第63話 『取り立て』、再び
――とうとう、予想を遙かに超える強さを持つエリーたち相手に万策尽きたと見える盗賊皇女殿下・ローズ=エヴェル。自らの脚を中心に全身に力を込める……。
「――ふっふっふっふ……いいかいアタシのかわいい息子たちよ…………いつもやってる、アタシらの最終手段をやるよ…………」
そう低い声で、しかし子分たちにしっかりと聴こえるだけの圧を持って、呼びかける。
子分たちもそれに応え、皆一様に脚を中心に力を溜める。
そして、叫ぶ!!
「――――命こそがアタシらの最大のお宝ァ!! 逃げるのさあああああああ!!」
「オオオオオオーーーーッッッ!!」
「――って、やっぱそれか~い……」
ローズをはじめ、クリムゾンローズ盗賊団は――――察しの通り、全速力で街へ突入して来たルートから逆行して逃げ出した!
三十六計逃げるに如かず。とはいえ、あれほどのド派手な荒らし方と強烈なキャラクターを炸裂させておきながら、実に情けない『最後の手段』である。
幸い、シャンバリアの街を荒らされたと言っても、既に襲撃現場から人は遠く離れており、多少建物を破壊された以外は損害はなかった。先ほど哀れにも人質に取られてしまった人々も無事なまま。
むしろ、クリムゾンローズ盗賊団がここまで攻め込むのに要した重機やら車やら使った砲弾やらエリーたちに痛めつけられたことを考えれば、ローズたちの方が少なくとも金銭的には損害を被っているのだった……。
「ぬおおおお!! 退いた、退いた退いたあああああ!! 時機を見てまた来るからねエエエエーーーッ!! 覚えてなよおおおお!!」
タフな盗賊皇女殿下。察しの通り逃げ足も悲しいほどに速い。速過ぎる。どうやら彼女たちは自分の身を最優先に保つため、実は攻撃や侵略よりも逃走に最も力の比重を置いているようだ。
正しいと言えば正しい戦い方である。だが、情けない逃げ方には浪花節すら聴こえてきそうな可笑しみすらあった。
「……ねー。どうする? ガイ……あたしもうなんかやる気失せて来たんだけど~……」
気の抜けた目付きでエリーはガイにかぶりを振る。
「……あ~……気持ちはわかるが……しょうがあるめえ…………」
「やれやれ……そうだよね~……」
エリーは、珍しくガイに代わって大きくひと息、溜め息を吐いた。
「――よおおおおし!! もう少しで出口だあああああ!! あの開けた大穴からみんなで帰るんだああああ!! アタシのかわいい息子たちよ! 続いて脱出を――――」
――――地上への大穴。全力で逃げようとするローズたちだったが――――
「――――!?」
「――あのねえ、あんたら――――」
『鬼』の力の開放度を60%ほどに調節したエリーが、一瞬にしてローズたちの行く手を阻んだ。
「――また来ます、なーんて言って何度もそうそう同じ街を襲えると、本気で思ってんの~? たまにあたしらやガラテア軍みたいなヤッバい連中が来んのに~?」
「え……え…………?」
エリーは踊り子の服がはだけながらも腕組みをして仁王立ち。その『鬼』の
「それに……あんたら、クリムゾンローズ盗賊団、だっけ? 指名手配犯で賞金かかってんでしょ? あたしら、今、めちゃくちゃ困ってんの――――お金に。」
「あ……あっ……」
エリーは徐に、腕組みをした右手の親指と人差し指で輪っかを作り、『お金』のジェスチャーをしてローズの目の前に振って見せる。俄かに、その場の一同の脳裏にレジスター機の金銭の『チャリーン』という音が聴こえてきそうなイメージすら湧いた。
「――つーわけでえ~…………あんたらは全員まとめてボコして、牢獄に突き出してあたしらの軍資金になってもらうわね~。ご愁傷様♪ ――――うらァ!!」
「――――ふぎゃあああああああああああああああーーーーッッッ!!」
――ローズの喧しい悲鳴と同時に、エリーの豪拳が唸った――――
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――そうしてエリーたちは全員でクリムゾンローズ盗賊団を片っ端から叩きのめして昏倒させ、皮肉にもローズたちが逃げる為に用意していた車にバッテリーを積み直した上で彼女たちを捕縛してシャンバリアの冒険者ギルド連盟の屯所まで連れて行った。
全員、致命傷や重篤な障害が残らない程度にとはいえ、エリーをはじめガイ、セリーナ、イロハなどに袋叩きにされた連中は顔面が大きく腫れ上がり、四肢も所々折れてる者もいた。哀れ、涙と鼻水と鼻血を噴きながら、留置場まで運ばれていく。
「――――いやー! 助かりましたよー!! こいつら、クリムゾンローズ盗賊団には我々も散々手を焼いていたんですよー!! 一体このシャンバリアの街だけでもどれほどの金品が盗まれたことか…………これで奴らを尋問して盗んだ宝を何処へ売り捌いたのかも聞き取れるってもんです。ありがとうございました。えーと……貴方達、娼館の人たちで…………?」
その足で警備の者を含め、シャンバリアの街の代表……元締めとでも言うべきか。小太りで初老の着飾った男に感謝の言葉を贈られていた。
