2 最後の対決

 アニーは、ゆったりと羽ばたく鳥を見上げた。すると、ぶきみに光る瞳が見える。鳥もまた、アニーたちの方を見おろしていた。ただ、黙っているかと思われたそのとき、鳥は指笛よりも甲高い音をあげ、鳴いた。人々はいっせいに身構える。しかし、すぐに、魔術師たちの視線が泳いだ。どうしたのかとアニーが問えば、ロトがきっぱりと答えを返す。

「方陣の形成が、だいぶ進んでる」

「ええ……つまり、できあがってきてるってこと?」

 ロトは、うなずいた。

「ああ。と戦ってる間にも、できあがってくるだろうな」

 いつもの表情だが、ほんのわずか、迷いと苦みが声ににじむ。アニーも思わずうめいたし、フェイやクレマンはあからさまに悲鳴を上げた。彼らを倒して監獄塔に着くのが先か、方陣が完成して全員が死ぬのが先か。そういう状況だということだ。しかし。

「まあ、わかっていて相手の思いどおりに動く必要はない」

 青年は小声で言ってから、味方全員を見回した。「俺が先に監獄塔に行く、っていうのはどうだ」続いた声に、誰もが目をみはった。そのなかで、マリオンとガイたちだけは納得の息をついた。

「なるほど、確かにおまえが行くのが確実だろうな。よっ、方陣の天才!」

「やめろ」

 ガイとロトのやりとりで、子どもたちも理解した。ロトは、自分が先に行って方陣を消してしまおう、というのだ。彼らがものを言う前に、マリオンが手をあげた。

「なら、あたしもついていく」

 今度、驚いたのはロトの方だった。

「おいおい。おまえがここを抜けたら、戦力大幅減だぞ」

「大丈夫よ。『白翼』のみなさんがいるし」

「いやいや、俺たちだけであれとやりあうのは、正直きつい。けど、まあ、ロト一人ってのも不安だ。つーわけで、俺はマリオンに賛成」

「こら、ガイ」

 軍人が味方についたからか、もともとその気がなかったのか、マリオンは一歩も譲らなかった。最後にはロトが折れた。やれやれ、といわんばかりにかぶりを振った彼は、ぞんざいに幼馴染の手をとる。

 アニーはもう一度、鳥の方に視線を戻した。人影は、かがんでいるように見える。まさか彼が鳥を操っているのか、とアニーは目をむいたが、答えを確かめるすべはない。その時間も、なかった。鳥は、アニーたちに狙いをつけると、突進するように飛んできたのだ。

 マリオンが宙で指を躍らせた。額に汗をかきながらも、ぎりぎりで術を完成させて、炎を放つ。炎が顔面にぶつかると、鳥はすさまじい声をあげた。その隙に軍人たちが前に出てきて、ロトとマリオンが駆けだした。

 炎を振りはらった《爪》もどきが、駆け去る魔術師たちの方に首を巡らせる。それを止めたのは、鳥の首めがけて放たれた風のかたまりだ。ぶつかるついでに、まわりの木々を二、三本なぎ倒した風は、けれど鳥の意識をそらさせることに成功した。風を放った本人、エルフリーデが深く息をつく。

 二人の姿が道の先へ消えてゆく。それを見送りながら、剣を構えようとしたアニーは、ふと手を止めた。一度それを収め、一緒に腰帯ベルトにつっていた短剣を持つ。投てきの構えをとって、しばらく、鳥をにらんだ。術を翼に受けた鳥の動きが鈍る。同時、アニーは短く息を吐くと、短剣を投げた。

 まっすぐに飛んだ短剣は、白い光となって、鳥の目のすぐ下に突き刺さった。甲高い声が聞こえるものの、それほど痛がっている様子もない。ややして短剣は、暴れる鳥に振り落とされた。短剣を回収しに走りながら、今度の弱点は目じゃないのか、と、アニーは胸の内で呟いた。王都で黒い竜と戦ったときのことを、思い出していたのだ。アニーがなにげなく顔を動かすと、後ろに立っているフェイと目が合う。彼はひとつうなずくと、鳥の方に顔を向けた。アニーの行動の意味をわかってくれたらしい。

 アニーは、分析をフェイにゆだねることにした。あれこれ考えるのは苦手なのだ。それに、自分がゆっくり分析しているひまもなかった。

 碧眼が、動く人影をとらえる。それまで、灰色のむこうに隠れていた『彼』が、突然、鳥の背から飛び降りたのだ。彼は器用に着地すると、アニーの方へ歩いてくる。散歩しているかのような足取りだが、隙はない。アニーは一度剣を下げ、彼をまっこうから見すえた。

