第57話 プランXXXX

 ――――そのまた一方。テイテツはシャンバリアの中心部にある情報中枢管理センターで自身のIT技術を活かして仕事を得る為、ビルの一角にいた。






 これはさすがに日雇いアルバイトのような感覚では雇われないので、履歴書を書き込んだうえ、面接を受けに来ていた。






 カジノ都市の重役たちが厳めしい顔をして面接室の机越しにテイテツと話している。






「――ふうむ……するとおたくは、最近までガラテア軍関係の情報処理関係の職に就いていたというのかね?」






「はい。間違いありません」






 ――もとより偽造の戸籍を使っているテイテツ。しかし、素性を真正直に履歴書に書いてしまえば当然ガラテア軍に通報される恐れがあるので、都合の悪い部分はもっともらしい文言に脚色して自己PRをしている。ガラテア軍の情報処理関係というのもあながち嘘ではないのだが、軍属の研究機関の主任チーフであったところはぼかしている。





「ガラテア軍関係なら、充分高給取りでしょ。おたくは何で冒険者しながらウチまで来たの? 何か現場でミスをやらかした瘤付きじゃあないのかね、ええ?」







 ――カジノ都市の重役になるような職員たち。実力はともかく私欲にまみれた俗悪な輩も多く縁故採用されているのだろう。横柄な態度でずけずけと厳しく詰問してくる。







「――確かに辞めましたが、それは自主的な判断でした。これでも学者崩れな気質なものでして、もっと自由に己の技術力を活かして在野に下り、世界を見て廻って知見を深めて真に他者の役に立つシステムエンジニアになるつもりです。今回の仕事への応募も、その一助としたく御社に申し込みました。」





「ふう~む……ああ、そう……」






 ――しかし感情が正常に機能しないテイテツ。横柄な態度の面接官相手でも動揺せず怒りもせず……ただただ淡々と質問を上手く躱して面接を有利に進める。







 面接官たちが何やらこそこそと耳打ちを何度か交わす。






「――まあ、いいでしょう。過去は過去。今から役に立つ人材ならウチは歓迎します――――そこで、テイテツさん。貴方なりにどれほど情報処理関係の知識と技術があるか、口頭で説明してください。必要ならばそこのホワイトボードで図解を描き込んでも構いませんよ」






「了解しました。まず、私には専門分野と言えるほど突出して理解の深い分野はありません。」





「むう? と言うと?」





「専門化にするには持ちうる学や知見や技術が多過ぎるからです。そうですね…………まずはスパゲッティコードを如何に簡略化し、実用的なプログラミング構築へと削ぎ落とすかですが、これらは人類史、もっと言えば生物界の社会原理を例に出せば自ずと理解可能です。プログラミングは主に数学的思考・言語が主たるものですが、全く違う分野にも共通項目が多数存在します。医学、物理学、機械工学、大型戦艦から日用品の食器ひとつのデザインにまで応用出来ると言え、この宇宙にはそれらの問題を科学的・効率的に理解し解決へと導く宝石のような情報が散逸しており、セキュリティ管理にも初歩的に肝要なプログラミングにも当然応用が――――」







 ――それから数分間ほど、単なるいち娯楽都市のシステムエンジニアになるには充分、否、充分過ぎるほどの高説の数々をホワイトボードに描き込み、説明していった。






 テイテツは元々、世界に名だたるガラテア帝国の国立大学を首席で卒業し、ジャンルを問わず数々の分野での論文や実証実験でガラテア帝国が誇る頭脳となりえたほどの人材だ。常にガラテアにおいて何らかの技術や学問を貢献し続けて来たほどの天才……そんな知恵の結晶の如き人材が本気で学者然として数々の学問を引き合いに出したところで、ただのいち娯楽都市に縁故で採用されたかもしれないレベルの人材に理解出来るはずもなかった。






 やや穿った例えだが、田舎町の幼稚園生に対し、我々現実社会の人類史に登場したアルバート=アインシュタインやレオナルド=ダヴィンチを凌ぐレベルの天才科学者が世界一の大学の超難問レベルの授業をしているようなものである。






「――う……わかった! わかった!! もう結構だ、テイテツさん…………いや、本当は全然わから……ごほんっ! ごほっ…………実に有意義な御高説をありがとうございました……それだけの知識があれば充分だ。略式ではありますが、貴方を採用と致します…………」







「――そうですか? まだ説明が途中なのですが……わかりました。必ずお役に立てるよう努力いたします。人事部の方々。今後ともよろしくお願いいたします。」







 何のことやらさっぱりわからぬのだがとにかく知識は豊富そうだと判断して説明を強制終了させられ、ややむず痒い思いをしながらも、『採用』と言う言葉を聴いて納得したテイテツは、苦虫を嚙み潰したような顔をして引き攣った笑いを浮かべる面接官たちと握手していった――――








