第64話 不義への反省

「――あ、イロハ。おかえりー……って、すっげえデカさね、その袋……」





 中間会議の時にも立ち寄った街の片隅の酒場で、いつもの冒険家の格好に着替え直したエリーたちは、帰ってきたイロハを見て驚いた。最初に代表から渡されかけたお金の入った麻袋とは比較にならぬほどの大きさの麻袋を、それも何袋も担いでいる。テイテツも荷物持ちに協力していた。





「……その様子だと、えげつねえまでに搾り取って来たみてえだな…………」





「結局、いくら稼げたんだ? 私たちは……?」






「――にひひひひ~。まあまあ……順を追って話すっスね~! どっこいしょ!」





 イロハとテイテツは大量の荷物をエリーたちのラウンドテーブルに囲むように置き、グロウが差し出したグラスの水をイロハはイッキ飲みし、ぷっはあ~……とひと息ついたのち、説明し出した。







「まず……最初にウチらが7日間のアルバイトで稼いだお金が、占めて129万4500ジルド。その後に貸し劇場で催したショーで稼いだお金がチケット代とおひねり…………あとなんか知んないスけど、1人『あんたらの素晴らしい少年美の芸術にひとまず最大限の賛辞と応援をしたい!!』って、やたら恐いくらいテンション高いおっちゃんが融資してくれて……ショー関連で480万ジルドも貰えたっス。ちょっと想定以上っスねえ。次に――――」





「な、何? ちょっと待て。その時点でもう借金の目標額である600万を突破してるじゃあないか…………」






「……ありゃ? そうだっけ、セリーナ?」





「おめえ、ホント暗算駄目だな……これはどういうこった、イロハ?」





「『ショーの稼ぎでは全然足りないから、盗賊や街の者からも火事場泥棒する』とか言っていたはずだよな……?」






 片肘ついた掌に顎を乗せ、さらっとイロハはこう答えた。






「ああ。そりゃあ嘘っス。」





「な!? んなあっさりとおめえ……」




「何故、嘘など吐いた?」







「クリムゾンローズ盗賊団と確実に戦ってもらう為っス。ハッパかけただけっス。まあ、エリーさんたちの正義感を視ればその心配も無かったっスけどね……あ、姉さーん。ソーダ水貰うっスねー」







「ええっ!? そんなことの為に、僕らに、そんな平然と嘘、ついたの……?」






「――その口ぶりで、盗賊団が強襲してきた時の疑念が確信に変わりました――――クリムゾンローズ盗賊団をあのタイミングでこの街にけしかけたのは、イロハ。貴女ですね。」






「「「「――――なっ!?」」」」






「――さすがテイテツさん、ご明察っス~。元ガラテア帝国随一の頭脳は伊達じゃあないっスねえ。さっきの代表との『取引』のアシストっぷりも惚れ惚れしたっス~!」






 ――衝撃の真実に、皆驚きを隠せない。当のイロハはリラックスしてすました顔のままだが…………。





「ちょっとちょっと!! この街が危険に晒されるのを承知の上で、あいつら呼び寄せたっての!? イロハちゃんが!? 自ら!?」






「――確かに呼んだッス。この端末で奴らに侵入ルートを、ポチっと。リーク。でも誤解しないで欲しいっス!! 一見、この街の穴を突いた侵入ルートに見えるっスけど、これでもいっちばん建物とか人とかの被害が出ないポイント指定したんスよ?」





「おい!? じゃあ、あの……奴らに重機で吊るされてた人たちは!? 人質だったんじゃあ――――」






「ウチが金で雇ったっス。エリーさんたちほどの手練れなら誰一人傷付けずに助けられるって解り切ってたッスからね。ホントなら雇わずにマジで人質取らせても問題なかったトコっスよ? でもさっすがに人道的に悪すぎるんで、事前に『クリムゾンローズ盗賊団に一泡吹かせてやりたい!!』って人たちにエキストラを依頼したっス! ちなみに、あの人たち全員百戦錬磨の傭兵とか冒険者の皆さんっスよ? 盗賊団……ローズの言う『かわいい息子たち』にも何人か潜入して混ざってもらって、こっちの都合の良い様に操ったっス。あ、壊した建物とかは既に修繕費を土地の権利者に渡しておいたっス。」