「エルフィー」

 呼びかけると、ななめ後ろで悲鳴のような声がした。エルフリーデが近くにいることを確かめて、アニーはすばやく、ささやいた。

「ここから離れて。あの鳥はお願い。クレマンと大尉さんたちにも、そう伝えて」

「……わ、わかった。気をつけてね」

 エルフリーデは、少し迷っていたようだったけれど、そう言ってくれた。アニーはうなずいた。走り出す少女を見もせずに。

 踏まれた草は、乾いた音を立てる。その音が、ふいに、止まった。

「よかったのか? あいつらを、先に行かせて」

 彼――オルトゥーズは、笑いを含んだ声でささやいた。アニーは、けわしく目を細めた。

「どういう意味?」

「あいつらは一度ルナティアに負けているだろう。同じことになるとは考えなかったか」

「……他人の魔力を奪う術、なんて、そう何回も使えないでしょ。あれさえなかったら、ロトもマリオンさんも、簡単には負けないよ」

 これははったりだった。けれども、オルトゥーズは、眉をもちあげ、唇をゆがめる。「ほう」とおもしろそうに呟いた。

「さすがに、少しが育ったと見える」

「うるさいよ」

 とげとげしく言い返しながらも、アニーは内心、ほっとしていた。あの二人が前と同じような目にあいはしないかと、気がかりではあったのだ。心配しなくてもいい、とわかれば、全力で剣を振るうことができる。

「ねえ、オルトゥーズ」

「なんだ」

「そこをどいて」

「わかった、と言うはずがないだろう?」

 オルトゥーズは、笑った。凶暴な狼を思わせる笑顔だった。アニーは短く息を吐くと、今度こそ剣を構える。汗にぬれた背が冷えるのを感じた。

「なら、むりやりどかしてやる」

 いつもの声音で吐き捨てたアニーは、今にも駆けだそうとしていた。けれども、オルトゥーズは動かない。目だけで、飛びまわる灰色の鳥を見た。

「俺を倒しただけではどうにもならんぞ。《爪》もどきは、俺が離れた時点で、誰の言うことも聞かなくなっているからな。それこそ殺されるまで暴れ続ける」

「でも、私があんたと戦っていれば、ほかのみんなが鳥と戦うことに集中できるでしょ。……違う?」

「それで、おまえが殺されたらどうする」

「殺されないよ。殺されてなんか、やるもんか」

 彼は黙った。ややして、吐息のような笑い声が漏れる。

「おもしろい」

 静かに一歩を踏み出して。男はついに、剣を抜いた。

「そこまで言うなら、相手になろう。――安心しろ、死ぬときは楽に死なせてやる」

「殺されてなんかやらないってば」

 歌うように言ったオルトゥーズに、アニーは鋭く言い返す。そして二人は地を蹴った。



     ※



「アニー、一人で戦ってるの!?」

 鳥をひるませる術一発とともに駆けつけたエルフリーデからそう伝えられると、フェイは素っ頓狂な声を上げた。鳥の注意をひいたり、伝言を抱えて戦場を走りまわったり、なにかと忙しく働いていた彼は、アニーの様子をうかがう余裕が、それまでなかったのだ。話を聞いてようやく振り返れば、遠くで銀色の光がぶつかりあっている。フェイは一瞬、顔をゆがめたけれど、すぐに視線を鳥の方に向けた。剣と剣の戦いの場に、自分が行っても足手まといになると、とっくにわかっている。

「だったら、ほかのみんなはあの鳥をどうにかしないといけないね」

「うん。わたしも、頑張るから」

 全身に力を入れてうなずいたエルフリーデは、そう言い残して戦いのただ中へと駆けてゆく。フェイはまたしても気をもんだが、彼女の後ろ姿が、剣をふるう少年の方へ向かっているのを見て、ほっと息を吐いた。

 すでに、魔女の《爪》に似た鳥は、本来の力を使いはじめている。羽ばたいた先で竜巻が起こり、鳥が高らかに鳴くだけで、氷の刃が雨のように降り注ぐ。魔物のなかでもずば抜けた力を持つ魔物、という具合だった。

 フェイは、慎重に歩を進めた。鳥と戦いが見え、かつ、攻撃の届かない場所を探す。鳥に目をつけられないよう、気をつけていた彼は、ため息をついた。

 アニーには《爪》もどきの弱点探しを頼まれている。けれど、それも、簡単ではなさそうだ。そもそも、王都で竜と戦ったときは、ルナティアが手がかりを示してくれたから弱点が目だとわかったのだ。敵のおかげで倒せた。認めたくなくとも、認めなくてはいけない事実だ。今回、助言は期待できない。何を見るべきか、何を考えるべきか。フェイは必死に頭をしぼりながら、戦場を走る。


 その間にも戦いは、激しさを増していた。荒れ果てた地面を、さらに風が躍って赤く燃え、時には氷が降り注ぐ。悪い夢なのでは、とうなりたくなるなかを、人々が必死に駆けていた。

 鳥が鳴いた瞬間、エルフリーデが、用意していた方陣を叩く。図形を組みあわせただけの簡単な方陣。それも彼女にかかれば地をえぐるほどの爆弾になる。炎が吐きだされるのと、輝いた方陣が光の矢に変わるのとは、同時だった。鳥と少女の間で、赤と白がぶつかって、激しく火花を散らした。その横を、氷の矢がはしり、鳥が翼でそれを叩いた瞬間、翼の付け根に光るものが突き刺さった。