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 そうして、カジノ都市・シャンバリアでまっとうな仕事をこなしながら給料を稼ぐ日々が7日続き…………エリー一行は一度待ち合わせ場所に指定した酒場に集合し中間会議を催した。








「――――どうっスか? 試しにここで日雇いの仕事でまっとうな仕事……アルバイトをこなして資金を稼ぎに行ったっスけど…………ちなみに――へへーん!! ウチは鉄工場の施設を借りて鋳造した工具や板金加工、遊興場の筐体パーツとかでバカ売れしたっス!! 100万ジルドは軽く超えてるっスよ!! …………エリーさんたちはどうだったっスか?」








 集合場所に選んだ酒場の片隅のテーブルで、さすが鍛冶錬金術師の技と行商人の頭脳を持つイロハ。僅か7日で自ら目標金額の6分の1まで稼ぎを達成した。大きな麻袋にお金がギッシリと詰まっている。






 では一方、他の者はというと――――






「――それがさ~……あたしは土木作業とか運送業やってて、張り切ってやれはしたんだけどさ~……ちと、頑張り過ぎちゃったみたい…………『鬼』の力を25%ほど開放して力仕事してたら、仕事は捗ったんだけど……腹が減って減ってたまんなくなっちゃってさー……配られた弁当以上の食料食い散らかしてんのバレちった。稼ぎはこんだけ~……」






 エリーからは7日分の給料袋。およそ10万ジルド余りだった。







 本来肉体的に過酷な力仕事なので、悪くはない。






 悪くはないが、本来もっと稼げたものをクビになってアテを失った上に、食費に大幅に消費してしまっているのだから、『無いよりはマシ』程度の成果だった。







「腹が減ったからって……エリーさん、一体普段どんだけ食うって言うんスか!?」






「……忘れてた。こいつは単なる大喰らいじゃあなかったんだった…………」






 嘆息するガイにすぐにテイテツが説明する。






「エリーは鬼と人間のミックスという特異体質な為、常人よりは遙かにパワーとスタミナを発揮できます。ですが……その分消費するカロリーも激しいです。『鬼』の力の開放度を平静時としても、1日当たり約30000キロカロリー。後は開放度の高さにもよりますが……25%程度開放し続けていたなら、その2.25倍は生命維持に必要です。必要な食料の量も途轍もなく多い。」







 ――約30000キロカロリー以上毎日消耗する。それの約2.25倍。つまりは約67500キロカロリーは消耗し、それを上回るカロリーを摂取せねば生命維持に関わる。肉や油がギドギドに使われたLサイズのピザを山ほど食べても足りるか怪しいほどである。






「……マジっスか…………そういうことは早く教えといて欲しかったっス……毎日の食事だけで火の車じゃあないっスか…………水泳のトップアスリートの比じゃあないっスねえ…………」







「せめて、仕事中フルに力を開放すんじゃあなくて、温存してりゃあ少しはマシだったのにな――――この口かっ!? 俺らを窮乏させんのはこの口なのかよ、オラアッ!!」






「うにゅにゅにゅ~……ごめ、ごめ、ぎょおめんて~…………」







 ガイがエリーの頬を掴み引っ張って責める。エリーも冷や汗をかきながら謝る。






「そういうガイさんはどうだったんスか?」







「俺ぁ真面目に7日間勤め上げたぜ? 警備員のバイト。8万5千だぜ」






 ガイもお金の入った麻袋をテーブルに置く。8万5千ジルド。






「ガイ、あたしよりも安いじゃあないのよお!! 威張ってる場合じゃあないっしょ!!」






「途中でクビになるよりはマシだ。バーカ! ……ところで、セリーナはどうなんだ?」







 勤め上げたとは言え、たまたま強盗が来るとか詐欺が横行していたという有事に遭遇することもなく、その剣の腕を必要とする場面が無かったガイは大した稼ぎにはならなかったのだった。






 話を促されたセリーナも顔色が悪い。






「私も……途中までは難なく勤め上げたんだが…………」







 ばつが悪そうに自分の小さな給料袋をテーブルに置く。イロハが数えてみると――――






「は!? たった4万6000ジルド!? 何で!? ガイさんと一緒に働いたんじゃあなかったんスか!?」





 同じ警備員のバイトをしていたはずのセリーナ。だが、稼いだお金はガイより低い。







「……何があったんスか?」






「いや……警備の仕事自体は順調だったんだが……」





「……だが?」








「上客の身辺警護SPを任された時に、その…………上客にベタベタと身体を触られてな。ついカッとなって殴ってしまった。それでクビになった。すまん。」







「――たは~……セリーナさん…………もうちょい柔軟になってくださいッスよ~…………やりようによっては上客からチップを貰えたかもしれないのに…………こうなるならいっそ、もっと治安が悪い区域の警備員に向かわせるべきだったっス…………」







