第56話 仕事はつらいぜ 得難いぜ

 ――――それからエリー一行はここシャンバリアを駆けずり回り、資金稼ぎに奔走した。




 まずエリーの場合。エリーは『鬼』の力からなる怪力があるので、作業着に身を纏い土木作業や運送業など力仕事をこなすのはお手の物だった。





「――よいしょっ! ……っこらしょーっ!! 酒樽の数、これで全部よねー?」






「おおっ……姉ちゃん、あんたすっげえな……あれだけの重さの酒樽を全部、もうトラックに運び切ったってのか!? すっげえタフだな……」




「へへへっ。そう?」





 現場で叩き上げられたガテン系の屈強な作業員たちも、エリーの怪力には目を見張るばかりだった。





「OK! ここはもういいぜ。次は東地区のスペース拡大の為の突貫工事だ! 機材やスコップでひたすら穴掘るからな。安全には気を付けてやれよー!!」





「よっしゃ!! りょうかーい!!」






 肉体労働者の中の荒くれたちに混ざって作業しているが、エリーのあけすけな気質と態度は現場の者たちには好意的に受け取られたようだ。現場に華を添えられたような気分にでもなっているのか、荒くれたちもどこか笑顔混じりで優しい。







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「…………」

「…………」






 一方、ガイとセリーナは己の武道の心得を活かし、金品の保管所の警備や要人警護の仕事を受けていた。2人共特に有事でない時は、ただただ持ち場で棒立ちになって険しい顔で黙っている。







「なあ……あんたら、冒険者だろ……? なあんでこんなとこで警備のバイトやってんだあ?」






 年配の警備員が、あまりに2人が無愛想なので時たま声をかけてくる。






「……色々と込み入った事情があってな……すぐに金が必要なんだ。ここ、シャンバリアなら金になる仕事が沢山あるって聞いてな……」





「……込み入った事情? 借金でもしてんのか?」






「う、そりゃあ――」





「……似たようなものだが、あまり詮索しないでくれると助かるんだが。」






「そっか。すまねえ、姉ちゃん…………」






「…………」

「…………」






 警備員の仕事とは、有事に悪漢を撃退するよりも大抵の場合、ただただ持ち場で立ち尽くしていることがほとんどだ。ただでさえアクションの頻度の少ない仕事。エリーのようにじっとしているのが苦手な者には難しいが……かと言って何もせず棒立ちの2人は元々の無愛想さが出て、つい押し黙ってしまうのだった。







 一緒に仕事をしている年配の警備員が、どこか遠慮がちにおずおずと2人につい話しかけてしまう。






「……その……踏み入ったこと聞くけどよお――――そんなんで、上手くいってんのか? その、カップルとしてデートとか――――」







「必要ねえ」


「必要ないな」





「――そ、そうかあ…………若えのに随分しみったれてるっつうか……かわいげのねえ恋人同士だなあ。ここはせっかくのカジノ都市なんだ。若えうちに遊びに行けよ。」







「違うぜ」

「恋人じゃあないな」






「……じゃ、なんで2人して行動共にしてんの…………」








 カジノ都市に身を置きながらも至って平々凡々と生きて来たと見える年配の警備員からすれば、まだ若さの盛りである男女が行動を共にしていて、何故ここまで愛想もなしにいられるのか不思議でならなかった。せめて世間話とか冗談交じりで口説いたりとかしないのか、他に恋人がいるのなら恋バナでもしないのか、などと年寄りの冷や水かもしれないが余計な心配をしてしまう。






「――おい、バイトの2人。どちらかが交代だ。今から上客が北地区まで移動するから、身辺警護に移って欲しい。どっちが行く?」






 管理職と見られる男が片方の交代を促す。上客の身辺警護も仕事のうちだ。






「私が行こう」




「そうか。頼むぜ。セリーナなら……上客の身辺警護SPをしててやりやすいだろうし、な……」






「……? どういう意味だ?」





「いや……言葉通りの意味だよ。何だかんだでおめえは頼り甲斐がある。気ぃ付けて、な」






「そうか……じゃあ行ってくる。持ち場を頼むぞ」






 そう言い残してセリーナは上客のもとへ去っていった。





 持ち場に残った年配の警備員が、どこか名残惜しい、と言った面持ちでガイに声をかけてくる。





「……兄ちゃん……もっと言ってやってもいいんじゃあねえの?」






「? 何をだ?」






「さっき姉ちゃんに言いかけてたじゃあねえか。『おめえは美人だから上客もきっと気に入って取り入りやすくなるだろうぜ』ぐらい言ってやれば……姉ちゃんも気を良くして笑顔のひとつも見せただろうによオ」






