第55話 カジノ都市・シャンバリア

 ――――イロハが見つけた砂漠の中の金属の板のようなもの。それは――――






「ここがハッチのひとつっス!! ここのツマミを捻れば……」





 言いながらイロハがハッチとやらのツマミを捻る。






 すると……金属の板のようなものが半分ほど開き、内側から端末のキーボードのようなものが現れた。





「やっぱこれっスね!! えーと、パスワードは……」





 イロハは服のポケットから取り出したメモを頼りに、キーを打ち込んでいく。打ち込む度に打鍵音とディスプレイに表示される電子音が、砂風の中で微かに聴こえる。






「――ワ・レ・ハ・コ・ウ・ズ・カ・ト・ソ・ノ・ニ・エ・ナ・リ……っと――」






 ――『我は好事家とその贄なり』。意味ありげな言葉を入力し、端末の決定ボタンを押す。






「ビビビッ……入力を確認しまシタ」





「うわっ!! びっくりしたあ~……このハッチ、喋んの~……?」





 ハッチの予想外の挙動にエリーが飛び跳ねて驚く。






「――ヨウコソ、みなさま。カジノ都市・シャンバリアへ。ココロ果てルマデ、お楽しみクダサイ――――」





「うおっ!? 何だア!?」






 ハッチの電子音声がそう告げた途端、ザアアアア……と周囲の砂がどんどんと地下に埋まっていく。どうやら見えている部分はほんの僅かな面積で、本来のハッチはずっと大きいらしい。ハッチが開き地下に闇が広がる。







「――――カジノ都市・シャンバリア。俗称・『地下好事家洞穴スケアリー・ディレッタント・ホーム』。森からここまでジャミング機能を使ってガラテア軍の監視衛星を掻い潜ってきたし、この先は地下都市だから見付かる心配もないっスよ。さっ、車に乗って入るっスよ。この穴の坂道はまず駐車場へと続いてるはずっス。」







「――なるほど……都市そのものが地下深くにあるわけですね。先ほどのパスワードによる認証も、ある程度の入る資格のある会員の証明である、と。」





 テイテツが、何故このような砂漠の真ん中にガラテアの目も届かず遊興に耽るだけの大きな都市があるのか合点がいき、頷く。






「どしたっスか? さっさと入るっス!!」





「……こ、こんな暗がりの先に……何があるんだ……?」





「行けば、すぐに解るっスよ!! にっひっひっひ……」





 得体の知れぬ地下都市にセリーナは訝る。他の皆も同様だ。






 だが、砂漠の炎天下の中じっとしているわけにもいかない。エリーたちはガンバに乗り直し、ゆっくりと穴を下って行った――――






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「――――こりゃあ…………たまげたぜ――――」






 ガイは目の前の光景が現実か疑い、目を擦ってみる。当然、眼前の景色は変わらず現実だ。






 眼下に広がるのは――――まさしく、『カジノ都市』だった。






「――くっはあァァァーッ!! ま、負けちまったアアアアア…………もう家に帰れねえエエエ…………」




「――よっしゃあああああ!! ロイヤルストレートフラッシュッ!! これで七代遊んで暮らせるううううう!!」




「――そこのお兄さあん…………遊び疲れたでしょお。一緒にホテルで休みましょお? チップは後で貰うからあん…………」





「――俺は玄人、俺は天才、俺は現人神…………見えるぞ見えるぞ見えるぞ! 馬券~が札束~に見える~♪」






 ――――天井からは幾つものシャンデリアが吊るされ、地下深くだということをあっさり忘れてしまいそうなほど広大な地下都市。シャンデリアの電灯よりも激しくカラフルなネオンライトがあちこちから放射され、カードゲーム、レースゲーム、バー、ボードゲーム、お立ち台、スロットマシンetcetcetc…………果てが見えないほどにありとあらゆる遊興場や賭場や娼館がギラギラとした活力に満ちて、さながら都市全体が不夜城であった。






 砂漠の地下深くの目立たない場所にあるとは思えないほどの、怒号にも似たその場の者たちの歓声とJAZZYな音楽が響き渡り、人間の欲望と金と活気が燃え滾るような熱毒を持って都を支配していた。






