第54話 稽古と実戦
「――くあ~っ……よ~く寝たっス…………身体動かして美味いもん食って……久々に気持ちの良い朝っスね……」
親睦を深める形となった昨晩の夕食から一夜明け、木漏れ日の心地よい陽射しを感じて、のそのそとイロハはハンモックから起きて来た。
時間は5:00きっかり。低血圧や貧血の人には少々しんどい時間帯だが、一行の中でも殊更元気な顔色をしている。
「ふあ~……おはよう、イロハ……朝から元気だね~……僕、まだ眠いよ~……」
「はよっす、グロウくん!!」
寝ている間は手袋を外しているらしいイロハ。手は16歳の少女とは思えないほど……ハンマーを振るい続けて出来たタコや火傷の痕で酷くゴツゴツしている。実になりふり構わず鍛冶錬金術師の技を鍛え上げて来た証だ。
「……でも、朝から元気いっぱいっつー褒め言葉は、エリーさんたちに譲るっスよ。一体何時頃からあんなになるまで鍛錬してんスか……」
――冒険者ももちろん寝る時や食べる時など生活行動を取る時ぐらいはグラブを取る。
少し離れた処で、既にエリー、ガイ、そしてセリーナは額から玉のような汗を滴らせながら、訓練用の武器を持ち鍛錬していた。やはり日課だ。
「19001……19002……っ」
「ふぅーっ……ふぅーっ……」
「はッ! やっ! でやあッ!!」
エリーが太い木の枝の上で重りを付けた状態で腹筋運動を行ない、ガイは重りを付けた訓練刀で呼吸法を確認しながら素振りをし、セリーナは体術を主体にしながら槍の型を次々と決める。
さすがに冒険者の中でも武闘派タイプ3人の朝は実にストイックなものである。当然それぞれの手はタコだらけでゴツゴツしている。
「はは……そうだね。僕もうかうかしてられないや……エリーお姉ちゃんたちには及ばないけど、僕も強くなってみせるよ! よしっ、あの木に的になってもらおう……ごめんね。後で治してあげるからね…………」
強さを探求する一行を見てグロウも感化されてきたようだ。手近な木に的を描き込み、ボウガンの素早く正確な撃ち方の練習を始めた。
「……人を殺す武術も大事だし凄いっスけど……瀕死の重傷を治せる力の方がよっぽど凄まじい力だと思うっスけどねえ……自覚あるんスかねえ」
イロハは、床に臥せっていたエリーたちをほぼ完治させてしまったグロウのあの能力を思い出し、苦笑い。修羅場を思い出し、少々眉根を顰めてしまう。
「ま、いいっス。さーて……朝飯何作るっスかねえ――」
テントの近くで朝食の準備をしているテイテツを見遣り、イロハも手持ちの食料から適当な食事を準備し始めた。
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「――いいか。始めるぞ、エリー。」
「OK……30%から行くからね!」
「2人とも準備いいか。それでは――――はじめッ!!」
セリーナの合図と同時に、エリーとガイは目にも止まらぬスピードで身を翻しながら、拳と剣を交えた。組み手である。審判はセリーナが務める。
「ぬんッ!! ハッ!!」
「ふっ! でりゃっ!!」
エリーは初手は『鬼』の力30%開放のハンデとは言え、相手はナルスの街に攻めて来たガラテア軍やエンデュラ鉱山都市の強壮剤で狂化された鉱山夫に全く臆せず立ち回れたガイだ。力の開放度は低めだが、本気で立ち回っている。
森の中の木々や木枝、草花、岩……障害物や遮蔽物が複雑に入り組んだ環境でも、2人は全方位が見えているかのように縦横無尽に立ち回り接近する度一合、二合と攻撃を重ねる。
「――ぐっ――」
「――ふふーん!」
――エリーの掌底がガイの胴に入った。占めた、とエリーは一瞬笑う。
「――でやあああッ!!」
「うわっ!?」
――だが、ガイは悶絶するどころか、体勢を崩さずすかさず反撃の一刀。飛び退いたエリーの腹を掠め、血を放出する。
