第107話 片割れとの邂逅

 ――――それからおよそ30分。





 ライネスたち改造兵たちは練気チャクラによる自己治癒が早く、反射の鋭さで致命傷や四肢を失うようなダメージは何とか避けているので、エリーたちに圧倒されつつもなかなか打ち負かすところまでいかなかった。





 練気を高めた状態で小細工を捨て、格闘戦と連携攻撃に全てを賭けた背水の陣によって、エリーたちを苦しめるとまではいかずともかなり善戦している。






 実際、練気による異能力に頼らずとも4人の格闘能力はエリーたちに引けを取らないものだった。







 鋭い、急所狙いの攻撃を受けても、瞬時に練気を手足やダメージを受けそうな箇所に集中して強力にガードしている。攻撃がまともに当たればほぼ致命傷なのだが、それもなかなかに難しい。







「――ハアッ……ハアッ……ハアッ…………やっぱり、貴女のその知覚鋭敏化の暗示は厄介ねえン…………」







「――心拍がかなり上がり、呼吸も荒いな。練気も乱れてきている。もう終わりか、ガラテア軍人ども!!」







 ――しっかりと練気を身体に纏う訓練を怠らなかった上に、普段から持久力向上の為に鍛錬しているセリーナ。怪我のダメージによって確実に気力体力を削られているメランたちは、いよいよいつ倒れてもおかしくないほどに消耗していた。






「――でやっ!!」





「――ふっ! ――――ならこれでどぉ!?」






 セリーナの大槍の突きを躱しつつ、メランは掌に練気を集中し――――練気の光をセリーナの目元に翳した!! ――――以前の戦いでセリーナに土を付けた上に重傷を負った、知覚への強烈な刺激――――






「――――!!」






 セリーナの全身が、びくっと跳ねたのち震え出す――――







「――――えぇっ!?」



「でやあああッ!!」







 ――しかし、セリーナは意識障害を起こすことなく、そのまま猛然と大槍を振るった。横薙ぎの払いを掠め、驚き反応が遅れたメランは腹部から出血する。






「――ふうーっ……どうやら実戦まで間に合ったみたいだな……練気で脳をガードする技…………まだ少しクラクラするが、まあ何とかなるだろう……」






「――ちゃ、練気で脳への刺激を和らげたのぉ!? そんなことまで出来るようになってたなんて…………すっごい成長ねえん…………いよいよ、私たちも終わりが近いのかしらン――――」







 ――平生ならば、自らの死が迫っていることすら快感を覚えていたはずのメラン。今味わっているのは快感などではなく、圧倒的に不利な戦闘での絶望感であった――――







「――どおりゃあああ!! せいっ!! だらああああッ!!」







 ――――一方、格闘戦となればあらゆる練気使いの能力を模倣コピー出来るライネス……特に、エリーから学習した『鬼』由来の練気を高めての戦力は、エリーやグロウを以てしても迂闊に手が出せないほどに強力である。







 だが――――






「――――あんた、だいぶ疲れて来たわね? 息上がってるし、汗も凄い。何より練気も乱れて来てる。慣れない練気の力を無理矢理連続で使うってのは、かなーり気力体力の消耗が激しいんじゃあないの? パッと見、いっちばん疲れているの、あんたよ?」






「!! ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……う、うるせィ!! まだ勝負はついてねえっ…………さ、最後まで戦うんだァ!!」







 エリーに看破され、動揺するライネス。エリーの言う通り、一番エネルギーの消耗が激しいのはライネスであった。複数の異能力を組み合わせて使う戦法は強力無比だが、その分多大な集中力を必要とした。何より、扱うのが最も難しい『鬼』由来の練気は少し保つだけでもかなりの負担だ。







 ライネスもまた口では強がりを言うが、メラン同様恐怖と絶望に押し潰されそうになっていた――――






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 戦艦ふねのブリッジから戦況を睥睨していたリオンハルトとアルスリア。アルスリアが平生の得体の知れないアルカイックスマイルのまま、ひと息唸る。






「ふうーむ……どうやら限界のようだねえ?」






「――ここまでか…………だが準備は調った。よく頑張った…………」






 リオンハルトは歩み出てコックピットの一端にある通信機を起動し、マイクを取り出した。兵士たちの端末から声が聴こえるだけでなく、戦艦自体のスピーカーからも声を発する。







「――――リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将より各員に告ぐ。総員、一時退艦せよ。繰り返す。総員、一時退艦せよ――――」






 通信機のスイッチを切ったのち、今度はブリッジのクルーたちに告げる。






「――作戦を次のステージへ進行する為、リオンハルト=ヴァン=ゴエティア……及びアルスリア=ヴァン=ゴエティア、出撃する。ハッチを開けろ。」







「――はっ! ハッチ開放!! 速やかにハッチ開放!!」







 傍のコンソールを操作する兵士が復唱し、ただちに出撃用のハッチが開く。







「――ふふふふふ…………いよいよ出るんだね。会えるんだねえ…………彼に。」





「――ふん。」








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「――ムムゥ!? ここまで来て、総員退艦だとォ!?」




 バルザックが驚き、訝る。




「……まだ連中の1人もぶっ殺してない。このまま引き下がれるかアアッ!!」





「あっ! おい、改子ッ!!」






 満身創痍の中、闘争心が先行する改子は『退艦』の命令が受け入れられず、グロウに向け突撃する――――






「――お前はもう疲れ切ってる!! これを受けて…………ここから帰るんだッ!!」







 グロウは瞬時に、ひと際強く、練気を辺りの石つぶてに集中し、一気に撃ち放った!!







(――ちっ……避けられないか――――練気を盾にして、無理やりにでも――――!!)






 ほとんど玉砕覚悟の特攻で飛び出す改子――――







「――――くぅッ…………」





「――――メラン!?」







 その刹那。






 無謀な突撃をした改子の前を遮り――――メランが庇い、楯となって練気を通した石つぶてを全弾、その身で受けた――――






「――――ええっ!?」






 ――敵の意外な行動に、グロウは戸惑った。






 だが……グロウが戸惑ったのは、改子の前で倒れ伏したメランだけではない。







 後方に控える戦艦ふねのハッチから出て来た、異様な雰囲気の女の姿も目に入ったからだ。







 その女――――アルスリアは目の前のグロウを見て、『堪え切れない』と言った風情で激しい情欲を伴い、恍惚とした表情で身体を捩り、両手を顔に当ててこう呟いた。







「――会いたかった…………会いたかったよ……私のダーリン。『つがい』たる我が片割れよ――――」

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