第30話 破れ鍋に綴じ蓋

 ――セリーナとテイテツ、そしてグロウが謎の特殊部隊に干渉されているそのまた一方。エリーとガイは、街の案内掲示板や通行人を頼りにしながら、宿を探した。



 幸いなことに、セフィラの街は宿を始め物価は安い上に快適な施設が多かった。豊富な自然資源を活用し、また尊重してきた町人の努力の賜物である。




「――おっ。ここの宿もいいじゃあねえか。個室も結構広いし、食事や温泉、マッサージや遊技場全部込み込みでこの値段だぜ。どうせ俺たちゃ隠密行動中なんだ。身体の疲れぐれえはしっかり取っていこうぜ」




「……ぬっふっふ~。ダブルベッドの部屋もあんじゃ~ん♪ またガイとちゅっちゅし合いたいなあ~♡」




「ばっ、おま……こんな往来の前で言うんじゃあねえよ! また、セリーナにどやされっぞ……来る途中みてえに…………」




 恥ずかしげも無く宿の中の往来でデート気分のエリー。周りの大人たちがくすくす笑いながら「若いなあ……」「お盛んだなあ……」などと耳打つのが微かに聴こえ、ガイは赤面する。




「いいじゃんいいじゃん~♪ その時はその時でグロウの目にさえ触れなきゃ。事前に断ってセリーナとテイテツに預かってもらえば――――」





「うるっせえ、この好色の畜生がああああああ!!」





 飽くまで奔放なエリーとどこか奥ゆかしいガイ。若きカップルには、田舎町の熟年夫婦には、どこか懐かしく、それでいて微笑ましく見えるようだ。笑いながらも優しい目で見つめてくれている。ガイにはその視線が却って恥ずかしいことこの上なかった。





「――ったくよお! いいからここの宿にすんぞ! あらかた見て廻ったからな…………姉さん、5人旅なんだけどよ。予約はねえんだが、宿泊出来るか?」





「はい。今は観光シーズンからも外れておりますので……部屋もかなり空いております。すぐにでも宿泊出来ますよ」





「よっしゃ。じゃあ頼むわ……ここの宿帳に記入していけばいいのか?」





「左様にございます。解りやすいように番号ごとにお客様のお名前を読み上げていってください。まずは一行のリーダー……代表者の方からご記入くださいませ」





「はいよっと。まずは俺からだな……1番が、ガイ=アナジストン…………2番がエリー=アナジストン…………3番が――――」





(ちょっとガイ。同じアナジストン姓だから3番目はグロウがいいんじゃあないの?)




(むっ。それもそうか…………妙に勘繰られたくねえもんな)





 珍しく機転の利いたエリーの提案に、ガイも素直に応じた。





「3番目、グロウ=アナジストン…………4番目、テイテツ=アルムンド…………最後、セリーナ=エイブラム……っと。以上で全員で――」





「――えっ。今、何と仰られましたか…………?」




 突然、受付係の女性が驚き、問いかけてくる。





「うん? ……以上で全員と……」





「その直前です! 最後、5番目のお客様の名前は……何と仰いましたか!?」






「……セリーナ=エイブラム……だが……?」





「――――!!」





 女性が掌を顔の前まで上げて驚いた顔のまま、ガイが書き込んだ宿帳を確認していく。






(――――そうか、しまった……あいつも冒険者で、少し前まで賞金が出るかどうかに関わらず、強い奴を殺していってたんだよな…………)





(そっか、ヤッバ……誰かから恨みを買って指名手配とかされてんのかな? 事前に聞いときゃよかったわ…………)