(――力の差は明らかなのに、ガイがエリーを圧している!? まさか……そうか――――)
驚いたのはエリーやセリーナだけではなく……ガイ本人もだった。
(――イロハが誂えてくれたこの防具、そんで刀…………対人戦になるとマジで思うぜ。とんでもねえ強度と鋭さと軽さだぜ――――)
――ここまでの闘いの記録を顧みてみれば、誰が見ても解る通り『鬼』の力が使えるエリーにガイが圧倒出来た試しなどただの一度も無い。飽くまで冒険の一行での戦闘以外で場でのリーダーとしての判断力と、恋人に対する恋慕と敬意の念ぐらいでしかガイがエリーに勝ったことなど無い。
そのガイが、攻撃を受けてもダメージは無く、反撃を加えられた。
本来なら一撃でのエリーの豪拳を喰らえばその時点で勝負は決まってしまうし、刀がエリーに当たったとしても強力な筋肉で切り傷ひとつ加えられず刀の方が傷んでいた。
そのエリーが、ガイの剣戟を受けて腹から鮮血を滴らせている事実。
これはやはりガイの新装備が予想以上の威力を誇っていたことがほとんどだろう。もしかしたら、あの戦闘狂のガラテア軍人・バルザックとの死合いで致命傷を負ったことが臨界行的な修行となり、ガイの身体を動かす身体感覚が鋭くなっているのかもしれないが…………やはり新装備に依るところが9割だろう。
「――65%開放ッ!! はああああ…………ッ!!」
――『もうこれまでのガイの実力ではない』。そう感じたエリーの判断で65%まで一気に開放。知覚鋭敏化と脚部のロケット噴射機構をフル活動したセリーナに辛うじて勝てるレベルである。
たちまち傷口は塞がり出血も止まった。全身から赤い
「――ふっ! らららららッ!!」
嵐のようなエリーの連撃。だが、ガイは辛うじて65%開放のエリーに対応する! 拳を二刀で弾く音が激しく辺りに響き渡る――――
「――ぐっ……ちっ――――」
――さすがに、何発かは攻撃を喰らってしまうガイ。
だが、そこも新装備が威力を発揮する。装甲が張っている所に拳や蹴りが当たっても衝撃こそ感じるものの、痛みも感じず傷も負わない――――
「――ふっ! よっ――」
「――ああッ!?」
エリーの攻撃が荒くなった隙を狙い、一瞬ガイは右手の刀を宙に投げて離し――――エリーの伸び切った腕を掴んで古武道の亜流である『崩し』を決めた! 大きく体勢を崩し、うつ伏せに倒れる!
(――――もらった――――!!)
すかさず一瞬手放した刀を再び掴み、エリーの背中に突き立てる――――!!
(――くっ……75%……開、放――――ッ!!)
咄嗟に『鬼』の力の開放度を上げて身体を地に転がし……紙一重で突きを躱した。過たず両手で身体を起こして前転、『鬼火』を脚部に溜めて地面を蹴り、一気に飛び上がった!!
(――凄い…………装備が変わるとここまで実力差が縮まるのか? 或いは、刀や防具の方が鈍で、ガイの真の身体能力を活かし切れて無かっただけなのか――――?)
「――エリー!! 炎は駄目だぞ!! 森が燃える!!」
「――うおっ……と…………そうよね、危ない危ない――――」
一瞬、高揚して空中から火炎を撃ちかけたエリーだが、セリーナの注意を受け、掌の炎を収める。
「――ガイ!! やるじゃん!! いつの間にそんなに強くなったのよ!?」
「うるせえ。四の五の言ってねエで来い!!」
ガイの声に呼応するかのように――――エリーは地上に火が向かぬよう、再び脚に『鬼火』を溜める――――
「――ふふ~ん! なら……これなら、どうだ――――ッ!!」
エリーは、ライネスとの戦いでも行なった、噴射エネルギーを自分の体幹を軸に乗せ、急降下!! 瞬きひとつせぬ間にガイの至近距離に入った!!
「――うおっ――――」
「――これならッ!!」
あまりの超スピードにさすがにガイも反応出来ない。
何とか避けようと身体を捻っていたが――――噴射エネルギーを微調節して一瞬静止したエリーの左フックを頬に喰らった!!
