第40話 鬼と鬼

 ――エリーが夥しい数の気弾を浴びている中。森の奥へと吹き飛ばされたライネスは息を咽ばせながら首を起こした。




「――ウエッホ、ゲエッホ、ケホッ……ぜえい……ぜえい…………」





 さすがに、如何に強力な練気チャクラ使いのライネスといえど、エリーの怒涛の乱打ラッシュを喰らえば、練気で治癒しようにもなかなか追いつかないほどのダメージを負っていた。




 筋も骨も裂けて砕け、内臓もところどころ破裂していた。最後の顔面へのフィニッシュブローのせいだろうか。呼吸を整えつつ、ぷっ、と折れた奥歯をその場に吐いて捨てた。





「はあーっ……はあーっ――――ひ、へへへへへ…………」





 ――だが、どこまでも病んだ性に突き動かされる戦闘狂だ。これほどの重傷を負ってもなお、予想を超えた闘争の歓喜に笑みが零れ、内心狂喜乱舞しているのだった。





「――ふううううううう…………」





 練気を高め、少しでも傷を癒す。





「――へへへっ……さ、さっすがにあれだけ貰っちまうと…………練気で完治とはいかねえなあ…………いででででで…………ちっと調子に乗っちまったぜ。」





 ライネスは、大事な内臓から、吹き飛ばされて激突した時に負ったであろう、右脚と左腕の骨折を治し、ゆっくりと立ち上がり、エリーがいるであろう空を睨む。






(――さっすがに、こんだけハッタリかましゃあ、避け切れずに喰らうわなあ。大量の気弾という幻覚・・を――――)







 そう。







 ライネスが練気を本格的に使い始めてから見せた能力は、全て特殊部隊の仲間たちのものである。






 気弾を撃ち、磁力を操り、幻覚を見せる。





 つまりはメラン=マリギナ、バルザック=クレイド、目亘改子など、他人の能力を模倣コピー出来るのだ。





 模倣に加え、持ち前の格闘技を織り交ぜて戦う…………見ようによっては4人の中で最も強い戦士、それがライネスであった。






 ライネスが放った空を埋め尽くすほどの気弾は、元々模倣して出せる数を、まるで画像編集ソフトのコピー&ペーストのように幻覚で何倍にもかさましして多く見せ、軌道の変化やスピードもそう感じるように見せていたのだった。





 故に、本当は全弾まともにエリーに命中していたとて、エリーを忽ち倒すほどの威力ではなかった。





 だが、そんな出鱈目な能力の数々を織り交ぜて使われたエリーの方はたまったものではない。






「――おおッ!! やっぱ生きてる生きてる~。へへへへへ。すっげえ殺気――――」






 ライネスが空を仰ぐが早いか、肉体的にはともかく精神的なショックから逃れようもないエリーは――――ついに禁じ手を使おうとしていた。






「――70%……75%――――!!」





 エリーは『鬼』の力を、安定して自我を保ったまま制御出来る限界を超えて開放しようとしていた。





 強烈に昂るエネルギーで、エリーは空中に浮かび上がり、星のように赤く光り、森全体に強風を巻き起こしていた――――





「……ようやく、ブチ切れたって訳かい。っはっはっは!! これからが本尊ってもんだぜ――――!!」





 ライネスは喜び勇んで駆け出し、エリーが浮かんでいる宙の真下まで移動した。






「ぐぐ……来たわね、わけわかんない技ばっか使う野郎。こうなったら、もう容赦しないわ! 力を開放して――――あんたを確実に倒すッ!!」






「ふふん! どうやら……それ以上力を高めると危ねえらしいな――――上等じゃあねえか!! もっと死合おうぜッ!!」






 ライネスもまた、ダメージは残りながらも練気を轟然と立ち昇らせる。






「――だが、このまま俺の能力をあんたに教えねえまま勝っちまうのは、フェアとはちと違う気がするんでねえ。教えてやるよ。俺の練気はオリジナリティはまるでねえんだ」





「……?」





「俺は、他人の練気の能力を見て……そいつを模倣することが出来る。物真似さア。何人もの練気による能力を物真似して、俺は戦える」




「!! 道理で……幾つも能力を使いこなせるのはそれで――――」





「――まア、俺の物真似も完璧じゃあねえんだ。他人の……つっても他の仲間3人ぐれえだけどよ。練気の力を、大体60%ぐらいしか真似し切れねえ。メランの気弾の数と威力も、隊長の磁力の強さと射程も、改子の幻覚の質も…………何もかもオリジナルには劣っちまうのさ――――だから、俺ぁ混合ミックスさせて戦う! へへ、これが楽しいのよ!!」






