第62話 相手が悪い

 ――――ローズの一斉砲火で様々な攻撃が同時に繰り出され、後衛に下がっていることが多かったとは言え、これまで目立ったダメージを負ってこなかったテイテツが被弾した。身体から煙を上げ、立ち上がれない。





「テイテツ――――待ってて! すぐ――――」


「待て、グロウ! おめえはまだ手の内を見せるな。俺がやる!!」





 ――――身を飛び出しそうになったグロウだが、すぐにガイが声を掛けて制す。





 グロウはそれでも今にも飛び出したい衝動に駆られているが、傍にいるイロハが冷徹にグロウの腕を掴み、止める。





「グロウくん。君の役目はもっとヤバくなった時だけっス! 連中に手の内を見せすぎるとこっちが不利になるっスよ。」




「うう……でも――――」





「大丈夫っス!! 見たところ、傷はまだ浅い方っス。ガイさんを信じるっス!!」






「――あーっはっはっはっはっはっは!! 切れ者な学者肌って感じかい、そのホトケさんはァ!? くく、その程度の砲弾でおっ死ぬなんざ、アタシらの戦果としては物足りな――――」







「――我は癒し手。神に仕えしこの身を通じて、奇蹟の御業をもたらさん。傷付き聖徒は此処に、かく此処に…………我らが兄弟の傷を癒し、生き長らえさせ給え…………ふううううう…………」







 高笑いをするローズをよそに、ガイは精神集中してすぐに回復法術ヒーリングの祝詞を唱えて倒れ伏すテイテツに光る腕をかざした。






「――ぐむ…………むうう…………」






 グロウの『治癒の力』とはまた似て非なる、清浄なる青き輝き――――苦痛に呻き声を上げてはいるが、忽ちテイテツの火傷や裂傷は治っていく。






「……くっ……ありがとうございます…………ガイ。いつも通り白衣の下に防護服を着ていて正解でした。バイザーは壊れてしまったようですが……データの保持には問題ありません。」







 ゆっくりと立ち上がり、割れたバイザーの欠片を捨てる。避けた服の間から、頑丈とはいえ衝撃で繊維がささくれだった防護服が見える。






「――なっなにィーーーッ!? 回復法術ヒーリングに防護服とおおおーーーーッ!?」







 ――ちょっと考えれば回復法術ヒーリングの使い手はともかく、防護服は看破出来そうなものだが……盗賊皇女殿下・ローズ=エヴェルは両手で頭を抱えて露骨に驚いている。舞台演劇の喜劇役者のオーバーアクション時のテンションも霞むほどの間の抜け方である。







「――今の……見えない砲弾は…………恐らく光学迷彩のような技術を施した透明な砲弾。『騙し撃ち』と思われます。この分だと敵は何重ものバリエーションに富んだ武装をしているでしょう。油断は出来ません。」






 砲撃を喰らって、治されたとはいえふらつきながら、テイテツは素顔のこげ茶の目を凝らしてローズを見遣り、攻撃を分析する。ダメージは少し尾を引いているが、何とか戦えそうだ。






「ぬぬぬ……回復役がいるか――――フッ!! なぁんの、それなら……回復させる暇も与えないほど痛めつけてやれば済む話さねッ!!」






 一瞬動揺するローズだったが、パニックまでには至らずすぐに意識を切り換え、次なる攻撃に転じた――――






「とおーっ!! これならどうかァ!?」







 ローズは高く飛び上がり……エリーたち前衛を僅かに飛び越え、猛烈に回転しながら再び一斉砲火。さらに広範囲に複雑に砲撃が飛んでくる!!






「――みんな、避けてッ!!」






 エリーたちは一旦散り散りになって砲撃の嵐を走って躱す。







 さらに広範囲への攻撃。さすがにローズの子分たちも遠くへと下がって避ける――――忽ち、爆風と爆音が無数に辺りに響き渡る。






「――――陣形を崩したねエ!? そぉら、次はアンタだあああーーーッ!!」







 ――何と、ローズは背面に隠していたブースターらしき機構を起動させ、空中を猛然と駆け――――エリーへと瞬きする間もなく間合いを詰める!!







