第109話 奈落転落

「――――君たち『人間』に大した用は無いよ。私のプレッシャーで肉体と精神が固まるうちは……私に触れることすら出来ないのだから。」







「――ぐっ……」



「何っだ……この得体の知れねえ圧は……ッ!!」



「力が……入らん…………」






 エリーたちはそのまま力を入れることすらままならず、這いつくばってしまう。







 まるで――――絶対的な君主を前に跪いてしまう下僕のように…………。







「――お姉ちゃん……み、んな…………あっ――――?」







 謎のプレッシャーで固まる中、女はグロウに近付き――――優しく抱擁した。







 背を抱き、頭をよしよし、と撫でられ…………さながら愛情を傾ける伴侶のようにグロウにだけ優しく接した。






「――――ああ……会いたかった。本当に会いたかったよ、グロウ。私の名前は、アルスリアっていうんだ。もっとも……それはお互いにこの星で『人間』を模して生まれ……生きていくための仮初めの名前に過ぎないけどね――――さあ、一緒に行こう。『養分』のオトコよ。『種子』たるオンナである私は…………君と『創世樹』という結婚式場ブライダルで結ばれる為だけに存在するのだから――――」






「――あっ……あ……!?」







 そのままグロウの手を引いて、アルスリアは戦艦へと――――ガラテア軍へと連れ去ろうとする――――







「――ん?」







 刹那、アルスリアは熱を伴った圧を背後から感じた。







「――――グロウを…………離せ…………ッ!!」







 エリーは、練気の力を限界ギリギリまで開放して、アルスリアの放つ『プレッシャー』に逆らう。僅かではあるが、一歩、また一歩と、アルスリアの手からグロウを奪い返そうと近付く。







「――――これは驚いたな。まさか『鬼』遺伝子混合ユニットも練気を通じて鍛え上げれば、私のプレッシャーにすら抗えるとは。だが――――」







「――――ぐっ!!」







 ――アルスリアは、エリーに対するプレッシャーをさらに強め、完全に拘束する。






「――所詮は『創世樹』を守護する古代種の一部に過ぎない、たかが『鬼』だ。その程度では私に抗う道理は無いよ。ましてや…………仮初めの姉弟関係を結ぶ程度の雑魚に、私たち『つがい』の運命と言える結婚を邪魔する道理など、これっぽっちも存在しないのだからね――――!!」








「く…………あ…………っ」







「お姉……ちゃん…………!!」







 ――当然、グロウもエリーの身を案じるのだが…………この切迫した状況で奇妙な感覚を覚え、戸惑っていた。







(――な……何なんだ…………この人に抱かれていると…………まるで、あったかいベッドで寝ているような安らかな気持ちになるのは……!? この女の人……アルスリア…………を見ていると――――まるで、自分自身とこの人と仲間――――いや、おんなじ存在だったみたいに……恋しい気持ちになる……胸がときめく……一体何なんだ、これ――――)







 ――禍々しいプレッシャーを放ち、冷酷に他を圧倒するアルスリアを前に、本来ならば凍り付くほどに恐ろしいはずなのに、グロウは奇妙な安らぎすら感じていた。







「――――ふむ。このままグロウ……『養分のオトコ』だけを連れて行っても、ダーリンは悲しむばっかりか…………いいだろう。目の上のたん瘤だが、姑と思って、君も連れて行ってあげよう、エリー。もっとも、君に待っているのは本来の務め――――『鬼』遺伝子混合ユニットとしての生物兵器への実験と改造だがね。ははは。」







「――うううう…………!」







 アルスリアは、プレッシャーに加えて、離れたモノを動かすサイコキネシスでエリーを捕縛したまま、戦艦へと連れて行く――――言う間もなく、戦艦へ格納されてしまった。







「――まっ……ちやがれ…………エリーを……かえ…………せ――――」






 今度はガイが抵抗するが――――







「!? ……そ、それ…………は…………ウチの……!?」







 グロウを抱いたまま振り返るアルスリア。懐から取り出したのは、虹色の球体――――







「――そうだよ。タタラ=イロハくん。発信器からの映像を見て、我が軍の技術部によってすぐに研究開発された。勝てない敵と出会った時の、まさにとっておきだね。この転移玉テレポボールは。」







「――んな……ばか……な――――」







「ヴォルフガングお父様は丁寧にも、人数分持たせてくれたよ。君たちを一箇所へではなく、世界中の何処かへバラバラに放逐する為にね――――もっとも、この使い方は勝てない敵に、ではなく……負かした敵へのダメ押しだがね。改造兵たちの、意趣返しだよ――――そらっ。」








「――うわっ!!」


「――こんなことが……」


「――ウチの……発明~……」


「――仕切り直しですか……」







 ――そのまま。いとも簡単に。アルスリアが投げた『ガラテア式転移玉』によって、ガイたちは何処か遠くへと飛ばされてしまった――――







「――エリーッ!! みんな!!」


「――ガイも……4人とも……お、おのれ――――」






 ――殺されてはいないとはいえ、目の前でエリーとグロウは連れ去られ、ガイたちは世界の何処かへ放逐されてしまった。残るカシムとヴィクターは、憤怒と絶望に叩き落とされた。







「――さて。もうじき、我が軍の援軍が到着する。さっきまでの部隊とは違い、皆、重装備だよ。君たちニルヴァ市国の者たちは……一体何時間持ち堪えられるのかね? ――――ははははは――――」







 そう嘲笑って、アルスリアもグロウを抱いて戦艦へ帰っていった。







 同時に、空が敵の増援で真っ黒に埋め尽くされる――――






「――俺たちも、これまでか。カシム――――」




「――そのようだ。ヴィクター。せめて最期には……エリーたちの無事を祈ろう――――」






 2人は、最後の練気を振り絞り、生存率0%の抗戦を行なった。






「――――ヒッズ…………エリー……ガイ……グロウ…………どうやら俺は終わりのようだ。どうか、無事で――――」







 ――――ニルヴァ市国の民と共に戦ってきたタイラーの最期の声は、爆撃音にかき消された――――

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