 ――聴いているエリーは、修羅のような表情のまま、『鬼』の力を高め続ける。





「……言いたいことはそれだけ? いっくら他の仲間の能力を物真似しようが…………あたしが全開で戦ったら、あんた、死ぬのよ。」






 今までとは違う、平生の呑気で温かなエリーの姿は微塵も感じられない。理性を手放した戦鬼と化そうとしている。





 だが、そんなあらゆる意味で絶望的とも言える状況の中でも――――ライネスはただただ満足げに笑い。猛るのだった。





「――上等。俺の方も限界、超えてみっか――――」





 すると、急にライネスは殺気を解いて瞼を閉じ、練気のコントロールに集中した。





 やや不安定な揺らぎのオーラではあるが、赤黒く、火炎の気を伴うそれはまるで――――






「――まさか。噓でしょ、どうやって――――」






「――言っただろィ。俺の能力は物真似。物真似だけが、オリジナリティで、最高のイリュージョンなんだぜ――――!!」






 ――赤黒く、火炎を伴うエネルギー。それは他ならぬ、エリーと同じ、『鬼』の力であった。





「おおおお……出来た……出来たぜえ、オイ! ……つってもこりゃ、40%程度しかコピー出来てねえなあ。戦いの中で、どこまでオリジナルに近付けるか――――けど、今までとは全然違う、すげえ力じゃあねえかよ、これ、オイ――――!!」





「――くうっ!!」





 エリーは、ライネスに突貫した。





 ほんの一部とはいえ、自分だけの『鬼』の力まで我が物とする相手。しかも戦闘狂。いたずらに戦火を拡げるような相手。





 そんな強大な敵をこれ以上野に解き放つわけにはいかない――――ここで殺す。





 他ならぬ『鬼』の力の恐ろしさを最も知るエリーだからこそ、一刻も早く…………ライネスがオリジナル近くまで力を会得してしまう前に倒さねばならぬ。そう意識した。





(ぐぐっ……確かに70%超えると、頭ん中まで焼けるようなクラクラした感じがする。敵を皆殺しにして来た時いっつもなってた状態――――でも、ほんの一瞬だけなら!!)






 ――70%を超える開放度でも、ほんの一瞬、ほんの一撃程度ならば…………理性を失わずに敵をやり過ごせるかもしれない。






 そんな一縷の望みに賭けざるを得なかった――――





(この一撃に賭ける――――一瞬だけ、90%……開……ッ放――――!!)





「――うっお!?」





 思わずライネスも驚嘆する、レッドゾーンに達した状態のエリーの凄まじい気の高まりとパワー、スピード――――光のような速さで間合いを詰められ、手刀がライネスの左胸を深々と抉った――――!!





「――ぬううッ!! でりゃあ! おおらあッ!!」




 だが、ライネスは怯まずにコピーした『鬼』の力でエリー同様空中を飛びつつ、空いた右腕と脚で、最早、人間には不可視な速度の連撃をカウンターとして喰らわせた後――――エリーの顔面を掴み、近くの岩山に激突させる――――!!






「――はっはあーッ!! こ、こりゃあ……すげえ! マジですげえ!! ははははは…………意識すればするほど――――力とテンションが上がってきやがる!!」





 ――元々の練気による治癒能力に加え、エリーの『鬼』の力までモノにしつつあるライネス。驚異に次ぐ驚異だが、抉られた左胸も、先ほどの乱打で負った傷も完治させてしまった――――エリーをも上回る凶戦士が生まれてしまうのか。






「――むおっ!!」





 ――岩山に深々と叩きつけられ、埋まっていたエリー。英気を漲らせ、岩山を砕きながら猛然とライネスに飛び掛かる!!






(くううッ…………! 意識が飛ぶ……溢れる力に、身体が支配される――――負けるものか!! 私自身の『鬼』にッ!!)






「95%開放――――ッ!! デアララララララッ!!」




「来いや、鬼女ァッ!! オオオラアアアアアアアアアアーーーーッッッ!!」







 ――途方もない。あまりにも人智を超えて、途方もない、強大な力と力が激突する――――森一帯には、ただただ強大過ぎる力と力がぶつかり合う度に生ずる、光熱と轟音の嵐が飛び交っていた――――

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