第108話 妖女のアルカイックスマイル
――――
「――――僕が…………『ダーリン』!? 『つがい』って…………?」
――突然、グロウに対し『ダーリン』と口にした長髪に赤いメッシュを入れたガラテア軍服に身を包む、見た目は20代中ごろの妙齢の美しい女。
だが、その女の醸し出す雰囲気は何か言いようのない…………底知れぬ超常の存在感を漂わせている。
彼女は、グロウと一体どんな関係なのだろうか。
「――へっ!? グロウがダーリン……って? あんた、グロウの恋人とか言うつもり!? いやいやいやいや――――」
「――あの女……一体何を言ってやがる? グロウとは初めて会ったばかりのはず……それもグロウは子供であの女はどう見ても20代そこそこ…………他のガラテア軍改造兵とやら以上にイカれてんのか?」
思ってもみない、目の前のただならぬ気配を発する女の発言に混乱するエリーとガイ。
「――ふうーっ……」
情欲すら伴ってグロウを見つめていた女だが、周囲の視線に気付き、少し昂る感情を抑えて冷静になったようだ。
と、同時に……隣に立つリオンハルトとは比にならぬほどの冷たく禍々しい眼光をエリーたちに突き刺し、不敵なアルカイックスマイルを浮かべる。
「――――ふふふ。想い人を前にしてつい取り乱してしまったよ。この感情の昂り。そして焦がれるような衝動。私の今の肉体と精神もまた……『人間由来』という証か…………全く以て忌々しい。汚らわしい。」
女は、不気味なアルカイックスマイルのまま、そう低い声で呟いた。
「――そこの偉そうな軍人さんは……データベースで見たことあるっス! リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将さんっスね!! ニルヴァ市国へ攻め入ってきて、一体何が望みっスか!!」
イロハは、この中で唯一リオンハルトに直接会うのは初めてだが、たまたまガラテア軍関係のデータを見て知っていた。彼が『冷厳なる獅子(フィアフル・ファング)』の異名を持ち、方々から恐れられている決して油断ならない人物であることも。
「――ふん。諸君らにそれを話す義務などない。だが…………言ったはずだろう、エリー=アナジストン。『今後徹底的に
「――――嘘ッ!?」
「――――やはり。あの時からガラテア軍の目を眩ませることは不可能でしたか…………今、ようやくこの端末で感知しました――――エリーの
――テイテツが告げ、エリーは注意深く自分の首に取り付けてある拘束具を調べた。
首の後ろ、それも普段全く気にも留めないような拘束具の裏側の溝に、砂粒よりも遙かに小さな発信器が取り付けられていた――――傍目には黒い極小の点。汚れか何かにしか視認できない。
「――――くそぉッ!!」
エリーは練気による火炎を首筋に集中して、発信器を破壊した。その発信器も、耐熱性、耐久性ともに並外れたものだったようだ。十数秒燃やし続けて、ようやく溶解し、テイテツの端末の反応から消えた。
「――一体いつから…………まさか――――」
「そうだ。エリー=アナジストン。貴様がエンデュラ鉱山都市にて、私の銃を奪い取ろうとすれ違った瞬間に取り付けさせてもらったよ。おかげで諸君らの動きは全て把握していた。エンデュラ鉱山都市を抜け、森林地帯を進み魔物と交戦したこと。セフィラの街に滞在し、たった今退艦させたバルザック=クレイド曹長ら4人と交戦したこと。セフィラの街にてミラ=ルビネックの看護とタタラ=イロハ親子らの協力で死の淵より生還したこと。金策の為にシャンバリアの街でクリムゾンローズ盗賊団らとの大立ち回りを演じたこと。そしてここニルヴァ市国へと至ったことも――――」
――――これまでのエリーたちの行動は、全て筒抜けであった。テイテツが『逃げられただけでもおかしい。我々は泳がされている』と言った推測は恐ろしいまでに当たっていたのだが、まさか発信器まで取り付けられていたとは――――
「――――
――これまでの行動が筒抜けだったこともそうだが、エリーとの逢瀬も含めてこれまでの遣り取りを全て盗み聞きされていたという事実に、ガイは怒り心頭だ。
「――ふん。好きにし給え。もっとも、出来るなら、の話だがな――――私から話すことは何もない。傷付いた兵たちを診なくては……中将補佐。後はご自由に。」
リオンハルトはそれだけ告げて、踵を返して戦艦に戻ろうとする。
「――てめえ、待ちやが――――ぐっ!?」
――――途端に、傍らの女から発せられる謎の圧…………単なる物理的なものだけではない、精神を圧し潰すようなプレッシャーを感じ、ガイたちはまるで身動きが取れなくなった。
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