「――やはりそうでしたか……道理でこちらの都合の良い様に事が運び過ぎていると思いました。最低限の安全と弁償は補償と保証し切っていたとはいえ、あのタイミングで盗賊団が来たり、また賊たちをスムーズに捕らえ、街の代表に大金をせしめるのは……イロハ。貴女の意志が関与していると推理していました。こうやって話を聴けて、線が一本に繋がった。イロハ……貴女は、初めから私たちに借金の取り立てなどする気は無かったのですね?」






「な、何!?」

「ちょっとちょっとタンマタンマタンマ」

「まだ図り事があるのか……?」

「イロハ……」






 ――エリーたちの予想を遙かに超えた、イロハの策略に、皆一様に困惑が広がるのみ。驚天動地はまさにこのこと。ただ1人、テイテツだけが違和感に気付いていたようだ。







「――ありゃりゃ! そこまでバレちまってたっスか? こりゃあ、一手取られたッスねえ、テイテツさん! 恥ずいから出来れば気付かないで欲しかったっスけど……」







「――ええ。イロハは、最初から……恐らく、私たちをガラテア軍特殊部隊4人から救った辺りから、この計画を始めていたのです。私たちを『借金の取り立て』と称して取り込み、クリムゾンローズ盗賊団との彼我戦力差を完全に見切ったところで実行に移した。私たち……特にエリーの圧倒的な強さがあれば、ほぼ無傷で盗賊団を圧倒出来る。そして、事前にシャンバリアの街の代表の不正や政治腐敗にも気付いていた貴女は、『取引』の為のネタを可能な限り集め、ローズ=エヴェルの賞金を出し渋るというところまで看破した上で、最高のタイミングで大金をせしめるに至った……初めから勝利と成功を確信していたわけです。商売に絡めた知略としては……見事というほかありません。」






「……ま、ま。アルバイトが予想以上に上手くいってたとか、親父の離脱とか、ショーの特別融資とか……イレギュラーは結構重なったっスけどね。全部上手くいって良かったっス! それで、結局どんだけ稼げたかっスけどねえ――――」






「…………」

「…………」

「…………」

「…………イロハ。」




「――はい?」






 全員を完全に出し抜いたイロハの知略に、一同は皆、あんぐりと口を開けて驚く他なかった。






 ただ一人――――ガイを除いては。







 ガイは突然――――テーブルを両の掌で強く叩いた。






「――うわッ!? …………が、ガイさん…………?」






 皆が呆気に取られる中、ガイだけは、毅然とした厳しい顔つきでイロハに語り掛けた。







「――――知恵比べで、策略で、俺たちを……テイテツすらも欺いて最高の結果を叩き出した。その頭脳と勝負根性は認めるぜ。最高だ。俺たち『仲間』の中で誰よりもな。だがな! おめえは人の思考を読んで欺くばかりで…………『信頼』を侮辱していることに気付いてねエ。」






 ガイは、一旦乗り出した身体を戻して座り、腕組みをしてなおも毅然とした態度でイロハを見つめる。






「『敵を欺くにはまず味方から』。よく聞く言葉だ。なるほど、おめえの策の蓋を開けりゃあ、それを痛感するぜ。けどな……その為に一体何人の人の信頼が揺らいだ? 一体何人の人の心を操り、不安に陥れた? 俺らだけでなく、セフィラの街で世話になった人たちやこのシャンバリアの街の人たちにもな。そこまでしなきゃならねえほど俺ら、そんなに信用ならねエのか? 盗賊団をとっちめて荒稼ぎしてみせる、そんなもん、最初から俺らに話してくれれば、納得させてくれればひと暴れでもふた暴れでも喜んでしてやれんのによ…………」






「――――!!」






 ――イロハは、ガイに諭されるこの時まで理解していなかった。






 商売ならば、時には他人を欺き、策を巡らすことも必定だろう。






 だが、それは関わってくれている多くの人との信頼関係あってのものだ。







 自分の利益の為に、何も告げず、真実を語らず、人の心と行動を操ってしまう――――それは商売気質というものを超えて、悪徳というものに他ならなかった。







「――――そのツラ見てると、ようやくちっとは気付いたみてえだな。やっぱおめえは賢い奴だよ。だが…………おめえが人の心の痛みを考えずに冷酷に事を進める商売人になっちまったとしたら…………そりゃあ、おめえが否定したガラテア軍と同じようなモンになっちまうんじゃあねえのか? おめえ、自分で言ってたじゃあねえか。」






