第7話 善意の証明
「ハイ、行くわよーじゅーう……きゅーう……」
「た、たた退避ィーっ!! 全員退避ィーっ!! 退却……退却だァーッ!!」
戦車から転がり落ちた指揮官は恐怖に声をうわずらせながら、部隊全員に退却を指示した。蜘蛛の子を散らすように兵士たちは破壊した門から逃げていく。
「はーち……なーな……ろーく……ごーお……」
(……あたしが化け物なら……そんな存在を弄んで産み落としたあんたたちは……大化け物よ……)
秒読みをしながら、エリーは己の力に対する呪詛にも似た想いと、怒りを高めていく…………。
(……なら……いっそあたしは『鬼』らしく……あんたたちが信仰する『力』で――――この世からぶっ飛ばす!!)
「ドオオオォォォ……リャアアアアアァァァァーーーッッッ!!」
エリーは咆哮と共に持っている戦車を振りかぶり――――まるで己の内側の呪われたものを捨て去るかのように、投げ飛ばした。
――戦車は、キリモミ回転をしながら放物線を描いて飛んでいき――――門の辺りに留まっていたガラテア帝国部隊の別の戦車に直撃。轟音と閃光を放ちながら爆発四散した。
「……5秒から後はどこへ消えやがった……まぁ、街の連中もガラテア野郎も一人も殺さなかったから……良しとすっか……『生命を大事にする』……それは何とか守れたみてえだな」
エリーを遠巻きに見てガイは険しい表情を緩め、ひと息ついた。
エリーは、ふーっ、と一呼吸置くと、全身から立ち上る
「……さあ! これでガラテアの軍隊はいないいなーい! みんな! これからブティックの所にでも――ん?」
そう言いながらエリーが振り返ると、ナルスの街の住民たちは後ずさりし、やがて走って逃げ出した。
「ば、化け物だぁーっ!」
「軍隊よりもおっかねえ鬼女が来やがったぁ!!」
「く、くく来るなぁーッ!!」
「ね、ねえ。ちょっと――――」
冒険者はそのままガラテア軍と同じように街から飛び出して逃げ、住民たちも建物に閉じこもり……もう出て来る気配が無かった。
ガイは、もはや癖にすらなっている一際大きな溜め息を吐いた。
「……やっぱ、こうなっちまうか……かと言ってガラテア野郎を放っておくわけにもいかなかったし、しゃあねえなぁ…………」
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その夜。エリーたちはナルスの街から数km離れた荒野で、キャンプの準備をしていた。
ガイとテイテツが作業をし、グロウが手伝う中、エリーは力なく木材を集めて焚き火の準備をしつつ、俯いていた。
「…………」
「結局、あの服屋さんで泊まれなかったね、お姉ちゃん」
「……戦って、狼藉者を追い払って歓迎される場合もあるんだがな……今回はご縁が無かった、ってやつだぜ。旅道具や食糧を買いに行った時にも『金ならいいから生命だけは助けてくれー』だもんな。……恐れられて良かったんだか良くなかったんだか……さて、今夜は鍋にでもすっかな」
「…………」
エリーの脳裏に、先ほどのブティックでのやり取りが離れない。
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「……ま、まさか……腕が立ちそうだとは思ったが、こんな恐ろしい奴らだったなんて――――カリン! 近づくんじゃあないっ!! こいつらは――化け物なんだ! 人間じゃあないんだぞ!! 外の世界は恐ろしい……カリンをやろうなんて、とんだ気の迷いだった!!」
「……でも! せっかく悪い軍隊から街を守ってくれたのに…………こんな仕打ちって…………ないよ!」
カリンは顔を真っ赤にして泣きじゃくった。
「……けっ」
ガイは胸糞悪い、と言った感じに後ろを向けている。子供の泣き顔はうんざりだ、と背中で毒づいているようだった。
エリーは実にばつが悪そうな面持ちで頭をボリボリと掻き……カリンに諭した。
「……カリンちゃん。残念だけど、そこのお父さんや街の人たちの言う通りよ。外の世界には……あのガラテア帝国軍隊や、そう…………あたしみたいな暴力を振りかざす恐くて、悪い奴がいっぱいなの。……旅の話、聞かせられなくてごめんね…………」
「……から…………」
「……えっ?」
「……信じてるから……エリーさんのこと。街のみんなやお父さんがどんなに悪く言っても……本当は良い人だって、信じてるから」
「……カリンちゃん……」
「……本当に誰にでも暴力を振るって……人を傷付ける人が――――そんな悲しい顔をしながら『自分は悪い奴』って言うわけないって…………私、信じてるから!!」
「…………っ」
「……行くぞ、エリー。もうここに用はねえ」
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(…………恨まれて、悪人扱いされる方が慣れてるし、性には合ってるはずなんだけど……やっぱ、ああいう子のああいう顔と言葉は……しんどいわね…………)
エリーの瞼の裏には……街でたった一人。自分を信じてくれたのに、その想いが叶わない少女の泣き顔が焼き付いて離れなかった。
(……それでも、生きていくんだ。生きていくのよ! ガイと……新しいグロウの幸せの為に!)
