第31話 生の理知 対 死の闘争本能
「――――お姉ちゃん! ガイ!」
「グロウ!! 良かった……まだ何かされてるわけじゃあなさそうね…………テイテツにセリーナも無事!?」
「現在は問題ありません。健在です。しかし――――」
「……恐ろしいまでの宣戦布告を受けた。その様子だと……皆、同じような印象を持ったようだな…………」
――セフィラの街に到着する直前から、ガラテア軍の強力な特殊部隊にマークされていたという事実。そしてその4人の軍人が…………ただの高圧的に任務をこなす軍人とはわけが違う、話し合いと言った平和的な解決など望めそうもない、闘争に悦びを見出す快楽殺人者の集まりであるという事実。
もはや、同じガラテア軍人でもリオンハルトのような合理主義者が優しく思える、そう錯覚してしまうほどに凶悪な、タガの外れた連中である。目を付けられたのも運が無かったというほかない。唯一の救いは、エンデュラ鉱山都市の一件とは全く別で軍から連絡も受けていないことのみ。
その救いさえも、事と次第によっては直ぐにガラテア軍に伝わってしまいそうな、剃刀の刃の上でバランスを取るようなシビアなものだ。少しでも気取られれば圧倒的に不利になる。
――まずエリーたちは、各々が出会った軍人の特徴の情報交換をした。
セリーナに接してきた女は、妖艶な雰囲気と鋭い殺気以外は不明だが、セリーナに全く気取られずに近付いたり逃げたり出来ること。
テイテツに接してきた男は、太い木を片腕でぶち折ってしまうほどの怪力の持ち主。
グロウに接してきた女は、急所に矢を受けても即死せず再生する不死性と、煙のように消えて移動した謎の機動力。
そして、エリーとガイに接してきた男は……この男だけ妙な明るさがあると言うべきか、どこか飄々とした軽妙さがある、捉えどころのない男だ。今のところ、この男が最も戦力的に不明である。
「――――おお。遅かったじゃあねえか。お仲間も全員揃ってるみてえだなあ……なあ隊長、メラン、改子よ。どうよ? 俺の目に狂いは無かったろ? へへ。」
――戦闘狂の軍人が4人も揃うと、なおのこと凄まじい殺気に気圧されそうになる。攻撃的な『圧』が辺りに張り詰めていた。しかし、そんな『圧』を発しつつも当の本人たちは――――まるで楽しい玩具でも見つけたようにはしゃいでいる。
「おオおゥ!! ライネスよ、でかした!! 俺が出会った、そこの科学者っぽい男は頭は切れそうだが、実力はからっきしだったんで不安だったが――――他の男1人に女2人は、見るからに出来そうだなア!!」
「ええ……♪ やっぱりライネスの見る目は確かねえン♪ そこの黒い長髪のコも……イイ~イ反応と感度してるわよオン…………♪ ねえン、改子?」
「いやいや……ガキの方も捨てたもんじゃあないわよメラン。だってさ――――そいつ、
「おおおおッ!! マジかあ!!」
「やるう~ッ!!」
改子と呼ばれた女の言葉に、俄かに4人は沸き立つ。
「――――そりゃあ、すっげえなあ……いやいや。それでもよお。他の連中が弱くっちゃあいくら治せようが話にならねえ。俺が最初に目エ付けた――――そこのピンクの髪の姉ちゃん。あいつだよ、あいつ。この5人の中で一番ヤバそうな獣を飼ってるのは…………へへへ。ワクワクが止まらねえ――――」
「――――行くわよ。街の人を傷付けるわけにはいかないわ。」
エリーは内心臆する皆を激励する意味も込め、先陣を切って連中の前に並ぶ。
一度互いに向かい合って、その実力を値踏みしたのち――――全員がゆっくりと街の外の森へと歩き出した。
歩きながら、4人が話しかけてくる。
「――ご紹介が遅れたなア。俺はライネス。ライネス=ドラグノンだ。この若草色のヘアカラー、イカしてんだろ? へっへっへ!」
「……これから殺し合うってのに、随分余裕だな、てめえ。俺らを舐めてんのか? 馴れ馴れしい。」
馴れ合うライネスに、ガイは毅然と言い返す。
「オイオイオイオイ~。戦う前からんなキレんなって。もっと楽しもうぜえ~。バトルは生きるか死ぬかを懸けた超楽しい遊びだろ?」
ガイからのピリピリとした殺気に全く怯む様子も無く、むしろ嬉々として馴れ親しもうとするライネス。最初に会った印象通り、死生観も悦楽も生きる目的すらも全て破壊と殺戮に向いていて、常人とはまるで根本的に異なる…………まず相容れない人物たちであることをエリー一行全員が悟った。
「ヤッホ♪ あたしは
「……うう…………ふ、ふざけるな! エリーお姉ちゃんたちは負けやしないよ!!」