「――がはああ…………ッ!」
――ガイは重心をずらしてダメージを最小限に抑え、エリーの方も死なない程度に手加減していたとはいえ、豪拳の威力はやはり凄まじい。
ガイは防具で守り切れない頭部に一撃を喰らい、ゴロゴロと激しく地面を転がり、木にぶつかって止まった。
「――ふんっ!!」
追撃の手を緩めず、木の前で倒れるガイへと迫りパンチを振るう――――
「――そこまでッ!! エリーの勝ちだ!!」
――セリーナの合図を受け、拳の勢いを止める。ガイを見下ろしてしばし佇むエリー。
「――えへへー! またあたしの勝ちーっ!! でも、ガイもめちゃくちゃ強くなってたよ? その新しい装備のおかげ~?」
たちまち『鬼』の力を通常まで抑える。組み手で勝った喜びもあるが、精神的なモノだけだったはずの恋人・ガイの急成長に、エリーも喜色満面で飛び跳ねて喜ぶ。
「――いてててて…………ったく……やっぱ業物がいくら強くても俺自身がまだまだ弱えか…………『崩し』が決まった時はもしかすっと、と思ったが、おめえにゃあ敵わねえなあ……」
ガイは掌を腫れあがった右の頬に当てて精神集中し、
「あははー!! 上出来、上出来じゃーん!! さあ、朝飯にしよ。お腹空いちゃってもう――――」
「――ふっ!!」
――――気を緩めてガイに背を向けた瞬間。ガイは暗器のひとつであるナイフを抜き放ち、後ろからエリーの首に当てがって止めた。
「――はい。俺の完全勝利。たまにこういうことあんだよなあ……油断大敵だぜ。」
「――なっ……」
「おお……」
冷たい感触がエリーの首筋を伝う。意表を突かれたエリーは驚き、セリーナも感心する。
「――ちょ、ちょーっと!! もう審判のセリーナが『そこまで』って言ってたじゃん!! 卑怯!! 反則、反則!!」
ナイフを仕舞いながらガイは毅然と言う。
「舐めてんじゃあねえ。それ、相手がガラテアのくそったれ共でも言えるか?」
「あ……」
「エリー。それからセリーナも忘れんな。いざ冒険で生命の遣り取りとなったら、だーれも『そこまで』なんて言ってくれねえし、敵もまず止まらねえ。常に組み手稽古でなく実戦を意識してやるんだ。俺らは道場拳法のチャンピオンを目指してんじゃあねえんだ――――生命の遣り取りになっても生き延びられる強さが必要な冒険者なんだよ。」
――もっともな考えである。
エリーと言えども首、特に頸動脈などは鍛えられない急所。それも『鬼』の力の開放度を非戦闘時まで緩めてしまった状態では、ナイフで掻き切られれば死ぬだろう。
そして、今更ながら実戦では稽古のように敵は待ってはくれないし、卑怯な手も嫌と言うほど使うだろう。
ガイは、この認識を改めて一行に説く。
「テイテツ……は解ってるだろうな。グロウにイロハも覚えとけ。いざ戦闘が始まったらルールなんざ何もかも崩壊しちまうんだ。自分の生命を守るのに一切の躊躇いを捨てろ――――特にグロウ。テイテツに聴いたぜ。俺らの中で唯一……あの戦闘狂のガラテア軍人の1人のとどめをさせるとこまで追い込んでたそうじゃあねえか。何度も言うが、甘えんじゃあねえ。絶対に分かり合えない敵はごまんと存在すんだ。なるべくならおめえに戦わせたくはねえが……いざという時はおめえが頼りなんだ。」
「――ガイ…………うん…………いずれ覚悟は決めるよ……」
「……キッツいっスねえ~……まあ、冒険の基本っちゃあ基本っスね」
――人の介在しない荒野での戦闘は無慈悲だ。否。むしろ場合によっては人が介在するからこそもっと危険な戦闘も起こる。
ガイは、その冷酷で残酷な事実を説き、改めて一行の緊張感を引き締めた。
「――う~……わーかったわよお、ガイ…………はいはい。あたしの負け! あたしが甘かったでーす!! ――さっ! 飯にしよ! 飯に!!」
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エリー一行はパン類やサラダ、牛乳に果物、シリアルなど手頃で栄養価の高い食事を摂り、出発した。
――――砂漠地帯は、当然の如く砂まみれで道が目視では全くと言っていいほどわからない。2階席のテイテツのレーダーや端末が頼りだ。
もう、数時間はガンバで走り続けただろうか。移動はしているのだが、一向に『カジノ都市』らしき建造物など見えてはこない。
「ねえー。ホントにあたしらシャンバリアとやらに向かってんのー? 砂埃ばっかで退屈なんだけどー……あーあっついし…………」
今はちょうど日盛り。湿気はないが、ただただ厳しい陽射しによる暑さで一行は揃って汗が噴き出る。
「おい、イロハよ。本当に目的地に近付いてんだろうなー!?」
ガイが呼びかける。バイクに砂漠でも走れる特殊なタイヤとホイールを付け替え、イロハも頭巾を口や鼻元まで纏いながらガンバと並走している。
「ちょっと待つッス! 情報が正しければこの辺に――――あった!! あったっス!!」
「ああん? あったって……どこだよ?」
「取り敢えず……あそこの獣の骨の辺りで停めるっス!!」
イロハに促されるまま、かつて砂漠を闊歩していたであろう大型の獣の骨が埋もれている辺りでガンバを停め……一行は外に出てみた。
「ああ~……あっち~…………干からびそう。で? カジノ都市・シャンバリアとやらは何処よ? 建物ひとつ無いじゃん……」
「むう……本当にあるんだろうな? ここで立ち止まり続けると、私たち最悪、暑さで――――」
不安になりかけるエリーとセリーナに、イロハは骨の近くの砂を払いのけ、何やら喜色満面。
「にひひひひい~……すぐに暑気払い出来る場所へ行けるっスよ!! ここが出入り口のひとつっス!!」
「ええ? 一体そこに何があんの~?」
イロハが砂を少し払いのけた箇所には――――何やら金属の板のようなものがあった――――
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