第9話 過去と咎

 ――――その日、突然ガラテア軍の諜報員が来やがったんだ。


「被験体E-084と被験体G-532は健在だな? よし。では我ら密使が只今より実験地点に搬送する」


「……そ、そんな……それはあまりにも……じ、時期尚早なのでは…………?」


 たまたま俺は軍人どもと院長のやり取りを聴いてた。


「黙れ! この件に関するアナジストン孤児院に課された任務はとうに済んだのだ! 被験体を傷付けたくなくば、早々に差し出せ!!」


「ど、どうかお慈悲を――――」


 院長が二人を守ろうとしたが……無理矢理に二人は連れ出され、奴らの軍用ヘリに乗せられたんだ。


 当時からガラテア野郎どもの力任せで非情なやり方は有名だったからな。俺はとても見過ごせなかった…………。


(……あいつら! エリーとグロウを何処へ連れていく気だ!? ――神様。どうか俺に勇気をください…………!)


 ――俺は何とか奴らにバレないよう、積荷に紛れてヘリに乗り込んだよ。もちろん、エリーとグロウを取り戻すためにな。


 しばらくヘリが飛び続けた後、ある街の上空でヘリは止まった。


 そこは反ガラテア帝国を掲げている団体が多数活動している、自治の取れた良い街だったよ――――ガラテア野郎に殲滅と実験を兼ねる街だ、と見なされるまではな。


「隊長。目標地点に到達しました。反ガラテア帝国都市・ヴェルダンに間違いありません」


「よし……これより『古代種戦闘種族・オニ』遺伝子操作を受けた被験体の戦闘テストを行なう――――被験体G-532、投下開始ッ!!」


「うあっ!」


「……グロウ!? グローウッ!!」


(……な、何を――――グロウをこの高さから放り出して、何を!?)


「コントローラー送受信パルス異常なし。コマンド1……『オニ』遺伝子を覚醒! 及び……対象都市の殲滅を開始……!」


 ガクンッ。


「あ……あ…………」


 ――まるでビデオゲームのコントローラーでも扱うようにガラテア野郎のクソッタレが操作すると、グロウは落ちてミンチになるどころか、傷一つ負わず着地したよ。


「お、おい! あれはガラテア野郎の戦闘ヘリだぞ! ついに攻めてきたのか!?」


「そ、それより……今落っことされた人影は一体――」


 その瞬間――グロウは『もう』グロウでなくなった。


 忘れもしねえ。


 とんでもなく禍々しい英気オーラが立ち上り――――


「ゴアアアアアアッッ!!」


「ぐわっ!!」

「ぎゃあああーーーっ!!」


 ――――同時に、この世のものとは思えない雄叫びを上げて、グロウはヴェルダンの街と、住民を虐殺し始めた! 


 ものの1分もかからなかった気がするぜ。


 グロウは怪力で岩壁を砕き住民たちをボロ雑巾みてえに引きちぎり……さらに手や口から赤黒い火炎を吐いて街を焼き尽くした。


「隊長! 被験体の行動パターンを確認。コマンド通りに……い、いや、予測以上です!」


「ふ……はは……はははは! これは素晴らしい! 強い! 迸るほど強いぞ! はははは!! この生物兵器があれば、より我が崇高なる帝国の世界の覇権は確かなものとなるッ!! ――創世樹の存在をひた隠しにしている『例の民族風情』もひれ伏すであろう……はははは!!」


「隊長! コントローラーからの送信パルスを被験体が受け付けません! ど、どうやら被験体のバイオリズムレベルが高過ぎるようです!!」


「……ちっ。完全なる機械のようにはいかんか…………やむ負えん! 研究データは残っているのだ。被験体は破棄する。――被験体E-084も投下! 『オニ』遺伝子を覚醒させ…………相殺せよ!!」


「……グ……ロウ…………そんな…………どう、して…………」


 目の前の惨劇にへたり込むエリーもまたヘリから放り出され――――グロウと同じように『起動』させられた…………! 