ライネス同様、これから生命を懸けた決闘をするというのに、盛り場の
「よお、学者サン。俺はバルザック=クレイド。この4人の隊長ということになっとる。さっき会った通り、あんたには頭脳プレーによるナイスファイトを期待するよ。」
「……そのような展開になりそうですね。」
「――なんだい、なんだい! 他のお仲間さんと違ってあんたは冷静だァなァ!? まるで感情そのものが抜け落ちちまってるかのようだぜ。勿体ねえ。少しは震えあがるなり、怒るなりしてみせてくれや。それとも、既に極度の恐怖で感情がイっちまったのかい? ぬぐふふふふ……その涼しい顔を、五体を引き裂いた痛みの悲鳴で真っ赤に染めるのが愉しみでならねえぜ。」
やはり殺し合う相手にやたらフレンドリーに接してくるバルザック。感情を殺しているテイテツだが、目の前の迫力の体躯の男から向けられる獰猛な殺気に、生存本能的な緊張感ぐらいは張っていた。そして、大木を薙ぎ倒したパワーと気付かれずに
「ウフフフフ……私にはわかるわよン。貴女……女の子を愛しているわね……?」
「!! なっ……ぜ、それを――――」
「フフフ。やっぱり良い反応ねえン❤ 私、感覚的にわかるのよン。ゲイダーって言ってね……性愛の対象が何か。そして性癖。何に悦びを感じるのかをね♪」
「……だったらどうした。これから死ぬ貴様には関係のないことだ……」
セリーナは思わぬ虚を突かれ一瞬驚くが、毅然と突っぱねた。
「私ねン……だあ~いすきなのよン――――アプローチした相手を散々弄くり回して、ココロもカラダもとろっとろになるまで翻弄して――――味わいつくしたら、このナイフで『肉彫刻』にするのがね…………ウフフフフフ――――」
「…………チッ……!」
手入れされている一見は綺麗な銀のミリタリーナイフ。『肉彫刻』なる異常なアートで一体何人の血と肉と脂を切り刻んで弄んで来たのだろうか――――人間の肉体を啜ってきたであろうナイフの赤みがかった刀身とメランの情欲が綯い交ぜになった殺気に、セリーナはやはり怖気が止まらない。堪らず舌打ちをする。
「――へっへっへ……どうやら俺たちが恐くて仕方ねエようだなァ。おい。アンタはどうなんだあ? ピンクの髪のねえさ――――」
――――瞬間、ごおっ、と、火球が軽口を叩くライネスの頬を掠めて飛び、近くの岩を焦がして破壊した。チリチリッと、熱エネルギーの残滓でライネスの髪が少し焦げる。
「――――黙んなさいよ。」
それだけ告げると、エリーは剣呑な表情のまま、火球を放った掌を下ろし、正面を向いて森の奥へと歩き続ける。
最早、一切の聞く耳は持たぬ。準備が整い、戦闘が始まれば後はどちらが首を掻き切られるかだ。戦う覚悟を決めたエリーは、仲間たちの中で最も戦いの精神テンションがMAXでスタンバイの状態だった。
「――ほっほーう……上等、上等。やっぱ俺の目に狂いはなかったぜ。この中じゃあ、アンタが一番ヤベえ――――誰にも渡さねえ。」
ライネスは実に満足げに、なおぎらついた目をエリーに向ける。
「ああん!? んだと、てめえ――――」
「ガイ――――いいから。」
エリーを獲物視されたガイは怒りが一瞬立ち昇るが――――右手を掲げて静かに制するエリーを見て冷静になった。
「――おう……すまねえ……」
冷静になれたのは、愛する恋人が毅然としていただけではない。
いざ事が始まり、成り行きによっては敵よりも余程強大で、恐ろしいのはこれまでの人生で、ガイにとっては全てエリーだったからだ。
ガイはエリーを愛し、エリーもガイを愛している。それは真実だ。
だが生命のやり取りとなると、その真実ですらあっけなく失い、砕け散るかもしれない――――そんな危うさが、常にエリーとガイには付きまとっていた。ガイはこの事実にエリーの安全だけでなく自分自身の身の危険を感じ、恐くて堪らないのだ。
――――そこからは一行は黙したまま、十数分ほど歩き続け、森の深部に入った。全員が一定の距離を取れる開けた空間に立つ。
「なあなあなあなあ! も~うこれだけ歩きゃあ充分だろォ。いい加減おっぱじめようぜ……へへ。」
「…………そうね。みんな、準備はいい?」
エリーが仲間に呼びかけ、全員が首肯する。その場でライネスたちを前に緊張した構えを取る。
――――生の理知を信じて生きる者たちと、死の闘争本能に戯れる者たちとの決闘が始まった――――
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