 俄かに漂う、不穏な空気。ガイとエリーは身体を沈めて、全速力で逃げる準備を始める。





「――この字の綴り…………まさか……まさか!!」





 受付の女性は、宿帳の『セリーナ=エイブラム』の字を読み、わなわなと震える。






「……お客様。失礼ですが…………このセリーナ=エイブラムという方は……貴族の名門・ファラリクス家から行方不明の人では――――?」





「……うん。そうだけど? 貴族の家が嫌になって……あっ! その前は武門の家の……えーと確か、グアテラ家、にいたんだっけ――――」






「――――そうですか。やっぱり。この方は――――」






 深呼吸して気を鎮める女性。そして、エリーとガイに毅然とした眼差しと声で言おうとする。





「間違いありません。セリーナ=エイブラム様は――――」





「……セリーナは――――?」





 今にも「指名手配犯だ」! と叫ぶのを覚悟し、中腰で逃げる構えのエリーとガイ。




 だが、返って来た言葉は――――






「――――私と今生の契りを交わした、恋人です。」







「「え」」






 ――一瞬、女性の声を疑う2人。






「「――――はああーーっ!?」」






 そして、また同時に驚く。





「恋人って……貴女が!? セリーナと!?」



「確か……あいつが出奔した家で待ってるんじゃあなかったのかよ!?」



「いやいやいやいや…………その前に……貴女、女の子よね?」






 エリーとガイは驚きのあまり、矢継ぎ早に……セリーナの今生の契りを交わした恋人と名乗る女性に疑問をぶつける。





 エリーもガイも、雄々しいだけでないセリーナの語り口と時折見せる女性らしさのせいか、てっきりダンディな紳士なんだろうな、と恋人像を勝手に思い浮かべていた。予想とギャップの激しさに、尚更驚く。





「――ええ。確かに私は女ですよ。あの御方……セリーナ様も女性です。ですが、それが何だって言うのでしょう? 信実を持って今生の契りを交わす相手に…………性別など関係あるのでしょうか?」





 ――女性からはなお毅然とした態度……それ以上に、どこか逆境に屈しない強い覚悟のようなものを感じる。




 その立ち昇る覚悟の気迫が物語っている。きっと生命を懸けた恋愛の為に性別と言う障害を超えようと――――否、そんなものは障害ですらないと一蹴しかねない胆力でセリーナと共に生きようと誓った人なのだ。





「え。ちょっと、ちょーっと待って! 女の子同士なのはいいとして――――何でこんなところで宿屋の受付やってんの!?」





「…………それは…………」





 女性の表情が曇る。





 何か、事情でもあるのだろうか――――






「――――オイオイオイオイ。すっげえ強い奴の後をつけてみれば…………随分とお熱い話が展開してんじゃあねえか。」





「!?」





 ――と、突如後ろから声を掛けられる。





 エリーとガイが振り返ると……そこには若草色の髪が特徴的の青年が立っていた。






「――おめえは…………その軍服、まさか――――」




「ガラテア軍!?」




 贅肉一つない引き締まった身体の美青年。ラフな感じの格好に改造しているが、所々に刺繍や勲章が付いているその印は紛れもなく鳳凰。ガラテア軍のものだった。とっさに身構える2人。





「――おお……その様子だとあんたらも俺たちガラテア軍に恨み持ってるクチか。だが、ちっとだけ安心してくれ。俺らはガラテア軍っつっても特殊部隊でな……ほっとんど単独行動許されてんのよ……まあ――――肝心な作戦中に勝手に暴れ回るせいで本国から碌に任務を言い渡されなくてな……このセフィラの街に駐留してんのも、調子乗った罰みたいなもんさ」




「…………」


「…………」




 青年はやや和やかな語り口だ。だが、全身から発せられる鋭い殺気はエリーとガイを警戒させるのに充分だった。




 幸い、ガイは青年の言葉から、エンデュラ鉱山都市の一件での追手ではないと知り、無難に返事をする。




「……そうかい。で? そんな放蕩軍人サマが何の用だ。あんたも宿に泊まんのか?」





 若草色の髪の青年は大袈裟に首を横に振る。





「いやいや。俺らの寝床はこの街の隅っこに張ってあるコテージさ。宿は要らねえよ。望みは――――」






 と、そこで青年の目付きが明らかに変わった。





「――――俺らとあんたらのどっちかの、永遠の寝床行き。わかりやすく言えば、『決闘』さ…………俺にゃあわかる。あんたらは相当に強い。そして自分の中に、どうしようもなく獰猛な、今にも暴れ出しそうな獣を飼っていやがる。俺らはそれが気に入った。特に、そこのピンクの髪の姉ちゃんは楽しませてくれそうだなァ…………なあ、頼むぜ。なあ。俺らと死合おうぜ。」





