4 一期一会、その先に

 獣たちは、アニーたちが思っていた以上に大きな群をなしていた。ひとまず道を阻むものたちを斬り伏せても、間をおかずに次の軍団が襲いかかってくる。軽く返り血を浴びても気にしていられない。クレマンはひるんでいたが、アニーはひたすらに突っこんだ。ともすれば高鳴る心ノ臓を、魔物よりも凶暴な自分を、おさえこむのが大変だ。

 急所を一突きされてくずおれた狼の上から、蛇と鳥を掛け合わせたような魔物が飛びかかってくる。風の矢が鋭く羽を打つと、魔物はふらりとかたむいた。そしてアニーは一刀のもとに哀れな魔物を切り捨てる。その横から飛びかかってきた、大きなねずみを、少年の剣がすんでのところで貫いた。

「ね、ねえロト!」

 魔物の手荒い歓迎が落ちついた頃を見計らい、アニーは青年を振り返る。戦いの中にあって、表情はひどく落ちついていた。アニーが憎らしく思うほどに。

「なんで、ここ、こんなに魔物が出るの?」

「なんでって。そりゃ、ねぐらが近いからだろ」

 笑いもせず、かといって疲れたそぶりも見せず、ロトは答える。ねぐら、という言葉に、顔を見合わせたのは、アニーとフェイだ。フェルツ遺跡の探索中、アニーがみずからこぼした言葉が思い出される。

「つまり――その、遺跡が近いってこと?」

 フェイが問うと、ロトは「たぶんな」と言った。フェイは、突き出した岩を探してか、背伸びしてあたりを見回す。好奇心と緊張に彩られていた顔が、ふいに、強くこわばった。

「アニー、右っ」

 ひそめられた声が飛ぶ。同時、アニーは剣を薙いだ。くぐもってひび割れた、断末魔がこだまする。やたらと大きく牙の鋭い猫が、跳躍の勢いそのままに、地面に叩きつけられた。そしてぞろぞろと顔を出す魔物たちの姿に――五人とも、さすがにげんなりとした。


 駆け抜けるように道を進みながら、邪魔をしてくる獣を斬る。どれだけそれを続けたか、アニーは途中から、数えるのをやめていた。逆に言えば、数えるだけの余裕があった。フェルツ遺跡の時とは違って。

 少しすると、乾ききって冷えた風が、ひょうっと吹きつけてくる。指先から体の奥まで凍らせそうな晩秋の風は、少年少女の意識を、今に呼びもどした。何もいない、けれど荒々しく踏み荒らされた地面をぐるりと見て、アニーはため息をつく。

「とりあえず、出てこなくなった……ね」

「さすがに怖くなったんだろ。野生の獣は賢いからな」

 わざわざ、自分より力のある者の前に出ていって死ぬようなことはない。そういうことだろう。アニーは、いっとき感じた小憎らしさを押し隠し、ロトの言葉にうなずいた。彼はじいっと空をうかがった後、疲れきっている子どもたちを振り返った。

「少し休んだら歩こう。目的地まで、そう遠くない」

 四人はそれぞれにうなずいた。体をひきずって、道の脇に放った荷物の方まで歩み寄ると、その場でぱたりとへたり込む。誰が言うまでもなくアニーが警戒の番を買って出て、五人ともがひと息ついた。革筒のぬるい水を口に含んで、アニーがひと息ついていると、小さな笑い声がした。背後にいたエルフリーデが、恥ずかしそうに、うらやましそうにほほ笑んでいた。

「でも、すごかったなあ。アニーとフェイ、息ぴったり。ロトさんも」

 たまたまそのとき振り返ったアニーは、そのままフェイと目を合わせて、苦笑する。

「よかった。うまく連携とれてたかな」

「フェイ、指示うまくなったよね」

 ほほ笑みつつはにかむ少年に、アニーが率直な感想をぶつけると、彼は少しうつむいてしまう。ぎこちないやり取りをする幼馴染たちをよそに、もう一人、名指しされた青年は平然として雲の多い空に目を向けていた。

「まあ、フェルツ遺跡で嫌というほど魔物相手に戦ったし。その後も、なんだかんだで一緒に戦ってたからな」

 アニーは目を瞬いた。冷静に考えれば、学院で学ぶ子どもたちが行うはずもない実戦を、くぐるはずもない死線を、いくつもくぐり抜けている。自分の力を操れない、戦うすべを持たない、すべはあっても力が満足にふるえない。それぞれに大きな欠点を抱えた彼らが生きてここまでこれたのも、お互いの支えがあったからなのかもしれない。そう思うと嬉しくなって、アニーはひとり、笑みをこぼした。

