔物の主要なねぐらだが、だからといって狼みたいなのがそんな大勢棲める環境じゃない」

 言いながら、彼は自分の足もとを見る。アニーとフェイも釣られて地面を見た。そして、うわ、と二人してうなった。今まで気にしていなかったのだが、そこかしこに巨大な狼や牛のような足跡がある。穴だと思っていたものも、実は足跡だったのかもしれない。そう思うと急に背筋が寒くなって、アニーはぶるりと震えた。フェイも、こわごわと呟く。

「た、確かに変ですね」

 最初に遭ったコウモリのたぐいならまだわかるが、狼やら牛やらが遺跡に何体も棲んでいるとは思えない。そう考えれば、ロトの言うとおりここの魔物は「不自然」だった。

 彼らは思案にふけりかけたが、その前にロトが動いた。足もとを見て、自分の拳ほどもある石を拾い上げると、勢いよく振りかぶって投げた。矢のような速さで飛んだ石は、暗闇の奥に吸い込まれたのち、生き物を貫いたようだった。肉を裂く音と、甲高い悲鳴が重なる。

 その後すぐに、黒い影がアニーの目の前を横切った。

「アニー! そっちいったぞ!」

「ひゃあっ!?」

 いきなり鋭く呼びかけられて、アニーは飛びあがった。だが、黒い影がぐんぐんと迫っているのを見ると、あたふたしながらも剣を抜く。自分を落ち着けるために大きく息を吸い、相手を見た。影は、彼女の頭より少し上くらいの高さを飛んでいる。影の中に光る目が、ぎょろりと人をとらえた。殺さなければ殺される、アニーの脳裏にそんな考えがよぎり、全身が熱くなる。少女は無意識にぱっとしゃがみこみ――下から影に向かって剣を突き刺した。

 血が激しく吹きだす。飛び散る茶色い飛沫に、アニーもフェイも目をつぶった。

 影は、甲高い鳴き声を上げて身を悶えさせた。力強く暴れ回る。そして、アニーはそれにぐんっとひっぱられた。

「え? わ、わ」

「アニー!」

 フェイが反射的に名を呼ぶ間に、アニーは両足を踏みしめた。剣を抜こうとしてみるが、ずいぶん深く刺さってしまったようで、なかなか抜けない。む、と彼女が目を細めたとき、かかとが浮いた。

――その刹那。火でできた細い矢が、魔物の影を貫いた。火は一気に燃え上がり、魔物を一瞬で炭にしてしまう。

 崩れ落ちる黒炭を二人が呆然と見上げていると、ため息が聞こえた。いつの間にか、ロトが二人の方を向いて立っている。彼は、アニーに呆れたような視線をくれた。

「……上空の相手に攻撃を当てようとしたのは、褒めるけどな。あんなやり方したら身動きとれなくなるの、目に見えてるだろうが」

「うっ。だ、だって……他に方法が思いつかなくて……」

 それまで、刃の先をしげしげとながめていたアニーは、一気に渋面になった。

「相手を引きつけて、低いところに誘導すればいい。ヴェローネル学院の六回生っつたら、専門的な授業はもうしてるだろ? 『戦士科』なら、誘導の方法くらい習ってるはずだ」

 アニーは沈黙した。専門授業は比較的まじめに受けている彼女だが、内容が少しややこしくなると頭に入らないことが多い。なので、せっかく授業でやったことも、身についていない部分の方がたくさんある。それは、幼馴染のフェイも知っていることだった。

 アニーは気まずそうな顔で剣を鞘に収める。そんな少女に、青年は容赦のない追い打ちをかけた。

「ああ、あれか。おまえ、まじめに先生の話を聞いてないだろ。そんなだからいざってときに困るんだ。今ので分かったろ」

「――っ、う、うるさい! そんなことないもん!」

 アニーは反射的に怒鳴り返した。頭の中がなんだか熱い。初対面のとき、相手に毒舌を振るわれたことを急に思い出して、ますます腹が立った。彼女は、「やっぱり嫌な奴!」とわざと聞こえるように言い、そっぽを向いてしまった。だが、ロトはまったく気にせず、焦げた魔物の前にしゃがみこんだ。

 重苦しい空気が漂う。険悪な二人の横で、フェイがおろおろと視線を泳がせる。明らかに、場の雰囲気に戸惑っていたのだが、アニーは――そしておそらく、ロトも――気づきもしなかった。