「……なにしてんだあーッ!!」


「うわっ! このガキ、どこから入って来た!」


「ええい! 実験の邪魔だ! そんなガキひとつ放り出してしまえ!」


 俺は奴らに掴みかかった。


「エリーッ! グロウッ!! 目を醒ませ、もうやめろーーーッッッ!! 頼む、やめてくれ…………!!」


 だが、エリーたちはもはや殺戮マシーンと化した『鬼』同然。俺はガラテア野郎なら造作もなく殺せる無力なガキ。


 止められるはずもなかったよ…………。


 「があぁぁぁッッ!!」


 咆哮し、血煙を放ちながら手で、炎で殺し合うエリーとグロウから――――突然、火球の流れ弾が飛んできやがった。


 ――それは幸運だったのか、不幸だったのか。


「隊長、こ、こっちに――――」


「ひ…………!」


 流れ弾が直撃し、ヘリは爆発した。


 だが、爆発する直前に兵士に放り出された俺は、偶然近くにあった岩山に落ちた。ヘリからの高さはほとんどなく、兵士どもに殴られた傷以外は大した怪我をしなかった。


「……くっ……エリーッ!! グロウーッ!! くそ、くそ、クソォッ! 止まれ、止まれ……止まってくれェーーーッッッッ!!」


 俺はなおも叫び続けた。無我夢中でな。


 今、思い出しても苦いなんて想いじゃあねえ。いっそあの時二人の間に割って入って殺されてた方が幸せだったんじゃあねえか――――なんて考えに逃げたくなることもある。


 ――やがて、『鬼』と化したエリーはグロウを止めた。だが、もちろん殺戮マシーン同然になっていることに変わりはなかった。


 グロウの両腕はもがれ、エリーが馬乗りになり――――トドメの手刀をグロウの首へ途方もない力で振り下ろす――――その瞬間だった。


「お……ねえ……ちゃん…………助け――――」

「…………!!」


 ――――二人は理性を取り戻した。だが、もう腕は振り下ろされた。




 ――もう…………取り返しはつかなかった――――。




「……エ、リー…………グロウ…………」


 俺も呆然としていた。だが、あの光景と声は今まで一瞬たりとも忘れることなんざ出来ねえ。



 ズタズタになったグロウの亡骸を抱えて…………あいつは、エリーは狂ったように泣き叫んだよ。



 おめえに想像出来るかよ? 気を失ったと思ったら、次の瞬間、自分の手が真っ赤に染まって、愛する人を殺してしまっていた悲しみと絶望。そして己へのとがを…………。



 ――どれくらいそうしてお互い泣き叫んでいたか…………再びエリーが『鬼』となってしまうかも知れねえ。実験部隊が壊滅した報せもすぐにガラテア帝国に行って、新たに軍隊も派遣されるだろう。あの場にいた俺とエリーを消すためにな。



 その時だった。


 タァーンンンン…………ッ! 


「……!?」


 鳴り響いたのは銃声。撃たれたのはエリー。


 撃ったのは――――ガラテア帝国の科学発展研究機関から出奔した、テイテツだった――――。


「……撃ったのは麻酔弾です。大型クジラなどを麻痺させる猛毒ですが、この被験体の場合、それでも何分間動きを止められるか――――そこの少年。この少女と縁深いようですね。手を貸してください」


 テイテツは、まるでこうなることを予測してたかのような用意周到さだった。


 眠っているうちに、エリーの首と四肢にあの金具…………テイテツが密かに開発してたらしいリミッターを取り付けた。リミッターのお陰で完全じゃあねえが、エリーの『鬼』の力をある程度制御出来るようになった。


 ――そうしてそのまま……俺たちはガラテア帝国から時に逃げ、時に立ち向かいながらなし崩し的に危険な冒険者稼業に真っ逆さまよ。道中、賊とか荒くれ野郎とかに襲われそうになると、何とかエリーの力をコントロールしながら撃退してきた――――『鬼』の力を起動されて以降はちょっとでも油断すると暴走状態になりかけるから、五体を跡形も無く殺しちまった相手も多いがな。


 テイテツは情報参謀役に徹して、エリーは見ての通り何にでも突進する鉄砲玉、まあ控え目に言って切り込み隊長だな。俺が一応リーダーとして、主にエリーのストッパーを担ってるつもりだ。見ての通り止め切れない場合が多いがな。



 ――全てが始まったあの日、俺は呪ったよ。


 ガラテア帝国を。加担していた孤児院を。


 神を。そして、無力な俺自身を…………。



 『まだ子供だった』とか『どう足掻いても止めようの無い状況だった』とか『誰も予測出来なかった』とか、あの過去が無理からぬことだった、とする理由はいくらでもあらぁな。



 ――――んなこと、許せるものかよ。



 俺は決して許さねえ! 二人を愛しているのに何も出来なかった自分を! 俺たちの人生を弄んだガラテア野郎どもを! …………神すらも!! 