「――!!」





 青年の眼差しからは、殺気と争気しか感じられない。




 それは、義務でも任務でも、ましてや憎悪の炎でもない。




 ただただ、純粋なる殺戮と闘争に酔いしれ、病んだ性を持つどんな野獣よりも獰猛な衝動がそう突き動かすのだ。





「――ちっ……また戦闘狂かよ。やなこった。俺たちは無益な戦いなんか望んじゃあいねえんだよ。戦いたきゃ、真っ当に任務でもこなして勝手に戦場に行って勝手におッ死にやがれ。」




 ガイは、目の前の戦闘狂を警戒しつつも、決して臆することなく、毅然と断った。




「――オイオイオイオイ……そりゃあねえなあ……そりゃあないったらないぜえ。そりゃあねえ……何故なら俺たちゃ…………そこに強え奴がいると、殺さずにはいられねえ変態野郎共だからだよ。このままあんたらを見逃しゃあ――――俺らはいよいよ痺れを切らして衝動に従って暴れ回っちまうからな。このセフィラの田舎町も、30分とかからずに焼き尽くして、壊し尽くしちまうかもしれねえんだ…………あんたらもそりゃあ嫌だろ? 冒険者にとって大切な拠点だもんなあ。――――あんたらに、ハナから選択肢なんざねえんだよ。俺らに目を付けられた時点でな。戦いの場は、街の外で勘弁してやる。もっかい訊くぜ。俺らと戦うのか? 戦わねえのか!?」






 青年の声は、後半に行くにつれ、重く硬く、鬼気を露わにしたトーンになっていった。断れば今にも暴れ出しそうだ…………。





「ガイ……こんな奴ほっとけないよ。せっかくセリーナの恋人にも会えたのに。ここで逃げちゃったら――――」




「――くっ…………」






 エリーとガイは顔を見合わせ、苦悩した。





 ここでこの青年から逃げれば、セフィラの街は破壊しつくされ、住民は皆殺しに遭うだろう。





 そして、エリーたちには何人いるのかもわからない目の前の敵は、とてつもない戦闘の才を持っていることは殺気をその身に受けただけで充分に察することが出来る。この街の自警団などの類いでは、造作もなく殺されるだけだろう。





 青年の言う通り、選択肢は無かった――――





「――――わかった。人の命を糞ほども考えねえ糞野郎が。街の外の森の中でなら戦ってやる。『俺ら』って言ったな? おめえら、何人いやがる。」 






「へへへ。よろしいよろしい~っ♪ 俺らは全部で4人組さ。ちょうど、あんたらの他の仲間の様子を見に行っている最中よ。そろそろ戻ってくっかもなあ。取り敢えず、外に出て顔合わせと行こうぜ、なあ!」





 青年は一旦殺気を解き、喜色満面で満足気に手を振って、宿の出入り口から出ていく。





「お、お客様…………」





「……安心して! セリーナを貴女に会わせるまでは……絶対死んだりしないから! 勿論、セフィラの街の人も殺させない! ……でも……奴がどんな卑怯な手を使うかわかんないから……街の人に呼び掛けて逃げる準備だけしといて。なるべくパニックにならないように、そーっとね。」





 エリーはこの窮地にあっても、笑顔を絶やさず、例の如く大きく手を振ってセリーナの恋人に声を掛ける。





 そして、宿屋の外…………ちょうどエリーたちが合流を約束した中央掲示板の前に、全員が集まっていた――――

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