 遊興に耽る者は……この場で見える限りでもかなりの筋金入りが多いと見える。装飾過美な金ぴかの服を着た何処ぞの富豪か、はたまた身に付けるものはまだまともだが、貧乏への嫌悪から一攫千金を夢見て田舎町から都へと来た庶民か、さらには吹き溜まりのような街から来たならず者と見える強面の無頼漢のような者、悲しく寂しい目をして行き交う人にセックスアピールをする娼婦…………大半の者がまともな精神性や経済感覚、風紀などかなぐり捨てていると見える。炎が燃え上がるような活気に満ちてはいるが、同時に酷く人間の我欲にまみれた闇と怠惰と絶望も混濁しているようだった。






「うわあ…………ここ、すっごいエネルギーでいっぱい……ガンバで揺らされるより酔っちゃいそうだよ……」






 旅の途上から目を見張る精神の成長性を見せて来たグロウも、自然と共に生きる牧歌的な人間の生き方とは程遠いカジノ都市の熱気に中てられて、心なしか足元がふらつくような錯覚すら覚えた。







「――にっひっひっひ……見ての通り、ここは都市全体が欲望だらけのカジノそのものっス!! 当然、常に何らかの巨万の富が凄まじい早さで動くっス。ここでエリーさんたちは600万ジルドの借金を返すために……どんな方法でも構わないっス!! 金を稼いでもらうっスよ!! っと、その前に――――ハイこれ。」






「……え? ……は?」






 華美なカジノ都市にすっかり気を取られている隙に、イロハは何やら腕輪のような物を全員に手渡していく。上の空だったエリーたちはあっさりそれを受け取ると――――






「――うわっ!! ええっ!? 何よコレ!?」






 イロハが何やら端末を操作すると、手に持たされた腕輪は一瞬で変形し、全員の腕に巻き付いた!!






「――――こんな混雑したところではすぐに全員の居場所が解らなくなるっス。これは発信器!! ついでに……勝手に借金踏み倒して逃げた時用の防犯リングっスよ。ここから逃げようものなら、たちまちガラテア軍に連絡が行くッス!!」







「――嘘っ!?」


「なあっ……!?」


「そんな……」


「ふむ」


「イロハ、貴様――――」






 ――――シャンバリアに着いた途端に、いよいよイロハからの搾取が本格化したようだ。この街から目標達成まで逃がさないと言う。







「――てっめえ、昨夜俺たちの話、聴いてただろうが!! 今更裏切んのかよ!?」






 当然、ガイはイロハに噛みつく。






 イロハは、悪びれる様子も無く告げる。






「しょうがない人たちっスねえ……借金の取り立てがそんなに甘いわけないじゃあないっスか…………裏切るも何も、これぐらい当然っス!!」






 一行は、一様に嫌な汗が出て来た。






「むん? 浮かない顔っスねえ。だ―いじょうぶっス!! そこまで思い詰めなくても、色々やってりゃすぐ金は貯まるっス!! 要は、ここにいる人たちみたいに欲望に喰われさえしなきゃボロい商売に思えるほど金が集まるんスよ? 6人もいりゃあすぐっス、すぐ!! 特別にウチも手伝うっスから!! ……前から考えてたんスけど、皆さんでもやれそうな仕事はっスねえ――――」






「ふむ。私にも詳しくお聞かせください。」






 ――エリーたちが思い詰め過ぎているのか、はたまた、イロハが豪胆過ぎて呑気に事を構えているのか…………ともあれ、出入口からすぐの所にある案内所でイロハは求人誌などを受け取り、テイテツがそれに続いて効率の良い金の稼ぎ方を計算し始めた――――






「――あたしら――――」



「――一体――――」



「――どうなっちゃうの――――?」



「――知るか――――!!」






 改めて、イロハとテイテツを除く一行は項垂れてしまった――――







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 ――――イロハとテイテツがこのカジノ都市中の金の出入りや仕事を探し、最適な方法を幾つも思案し、計画を立てていった。