「ああ……あいつはあんまお世辞に乗るタイプじゃあねえからな……何より、俺にはエリー……いや、彼女がいるからな。」







「いや……彼女がいるのはわかったけどよお……なんつーか…………もうちょい、女には気遣いの言葉、かけてやんなよ…………その本命の彼女も、兄ちゃんの気付かないトコできっとがっかりしてるぜ。」






「……? そうか? 俺ら、結構上手くいってる方だと思うんだけどなあ……」








 ――エリーとは子供時代からの付き合いだが、確かな恋愛感情で結ばれていても、ガイは時々エリーの女心を察するに鈍だ。それはガイが比較的硬派な漢であることもあるが、冒険者として抜き差しならない情況で10年以上生きてきて、女性相手のコミュニケーションやリップサービスと言った労い、慰めの精神にどこか欠けていた。恋人は在れどもある種の朴念仁なのかもしれない。







 それなりに酸いも甘いも噛みしめて来た年配の警備員が、ひと息大きく溜め息を吐いて言う。







「…………これからはもうちょい、女には優しい言葉をかけてやんなよ。愛情ってなァ、触れ合いだけじゃあねエ。こまめに言葉をかけてやるのも大事なんだよ…………花に水をやるように、な。覚えとけ、若い衆。」







「…………ああん?」







 ピンとこないガイはひと声唸って、首を傾げるばかりだった。







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 また一方。グロウはイロハの勧め通り、病院にいた。







 とは言え、みだりにグロウの治癒の力を使えば異端視されるかもしれないし、連続で使い続ければ気力が持たない。なので敢えて傷病人の治療などではなく、病棟というよりは身体が不自由な障害者や年寄り、幼い子供など身体的弱者のヘルパーのようなアルバイトに申し込んだ。






「――はい。お茶だよお婆さん。熱いから気を付けて飲んでね。」






「おお、ありがとうねえ……全く、こんなかわいい子がヘルパーさんで来てくれるなんてねえ。わたしゃ、孫が出来たみたいで嬉しいわ…………この街はごみごみして落ち着かないけど私の故郷の方はもっとねえ――――」






 お茶を汲んで老婆に渡し、年寄りにありがちな長ったらしい昔話が始まるが、優しいグロウは嫌な顔ひとつせず「うんうん、そうだよね」と相槌を打って話を聴いてあげている。







「今日来たばっかの坊主。悪りぃが、そこのテーブルまで……俺に肩貸してくんねえか。全く、いつもの看護の若造らは威張るだけで能無しだぜ。俺の杖も折っちまうしよお……」






「あっ、待ってね。今行く……」






 かつてはガラテア軍人、とは言っても地方に勤務するほど外様扱いされた上に片足を戦火で失った末に退役したという男が、悪態を吐きつつもグロウに肩を借りる。






「……その無くした右脚…………痛むの?」






「……ああ。たま~に調子が悪いと、な……まるで脚があるかのように痛むんだ。その度に……脚を敵に吹っ飛ばされた時の記憶がちらついちまってな…………時々やり切れなくなっちまうんだよ……」






「――つらい、ね…………治してあげ…………たら良いのになあ……」






 肩を貸して元軍人の歩行補助をしつつ、思わず失った彼の脚に手を触れて治癒の力を使いそうになったが…………一瞬歯を食いしばるような想いをして思いとどまった。







 如何にグロウの治癒の力が強力でも、これまで四肢を失った人間まで治し切れたことはない。試してみれば出来るのかもしれないが、それはどんな結果や効能になるか未だにブラックボックスの中。もしやり方を間違えれば却って彼に苦痛や苦悩を味わわせてしまうかもしれない。そして何より、前述の通りグロウの力を異端視して悪目立ちするとどう他人に利用されるかわからない。







 グロウは自分の力を過信してはならぬ、と断腸の思いで手をどけた。そしてどけたその手を男を支えるのに使った。







(――ごめんね、おじさん…………でも、そっか。僕、力に頼り過ぎなくても人の助けになれるんだ…………)








 ――神がかった謎の能力などに頼らなくても、自分には……人間として生まれたのではないにせよ、人間と同じ2本の腕と2本の脚がしっかりとある。それで出来ることがきっとあるはず。