ただ、着替える間もなく盗賊団を突き出しに来たので、何か勘違いされている。俄かに踊り子姿のままのエリー、セリーナ、そしてグロウのはだけた艶っぽい肢体を男どもに舐めるように見られる視線を感じ、3人は落ち着かない。
「……俺たちはただの冒険者だよ。こんな格好してんのは……金に困って抜き差しならない状況に陥ってたんでな。娼館とは無関係だぜ、おっさん共。間違っても手エ出すんじゃあねえぞ……触れる前に俺がその指、ぶった切って――――」
「触ったら、腕を明後日の方向に曲げてやるかんねー……?」
「それ以上近付くなよ。二度とその卑猥な目で女を見つめられなくなるように目玉を潰すぞ。」
「ええっと……取り敢えず、触られるの、やだ…………触ったら、うーん……なんか、するから。」
3人の美女――――もとい、武闘派の猛女2人と謎の美少年が、男どもを敢然と威圧する。
「――ってえわけだ。間違ってもエリーたちに触れんじゃあねえぞ? ボコボコにした盗賊団の比じゃねえ激痛をお見舞いするぜ……エリーたちが、な。」
咄嗟にリーダーとして、男として元締めと取り巻きの男衆に凄むつもりのガイだったが、予想以上にエリーたちが殺気立っているので逆に冷静になった。戦闘の直後でやや頭に血が上っているのかもしれない……。
「おお恐ッ…………そ、そうでしたか。冒険者……これは失礼…………お前たち、この人たちに触れるんじゃあないぞ! その、街を救った英雄だから、ね。へへへへへ……」
元締めは竦み上がり、取り巻きたちに自重を命じる。もし相手が立場の弱い娼婦たちだったのなら、擦り寄って懐柔し、自分たちの都合のいい様に取り込もうとでもしたのかもしれない。実に浅ましい我欲にまみれていると見える。
「――さ、さあ! ギルド連盟の規約に従い、貴方がたにこの悪名高いクリムゾンローズ盗賊団の賞金を進呈致します! どうぞ、お受け取りを……」
「おう、当然だな。まさか、一番当たる可能性が低いと思ってたプランにありつけるたあな……」
――実は、エリー一行はこのシャンバリアの街でアルバイトを始める前に、イロハとテイテツからこんな稼ぎ方も提案されていた――――
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「――じゃあ、方法その4~!! これは、ある意味エリーさんたち向けっスけど、出会う確率がどうも低くてっスねえ――――実はここシャンバリアの街は、見ての通り大量の金品が蠢く場所っス。そこをつけねらう強盗とかの類いも、1つや2つどころじゃあないっス! 当然、賊の中には指名手配されてる奴とかもいるっス!」
「出会う確率は低いですが、ゼロとも言い切れません。賊と言わず、犯罪者の類いが潜伏している可能性も大いにあり、何らかの事件を引き起こすかもしれません。そこを取り押さえられれば……存外に高い報酬をこの街の代表に要求できるかと。」
イロハとテイテツが提案した、金を稼ぐ方法その4。
「盗賊退治かあ……むしろ、これがあたしらにとっていっちばんやりやすい方法じゃね!?」
「無茶言うんじゃあねえ~。確かに俺ら向けだが、この街も警備ぐれえ機能してるはずだ。いくら盗賊が襲いに来るったって、そんな都合よく現れるかよ。この方法その4は……はじめっから狙うんじゃあなくて、もし遭遇したらラッキーぐらいに思っとけ。」
「そうだよ、エリーお姉ちゃん。悪い人に襲われたらこの街の人がかわいそう。襲われるのに期待するなんて、良くないよ。」
「うむうむむ……それもそっか~……」
可能性の低い賭けに、当初は消極的だった一行。
だが、次のセリーナの何気ない発言もあったからか、ショーを催した後でもすぐに行動に移れたのかもしれない。
「――だが……もし本当に賊と出くわしたのなら…………私たちは賊共を打倒して捕まえて報酬が得られる。この街の人たちは脅威がひとつ減って一安心。つまり、もし事が起これば利害が一致したwinーwinな可能性もあるということだな。事が起こるのを祈るわけじゃあないが、万が一そうなったら、金はともかく、全力で賊から街を守ろう。そうだな?」
「おう」
「もっちろ~ん」
まさか、現実に起こるとまで思っていなかったガイとエリーは当初、気楽に受け取っていた。
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「――まさか、マジに盗賊が来るたあな……ラッキーなのかツいてねえのか、認識に困るトコだな……」
現に、ガイの目の前のテーブルには、大金が納められた麻袋がどっしりと置かれている。
街が襲われ、危険に晒された人々を思えば諸手を上げて成功、と言うわけにもいかないが、ひとまず安堵し、ガイは麻袋の中のお金を数える。
「ふーむ……ひい、ふう、みい、よお……500万はあるぜ……! やったな、おめえら!!」
「何とか返済か。ふう……」
「やったー! 借金がチャラ~!!」
賞金首の報酬、500万ジルド以上もの大金を手にし、喜びと安堵に沸き立つ一行。これまでの稼ぎと劇場でのギャラを足せば、借金は完済出来る見込みだ!!