「――さて、金を稼ぐ方法は幾つか……いや。幾らでもあるっス!! その中でウチらでもやれそうな方法を提案していくッスね!!」






「――はあ~……」




「もう、好きにしやがれ……」




「エリーにガイ。ふてくされても仕方ないだろう。もう覚悟を決めて、まずは話を聴け。」







 2人が眉根を顰めて項垂れる中、同じく眉根を顰めた険しい顔をしながらも現実に対処しようとするセリーナ。渋々もいいところだが、取り敢えずイロハとテイテツの案を聴く。







「はい、聴いて欲しいっス!! 方法その1~。『手持ちのなけなしの銭を賭場で賭ける』。元々大した金額はエリーさんたち持ってないっス。いっそ賭場でなんか賭けてみるのも一応方法の1つっス~。」






「……そりゃあ……まず却下だな。前も言ったが、こいつが如何にギャンブルに弱いかは俺が証人だぜ。すーぐ熱くなって全財産を投じやがるし、それに――――」





「悪かったわよオ。もうしないって……で? 他は?」





「方法その2~。『それぞれの得意分野を活かしたアルバイトをする』!! エリーさんたちの何が凄いって、まずパワフルな事っス!! 荷物運びとかの力仕事や警備員とか……エリーさん、ガイさん、セリーナさん向いてると思うっス!! テイテツさんはIT技術を活かしてここの中枢部のコンピューターのシステムエンジニアやセキュリティ管理。グロウくんは病院で怪我人や病人の看護とか向いてそうっス。」






「地道な仕事ですが、これが恐らく確実にお金を稼ぐ手段と言えるでしょう。問題は稼ぐスピード……日払いに限定するとして、1日辺りの稼ぎは…………15万ジルドと言ったところでしょうか。飲食などで多少減りますが……」






「……1日たったの15万かよお……」



「切り詰めて働いたとしても40日はかかる計算か……長過ぎる。いくらここが地下都市で見つかりにくいとは言え、ガラテア軍に見付かる確率の方が高いんじゃあないのか?」






「ガラテア軍に発見される可能性は…………およそ72%±20%。なかなかにリスキーですね。」





「だよね~……」







 長期滞在すれば、ほぼ見付かってしまう。それほどまでにガラテア軍の探知能力は高い。何より、結構な頻度でガラテア軍人がこの都市に立ち寄る、という情報もテイテツが掴んだ。ますます嘆息するエリー。






「方法その3。これは主に若い女性や子供が手早く稼ぐ常套手段ですが、娼館に――――」





「却下よ」


「却下だ」


「却下に決まってるだろ」






 エリー、ガイ、セリーナは即答した。






「なんでっスか? エリーさんとセリーナさん、あとグロウくんが一肌脱げば、600万はすぐっスよ?」







「おめえなあ!! 意味わかって言ってんのか……?」





「そんな恋人を裏切るような真似……死んでもしません!! べーっだ!!」





「エリーに同じ。そんな貞操を捨てることがおいそれと出来てたまるか。私はミラだけを愛する。オトコに身体を捧げてなるものか……!!」






 当然と言えば当然の反応だろう。それぞれ信実のもとに愛を誓い合った恋人たちだ。セフィラの街から薄々考えてはいたのだが、考えたくなかった。それだけは避けたいエリーたちだった。






「――ねえねえ、エリーお姉ちゃん。しょうかんって何?」






「「「そこは聞き流してくださいお願いしますグロウさん。」」」







 3人とも一様にグロウからの問いかけに答えを渋った。グロウは実年齢こそ不明だが、12歳そこそこの少年には荷が重すぎる仕事に、皆、口を閉ざすのだった。






「ぶー。まったく、清潔な人たちっスねえ…………まあ、ウチだって鬼じゃあないっス。これは本当の本当に最後の手段とするっス。じゃあ、方法その4~!! これは、ある意味エリーさんたち向けっスけど、出会う確率がどうも低くてっスねえ――――」






 ――それからしばらく。一行はイロハとテイテツから苦心惨憺してここカジノ都市・シャンバリアで600万ジルドもの負債を返済する方法の数々を聴くのだった――――

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