 グロウは、自分の能力ゆえに苦悩し、不安に陥ることも多いが、そういった仁の心でこの世界を生きる術もあるのではないか。そう思い始めるのだった。






「……? なんでぃ、泣きそうなツラしやがって……良いってことよ! この街の住人の多くはろくでなし共ばかりだが、時には坊主みてえな良い奴も来る。片脚が無かろうが、そういう奴さえいてくれればナンボか救われた気持ちにならあ。何の事情でこんな街に来て病院で働こうってのかは知らねえが、おめえは見上げた子供だよ……よっ、と……ありがとな。」







 テーブルの椅子に腰掛けた男は、脚を欠損した苦悩や苦痛から来る闇を感じさせぬ屈託のない笑みをグロウに向けてくれた。じきに他の看護師が食事とお菓子を運んでくる。彼はそれが楽しみなようだ。







「――お兄ちゃーん!! 来て来てー!!」



「あそぼー!! お絵描きしたいー!!」






「わっ……はは……はいはい! すぐ行くよ!」







 今度は幼い子供の甲高い声で呼び出された。大声に驚きつつも、子供たちの遊び場に駆け寄る。







「はい、お待たせ! 何描こっか?」






「怪獣! 怪獣描きたい!! がおーっ!!」






「あたちはお日様と……んっとねえ……おにぎり!! おにぎり描くー!!」






「わあ~!! かっこいいね、それ!! おにぎり美味しいよね。一緒に描こう!! …………ん?」






 目の前の子供たちに気を取られかけたが、よく見ると、遊び場の隅っこで、カーテンにくるまりながら指を咥えてじいーっとグロウを見ている男の子がいる。







 気になったグロウは、ある程度元気な子供の相手をしたのち、すぐに隅っこでじっとしている男の子に声をかけた。







「――どうしたの? 一緒に遊ばないの?」






「……遊びたい……でも、遊ばない。」








 寂しい表情。眉も八の字にして顔も俯いている。







「……どうして、遊ばないの?」







「…………あのね……ぼくねえ……父さんと母さん待ってるの。」







「……父さんと母さん…………?」







「待ってるの。待ってるけど、全然来てくれないの…………いつか、おかねをいっぱい貯めたら迎えに来るね、って言ったはずなのに…………かじの? から……帰ってこないの。」








「――――!!」







 父と母。






 グロウ自身これまであまり意識してこなかったことだが、自分も両親と呼べる者がいない。もっと言えば、エリーにもガイにもテイテツにもセリーナにもいない。辛うじて片親だけいるのがイロハだけだ。







 エリーやガイに面と向かって親の存在のことを聞いたこともなかったグロウだが…………目の前の、遊興に溺れ我を忘れたせいか、抜き差しならない情況になって帰ってこれないのか、はたまた、息子を捨てて何処かへ逃げ出してしまったのか。そんな悲しみと寂しさを抱えて生きるみなしごの存在を見て、グロウ自身初めて気付いた。








 親の存在は本来、子にとってなくてはならないほど大きいことを。世の中には親を憎悪の対象として認識し、生きることの邪魔になってしまう悪しき親もどきは多くいるものだが、それでもなお幼心に親の存在というのは良くも悪くも強く刻み付けられてしまうものだと。もっと自分にかまって、愛して、承認して欲しいものなのだと。








「――――僕はね。父さんも母さんもいないんだ。顔も声も名前もわからない。」






「――えっ…………」







「寂しいよね。悲しいよね…………でもね。僕には父さんも母さんもいないけど、仲間……友達はいるんだ。友達に父さんや母さんは代わってくれないけどさ…………ただ傍にいて、一緒に泣いたり笑ったりしてくれる。僕はそんな友達を大事、大事にしたいと思うんだ――――君はどうだい? ここの子とも友達になれないかい?」







 グロウが振り向くと――――遊び場ではクレヨンや落書き帳を握りしめながら、心配そうにカーテンにくるまる彼を見つめる子供たちがいる。








 彼も感覚的に気付いたようだ。







 親は選んだり自力で得たり出来ないが、友達や仲間はずっとずっと沢山、作り続けることが出来る宝物だということを――――







「――ぼく……ぼくねえ……いっしょにお絵描き、する!」







 男の子は身体をよじらせて照れながらも、やがて他の子供たちのもとへ駆け寄っていった。







「――仲間。友達…………いつの間にか出来ていたけど…………いるとしたら、僕の親は、どんな人なんだろう…………」








 グロウは一瞬、遠巻きに眺めながら、存在するはずの無い父と母に想いを馳せ、胸が苦しくなるのだった――――

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