「ちっくしょう、負けねえぞ……」

 アニーの態度には気づいていないであろうクレマンが、三人を取り巻くなごやかな空気をよそに、ぐっと拳をにぎりしめた。

「いつか絶対、ついてけるようになってやる」

 悔しげに呟く彼は、まだ呼吸が浅い。一生懸命に息を整える彼をちらりと見て、ロトが口の端をつり上げた。

「向上心があるのはいいことじゃねえか。せいぜいはげめ。こいつらと一緒なら、経験は勝手に積めるだろうし」

 どうでもいいと言わんばかりに言葉を放るロトをにらみつけたのは、クレマンでなくフェイだった。

「ぼくらが危ないこと呼び寄せてる、みたいな言い方しないでよ」

 珍しく不満そうにするフェイを見、少女二人が吹き出した。ひそやかに笑ったあと、エルフリーデがアニーへささやきかける。

「確かに危険なことは多いね。でも、わたし、嬉しいんだ。アニーたちと友達になる前は、こんなふうに話せる人が、ほとんどいなかったから」

「……エルフィー?」

 アニーは首をかしげる。エルフリーデの語尾が、かすかに震えた気がしたからだった。それは気のせいではなかったのだろう。エルフリーデは目を伏せた。長いまつ毛が、紫の瞳に影を落とす。

「あのね。わたしは魔力を制御できなかったから、家の人によく思われてなかった。でも、わたしの家は、故郷まちの人によく思われてなかったの」

「え、なんで?」と、アニーとフェイが異口同音に問う。少女は、はかなげに笑った。

「おじいちゃんとおばあちゃん。ヴァイシェル大陸の魔術師だから」

 風が吹いて、砂が舞った。薄茶色の幕が空を覆う。アニーたちは目をみはって固まった。そのうち誰かがはっとして、番を代わったロトを見やったが、彼は静かなまなざしをエルフリーデに注いでいた。

「やっぱりそうか」

「……驚かないんですね」

「顔見りゃ気づく。それに、俺たちの前にこっちへ流れ着いた奴がいたと、風の噂で聞いた」

 まあ、何十年も前の話だろうが。そう呟いた彼の声は、乾いていた。子どもたちはそろって、安心とも不安ともつかない色を瞳にのぞかせる。けれどただ一人、エルフリーデ・スベンだけは、たとえ作り笑いでも笑みを浮かべていた。

「二人が生んだのがお父さんで、お父さんはこっちの大陸の人と結婚したんですよ。つまりわたしのお母さんです。……だからその、たまにシェルバ人がどうのっていう悪口をきくと、自分に向けられてるんじゃなくても自分に言われてる気がして、苦しかった」

 クレマンがうつむいた。ヒューゴのことを思い出したのかもしれない。それに以前、王都で見かけた議員も恐ろしいことを言っていた。あのときのエルフリーデも、表情でわかる以上に、心の中で震えていたのだろう。そんなふうに考えたアニーは、思わず乾いた砂をにぎりしめていた。

「だから、みんなに出会えて嬉しかったの。ロトさんは数少ないシェルバ人だし……アニーやフェイやクレマンくんは、まったく気にせず受け入れてくれた。友達になってくれたから。だからその、ありがとう」

 少しひきつっていた笑顔が、ほぐれて自然のものになってゆく。それに合わせて、砂をにぎったアニーの手もゆるんだ。こびりついた砂を軽く払いつつ、「どういたしまして」と返した。

 少女の突然の身の上話に戸惑いつつ、心を開いてくれているのだと実感して、喜んでいた。この話がのちに意外なものと繋がることになろうとは、アニーはおろか、話したエルフリーデ自身も予想していなかったに違いない。


 少しの休憩のあと、またゆっくり歩き出した。魔物の気配は感じるが、動く様子はない。思ったよりも手ごわい人間たちの様子をうかがっているようだ。そんななかでありながら、思いがけない話を聞いたあとでもありながら。五人の雰囲気は、それまでよりも穏やかなものになっていた。ときどき、遠く北の大陸の話を旅のお供にして歩くことしばし。先頭を行っていたロトが、ぴたりと足を止めた。

「ロト?」

 彼の背後ぎりぎりで立ち止まったアニーは、そこから顔をのぞかせる。ロトは、つっと、道の先を指さした。

「見てみろ」

 無愛想な声に導かれ、子どもたちは遠くへと目をこらす。わずかに茶色がかった空気のむこう。地面から不自然に突き出たものの影を見つけて、クレマンが目をみはった。

「あれって……!」

 少年の声が無邪気に弾む。フェイたちも、息を吐いて『それ』に見入っていた。そしてアニーは、一歩踏み出してロトの隣に立つ。

「見えた――」

 知らないうちに、唇が音をつむいでいた。

 そうして、高くなる胸の音に任せるように駆けてゆけば、ほどなくして、無数の茶色い岩が突き出した、なんとも奇妙な空間に出た。

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