第10話 跳躍する大槍

「――――次は、そうねえ……鉱石が採れたんだし、さらに北の……エンデュラ鉱山都市にでも行く?」




 ガンバで荒野を駆ける中、エリーは地図を眺めながら次の目的地を提案する。




 エンデュラ鉱山都市。




 その名の通り鉱山の麓にある工業の街である。ただし都市とは言っても、先ほどのナルスの街よりも小さく、大した活気も無い街である。




「――エンデュラか。悪くねえな」




 だが、ガイが同意する通り、メリットはある。




 エンデュラ鉱山都市はただ鉱石を採掘するだけでなく、加工や彫金、それに伴い交易などもまずまず盛んだ。




 そこならば、あの謎の遺跡で採掘した鉱石を高値で取引できるだろう。





「――ですが、リスクもありますよ。公のメディアにはあまり露わになっていない情報ですが――――」




 テイテツが、例の抑揚の無い声で、端末のキーを弾きながらこう告げる。




「――――つい先日、ガラテア帝国からの支配を受け入れ……軍が駐留する数を最少限にする代わりに資源の大半を横流しすることに同意した、という話があります」




「――ちっ……まぁたガラテアの鳥頭野郎どもかよ。うざってえ」




 ガイは苛立ち、衝動的に右手でドアにガンッ、と肘鉄をぶつけた。びくっ、とグロウが竦み上がる。




「ホラホラ、そんなにイラつかないっての~。グロウがビビってんじゃん~」



「ぼ、僕は平気だよ。エリーお姉ちゃんたちと冒険してれば危ない事もある……慣れてみせるよ……」



「そのとおおぉぉりだ。俺のこの程度の苛立ちにビビってるようじゃあ、いざって時におっ死ぬのが目に見えてらあ……」



「……ガイ? ハードボイルドにキメてるみたいだけど、自分のイライラが生死を分ける基準になるとか、なんか小物っぽくてすっごく情けなくない~?」



「っぐっ……うるっせえ! じ、実際荒事には動じない精神が冒険者には必要不可欠だろーがい!」




 ちなみに、ナルスの街の一件でもあった『ガラテアの鳥頭野郎』とは、ガラテア帝国の国旗に描かれている鳥の鳳凰ほうおうを揶揄して、抵抗勢力を中心に……恨みを込めて呼ぶ蔑称である。



 わいのわいのと、エリーとガイがまた平生のような夫婦漫才のようなトークを繰り広げる。




 しかし――――




「――む。レーダーに反応…………エリー。ガイ。もうひとつリスク情報が。」




「なんだ?」

「なーにー?」




 2人は間延びした声で訊く。




「後方7メートルより襲撃者。跳躍しました。飛び掛かってきます――――」




「へ? ――――うおおおおッ!?」




 ガイがフロントミラーを見ると――――何者かが高々と跳び上がり、ガンバに猛烈な勢いで被さってくる!! 




 咄嗟にハンドルを切ったガイにより、車体が激しく揺れる。



「わあああッ!?」

「うおおおおッ!!」

「ひいいッ!」

「むう……」




 激しく土煙と小石を撒き散らして滑り、回転するガンバ。




 何とか襲撃者の一撃は躱せたようだが、攻撃が炸裂したと見える地点から、どおおおおんんんん……と、激しい破壊音が辺りに響き渡り、大地が揺れる。




 エリーたちは素早く身を転がしながら車体から飛び出て、エリーは両手に拳銃、ガイは刀、テイテツは光線銃を構える。




「おい、テイテツよ…………こんな非常時が迫ってんならもっとテンション上げて叫べねえのか?」



「申し訳ございません。私の脳や自律神経ではなかなか恐慌状態や緊張状態になれないもので」



 襲撃を受けたというのに、相変わらずテイテツは平生のローテンションが乱れない。エリーとガイは『しょうがないなあ』と言った風情で溜め息を吐く。




 襲撃者が着地したと思われる地面から爆煙が上がっている…………辺りに焦げた匂いと灰が立ちこめる。




「――くくくくく…………」




 爆煙の中から、嘲笑う声が聴こえてくる。低く硬い感じだが、女の声だ。




 ――瞬間――――




「むっ!!」




 突然、爆煙の中から剛速球が飛んでくる!! 




「奇襲か! 甘えぜっ!!」




 ガイが素早く前へ出て、投げつけてきた球を刀身で弾く! 球は高く宙を舞う。





「――かかった。」




 そう、女の嘲笑混じりの声が聴こえたかと思った瞬間――――




「――何!? ぐあッ!!」




 ――ガイ、テイテツ、そしてグロウに激しい熱と痺れが全身に走る。



「――みんな!!」



 辛うじて攻撃を躱していたエリーだけが、仲間に声をかける。




 ガイが弾いたはずの球。単なる砲丸などではなかった。




 空中で球形だったものから、無数の棘のような装置が展開し、その棘の先端から強烈な電撃結界を展開――――エリー以外の3人を閉じ込めてしまった。




「――くっくっくっく。そう。それでいいんだ。これで邪魔者は弾き出した…………」




 爆煙が晴れた中から現れたのは――――黒く美しい長髪で長身、そして大槍ヘビーランスを携えた美女だった。




 だが――――その闘争心と鬼気に満ちた相面からは、美しさよりも悍ましさや凶悪さが強烈に感じられる。



「――見つけたぞ。エリー=アナジストン…………『鬼炎の惨禍<エヴィルディザスター>』!! 私の名は……セリーナ=エイブラム。武門として畏怖されしグアテラ家の筆頭闘士だ。貴様を殺し……賞金と名誉を貰い受ける。」