 思わずテーブルに突っ伏すイロハ。セリーナの短気さ、怒りっぽさではオトコに媚びてお金を儲けるなど出来るはずもなかったのだ…………。






「えっとね……僕はねえ……」






「グロウくんは福祉施設のヘルパーでしたっスよね……どうだったっス?」







 グロウも給料袋を置く。イロハもすかさず数える。







「――グロウくんは5万5000ジルドっスか……やっぱ、ボランティア活動っぽいイメージが強いんスかねえ……仕事は難しくないかもスけど、しょっぼいっス…………」







 ――イロハの言う通り、ヘルパーは弱者を労わる精神さえ強ければやれる仕事も多いのだが、その分慈善事業の側面が色濃く給与にも反映されていた。お菓子や飲み物程度は経費でありつけたが、他は少なかった。






「――まともに7日間勤め上げたのはウチを除いたらガイさんとグロウくんだけっスか……それもやっすい…………こうなったら、最後テイテツさん! テイテツさんが頼りっス!! 幾ら稼げたッスか!?」







 縋るような思いで、イロハはテイテツにかぶりを振る。






「――私も7日間勤め上げたのですが……」






「ほう!! そんで!? そんで!?」







「同僚の人たちが、どうも私とコミュニケーションが取りづらいことを理由に人事に苦情を出したようでして。『給与自体はもっと上げるから、日払いでなく月払いの仕事についてくれ』と配置転換をされました。故に、給料はまだです。」







「ぐっはあああああーッ!!」








 ――頼みのテイテツが、何と7日程度では給料を貰えず無給。






 テイテツの機能しない感情や高度過ぎる知性が、仕事は出来るものの、却って現場で周囲とコミュニケーション出来ず孤立することに繋がってしまったらしい。これには付き合いが長いエリーとガイもイロハ同様ずっこけるしかなかった――――






「――みんな、マジっすか…………7日間、6人で稼いで、たった128万程度って…………内100万余りがウチ1人とか…………」







 ――特別にイロハ本人も稼ぎに参加しているとは言え、これでは何のためにエリーたちに請求しているのかわかったものではない。イロハを除いて5人がかりで稼いでたったの28万――――絶望的な空気が流れ始めた。








「――――しゃあない。身体、売るか――――」







「――何言ってんですかァ? エリーさんよオオオォ!?」






 窮した情況の中、虚ろな目をしたエリーは呟き、すかさずガイが突っ込みを入れる。






「……だって無理だもーん! 無理だもーん!! あと何日居れるかわかんないトコであと480万近く稼ぐなんて無理だもおおおおおおおんんんん!!」






「ふざっけんなあああああ!! てめえ正気になりやがれええええええ!!」







 自棄になりかけるエリーと必死に止めたいガイは喚かざるを得ない。







「だあー! もう、うるさいっス!! 今、他にもっとマシな仕事がないか探してるっスから…………おっ?」







 イロハはエリーたちの阿鼻叫喚の中、酒場の備え付けの端末から情報を検索していると、何やら目に留まるモノにヒットした。








「――これは……フム…………ここを利用すれば、あるいは…………」







 顎に手を当て、何やら思案する。







「――ぬっふっふっふっふう~…………どうやら……エリーさんたちには一肌脱いでもらうことになりそうっスねえ~…………ぐふふ。」







「マジで~!?」

「マジか!?」








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 ――――その夜。一行は娯楽地区にある小さな劇場にいた。







 イロハの掴んだ情報によると、この劇場はもう空き店舗扱いになっていて、地主に少しばかり利用料金を払えば、一晩自由に使わせてくれるレンタルプランがあった。







「……お前ら…………本気でやるつもりなのか…………?」






 セリーナが、『普段の武闘家とはかけ離れた』格好に着替えながら、もう腹をくくりかけていた。






「ウチの商売テク、プロデュース力を信じるっス!! 悪い虫が付いてきたら……その時は頼むッスよ。ガイさん、テイテツさん――」






「……娼館へ完全に身売りするよりいくらかはマシたぁ言え…………ちっくしょう、やるしかねえんだよな…………」






「――あ、あの…………僕……何だかすっごく恥ずかしいんだけど……あちこちスースーするし――――」






「だいじょぶだいじょぶ。お姉ちゃんも一緒だから…………力を合わせてこの危機を乗り切りましょ……ところで…………あたし、ちゃんとめかし込めば結構キレイよね。鏡見てなんか安心した~。」





「……言ってる場合か? どうやら客も入っているようだ…………本当ならこんな真似、こんな格好、死んでもしたくなかったが…………ミラ。許してくれ――――」







 ――――ネオン眩い夜の歓楽街の廃劇場にて、イロハ全面プロデュースの作戦が決行されようとしていた――――

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