「!! 避けられ――――」


「うらア!! あっついシャワーを浴びなああああああーーーーッ!!」






 ――そう雄叫ぶと同時に――エリーに真正面から砲撃の嵐を浴びせた!! 今度は自爆を防ぐためか、爆弾の類いではなく、弾丸やナイフ、ボルトや鉄釘などの暗器の嵐を浴びせ、エリーを蜂の巣にする――――






「――とどめだあああああ!!」






 充分に距離を取ったところで、とどめに砲撃を一斉射撃――――!! エリーの全身から激しく黒煙が上がる――――







 すかさず身を翻して飛び跳ね、ローズは距離を取ってエリーの方へ向き直る。







「あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!! 今度はさすがに死ん――――のわあッ!?」








 と、ローズが歓喜に浸りかけた瞬間。黒煙から猛烈な勢いで火炎が飛んできた!!







 間一髪、ローズは上半身を後ろに大きく反らして躱した。掠った金の髪の毛がブスブスと黒く焦げる。






「――いっ……今のはぁ…………まさかァ!?」







 常人ならば急接近しての弾丸と暗器の嵐、さらには砲撃で追撃。灰燼の炭くずと化していても何ら不思議ではないほどの威力ある攻撃なのだが――――







「――70%開放…………!! いつもの服でなくて良かったわー……ボロボロになるじゃん。」







 ――重ねて不運なことに、相手はエリー=アナジストンであった。






 一瞬速く開放度を高めていたので、すぐに蜂の巣になった身体を超再生で治癒することが出来た。ただでさえ露出度の高い踊り子姿がさらにボロボロになってしまったが、当然こんな窮した状況の中でエリーに見惚れたり欲情する者などはいなかった。







「――ば……んな馬鹿なあ!? あの攻撃を喰らって生きてるゥ!? 化けモンか、アンタあ…………!?」







 ――さすがに百戦錬磨のはずのローズも驚天動地。子分たちも戦慄する。回復法術ヒーリングや防護服程度ならまだ痒いものだ。まさか相手が生物兵器として生み出された戦いにおいて超人にも等しい力と特異体質を持つ女だとは夢にも思わなかった。






 震え上がり、しばし狼狽するほかない…………。







「……化け物、ね…………よく言われるわ。あんたみたいに派手に暴れまくる敵と戦う時は大抵、ね…………」





 相手が狼狽するのを見て、エリーは少し余裕を取り戻した。加えて、もはや敵と相対して来た時に決まって相手に言われる『化け物』という謗り――――相手がガラテア軍ならば憎悪や怒り、そして悲しみも内心煮えたぎるものだが、それ以外の敵ならば、もう慣れた。






 『化け物』や『悪鬼』と言った非人間的な呼び方に対し、当然己の強さの証明などと錯覚したことはないエリーだが、力で圧倒してしまった相手に戦慄されて言われる言葉としては、かつては悲哀に暮れるのに充分であったがもう諦めの境地だ。






 むしろ、そんな自分と遭遇して何も奪えずに圧倒される相手の方の不運を哀れに思い、肩をすくめて嘆息するのだった。






「――――はい。あんたの砲撃はあたしには一切効かない。どうする? 今すぐ尻尾巻いて逃げちゃった方が良くない~?」







「――ぬぬぬぬぬぬううう…………っ!!」







 予想を遙かに超える相手の得体の知れない強さ。ローズは当然、頭を抱えて苦悩する。







「――ぷふっ……あ、あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!! こんなことぐらい、計算ずくさね!!」








 だが、冷や汗を垂らし、眉根を顰めながらもローズは豪笑し、徐に指をぱちん、と鳴らした。







 すると……何やら重機のような巨大な車でも稼働するような音が辺りに響き渡る…………。






「――まだ奥の手があんのね~……」






 そうそう自分たちの生命や金品など奪われるほどの隙などこちらは作らない。何の悪足搔きか、とエリーは「やれやれ」と首を横に振った。






 だが、ローズの合図で子分たちが重機……正確にはクレーン車のようなものだったが、吊り上げて来たのは――――







「――た、助けてくれい!!」

「なんで私がこんな目にぃ……!!」






「! ……そう来たか~……」






 悲鳴を上げる群衆。どれもこの街において特権階級クラスの富豪と見える。





 その群衆たちは皆、クレーンの先端に括られた網に捕らわれていた。すかさずローズが子分たちと共に銃口を群衆の1人にあてがう。







「――動くんじゃあないよ、化けモンの踊り子ぉぉ…………!! 1秒でも動いたら、こいつらの人生はここでオシャカだ! 要求に従ってもらうよ!! まず――――」






 ――ローズが前衛に出た時点で既に子分たちの別動隊に命じていたのだろうか。きわめて迅速に、富豪が密集する区画から人質を捕らえて来たようだ。






「――ガイ、どうする~?」






「……むう。ちと厄介だが…………あのガラテア軍特殊部隊の糞野郎共にもうやっちまったし、今更な……80%。ほんの一瞬だけなら許すぜ。だが確実にやれよ。」






「あーい……集中していくわね――――ふっ!!」







 察しの通り、ローズが要求を突き付ける間もなく、エリーはほんの一瞬だけ『鬼』の力の開放度を高め――――駆け出した瞬間には、クレーン車の先端部に到達していた。






「――――え。なっ――――」






「そりゃあっ!!」







 即座に開放度を緩めたエリーは、鋭い手刀でクレーン車の先端部を切り裂いた!!