「……お姉ちゃん、大丈夫? 顔、恐いよ?」
エリーは、自らの頬をバシッ、バシッ、と強く引っぱたいて深呼吸をした後――弱々しくも笑顔で答えた。
「だーいじょうぶよ、グロウ! お姉ちゃん強いから!! さて! 火をくべちゃうかぁー!」
目の前の薪にしゃがみ込んだ。だが、手には火種など持っていない。
「? お姉ちゃん、ここは火山じゃあないよ? どうやって火を点けるの?」
(……火山?)
テイテツは、何かグロウの言葉に引っ掛かりを感じ、即座に携帯端末に記録した。
「……あたしは特別。木に火を点けるなんて……朝飯前よん!」
そう言うとエリーは、人差し指を立てるとたちまち指先に例の赤黒い火が放たれた。
「おっと、今は朝飯前じゃあなくて晩飯前だっけ〜? まあいいや。……おりゃっ!」
指先を薪に向け、炎を撃った。
「……あ? えー……しまった。力み過ぎた」
だが、火力が強過ぎた。薪は一瞬にして真っ黒な炭になってしまった。辺りに焦げ臭い臭いと煙が立ち込める。
「……ふん。いつも言ってんだろ。おめえのその力、その炎は暮らしに役立つライターでもテコでもねえ。全てを灰にし、生命を焼き尽くす退廃の力。呪いみてえなもんだ…………」
「……だからって!!」
そこまでガイに言いかけて、エリーは二の句が告げられない。
実際はエリーの超人的な力が役立つ場面はあるだろう。
だが、それはガイの言う通り……戦いと滅びという退廃の力でしかなかった。危険で野蛮な冒険稼業や戦いでは無二の力であっても、実生活に役立つ場面は乏しかった。
強過ぎる力は破滅しか招かない。
その事実の一端を、ナルスの街の怯えた目をした住民たちが物語っていた。
「……あーっ!! もうっ!!」
エリーは衝動的にイライラが募り、しゃがみ込んだ地面を怪力で砕くと、立ち上がり道具類を収めた『ガンバ』の車体に駆け寄った。
「……やめやめ! キャンプもテントもやめよ! コテージ使うよ! やってらんないっての!! コテージで熱いシャワーでも浴びなきゃ!」
「お、おいおい……貴重品だぞ……」
ごそごそと貨物類から取り出したのは、何やらソフトボール大の玉だった。『冒険者ギルド協会御用達』と書いてある。
「お姉ちゃん、シャワーって何?」
「あったかいお湯よ! 小さな滝みたいなもの。今日は荒野を走り回ったから砂埃だらけ。だからシャワーで洗い流してホカホカになるの!」
「お湯? 温泉なんてないよ?」
「だーいじょーう、ぶい! っと!」
エリーが荒野に向かって軽く玉を投げると……一瞬にしてその場に小屋が出現した。
「インスタントポータブルコテージ。次元を縮小して24時間だけ使える小屋を出せるスグレモノ! 冒険者のちょっと贅沢なシロモノよん♪」
「わー! すごーい!」
「……このままキャンプしても、胸糞悪いだけだよな。おっし、コテージに入るぞ。テイテツ、鍋料理手伝ってくれや」
「予定変更ですね。かしこまりました」
――――そうしてその晩。エリー一行は遠巻きにナルスの街を望み、苦き思いを引き摺りながらも、コテージで一泊し、疲れを癒した。
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