終章

太陽のささやく日

「クレマンくんは、一緒に行かないの?」

 エルフリーデが、唇をとがらせて少年をにらんだ。にらまれた方、つまりクレマン・ウォードは、エルフリーデの後ろに立っている二人をじろりとにらむと、眉間に深いしわを刻む。

「まるで、私たちと一緒が嫌みたいだねー」

 アニーが先手を打つと、エルフリーデは悲しげな顔をした。少し申し訳ないが、アニーはいやらしい笑みを保つ。目の前の頑固者を焚きつけるには、必要なことなのだ。案の定、クレマンは、喉に何かを詰まらせたような表情で黙りこむ。それから、わずかに口を開いた。

「そ、それは……ないこともない。けど……俺、そいつに会ったことねえし。だから、行きたくねえなって」

「なんだ。意外と人見知りするんだね」

「うるせえ!」

 からかうアニーに、クレマンが噛みついた。広い廊下に、彼の声が響き渡る。声に驚いた生徒たちが、隅にたむろする少年少女へ好奇の視線を向けた。彼らに身ぶりでおわびをしたフェイが、もう一人の少年に苦笑を向ける。

「大丈夫。そんな怖い人じゃないよ。……まあ、第一印象がちょっと不良っぽいけど」

「それが嫌なんだろうが」

「もしかして、ヒューゴさんのせい?」

 エルフリーデがこそりとささやくと、クレマンは押し黙った。わかりやすいなあ、と、自分を棚に上げて呟いたアニーは、しかたなくエルフリーデに声をかけた。

「しょうがない。今回は、私たちだけで行こうよ。今度の休みにでも、二人で街に出たらいいって」

「いいの?」

 エルフリーデに訊かれたので、うなずくと、友達は紫色の瞳を輝かせた。

 まっ赤になって固まっているクレマンをよそに、エルフリーデは「じゃあ、そうしましょう」と手を叩いた。恋人に見えなくもない友人同士を、アニーとフェイの幼馴染二人は、ほほ笑ましく見守っていたのである。



     ※

     

     

 午後の光がさしこむ家の中に、くしゃみの音が響き渡った。音の、そしてこの家の主である青年は、顔をしかめると、手布で鼻のまわりをぬぐう。

「夏風邪か?」

 呟いた彼は、続けて「勘弁してくれ」と独語した。彼が体調を崩したと知るとうるさくなる人が、少なくとも三人か四人いるからだった。とりあえず、体におかしいところがないと確かめた彼は、昨日までに終えた依頼を整理しようと、机上の紙に手をのばす。

 彼が紙を手にとる直前、涼やかな音色が響いた。呼び鈴の音に気づいた青年は、小走りで戸口まで行き、扉を押し開ける。

「どうも、ロト兄ちゃん。ご機嫌いかがかなー……ま、相変わらずみたいだけど」

 扉の先、日差しが強く照りつける軒先には、少年が立っていた。大きな帽子を目深まぶかにかぶり、身の丈に合わない鞄をぱんぱんにふくらませている。青年、ロトは、少年を見おろすと、ほろ苦い笑みをこぼした。

「ああ。いつもと大して変わらねえ。そっちも忙しそうだな、ルゼ」

 言いながらも、首をひねる。

 街の配達屋に務め、ふだんは大通りなどで新聞を配り歩いている少年が、誰かの家に直接やってくることは少ない。「どうした」ロトが少年に向かって尋ねると、彼は得意気な笑みをのぞかせ、鞄から、四角い何かを抜きとった。

「お手紙だよ、兄ちゃんに」

「手紙だあ?」

「うん。――兄ちゃんって、実は、すごい人と知り合いなのかなって思ったけど、詮索はしないでおくよ。今のおれは配達屋だからね」

 少年はよくわからないことを言いながら、ロトに封筒を差し出した。片手でそれを受け取った彼は、いきなり顔をしかめる。しかし、それも一瞬のことだった。表情の変化に気づかなかった少年へお礼を言い、彼はそそくさと扉を閉めた。

 薄暗い家の中へ戻るなり、ロトは深々とため息をつく。

「あーあ、そんな時期か。めんどくせえ。何事もなきゃ、いいけど」

 青年のぼやきが、上質な封筒の上に落ちる。

 封蝋が日の下で光り、ぼんやりと、太陽を抱く花の紋章――グランドル王室のしるしが浮かびあがった。




(Ⅲ われら少年探検隊・終)

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