 当然、群衆を捕らえていた網は散り散りに解け、群衆はごろごろと地に落ちる。忽ち悲鳴を上げながら逃げ出していった。







「――ぐっ……!!」






 人質を取って場を制するプランも一瞬にして破られた。一瞬、ローズは動揺と怒気に震えるが――――






「こうなりゃ、やることはひとぉつ――――!!」






 再びローズが指をぱちん、と鳴らす。






 今度は、巨大なコンテナ車のような物が何台も現れた。積み荷には――――







「――うっわ……手が速いわね~…………」






 エリーが啞然とする通りの手早さで…………さらなるクリムゾンローズ盗賊団の別動隊が動いていたようだ。既に積み荷にはこの街の宝物庫や蔵、倉庫などから金目の物を粗方詰め込んであった。






「――あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!! 『報酬よりも生命の方が大事』とはよく言うわよねェーッ…………だが!! 盗賊であるアタシらにとっちゃ、お宝さえ奪えればそれで充~~~分っ!! アンタらとの戦いで少しは時間が稼げたわい!! アンタらをブチのめせないのは癪だけど…………このままトンズラすりゃアタシら、クリムゾンローズ盗賊団の完全勝利さね!! あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!!」







 盗賊のやることに『手際』『仕事』などという呼び名があるかは微妙なところだが、実に迅速かつ的確な手際の良い仕事ぶりで彼女たちはまんまと短時間でこの街から大金を奪って見せた。ローズは俊足でコンテナ車のうちの、ひと際薔薇模様が派手な装飾の車の運転席に乗り込む。







 あとはただ逃げるだけ――――







「さあ! こんなヤバい奴らなんかほっといて、ヅラかるよ、アタシのかわいい息子たちよ!! アタシらクリムゾンローズ盗賊団の音楽をブチ鳴らしながらね!! あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!!」







 ローズは自ら運転席でハンドルを執り、軽快にアクセルを踏む。






 途端に、車の電光装飾部分が光り、けたたましいサイレンが鳴り始めた。現代で言う救急車のようなサイレンと音楽だ。






「――じゃあ行くよーッ!! あーっはっはっはっはっはっはァーーーッ!!」







 だが――――






「…………? あれ?」






 豪快に走り去ってこのまま逃げるのかと思いきや、車は少し進んだだけでまた止まってしまった。






 緊急車両よろしくのサイレンと電飾も、『ぴーぽーぴーぽーぴーぽーーーぴぃぃぃぃぃぃんんんん…………』と、まるでヘタレた男がすすり泣くように情けない音の消え入り方をして、止まってしまった。







「――あ。やっぱそうやって逃げるつもりだったっスね。エリーさんに驚いてるうちに、バッテリー全部ぶっこ抜いておいたから、もうその車で逃げるの無理っスよー? 証拠はほら、ウチの後ろに積んであるっス。」







 ――いつの間にやら、隙を見てイロハはクリムゾンローズ盗賊団のコンテナ車の存在を看破し、どさくさに紛れてバッテリーを全て引き抜いてしまっていた。イロハの後ろにうず高く積まれている。







 もはや、相手が悪いと言う他ない。






 攻撃してもガイの回復法術ヒーリングで治され、勢い込んで必殺の致命傷を与えてもエリーには通じず、さらに自分たち以上に手際の良い、良すぎるぐらいの速さのイロハによって完封されてしまった。グロウの強大な『力』を使うまでもなかった。







「………………」







 『もう駄目だこりゃ』。そんな虚無の顔をしてしばらく宙を仰いだ後…………ローズ=エヴェルは静かに運転席を降りた。子分たちも一様に虚無の表情を浮かべ、ローズのもとに集う。








「――――フッ……やるねぇ、アンタら…………だが、こちとら泣く子も黙る盗人・クリムゾンローズ盗賊団なのさ。今回は特別さ。とっておきを見せてやるよ。」






 そう静かに呟いて、ローズは何やら力を溜めた――――

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