第22話 森の洗礼

 ――――エリー一行は、一先ずの路銀を確保し、装備を調える為……そしてガラテア軍から逃れる為に、森の中を走っていた。



 森の中は当然、木々が生い茂り、地面の起伏も多いため、運転手のガイは慎重に走り、ゆっくりとハンドルを切りアクセルを微調節する。




「ねえ、見て見て! あっちには川も流れてるわよ! 綺麗よね~」



「うん! 魚も藻も沢山いそう!」



「……薄暗い森の中でも、貴女たち2人は呑気なものだな……いつ戦闘になるかわからないというのに……そうだろう、テイテツ?」



 セリーナは後部座席で工具箱から取り出したドライバーや砥石などで大槍と空中走行盤エアリフボードの手入れをしながら、窓の外を子犬のように眺めるエリーとグロウを見て言う。



「そうですね。森の中ならばガラテア軍の部隊は勿論、監視衛星からも見つかりにくいとはいえ、ここは人の手があまり加えられていない原生林に近い。危険な猛獣や野盗の類いに遭遇する可能性もあります」



 テイテツは例によって二階座席から、端末のキーボードを叩いて情報の整理、収集を行ないながら無機的にそう告げる。



「全くだぜ……仮にも軍隊に追われる身。森の中だって穏やかな自然ばかりがあるわけじゃあないっての――――おっと――」





 ガンバで森の中を進むうち、死角から倒れた樹木を見つけて、咄嗟に急ハンドルを切るガイ。





「ふがっ!」

「わわっ……ふにゃあ……」




 エリーとグロウは、車体が揺れてそのまま間抜けな声を出して座席に倒れ込んでしまった。




「……何よー! いいじゃん、最近荒野とかばっか進んでたんだしさ、たまには森林浴とかさせなさいよぉ。運転もしっかりしてよねー」




「喧しい。それより、グロウとの勉強はいいのか? なんかグロウ自身より教える立場のはずのおめえの方が学力的にヤバい気がしてきたぜ……」




「うにゅにゅにゅ~っ! そ、そんなことねーし……」




「あんまり強がるんじゃあない、エリー。貴女の学力がいい加減なのはエンデュラ鉱山都市の前後で解った……難しい所があったら私も少しは手伝うから、まずは自分で本を読む習慣を付けなさい」




「セリーナまで~!? うううう……この世は鬼じゃ……鬼がおるうううううぅぅぅぅ……」




「――――あれっ?」





 エリーがガイとセリーナに向けて唸っている間に、ふとグロウが窓の外を眺めていると――――





(――今の……石で出来た……お化け――――!?)





「――ガイ! ちょっとガンバを止めて! 何か変なものが樹の間にあるよ!!」




「あアん?」

「どこどこー?」

「何かいるのか……?」




 グロウが声をかけ、ガンバを一旦止めて全員が降りた――――




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「――どうしたんだ、グロウ」




 何か異常か、と思うガイが俄かに緊張感を持ちながら、2本の刀を携えて運転席から降りる。




「あのね、さっき通ったばかりの樹の間に……なんか石で出来た、お化けがいたんだ!」




「……お化け、だア~っ!? ふはっはっはっはっは! んなモンいるわけねえっての!」




 グロウからの『お化け』というもっともらしいかわいい例えに、思わずガイは笑ってしまう。




「ですが、何らかの危険を感知したのかもしれません。この付近は電磁波が乱れます……ガンバに搭載されているものやこの端末のレーダーも上手く機能しません。」




「油断は禁物だ。思わぬ敵の伏兵が忍んでいるやもしれん。」




 テイテツが端末を仕舞って光線銃ブラスターガンを取り出し、セリーナは手鏡で目元のアイシャドウで引き締まった顔を見たのち、縮めていた大槍を伸ばした。




「まっかせて、グロウ! どんな恐いお化けだろうが、叩きのめしちゃうから――――ガ、ガイとセリーナが、主に、ね……」




 勇んで飛び出したかと思えたエリーだが……。




 コウモリやカラスのようなものが飛び回り、陰に立ち入った途端じめっとした湿度の高い暗いその森の深さ、不気味さを見てたじろぎ、ガイの後ろに引っ込んでしまった。小鳥の囀りすら森全体に響くとおどろおどろしく思えた。



「エリー……おめえ、孤児院の頃のアレ、まだ克服してねえのかよ!?」




「……エリーにも恐いものがあるのか……何があったんだ?」




「いや、ガキの頃エリーの誕生日……正確には孤児院に預けられた記念日だな。夜中に院長が、魔法使いの法衣みてえな格好して祝福しようとしたんだが……こいつは『お化けが来たー!』っつってパ二クッちまってよ。しばらくお化けだか幽霊だかが恐いっつってた。とっくに忘れたと思ってたぜ……」




「ほほう……ふっ、それはそれで……」



 ガイは驚いた顔つきのまま語り、セリーナは意外な弱点を知りほくそ笑む。




「……うう~っ……しょ、しょーがないじゃん! 苦手なもんは苦手なのー!! 憑りつかれそうになったら助けてーガイーっ!!」




「……へいへい…………やれやれだぜ……」




 森の不気味さに、エリーは悪い意味で完全に童心に帰ってしまっている。普段は超人的な力を持つ冒険者がふるふると震え、恋人の陰に小さく隠れてしまっている。




「――あれ! あの石だよ、みんな!」





「ひぃっ、ど、ど、どこ!?」




 グロウ自身もボウガンを携えながらも、あまり怯える様子も無く草むらの中を進んでいく。他の面々も(エリー以外は)武器を構えながら慎重に歩を進める…………。





 ――――少し進むと、グロウが言った通り、石の塊があった。





 石は縦が2メートルほど、横が1メートルほど、奥行きが2メートルほどで……何やら怪物のような顔が彫られた石像だった。




「おい。見ろエリー。石像だ。ただの。バケモンじゃあねえ」




「ほっ、ほっ、ほんとお~? よく調べて~?」




「……何か書いてある――――」




 グロウは石像の下腹部辺りに、何やら文字のような物が刻まれているのを見つけた。




「どれどれ……」




 早速、テイテツが端末を取り出し、解析を試みる。





 待つこと数分……。





「――駄目ですね。この文字…………現代の科学力で解明できない未知の文字のようです」




「……解明できない文字、だと? ……グロウと出会った遺跡にあった石板と同じやつか?」




 辺りを警戒しつつ、ガイがテイテツに訊く。




「いいえ。これはあの遺跡とはまた時代などが別なようです」





「――――森へ立ち入る不敬なる者どもよ――――」




「……何っ!?」




 セリーナが驚く頃には、一歩、二歩とグロウが石像へと進み、なんと、文字を読んでいる!




「グロウ、お前……読めるのか!?」





「――『森へ立ち入る不敬なる者どもよ、汝が身を育みし森の神々への感謝を忘るるべからず……鉄火を持ちて我らが森を荒らす俗物には……すかさず神々が裁きを下す魍魎と化して――――汝らを喰らわん』――――」




 グロウがそこまで読んだ瞬間――――エリー一行はとてつもなく恐ろしい存在の圧を感じた――――

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