第28話 悪魔の戯言

 ――――一方、テイテツは素早く鉱石の価値が解りそうな行商、錬金術師などに掛け合い、売却、及び装備品などに活用できないか交渉をしていた。




「……お兄さん、この鉱石を一体何処で?」




 ある熟練の鍛金業者は、鉱石を手に取り驚嘆の念を隠し切れずにテイテツに問う。




「ここより北方の荒野地帯にあった、まだ誰も立ち入った形跡のない遺跡から採掘しました。残念ながら、遺跡そのものは突然崩落してしまったので現在は立ち入れませんが……それで、この鉱石の価値は?」





「……あんたも人が悪いねえ。ほとんど解ってて言ってんだろ――――滅茶苦茶貴重な石だよ。宝飾品の類いに加工するだけでも巨万の富は約束されたもんだが……この鉱石の真の価値は実用品へと加工した場合にある。武器や防具、精密機器、車…………金属質の高級品ならなんでもござれの万能石だぜ……あんた、マジで売っぱらう気かい?」





「やはりそうでしたか。仲間と共に質素な旅をしているつもりですが、全てを最大の利率で売却した場合10年は高い生活水準を維持したまま旅が出来ると見ています……が、判断するのは私ではなく仲間です。知りたいのは実用品へと活用した場合、具体的にどの程度の代物に出来そうか。危険な冒険稼業を続ける場合、武具と端末、車、金銭へとどの程度の比率で加工するのが最適解か。専門家の見解を情報としてストックしたいだけです。」




 テイテツは飽くまで冷然と、仲間と共に得た成果の最大の活用法について情報を聞き出す。




「……むう。少なくとも、このセフィラの街で一気に売っ払うのは無理だ。見ての通り小さく静かにやってる街なんでな……こんな高価な物をそのまんま金に換えるにゃあ、蓄えが無さすぎらあ。もっと経済的に大都市に当たるんだな……で、そっちは置いといて、具体的にこの石を何にするかがベターな話か、だが…………」




 口髭を蓄えた鍛金業の男は煙草をひと吹きしたのち、告げる。




「まず、メジャーな代物から言うと刀剣に槍だな。金属の比重が大きい武器だし、鍛え上げれば……さらに達人が扱うとインチキ臭えまでに強力な刃となる。これがあれば、あんたらが遭遇したと言う森の魔物にさえ互角以上に闘えるかもしれねえな。あんたの持つ銃の改造にも使えるが、それにゃあ俺らみてえな鍛金業よりもっと科学的な分野に明るい技術者の協力が――――」





「ああ、銃ならば私が自分で設計出来ます。必要なのは設備だけです」





「マジか。まあ、兄さん見るからに科学者っぽいしな……ボウガンを使う未熟な冒険者がいるんなら単純に矢に加工だな。鋭い上にほとんど錆びたりしねえから撃った後に拾って再利用すら出来るだろうぜ。防具ならある程度機動性を維持してえなら胸当てや脛当て、腕当て、軽鎧ってとこか。伝え聞く伝説の聖騎士サマ……をちょいと身軽にした装備一式作れるぜ。この鉱石、加工次第で軽くなるしな。次に端末……この辺はあんたの方が詳しいんじゃあねえのかい? 端末に用いる金属全般にパーツとしてフルに交換すりゃあ……ガラテア帝国本国が使う最新の端末に匹敵する情報処理能力を発揮するモンスタースペックになるだろうぜ……これも加工する設備を探すんだな。少なくともここセフィラにはねえよ。車には言わずもがな装甲にホイール、エンジン部の補強。金属部分はまるごと強化出来るぜ。もはや戦車に匹敵するこれまたモンスターな機体になり得る」





「ふむ。予想以上に役立ちそうですね。武具と端末と車、金銭のベストな比率は?」





「――4:3:2:1。金銭はあんたらの経済的な匙加減ひとつだが、質素にやってんならまあ優先度は低くていいだろ。白兵戦での戦いがメインならこれを武具に加工しねえ手はねえ。そして端末にも。ガラテア軍に匹敵するスペックの端末なんざ、まず一端の冒険者が持てねえかんな……車は紛争地帯でも突っ走らねえんならそこまで使わんでもいいだろ。最終的な判断はあんたらの仲間とやらに相談しな。銃以外の武具と車ならこの街で鍛え上げてやらあ。」





「――わかりました。貴重な意見をありがとうございます。後ほど仲間とまた来ます――――あ。そうだ。これを――――」





「情報料ってか? いいってことよ! こんな良い代物を触れただけでも俺ァ嬉しいぜ!」





「いえ。この鉱石を発掘した遺跡で得た他の物品なのですが」





「ああ、そう……」





 ほんのちょっと落胆する鍛金業の男に荷物から取り出して見せたのは、グロウと出会った謎の遺跡で手に入れた石板だった。






「この石板の材質から、年代や採掘出来そうな土地が解らないでしょうか。私も学者の端くれとして研究ののち、学会に発表したいと考えているのですが……」





「……むう? なんだあ、こりゃあ……」





 男は怪訝そうに石板を眺め、色んな角度から観察し拳で軽く叩いて音を確かめてみる。





「…………? 何なんだこれは……一体何処の山から採れるってんだ……俺にはさっぱり…………ひとつだけ確かなことは――――こりゃあ遙か古代のモンだ。人類がこの星に生まれ始めるよりもずっとずうーっと大昔のな。隕石か…………? 本当に人間に類する生物が作ったモンなのか…………?」