「……どれどれ~……? ウチにも確認させてもらうっスね~……」
「私も手伝います」
商売気質のイロハ。もう一度念入りに、しかし手早く報酬を確認する。テイテツも何やら傍に立ち、端末のキーを弾く。
一頻りお金を数えたのち、イロハはパッと笑顔になり、傍らの壁に貼られている賞金首の手配書を見遣る。
「ウム!! ――ぜんっぜん足りてないっス。」
「そのようですね。」
「「「「――えっ!?」」」」
イロハとテイテツ以外の一行が異口同音に驚きの声を発する。
街の代表にも動揺が見られる。
「――な、何をおっしゃいますやら…………ちゃんと手配書通りの金額ですぞ? 『盗賊皇女・ローズ=エヴェル』賞金500万ジルド、と……」
代表が引き攣った笑顔で反論するが――――
「ふーん。そうっスか。二重表記とは、ウチに負けず劣らずケチ臭い真似するっスねえ――」
言うや否や、イロハは壁の手配書を引き剝がした!
――手配書を剥がすと、さらにもう1枚手配書。ローズの顔が印刷された手配書があった。賞金額は『750万ジルド』とある――――
「――あっ!?」
「偽の手配書を重ね貼りしていたか。この守銭奴め……」
エリーが驚き、セリーナは一層険しく代表の男を睨みつける。
「――すっ、すみませんでした!! つ、つい古い手配書を『手違い』で重ね貼りしておりました!! すぐに本来の金を――――」
「払う気、無いっスよね? だって、公式の冒険者ギルドのサイトには『1200万ジルド』って書いてあるっスよ?」
イロハは、素早く携帯端末の画面を代表の眼前に突き付ける。
代表は、滝のように脂汗を流しながら釈明する。
「――さ、サイトのチェックと更新を怠っておりました…………1200万払いますから勘弁を――――」
「――ハイ、そのサイトもダミーサイトっスよね? ここ、シャンバリアの街の中で検索した時だけ、あらゆる公式サイトに似せた偽情報がわんさか表示されるように細工されてるっス。そうスよね、テイテツさん?」
「はい。ダミーサイトは約六重ものコードで公式サイトの正しい情報が閲覧出来ないように細工されていました。全てハッキングして突破しましたので、今現在は正しく閲覧出来ます。本来のローズ=エヴェルの賞金額は『2000万ジルド』で間違いありません。」
「――あ……あ…………馬鹿な――――」
狼狽する代表。だが、イロハは『ここからが本尊』とばかりに、にひひ、と笑顔のまま詰め寄る。
「さーて……どうしてくれたモンっスかねえ……まずギルド連盟の規約の第4項目。『手配書の偽造、および賞金額の多重表記を行なった場合、罰としてそれぞれ偽造をした回数プラス金額の表記した回数分、原価の倍のお金を賞金首を捕らえて賞金を受け取る資格のある者に支払うこと』。これが1つ目。2つ目は規約の6項目。『私的営利の為にギルド連盟に関するサイトを偽装した場合、懲役30年、または3000万ジルドの罰金を同じく賞金を受け取る資格ある者に支払うこと』。履行できない場合は速やかにギルド連盟に出頭し処罰を受けること。」
「あ、あががっががが――――」
「それが大前提で、ここからは取引っス。他にもこの街の手配書やギルド連盟に係わる書類やダミーサイトの偽情報が64箇所も見つかってるっス。これ、本来は弁護の余地も無い重罪で、ギルド連盟に知れたら即・極刑っスからね? それを避けるために、ウチとの間に特別な便宜を図る為に契約をしてもらうっス。あ、この場合拒否権はまず無いっス。端末のキーひとつでギルド連盟に連絡行くッスから。まずは定期的にウチの私設銀行口座――――」
「――あ~……イロハ、取り敢えず、あたしら着替えて例の酒場で待ってるかんね~……終わったら合流ってことで……」
「了解っス! 先行っててくださいッス」
――――それからたっぷり2時間。イロハは法に基づいた便宜と言う名の『取り立て』がガトリング砲射撃の如く怒涛さでシャンバリアの街の代表…………否。もし罪の全てが白日の下に晒されれば、クリムゾンローズ盗賊団の罪状がかわいく思えるほどの不当な工作を繰り返してきたペテン師である目の前の男を撃ち抜いていった。理詰めの論証と必要なデータ提示という正論パンチにはテイテツも全面協力した。
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