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「……こんなところさ。俺たちの過去と、真実は」


「……そうだったんだ…………テイテツは何でエリーお姉ちゃんとガイの仲間になったの?」


「……さてな。あいつは自分のことを滅多に話さねえし、主張もしねえ。知りたいなら本人に訊いてみるこった」


 話し終えると、ガイはいつものシャツの上に防護材を着始めた。


「……これでわかったろ? 俺たちは聖騎士様みてえな正義の味方じゃあねえし、自分たちの力の制御すら出来てねえろくでなしだ。他人も時には容赦無く殺す。さらに、下手すると弾みで街ひとつ焼き尽くすほどのヤバい連中なんだよ」


 着終わると、ふーっ、と深呼吸をして――――ガイは『現在のグロウの姿をした少年』を睨む。


「……どうする? 自分の意志で決めろ。あまりにもハイリスクな俺たちについてくるのか、今からでもナルスの街みてえな平和への意識を持つ所で『人』として生きるか。決断するなら、今だ」


「…………」


 しばしの沈黙があった。


 しかし、グロウはすぐに唇を開いた。


「……ついて行くよ」


「…………」


「ガイもお姉ちゃんも必死だもん。『生きる』っていう、生き物なら当たり前の務めを果たす為に、こんなにも一所懸命に、魂を燃やして…………それを咎める必要は、全く無いと思う――――生きることに必死なら、例えそのほかのことが上手くいかなくたって……自分を憎む必要なんてない」


「…………!」


「……そんなエリーお姉ちゃんやガイが、僕は好きだよ。だから何がこの先あっても、ついて行く!」


 ――ガイは目の前の美しい碧色の瞳の少年に、どこか見透かされた様な気分になった。胸の奥の炎のような、粘りつく汚物のようなモノが、少し拭い取られたような気分になった。


(……こんなガキに、俺の苦悩を分かち合ってもらえるとはな……そういや、エリーやテイテツ以外にはこんな話をしたこと、初めてかもな)


「……ふっ。そうかい。たった一日で随分色んなこと、学習したみてえじゃあねえか。おめえも変な奴だよ」


 その時、コテージに取り付けられたスピーカーからテイテツのいつもの通り抑揚のないロボットのような声が聴こえてきた。


「皆さん。朝食が出来上がりました。すぐに準備して食卓に着いてください」


「おっ? メシ!? メシだよね! 先行くよー!!」


 朝食、という言葉に反応したのはもちろんエリーだ。普段のガサツさからは想像出来ないほどテキパキとトレーニング器具を片付け、コテージに入っていった。


「ガイ! グロウ! 早くー!」


「へいへい」


 同じくガイもトレーニング器具を仕舞い、ジャケットを肩に担いだ。


「……グロウ。おめえがついて来るってんなら止めはしねえ。俺たちは一人残らず酔狂で変な連中だ。今更変な奴が一人増えたって構いやしねえ。せいぜい、自分と俺たちの為に頑張れよ。同じ釜の飯を食う――――仲間ならよ」


「…………うん!」


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 リビングに着くと、テーブルにはテイテツの料理がずらりと並んでいる。


「本日の朝食は、穀物ペーストから作ったシリアルに生鮮野菜のサラダと野菜炒め、ナルスの街で調達したビーフを挟んだハンバーガー。牛乳とコーヒーを各自お好みで。カロリーもご確認ください。ガイは823キロカロリー。私は510キロカロリー。グロウはデータ不足ですが一応13歳男性の平均である720キロカロリー。――――エリーは12500キロカロリーです。食べ残しのないようにお願い致します」


「イエーイ! 今朝もも1カロリーも残さず平らげるわよー!!」


「わーすごいねー、お姉ちゃん!」


(……グロウ、生活環境への適応力がマジパネェな……ある意味、冒険者向きだぜ……隣でバクバク食ってる奴がいても平常心かよ)


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 朝食を終え、一行は出発の準備を調えた。


「忘れ物ない? コテージは一度消すと中の物は回収出来ないわよ?」


「バッチリだよ、お姉ちゃん!」


「……おし。んじゃ行くぞー」


 各々が『ガンバ』に乗り込み……再び砂塵を巻き上げて荒野を駆けていく。


 ――――その後ろ姿を密かに見ていた人影を、この時まだ誰も気付いてはいなかった。


「……あれが……冒険者エリー一行……『鬼神のエリー』…………か…………くくくく…………」

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