 鍛金業の男は、先ほどまで話していた鉱石よりも奇妙な物を見ている、人智を超えた存在を前にしているようなただならぬ情況に顔をしかめた。





 ――――突然――――





「『――主よ。どうかこの世に闘争と悪意の炎を。遍く世界の果てまで血と惨劇の快楽に歓喜する悪魔のはらからたる我ら人々に、嗜虐の恵みを永遠に烈しく与え続けたまえ。さすれば我ら血風となり黒渦となりて、貴方の御許へ舞い上がり、主を穢し尽くさん――――』」





「!?」

「……貴方は…………?」





「――――と、これは禍々しすぎるかな? 俺にとっては心地良いポエミィな言葉なのだが、ふうむ……」





 ――――浅黒い肌をし、肩も胸も腕も筋の太い堂々たる迫力の体躯の男が、急に石板を覗き込んで話しかけてきた。





「な、何なんだあんた……いつの間に!?」

「……その服……もしやガラテア軍の――――」





 マッシヴな体格に禍々しい気迫を常に発する男の服は、あちこち破れたり補強を中心に改造が施されているが、間違いなくガラテア軍の軍服だった。




「いやあ、確かに軍属だがなァ。こちとら軍人の中でも飼い殺しの狗に等しい卑しい身分よォ。こんんんんんな田舎の街に飛ばされて以降数日経つが……本国から何の連絡も寄越しやがらねえ! まったくよお……嫌になるってえなあ…………ったくよお――――」





 男はいきなり現れて石板の謎の文字を何かの呪詛のように読み上げたのち、急に自分の世界に入って何やらぶつぶつと独り言を発している…………。





(……ガラテア軍の特殊部隊か? ここに来て数日……エンデュラ鉱山都市での一件で命令されたのならいくら何でも速すぎるし、不意打ちも仕掛けてこない。単独行動中か――――)





 テイテツは男の様子を見て、追手ではなく組織から離れて単独行動中の軍人と素早く推定した。自分の身分を悟られぬように話題を変える。





「――貴方はガラテア軍人なのですね。もしかして、この石板に書かれている文字が解読出来るのですか?」





「いいや。面白え文字だったから出鱈目に読んでみただけ~。俺ぁそんな古代文字っぽいもんどころか四則演算や読み書きすら碌に出来ねえろくでなしよオ。はっはっは~っ」





 男は声色は楽しそうだが、目元や表情は一体何処を見ているのか、虚ろなのに妙に殺気立ったような危うい顔つきだ……両手を広げて近くをウロウロと歩き回る。






「な~んも知らねえ。な~んの取り柄もねエ。そんな俺らだがあ、生き甲斐ぐれえはあらアな。出来ることはたった一つ――――」






 と、男が腕を振りかぶった刹那――――





「うおっ!! うわわわわ…………」



「木を……腕一本で――――」





 激しい破壊音と、木の繊維が激しく舞う音と共に、なんと男は右のラリアット一発で近くの硬く大きな木を砕いてしまった! 突然の荒事に、鍛金業の男は後退り、やがて逃げていった。





「――――こーいうことだけだあ。何かを壊して、殺すだけ……他はな~んも出来ねえ。それだけが生き甲斐の変態野郎共さ、俺らはあああぁ……」





「――何が狙いですか。金か。食糧か。」





 テイテツは身構え、懐の光線銃ブラスターガンに手を置く――――





「――――? 無い…………」





 確かに懐に仕舞ったはずのテイテツ愛用の光線銃は、あるべき場所に無かった。空を掴み、驚くしかない。





「……はあ~っ……アンタ一人じゃあこの程度かあ~……こんな玩具ひとつ気取られるようじゃあお里が知れらあ。アンタもそう思うだろ? ホレッ」





 いつの間にかテイテツから盗み取った光線銃を、男は左手の小指でクルクルと重心を回転させたのち、テイテツに投げて渡した。





「……目的は決闘か何かですか? 生憎、私はお察しの通り大した実力では――――」





「けっ、とうッ!! なあ~んてイ~イ響きなんだあ~…………乙女心なんか露とも知らねえ俺でもときめいちまいそうだぜえ…………確かに、アンタ一人じゃあ物足りねええなあああ……」





 背を向けていた男がゆっくりと顔だけ振り返る。実に殺気と鬼気に満ちた禍々しい表情だ。





「――――だがあ、アンタのお連れさんと一緒ならどうかなあァ~? アンタは確かに腕っぷしはからきしだが、オツムの方は俺のような蛮族とは比較にならねえ良いモン持ってそうじゃあねえかあ。ぬふふふふふ……全員揃った時が、楽しみだぜえ~……」





 男はそのまま向き直り、のっしのっしと重そうな身体を弾ませて鼻歌を歌いながら……何処かへ歩いていった。






(――――あの表情。あの殺気。かつてのセリーナより遙かに凶悪な戦闘狂の精神か。早くエリーたちと合流しなければ。『俺ら』と言っていたということは、仲間もいるのか……)





 テイテツは光線銃を懐に改めて仕舞い、駆け足で中央掲示板へと急いだ。






 ――――辺りに爆ぜた木片の、新鮮な木や樹液の香りが漂う――――

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