「――っし!」

 耳が痛くなる絶叫を聞きながらも、射手は不敵に笑っていた。次の矢をつがえて、時をうかがう。剣を弓に持ち替えたクレマンだった。

 彼は得意気な顔をしていたが、それはすぐに消える。鳥がひと鳴きすると、矢が小さな音を立てて割れたのだ。矢傷はもう、見えない。ふつうならあり得ない光景に、子どもたちだけでなく、軍人たちも息をのんだ。

「なんだよ、あれ」

「ふつうの矢じゃだめなのかも。魔術は、効いてるから」

「冗談だろ」エルフリーデの言葉にクレマンは、苦々しく返した。たまたまそばにいたガイが口をはさむ。

「魔術だけで戦うには人手が足りん。やっぱり、マリオンを抜けさせるんじゃなかったか」

『おまえがここを抜けたら、戦力大幅減だぞ』マリオンに対して言ったのは、ロトだった。青年の正しさを思い知った人々は、顔をしかめた。

 ない物ねだりをしてもしかたがない。人々はまた鳥と戦いはじめたが、自分たちを守るのにせいいっぱいだった。

 轟音に耳がしびれて、砂煙が視界にしゃをかけ、時間の感覚もわからなくなる頃。かろうじて空を隠している木々の陰から、様子をうかがっていたフェイは、鳥の妙な動きに気づいた。さきほどから、ときどき、小刻みに体を震わせているのだ。なんだろう、と、フェイは目をこらす。そのうち、くちばしがカチカチと上下に動きはじめた。その動きを見て、フェイは、なにかに似ていると思った。しばらく首をひねって考え、答えにたどりつくと、青ざめた。

「まずい! 鳥から離れて、伏せて!」

 慌てて叫びながら、フェイは地面に身を投げ出して、目を閉じていた。葉がつこうが土にまみれようが、構うものか。人々が、フェイの言葉を聞いてくれたかどうか、彼自身にはわからなかった。けれど、ざっと靴底が鳴り、金属の音が聞こえたから、聞いてくれたと信じるしかなかった。

――フェイが願ったとおり、人々は彼の言葉に従った。クレマンとエルフリーデはフェイ本人を信じてのことだった。けれど、ほかの軍人たちはなかば反射だった。得体の知れない恐ろしい気配を、軍人の勘で、感じ取っていた。

 すぐに、鳥の体が淡い光を帯びる。その光は鳥の全身に集まり、強まって――やがて、地上の小さな生き物にめがけて放たれた。光はすぐに、灰色の石のつぶてに変わる。つぶては地面を深々とえぐった。たまたま、薄目を開けたときにそれを見たフェイは、震えた。あんなもの、体に当たったらひとたまりもない。

 だが、石は容赦なく降ってきた。このままでは全員、石に全身をえぐられてしまう。立ち上がる隙がないので、魔術師たちが防壁をつくるわけにもいかず、軍人の小さな盾は無力だった。

 石は絶えず降っていた。それまで、人のいないところを狙っていたのは脅しの意味もあったろう。とうとう、石のいくつかが、前に立っていた人々を狙った。土埃のむこうにそれを見たフェイは、自分が埃を浴びるのも気にせず立ち上がる。

「まずい――!」

 空気を引き裂く叫びは、なんの力も持たない。石の刃がなすすべのない人々に向かった、とき。

 ひゅうー……と、笛のような音がした。その次には、戦場の後ろの方から透明な剣が水平に飛んで、石の刃を次々砕いていった。間をおかずに、人々の頭上を半円状の膜が覆って、砕けたつぶてを次々弾いて、消してゆく。

 ようやっと顔を上げた人々は、そしてフェイは、呆然とした。

「これは……」

 フェイは、身震いした。特別な力などなにもないのに、頭の奥が熱くなって、しびれた気がした。目がしらが熱くなる。熱い雫が目ににじむ。けれども、ぬぐうことができずに、彼はただ立ちつくした。

「魔術か?……誰だ?」

 代わって、疑問を口にしたのは、立ち上がったガイだった。ふしぎそうに振り返った彼は、目をむく。出かかった声を、女性の声がさえぎった。

後衛こうえい、第二撃用意!」

 突然、荒れ地が七色に光った。ようやくそちらを見たフェイは、宙に浮かぶ、いくつもの光の図形を目にした。

「放て!」

 号令とともに、硝子のような短剣ととがった岩が放たれる。それらはまっすぐに、鳥の方へ飛んだ。鳥はほとんどをはたき落してしまったが、いくつかはその体に傷をつけた。血は出ない。まるで、石を短刀でひっかいたような傷がついた。

 悲鳴が天を貫いた。それに負けじと、前進する軍靴の音が地面をつたって響いた。

「……隊長」

 目をみはっていたガイが、やっと、呟いた。視線の先にいる、数人の軍人を率いる女性が、帽子のつばをもちあげて、にやっと笑った。

「ご苦労、ジェフリー大尉。増援部隊の到着だ」

 不敵に言い放ったのは、エレノア・ユーゼスその人だった。

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