 息がつまりそうな沈黙が少し続いたあと。ロトがふと、「おかしい」と漏らした。気まずさに耐えていたフェイが、すぐ食いつく。

「な、何がですか?」

 拗ねているアニーを避けて、彼は足早にロトの隣まで来る。そして――目をみはった。

「鳥?」

 フェイとロトの前には、先程アニーが腹を刺し、ロトが黒こげにした魔物が転がっている。

 広がる翼。大きなくちばし。前に三つ、後ろにひとつ爪のある細い脚。それはどこからどう見ても、鳥だった。

「…………鳥って、こんなところにいませんよね。普通」

 フェイは思わず訊いていた。分かっていたが、訊かずにはいられなかった。ロトは、ゆっくりとかぶりを振る。

「さあな。洞窟に巣を作る種類もいるかもしれねえけど、にしたって、こんな奥まったところには作らないだろ」

「ですよね」

「こいつがどういう魔物かは分からないが……環境に合わせてどっかが退化した様子もないし、考えてみればさっき襲ってきたときも、慣れないところで混乱しているみたいな感じだった」

「え!? てことは」

 フェイは潜めた声を上げる。ロトが思いっきり目を細めた。

「ああ。本来ここに棲んでいるはずのない魔物が、『何か』に引きつけられて入りこんでいる」

 さらりと言うと、彼は立ち上がる。フェイも、そっと後に続く。今まで聞かないふりをしていたアニーも、顔をこわばらせて近づいた。――ところどころ崩れている、焦げた鳥の骸には、今にも消えそうな銀色の光がまとわりついている。

 遺跡にある『何か』がなんなのか。誰もがうすうす察していて、けれど誰もが口をつぐんだ。


 少し進むと、風の流れを感じる。視界の先に広い場所があるのに気づき、三人は歩調を緩めた。前に見たのとよく似た、部屋のような空間に出た。今度も、左手奥に小さな書きもの机と椅子がある。けれど、ほかの大部分はむきだしの地面であり、中央にぽつんと、大きな杯のようなものが置いてあるだけだった。異質な空間はなぜか、見ているだけで寒気がする。アニーは半歩後ずさりしたが、またしても平然と踏み込むロトを前にして、それ以上下がる前に踏みとどまった。ちっぽけな矜持を抱えて強がりを見せ、彼女もまた部屋へ入ってゆく。とりあえずは、机の方へ向かった。

 机の上にはやはり、紙と石板が散乱していた。ロトが、紙の一枚を無造作に拾い上げる。「触って大丈夫なんですか!?」とフェイが慌てていたが、本人はどこ吹く風だ。触れ方を間違えれば崩れてしまいそうな古紙を、三人はそっとのぞきこむ。

「これって、さっきの」

 アニーは思わず呟いた。そこにはまた、あの猫か狼のような動物の絵と、細かい文字がかかれている。さらに、紙の端には方陣を思わせる図形もあった。ひとつひとつを目で追ったロトが、渋い顔をする。

「手がこんでるな」

「え? どこが?」

 アニーが思わず訊くと、ロトは文字のひとつを指さした。フェイが、あっ、と目を見開く。

「文字の形が、ほかと違いますね」

「ああ。わざわざご丁寧に、別の古代文字で暗号化してやがる。しかもこれ、大昔に方陣描くのに使ってた文字だ。今じゃ、それにすら使われねえ」

 つまり、日常的に記す文字ではなかったということだ。よく見れば、ロトが示したところ以外にも、その文字が散見される。

「重要なところですよね、たぶん」

 フェイの言葉にロトがうなずく。彼はまた、紙とペンを取り出して、「これも写しておくか」と呟いた。彼が服のそでの端をまくって書きつけをとっている間、アニーとフェイはとととっと部屋の中央へ走る。妙に大きな銀色の杯をまじまじと見つめた。アニーが杯をのぞきこみ、茶色っぽい染みを見つけたとき、フェイが口を開いた。

「これ……祈祷きとうはいってやつかな」

「きとうはい?」

 アニーが素っ頓狂な声で繰り返すと、フェイは神妙な面持ちでうなずく。

「教会や神殿で、神様や精霊に祈るときに、一部の宗教で使われる大きな杯だよ。ほら、ときどき神様に生贄を捧げる儀式ってあるでしょ。そのとき、生贄をこの杯にのせて――あるいはその血を注いで、祈るらしいんだ。感謝や、自分たちに平和と実りをもたらしてくださいっていう願いをこめて」

