第8話 幸福だった子供たち

 ――ナルスの街での騒動から一夜明けた。コテージの中にいると、外の荒野から野鳥の鳴き声などが聴こえてくる。


「う……ん……?」


 グロウは一人目を覚ました。


 窓の外から日光が差してきたこともあるが……。


「せいっ! ふっ!」


「10805……10806……」


 外から何やら掛け声が聴こえてくる。


「……う……む……お姉ちゃんとガイ、外に……?」


 グロウは眠い目を擦りながら、ベッドを後にし、リビングへ向かった。


 リビングに面したキッチンでは、テイテツが何やら分量計で綿密に計算しながら朝食を作っているようだった。


「……グロウ。おはようございます」


 いつも通りに抑揚のない声でテイテツは答える。白衣の上から着ているエプロンに意外にも小動物などを象ったワッペンが付いていてかわいらしい。


「おはよう、テイテツ……お姉ちゃんとガイは〜……? 外から声が聴こえるけど……」


「朝のトレーニングです。二人とも毎日欠かさずやっている日課です」


 そう答えながらテイテツは分量通りにフライパンの野菜類に調味料を足す。朝食の副菜は野菜炒めのようだ。


「トレーニング……って……?」


「自己鍛錬、要するに現在の自分より肉体的、精神的により強くなるための強化行為です。……気になるようでしたら、見てきてもよいですよ」


「……うん」


 そう言って、グロウはパジャマを着たままサンダルを履き……コテージの外へ出た。


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「ふっ! はっ!」


 コテージの玄関扉を開いてすぐ、ガイが木刀で素振りをしていた。木刀にはかなりの重量と見える重りが巻き付けられ、ガイは汗だくで上半身裸である。男性としては細身ながらも鎧のように鍛え抜かれた肉体が光っている。


「11000……11001……」


 少し離れた地点にある大きな岩の上にはエリーがいて、筋肉トレーニングを行なっている。足を岩に打ち付けた杭にロープで固定し、頭を数メートル下の地面に向けた状態から上体起こしを繰り返している。かなり高度な腹筋運動だ。


「ガイ、おはよう」


「……ん。おはようさん」


 グロウは、疑問に思ったことをまたすぐにぶつけてみた。


「……ねえ。ガイはどうしてそんなに鍛えるの? その、旅の途中で戦いになったら……エリーお姉ちゃんが一人戦うだけで充分じゃあないの?」


 ガイは一旦素振りを止め、答える。


「……冒険者は世界中を渡り歩く限り、常に戦場にいんのと同じだ。いつ敵の襲撃を受けてもおかしくねえ……エリーだけが強くても駄目だ。エリーはエリー。テイテツはテイテツ。そして俺は俺なりに自立した強さを高めるための……精進は欠かせねえのさ……」


 グロウは、ガイの顔を覗き込んだ。


 汗で乱れた長髪。厳しい朝稽古で普段よりさらに険しい顔つき。


 だが、ガイの様子から何かそれだけではない、ただならぬモノを感じた。


 ――悲愴なる決意や覚悟。


 それはもはや、強さを求める以前に……どこか己の幸福を禁じているようですらあった。


 グロウはそれを例の『考えて推察する』というより『対象から読み取った』ような神秘的な表情を伴って感じ取った。


「――それは……エリーお姉ちゃんが持っている力と関係があるの?」


「……む……」


 核心を突かれた。


 ガイはそんなちょっと自分の内部が冷えるような想いを湧き上がらせ……いつもの通り溜め息を吐いた。おもむろに近くの鞄からタオルを取り出し、汗を拭う。


「……俺からすりゃあ、グロウ。おめえもかなりわかんねえことだらけだが……まあ、エリーのあの力を見りゃ、疑問にも思うよな」


 ひとしきり汗を拭うと、ガイは近くにあった手頃な岩に、どかっ、と腰を下ろして静かに語り出した。


「……いいだろう。おめえも一応仲間なんだ――――俺たちの真実を、話しとくか」


「…………うん」


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 ――あれは丁度10年前だ。みなしごだった俺とエリーは辺境の孤児院……アナジストン孤児院で暮らしてた。


 当時、俺は13歳。エリーは10歳。あいつは今はあんなでも昔は人見知りでよ。よく院長とか周りの大人たちとかの後ろに隠れてたよ。


 最初は俺から声をかけることは少なかったが――――ハッキリ言って、俺はあの時からゾッコンだったな、エリーに…………。


「……それでは、今から体力検査を行ないます。みんな、順番に……まずは走り幅跳びからね」


 あの時の俺は、貧弱そのものだったぜ。体力的には同年代の奴らよりかなり弱かった。対するあいつは――――


「……は、8m58cm!? エリーちゃん、凄いわね……! 大人でもなかなか出ない記録よ!?」


 なまじ、孤児院から出てなかった頃だから俺たちはいまいち理解してなかったんだ。その頃から既にエリーは人間離れした身体能力を持っていた。だが、精々孤児院内の記録でトップ、ぐらいにしか思ってなかった。


「……こっちも……8m30cm! 二人とも凄いわねー!」


 ――そう。エリーと似た身体能力を持つ奴はもう一人いた。それが――――


「――エリーちゃんに、グロウくん! 二人とも男子女子でトップよ!」


「やるじゃない、グロウ! なんてったって、エリーお姉ちゃんの弟分だもんねー!」


「えへへ……」


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「そう。血は繋がってなくとも弟分としてかわいがっていた――――グロウって奴だよ。おめえと瓜二つの外見のな。お互い信頼し合ってた。お姉ちゃん、お姉ちゃん。グロウ、グロウってな…………」


「…………」


 グロウは口を開けたまま閉じられなかった。


「……驚いたか? だが、そいつは本来俺たちの台詞だぜ。10年前に別れた弟分とそっくりそのままの姿をした子供が……あのワケわかんねえ遺跡から出てくるなんてな――――エリーの野郎。あいつの名前をまんま付けやがって。エリーはかつての弟分と瓜二つのおめえを……亡くした弟分の代わりにしてんだ!」


「……僕と全く、同じ姿だった…………」


「……おっと。話が逸れかけたな。話はまだある」


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 ――あいつらは力は強かったが、それ故に恐れられた。子供同士ではよくあることだが、孤児院の奴らは束になって二人に嫌がらせをすることもあった。あの二人は優しかったよ。だから、嫌がらせにもじっと耐えてた。


「――おめえら、ホントは強いんだろ!? どうして立ち向かわねえんだよ!!」


「うう……だって、ガイ…………」


「……ひっく……いくら嫌でも……みんなを傷付けてまで強くなりたくないよお……こんな強過ぎる力……捨てられればいいのに……ぐすっ…………」


「だったら――――俺が守ってやる!! いじめっ子だろうが、大人だろうが……悪魔だろうが!!」


 俺は密かに努力してた。ひたすら、二人を守れる強さを求めた。絵本に出て来る、古代に伝説とされる『聖騎士』様に俺もなるんだ。弱きを助け、強きを退けるカッコイイ聖騎士。要するにヒーローになりたかったんだ。……へっ、カワイイもんだろ? 


 力では釣り合わなくても、互いに守り、守られる……信じ合える。それだけで幸せだった。少なくとも俺は充実してたし、二人も笑顔で過ごせていた。


 ――――だが、そんなある日。そんなある日だ。『それ』は来た。


 俺たちの慎ましくても幸せだった時間を、生命を……まるで陶工が心血を注いでこしらえた作品を『出来損ない』と唐突に砕き割るように――――全てはおっぱじまりやがった――――!!

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