「………………」






「『ガラテア軍みてえな、心の無い連中とは商売しねえ』と。自分でその流儀を捻じ曲げちまってどうすんだよ?」





「ガイ……」


「ガイ。もういいじゃん。ほら、こうしてみんな助かってるし、お金も手に入ったし……そ、そーんな女の子を責めないでも――――」





「――いや、駄目だ。」






 イロハを叱るガイにグロウとエリーがフォローしようとしたが、今度はセリーナが語る。







「確かに、目的はほぼ達成された。皆生きているし、その様子だとかなりの成果を上げられたんだろう。だが、その為に私たちは無理矢理、良心の呵責に苦しみながら戦わされたんだ。本当は私たちまで騙す必要はなかったのに、無断で、な。これは単なる結果論だけで片付けていい話じゃあない。そして、想定内だったとはいえ、テイテツが戦いで傷んだ。」





「それは確かに事実ですね」

「………………」







 既に目元に掛けるバイザーを新調し、傷もほぼ治ったとはいえ…………確かにエリー一行は望まぬ戦いを強いられた。そしてテイテツは負傷したのだ。どんなにこれが安全策のもとで行なわれた計画だったとしても、一歩間違えれば取り返しのつかないほど心も体も傷付いていたかもしれない。それも、誰一人納得のいかないまま。






 それは、下手をすれば力と成果だけを良しとするガラテア軍の悪徳と、あまり変わらないものなのかもしれない――――賢いイロハは、賢過ぎるがゆえに他人の気持ちを軽視し、都合の良い様に操ろうとした自らの浅はかさにようやく気付けた。






「――――ごめんなさいっス。皆さんを仲間と思いながら……甘えてたみたいっス。ウチ、結果ばっか見てて、皆さんの気持ちを考えれてなかったっス。本当に、申し訳ありませんでした。」






 イロハは一度立ち上がり、深々と頭を下げ、皆に謝った。その顔には、確かに反省と罪悪の念が浮かび上がっている。






 イロハなりに、大事な事を学べたように見えた――――そう感じ取ったガイは、表情を緩めて、温かく声を掛けた。







「――わかってくれたんなら、いいぜ。ただし、これからはなんか悪だくみすんなら……俺らも最初から混ぜろよ? その方が楽しいじゃあねえか?」





「! が、ガイさん…………」






 もっと厳しく、険しく叱られると思っていたイロハは驚き、顔を上げる。







「……みんな、怒鳴って悪かったよ。だが、こういうことはちゃんと伝えなくっちゃあならねえ。一緒に行動する、仲間なら、な。」






「う……はーい。あたし、いっつもガイに叱られてるから、特に気を付けまーす……」






「エリー。――こういう情況に乗じて、点数稼いでんじゃあねえ。この~!」



「うにゅにゅにゅにゅ~!! ぎょ、ぎょめんんってえ~……!」




 場を和やかにするためか、ガイもエリーも大袈裟にじゃれつく。エリーの両頬を手でつねり、アイアンクローを喰らわせる。




「――あはは!」


「――ふっ……まあ、このくらいで充分か。悪だくみなら、私も最初から混ぜろ。いいな、イロハ?」


「僕もー!!」



 グロウが笑い出し、つられてセリーナも表情を緩めて温かな声を掛ける。



「これから冒険者として同行し、ガラテア軍とも渡り合うには、イロハ。貴女の知恵も技術も必要不可欠と見ています。それはこれまでの策略で認識を大きく改めるほどの高評価です。人を欺く悪だくみも、決して害悪だけをもたらすものではありません。計画を立てるなら、是非私をはじめ、全員との情報と意識の共有を提案します。」





 人間の心の機微に疎いはずのテイテツも、心なしか温かな気持ちを込めて、しかし理路整然と皆の想いを代弁しているように感じられるイロハだった。




「――――ハイっス!! 改めて、これからもよろしくっス、皆さん!!」




 ――イロハは、殊更その輝かんばかりの笑顔を向けて、話を続けた。

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