 アニーは「へえっ」という声を上げ、再び杯をのぞきこんだ。そして、ふと思い至って顔をしかめる。先程フェイは、生贄を杯にのせるか、その血を杯に注ぐと言った。つまりこの茶色い染みは、血痕ということではなかろうか。染みに向かってのばしかけていた指を慌ててひっこめる。

 ちょうどそのとき、机の方からかさかさと乾いた音がした。続けて響いた靴音に、アニーが振り返ると、作業を終えたらしいロトが二人の方を向いていた。彼は意外そうに目を丸くして、フェイを見つめている。

「おまえ、よく知ってるな」

「前によその街で見かけたことがあったんです。それで、なんだろうって気になって調べたんですけど」

「……ああ、今でもたまーに使われてるらしいからな」

 言いながら、ロトはアニーのすぐ隣で足を止めた。相変わらずにこりともしない横顔を、アニーはしげしげと見る。

「ロトは、見たことあるの? 祈祷杯」

「いや。実物を見るのは初めてだ。ほんとでかいんだな」

 彼は、そう呟いて杯の表面をなぞったあと、「手がかり発見、だ」と言い、フェイの方を見て肩をすくめた。声音に深刻そうな響きがあるのを感じ取り、アニーは首をひねる。

「ひょっとして、さっきの紙と石板で何かわかったの?」

 身を乗り出して訊いてみる。が、珍しいことに、青年は言葉を濁した。

「……なんとなくは、な。けど、まだきちんと解読してねえから、確信が持てない」

「ふうん」

 そこまで消極的なのはなぜなのか。疑問に思ったが、アニーはそれ以上口にしなかった。そして、なんとなく話題を変えようと、「少し休憩する?」と提案してみた。フェイもロトもうなずいた。部屋の隅、机のそばに固まって、しばらくの間体を休めた。そしていくらか経ったころ、アニーに時折話しかけてきていたフェイの視線が、つい、とそれる。眉を上げ、軽く目を見開いていた。それがフェイの、何かに興味をもったときの顔だと知っているアニーは、なんとはなしにその視線を追ってみた。

 フェイが見ていたのは、ロトの腕だ。まじまじと見て、アニーも、幼馴染が何に気を引かれたのか気づく。古い書物を写したときからめくられたままの袖の先から、ちらりと、銀色のものがのぞいている。――腕輪だ。角灯の光を反射してちかちか光る腕輪は、よく見ると、細かい模様のような、あるいは文字のようなものが刻まれている。装飾品になどまるで興味を示さなさそうな彼の印象とかけ離れた、繊細なつくりのものだった。

「なんだよ」

 視線を感じたのか、ロトが眉間にしわをよせて吐き捨てる。はっとしたアニーは、とっさにぎこちない笑みを浮かべた。

「いや、きれいな腕輪だなーって。そういうのに興味あるんだね」

 つとめて明るい声でそう言うと、ロトは目をみはった。自分の腕を見て、息をのむ。そして、慌てたような手つきで、めくりあげていた袖をもとに戻した。まるで、腕輪を隠すように。アニーとフェイが名前を呼ぶと、彼はそそくさと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと」

「別になんでもいいだろうが。おら、とっとと行くぞ」

 振り向きもせず、つっけんどんに言い放った青年は、足早に部屋を出ていってしまう。遠ざかる足音を聞きながら、アニーとフェイは困惑して顔を見合わせた。

「わ、悪いことしちゃったかな」

「知らないわよ。なにも、あんな態度とらなくてもいいと思うし」

 どうせ、少し恥ずかしくなっただけだろう。頭の中でそう結論付けたアニーは、さっと立ち上がると、フェイをうながす。そして、ロトが遠くに行ってしまう前にと小走りで部屋を出た。暗がりの中で彼女は、目を伏せる。

 本当は、彼が袖を下ろしたあの瞬間、深海のような瞳の奥に傷ついたような色がよぎったことに気づいていた。それを見たとき、しまった、と思った。――垣間見えた傷は、自分の中で時折うずくそれと、とてもよく似ていたから。

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