「――――賞金稼ぎ……? ねえ、ガイ…………」




 エリーは、この窮地に遭っても、まだ間延びした声でガイに訊く。




「――『鬼炎の惨禍<エヴィルディザスター>』ってナニ? あたし、賞金首だったの~?」




「――――な!?」




 今度はセリーナと名乗る猛女が素っ頓狂な声を上げた。




「……あちち……賞金首だあ? なあテイテツ。俺らいつの間にそんな有名人になっちまったんだ?」



「データベースによりますと……一部の地域でエリーはじめ私たちは手配書が作られている模様。今まで我々がギルドでこなしてきた依頼クエストの中で不利益を被った者が撒いた偽造手配書・・・・・です」




「偽造!? そ、そんなはずは…………確かに、この手配書に…………!」




 セリーナが腰元のポーチから取り出した手配書を掲げる。



「ここに書いてあるはず!! 写真だって――――」



「なになに~? 『エリー=アナジストン。とてつもない怪力と爆炎を操る鬼人。これまで暴虐の限りを尽くし屍山血河を築きし大罪人なり。人外に相応しきそのショッキングピンクの頭髪が特徴。賞金・1000000ジルド。生死不問DEAD・OR・ALIVE』……あら~。随分カッコ良く写ってんじゃんあたし!」




 結構な距離を取り、字もそんなに大きくないのだが、エリーの視力ならば一言一句くっきりと読めるのだった。写真の部分は何処かの酒場だろうか? へべれけで豪快に笑っているエリーの顔がでかでかと刷られている。



「……やはり本人だな! こちらの士気を削ぐつもりで嘘を――――」



「あんた、その手配書、ギルド連盟の『透かし』は入ってる~?」



「え」



「ほら、これよ、これ」





 エリーは言うなり、自分の手持ちの犯罪者の手配書を取り出した。




「本物の手配書なら、こうやって……太陽にでも翳せば、手配書にでっかくギルド連盟のロゴが浮かび上がるって」




 エリーが手配書を天に翳し、猛女にも見えるように角度を調整する。



 確かに、手配書は光を当てると薄茶色のギルド連盟を示す狼のエンブレムが見える。



 対するエリーが描かれている手配書は――――



「ば、馬鹿な! 無い……どこにも…………」




 エリーを鬼炎の惨禍<エヴィルディザスター>何某と書かれる手配書は――――日に当ててもロゴなど浮かび上がってこない。




「ねえ、テイテツ。この透かしって何時から実施されたんだっけ?」




「2週間前です」




「2週間前か~。つい最近よね。なら間違えて偽の手配書掴まされても仕方ないかもね~」



「…………」



 エリーは肩を竦めて苦笑いし、猛女は静かに偽造手配書を握りしめる。




「まあ、そういうわけなんで。あたしたちを殺したり捕まえたりしてもお金なんか出ないわよ~。誤解は許したげるからすぐにみんなを解ほ――――ンッ!?」




 しかし、次の瞬間。




 猛女は一瞬にして間合いを詰め、エリーの心臓へと大槍の切っ先を突き立ててきた。




 エリーは咄嗟に反応し、槍の軸を掴んで何とか止めた。





「――――金が手にできないなら、それはそれでいい…………大事なのは、エリー=アナジストン! 貴様が私との生死を賭した闘いに堪えうるかどうか――――強者との闘いが!? 私の闘いへの渇きを充たせるかどうか!? それさえ解れば充分だ。貴様は強い。私の渇きを充たして見せろ…………ッ!」




「……あ、あら~…………あんた、なかなかにイっちゃってる奴ね……ただの賞金稼ぎより質悪いわ~…………」




 ギリギリギリ……と猛烈な力がかかる槍を止め、セリーナの尋常ならざる闘争心、否。戦闘狂の病んだ精神のそれを見て血の気が引きながらも…………エリーはガイたちを捕らえられている以上、避けられぬ闘いに自らの闘志も漲らせた――――




「――――来い、エリー=アナジストンッ!! 貴様の血肉を千回穿ち抜いて、干し肉にでもして、私の糧にでもしてやろうッ!!」




「ぬっ!! こォの共喰女カニバルァーーー!!」




 セリーナは視認しづらいまでの速さの手捌きで懐から爆薬を投げつけ、エリーも反応し槍を離し飛び退く!! 投げつけた爆薬が電影結界に捕らわれたガイたちのすぐ近くで炸裂した!! 大地が震え、ガイたちもよろめく。




「――ちっ!! こりゃあやべえ。あの女かなり強えぞ!! 助けにいければ…………!」



「――なッ!?」



 ――エリーは、その脚力を以て一気に10メートル近くは飛び退いた。




 だのに。




 自らを武門の筆頭と自称する戦闘狂・セリーナは、一瞬にして間合いを詰め、再び大槍をふりかぶっていた!!



