第211話 最後の力

 ――――創世樹の最奥にある繭。





 グロウは繭の中に入った途端に、うっとりとした気分になった。心地良い眠気も感じる。





 そして、アルスリアの存在もより強く感じる。





 繭の中から? それとも、自分自身の中から? 





 融合を始めたグロウとアルスリア。互いの精神も肉体も溶け合い、自我も存在も同一のものへとなろうとしている。






「――――何だろう、ここは…………気持ちいい…………ぼーっとしていて、身体も心も温かい…………。」





 ――アルスリアの存在もさらに近く感じられてきた。





「――アルスリア…………?」






「――ああ…………これこそ、私が求めていたことだ…………やっと、こうなれた。一体どのくらいの間…………この瞬間を待ち焦がれただろう――――好きだよ。グロウ。何て夢見心地だろう……大好きだ…………グロウ――――」






 繭の中で睦み合い、徐々にその精神と肉体、そして存在そのものが融合していく二人。






 それは本来、どんな激しい情交も、どんなに優しいコミュニケーションをも超越した…………魂の神聖なる同化だった。






「――あああ……アルスリアが僕とひとつになっていく…………もう、外からの声も聴こえないや…………。」





 ――アルスリアが右手を、グロウの胸元へ伸ばした。右手は溶けるように、根を張るようにグロウの中へと侵食し、同化していく。





 だが――――ここでグロウは違和感を抱いた。





「――外からの、声――――?」





「――ウ……グ……ロウ…………!」






「――この声……エリーお姉ちゃんの声だ――――あれ? エリーお姉ちゃんって…………誰だっけ――――?」





「――グロウ!! 目を醒まして!! グロウッ!!」





「――――お姉ちゃん…………エリーお姉ちゃん――――!?」






 グロウはエリーの存在を感じ、外へと意識を向けた――――






「――――ぐうううううううッッッ!!」






「――――お姉ちゃん!?」






 ――繭の中の眠りから一時覚醒したグロウ。繭の外では――――エリーが全身全霊の力を込め、繭を引き千切ろうとしていた。






「――ちいっ……ダーリンとの初夜を、邪魔するんじゃあない!! 創世樹の『セキュリティ』よ!!」






 繭から僅かばかり顔を出しているグロウ。エリーが繭を引き千切ろうとしているのを感じ、アルスリアも顔を出し、創世樹に念じた。





 忽ち、先ほどガイたちが戦ったものとは比べ物にならぬほど強く、速い木枝と触手がエリーを刺し貫いた!!





「――――があはっ…………!!」





「――お姉ちゃん……お姉ちゃんッ!!」






 激しいダメージに、今にも気を失いそうになるエリー。






「――――まだッ!! まだまだよ!! あたしの中の『鬼』でも『人』でも…………強い力なら何でもいい!! この生命を燃やし尽くさないで…………いつ使い切るってのよーーーッッッ!!」






 ――――エリーはとうとう、練気チャクラの力を臨界を遙かに超えるところまで上げた。






 エリーの身体中から…………異形の物と思わせる四肢や翼が、エリーの身体を食い破るように、夥しい出血を伴いながら出て来る――――限界を超え過ぎた力は、エリーを『鬼』……あるいは、全く別の種へと進化させようとしていた。






「――よっ……よせエリーッ!! それ以上力を高めたら、人の姿を保てなくなる!!」





 テイテツが叫び、ガイも叫ぶ――





「――――やめろおおおおおッッッ!!」






 ――ガイがそう叫んだのも虚しく……黒い光を放った次の瞬間。





 エリーは、もう元の人間の姿ではなかった――――





「――――エ……リー…………嘘……だろ――――」






 ――6本の腕。背には悪魔のような翼。頭部から伸びる赤き4本の角。そして顔には仮面を思わせるような人外の顔――――エリーはとうとう、滅び去ったはずの『鬼』と化してしまったのか――――






「――はははは!! とうとう人ではなくなったか!! 創世樹の代わりに、お前が人間を滅ぼすかい? ははははは――――」




「――お姉ちゃん!! しっかりして――――お姉ちゃん!!」





 アルスリアが嗤い、グロウが悲痛に叫ぶ。





 だが――――グロウの叫びに反応したかのように、エリーの仮面のような顔にヒビが入った――――





 ――一瞬の破裂音と共に、仮面は砕けた。





 中から現れたのは――――





「――待ってて。お姉ちゃん、グロウのこと、死んでも助けるから――――。」





「――――お姉ちゃん!!」





 ――元の朗らかな顔をした、エリーの素顔だった。





 ――エリーは、6本に増えた腕で、さらに繭を掴みかかる。






「――っぐううううううううッッッ!!」





 ――エリーの穏やかな顔もそこまで。再び途轍もない力で、繭を引き千切ろうと引っ張る。





 エリ―が万力の如き力で引っ張る度に、顔を中心に全身の血管は切れ、血が噴き出す――





 だがそれでも、繭が一体化しようとする力の方が強い。





「はは。無駄だ無駄だ! もう私とダーリンはひとつとなるのだ!!」





 ――エリーはアルスリアの声に抗い、さらに力を込めた。






「――――こぉの――――」






 ――――ブツンッ――――。






 ――その瞬間。エリーの中で何かが切れる音が鳴り響いた。






「――あ……ああ…………」






 エリーは途端に、力が抜けて真っ逆さまに創世樹の根元へと落ちて行く――――






「――――エリーーーーッッッ!!」






 ――ガイの慟哭が、創世樹にこだまする――――

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