「――うわわわわッ!! っと――――」




 大槍の質量を微塵も感じさせぬほどの刹那の連撃。エリーは辛うじて躱し、さらに距離を取り――――両手を敵に翳し、火炎を放った!!




「――フハッハッハァッ!!」




 セリーナは膝を屈めたと思うと…………何か自らの足元に衝撃が走ると同時に――――消えた。




「――エリー! 上だ!!」



「!?」




 驚き、上空を見上げると――――セリーナはビル6階には相当するかと思われるほど天高く跳躍していた。





 セリーナの身体をよく見ると――――脚部の具足が何やら青い火を伴って気体を噴射している。




「……な~る。あの脚の噴射をコントロールして、こんな出鱈目な速さとジャンプが出来るわけね~…………」




 ロケットのように火炎から生じる爆風と噴射エネルギーを利用している。エリーは超人とも言っていい自分の身体能力に追従してくるカラクリを理解した。理解はしたものの、それでも信じ難いまでに敵も超人的な武芸者であることに嘆息した。窮めて厄介だ。




「――どーする、ガイ? これ、ガラテアの戦車どころじゃあないよ! 何%!?」




 出力の指示を仰ぐ。すぐさまガイは叫んだ。





「――45%だッ!! このピンチを抜けられんなら+15%ぐれえはおめえの判断に任せる!!」




「――――了解。」




 エリーは、謎の遺跡、そしてガラテア軍との戦いでも見せた鬼の力を開放し、赤黒い闘気を全身に漲らせた。




 刹那、セリーナは凶悪な笑みで面を歪ませながら、今度は全身を頭から地上のエリーめがけて――――一気に急降下する!!





 瞬きする間もなく、衝撃と共にエリーの心臓が穿たれる――――




「――――何ッ!?」




 ――今度は、エリーが消えた。周囲に円状の土煙が広がる。




「――まさか――――」




 セリーナが宙を見上げた。




「爆風の使い方なら、あたしだってすこ~しは知ってるわよ!」




 見ると、鬼の火炎を足から噴射し、先ほどのセリーナ同様高々と宙を跳ぶエリーの姿がある。跳べるカラクリ自体は、敵と同じ原理である。




「――くっ……――ふふはッ、上等ォオーーーーッッ!!」




 セリーナは、一瞬自分の専売特許を盗られたかのような苦みを感じたが、それゆえ相手は間違いなく強敵である、自分と命の遣り取りをするに値する実力者だと確認し――――自身の脚部の噴射を利用して猛然とエリーに飛び掛かった!! 





「――でやああああああああああッ!!」

「――うらああああああああああッ!!」




 ――――そこから数分間。




 エリーは拳で、蹴りで、火炎で。


 セリーナは大槍で、爆薬で、拳で。




 目にも止まらぬ連撃を何千回と交わした――――




 電撃結界に囚われたガイたちには見守る事しか出来なかったが……それ以前に、2人が足から放つ噴射により生じる光の軌跡を追うので精一杯であった。途方も無いスピードで飛び回る戦闘機のような、ぶつかる度に生じ、赤と青の螺旋を描く、正に闘争の火花。




(――キリないわね――――50%――――いや、55%――――!!)





 エリーはセリーナの猛追に、鬼の力の開放率を上げていく――――




「――何ッ!?」


「でりゃりゃ、ふんっ、でやあああああーーーーッ!!」




 出力を上げたエリーの、ほんの10%程度とは言え途方も無いパワーとスピード。一瞬にしてセリーナの背後を取り蹴りの連打を浴びせたのち、脳天を両手の指を組んだダブルスレッジハンマーで激しく打ちおろした!! 




「ぐあッ!!」




 セリーナは脳天に強烈な一撃を喰らい、意識が朦朧とし吐き気を催す。当然空中から落ちていく自分の身体の姿勢制御もままならない――――




「――――うそッ!?」





 このまま、セリーナが硬い地面に激突して終わりかと思った刹那――――セリーナは――――なんと、さらに速く、鋭く跳躍し、脚部の噴射音を吼えさせる!! 





「――――ひえっ」





 猛スピードで跳び上がってくるセリーナを、エリーはその視力で捉えていた。





「――――ひゃあああああああーーーーッッッ!!」




 ――奇声を轟かせ、白目を剥いて涎と血を口から流しながら突進してくる。何をしたのか。ともかくセリーナにもはや穏やかな理性など消え失せている。





「――――エリーーーーッッッ!!」




 ガイが叫ぶも、もう遅い。




 エリーですら反応できない速さで――――エリーは大槍で胸を深々と穿たれた。





 宙から、血しぶきが舞う――――

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